90年代の日本企業の生産性

清田 耕造
RIETIファカルティフェロー

近年、日本企業の生産性に関する研究が注目を浴びている。2002年、東京大学の林文夫教授とノーベル経済学賞受賞者のエドワード・プレスコット教授は、90年代の日本経済の停滞が生産性の低下にあるとする論文を発表した。この林・プレスコット論文を契機として、日本経済の生産性への関心が急速に高まることになった。さらに、ここ数年は、企業統計の整備に伴い、生産性研究はマクロ・産業レベルから企業レベルへと広がりを見せている。この企業レベルの生産性研究では、数万という企業情報と最先端の計量経済学の手法を駆使することで、これまでのマクロ・産業レベルの研究では明らかにされていなかった新事実が次々と報告されている。以下、本コラムでは、90年代の日本企業の生産性に関する最新の研究成果の一部を紹介しよう(注1)

一般に、日本の外資系企業とグローバル化を進めている企業は生産性が高い

平均的に見た場合、外資系企業は、国内企業と比べて生産性が高い。この事実は、深尾京司氏(ファカルティフェロー/一橋大学教授)の一連の研究によって明らかにされたものだ(注2)。そしてこの外資系企業と国内企業の生産性の格差は、業種や企業の規模などの影響を考慮した上でも存在することも確認されている。

この外資系企業の生産性を明らかにすることは、対日直接投資の促進を議論していく上で重要な意味を持っている。たとえば、生産性の高い外国企業が日本の市場に参入することで、直接投資を通じた新しい技術やビジネスモデルの波及が期待されるためだ。また、生産性の高い企業の参入は、経済全体の生産性の上昇にもつながりうる。日本のような技術水準の高い国においても、外資系企業の生産性が国内企業よりも高いということは、注目すべき事実といえるだろう。

さらに、企業の海外進出と生産性の関係についても、新しい事実が報告されている。慶應義塾大学の木村福成教授と筆者の共同研究では、輸出や直接投資を行っている企業の生産性が、国内にとどまっている企業の生産性よりも高いことが確認されている(Kimura and Kiyota, 2006)。これまで、輸出や直接投資は、主に産業特性によって決まると考えられてきた。しかし、我々の研究結果は、輸出や直接投資が、産業の特性というよりは、むしろ生産性という企業特性によって決まることを示している。この結果は、企業活動のグローバル化のベネフィットを確認するだけでなく、「産業」を単位とした政策の難しさを示唆するものとなっている。

外資系企業、研究開発の活発な企業、規模の大きな企業は生産性の成長が速い

「失われた10年」と呼ばれる経済の停滞期においても、生産性の成長を遂げていた企業は数多く存在していた。この時期に高い生産性成長を達成していた企業は、次のような3つの特徴を持っていた。第1に外資を導入している企業であり、第2に研究開発を行っている企業である(注3)。そして第3に、規模の大きな企業である。

この3つ目の事実は、90年代は中小企業の生産性成長が鈍化していたということを意味しており、90年代がそれまでと全く異なる経済状況になっていたことを示唆している。なぜなら、70年代から80年代にかけては、中小企業の生産性も大企業の生産性と同様に成長していたからだ。90年代における中小企業の生産性成長の低迷は、これまでにあまり知られていなかったことであり、「失われた10年」と呼ばれる日本経済を考える上で重要な観測事実といえる。

生産性の低い企業が市場から退出するとは限らない

生産性の低い企業の撤退(退出)はマクロ・産業レベルの生産性の成長とも密接に関係している。生産性の低い企業が退出し、生産性の高い企業が生き残ることで、経済全体の集計レベルの生産性が上昇するためだ。このようないわば市場の自然淘汰メカニズムの機能については、これまでは当然成立するものと考えられていた。

元東京大学(現在、日本銀行)の西村清彦教授と慶應義塾大学の中島隆信教授らの研究グループは、この自然淘汰のメカニズムに注目し、どのような企業が退出しているのかを分析した(Nishimura, Nakajima, and Kiyota, 2005)。分析の結果、年によっては、生産性の高い企業が退出することがあることが明らかにされている。西村教授らの研究グループは、この自然淘汰メカニズムが1997年前後に崩れていることに注目した。1997年は日本の金融部門が大きな問題を抱えた時期であり、銀行が「追い貸し」などによって、本来淘汰されるべき企業を存続させていたのかもしれない。もしこの仮説が正しいなら、金融部門の健全化は、経済全体の生産性の向上にもつながることになる。

このように、企業レベルでの生産性研究は、学術的な意味を持つだけでなく、政策を立案していく上でも重要な情報を提供している。もちろん、このような実証研究の蓄積の背後には、地道な企業統計の整備があることは言うまでもない。今後も統計の精度の向上と、継続的な調査、そして生産性研究のさらなる進展に期待したい。

2006年3月28日
脚注
  • (注1) 本コラムの議論の詳細については、清田耕造「1990年代の日本企業の生産性:企業レベルの実証研究によって確認された事実」、『三田学会雑誌』(近刊)を参照して欲しい。
  • (注2) たとえば、Fukao, Ito, and Kwon (2005)を参照して欲しい。
  • (注3) 研究開発と生産性の関係については、たとえばKiyota (2006)を参照して欲しい。
文献
  • Fukao, Kyoji, Keiko Ito, and Hyeog Ug Kwon. (2005) "Do Out-In M'As Bring Higher TFP to Japan? An Empirical Analysis Based on Micro-Data on Japanese Manufacturing Firms," Journal of Japanese and International Economies, 19(2): 272-301.
  • Kimura, Fukunari and Kozo Kiyota. (2006) "Exports, FDI, and Productivity of Firm: Dynamic Evidence from Japanese Firms," forthcoming in Review of World Economics (Weltwirtschaftliches Archiv).
  • Kiyota, Kozo. (2006) "Reconsidering the Effects of Intranational and International R&D Spillovers: Firm-level Evidence from Japan," RIETI Discussion Paper Series, No.06-E-001.
  • Nishimura, Kiyohiko G., Takanobu Nakajima, and Kozo Kiyota. (2005) "Does the Natural Selection Mechanism Still Work in Severe Recessions? - Examination of the Japanese Economy in the 1990s," Journal of Economic Behavior and Organization, 58(1): 53-78.

2006年3月28日掲載

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