地域金融機関の経営改善のための金融行政の視点―「数値目標」の策定VS「評定制度」の活用―

鶴 光太郎
上席研究員

昨年末に公表された「金融改革プログラム」に基づき、平成17年度からの2年間の地域金融の行政方針を示す「地域密着型金融の機能強化の推進に関するアクションプログラム」が3月の末に公表された。そこでは、各金融機関に対し8月末までに、事業再生・中小企業金融の円滑化、経営力の強化、地域の利用者の利便性向上をねらいとした、「地域密着型金融推進計画」の策定・公表が要請された。その中で、関係者の間で注目を集めているのが、「数値的目標を含む、具体的かつ分りやすい目標」の自主的策定・開示である。地域金融機関の経営に対する「数値目標」設定に関しては、昨年の「金融改革プログラム」策定の前に、経済財政諮問会議で話題になった。しかし、「金融改革プログラム」では結局、地域金融機関の多様性が考慮され、「数値目標」は盛り込まれなかったという経緯があっただけに、意外な印象を受けた関係者も多いのではないかと推測される。本稿では、地域金融機関が「数値目標」を設定することの是非、更には、地域金融機関への金融行政のあり方、特に、現在、金融庁で検討が進んでいる「評定制度」の活用について考えてみたい。

金融機関が自ら情報開示による規律付けの重要性を理解し、「数値目標」にコミットメントしていくことが理想

金融機関の経営に対し「数値目標」を要請する場合、金融当局が特定の「数値目標」を設定し、それを対象金融機関に一律に適用するタイプと具体的な「数値目標」の設定はそれぞれの金融機関にまかせるというタイプがあろう。前者に当てはまるのが、過去2年間、主要行に対して課せられた「不良債権比率半減目標」である。一方、後者の例は、今回のアクションプログラムに盛り込まれた地域金融に対する「数値目標」であり、そこでは行政に対してというよりも、目指すべき姿が地域の利用者に十分理解されることを目的とした経営の自主的判断が強調されている。

主要行に対しての「不良債権比率半減目標」は多面的な政策手段とあいまって、その達成が確実となり、「数値目標」の導入は成功といってよいであろう。しかし、このような「数値目標」の成功は、対象となった機関が比較的同質であり、また、数も限られていたことが大きいといえる。つまり、主要行の場合、最も重要な経営目標は不良債権処理であったため、単一の目標を各行とも共有することができた。また、銀行数が限られていることが、それぞれの目標の達成度を比較しやすくし、それによるピア・プレッシャーも有効に働いたと考えられる。したがって、数もかなり多く、地方銀行、信金・信組など多様性に富んだ地域金融機関に対しては、一律の「数値目標は」設定しにくいし、目標が達成できない機関の数が多くなれば、目立たなくなりピア・プレッシャーも働き難いかもしれない。その意味で、主要行へ適用した「不良債権比率半減目標」をそのまま地域金融機関に適用しなかったという政策判断は妥当であったといえる。

一方、今回のような、自主的な「数値目標」の設定はどうであろうか。多様性を考慮して、一律ではなく自主的に行う「数値目標」の設定は、監督・規制当局へのコミットメントではなく、利用者の信認確保や評価のためのコミットメントとされている。確かに、金融機関が自ら情報開示による規律付けの重要性を理解し、「数値目標」にコミットメントしていくことは理想的な姿である。しかし、それが行政による強制で行われれば、元々そのような意識のない金融機関は、確実に達成できる数値目標にしかコミットしないであろう。そのような強制的な目標設定はかえって利用者からの信認を失いかねない。一方、懸念されるのは、利用者向けのコミットメントといいつつ、自主的な「数値目標」設定が裁量行政の道具として使われる可能性があることである。地域金融機関の場合、自主的といいながらも「数値目標」策定にとまどっている機関は多いようだ。その場合、金融当局に意見やアドバイスを求めることもあろう。そうなれば、自主性の建前はくずれてしまう。また、こうした、自主的な「数値目標」の設定とそれに基づく評価は、企業の従業員に対する成果主義の適用と同じような問題をはらんでいる。「数値目標」の設定はそもそも難しいし、評価もその達成度だけで判断されるかどうかあいまいであるため、最終的には目標へのコミットメントが弱くなってしまうためである。

地域金融機関に対する行政対応は、本コラムでも何回か論じてきたように(コラム136コラム152寄稿論文「金融再生プログラムの検証」)、主要行とは異なり「アメ」を与えるような保護政策を続けてきたことが大きな問題点であった。2年前、「金融再生プログラム」は策定される際、地域金融機関もどのような厳しい政策がふりかかってくるのか身構えていたはずである。しかし、結果的には、大手行とは異なり、リレーションシップ・バンキング強化という「モラトリアム策」が実施されることになった。リレバンは地域金融機関がこれまでとりくんできたことであるのでその強化はそれほど難しいことではなかったのである。しかし、あの時点で、地域金融機関にも厳しい政策を実施しておれば、もっと早く経営改善できた金融機関も多かったのではと推測される。つまり、地域金融機関への「アメ」政策は地域金融機関の経営改善に向けてのやる気をみすみす殺いできた可能性が高い。その意味では、地域金融は、保護政策が差別化、創意工夫、自立のきっかけをうばってきた農業と共通する部分がある。

地域金融機関に求められる政策対応──評定制度の活用

それでは、地域金融機関に求められる政策対応は何であろうか。1つのヒントは、「金融改革プログラム」に盛り込まれ、現在、金融庁の研究会で検討が進んでいる評定制度(金融当局による金融機関の格付制度)の活用である。地域金融機関の中には独自のビジネスモデルを展開し、健全性・収益力の高い金融機関もいくつかある。一方、経営改善、不良債権処理の遅れている機関が多いのも事実であり、かなり格差が広がっている状況である。このような場合、選択的な行政対応が是非必要となってくる。金融システムが不安定な状況では、特定の金融機関への選択的な政策を行うとそれがシグナル効果となり、風評リスクやシステミック・リスクの顕在化が懸念されるため、そうした政策はなかなか実行できなかったことは確かである。しかし、緊急時から平時への金融行政の転換が叫ばれる中で、たとえば、評定の結果によって地域金融機関の検査の頻度や範囲などにメリハリをつけていくことは今後の2年間で、限られた行政資源を使って地域金融の経営改善を集中的に進めるためにも必要不可欠といえる。

特に、地域金融機関に対する評定制度の活用で検討すべき考え方として相対評価の視点が挙げられる。もちろん、各評価項目、総合評価とも絶対評価であることには変わりない。しかし、やはり、学校の成績などと同様、それが経営改善に向けてのインセンティブになるためには、金融機関自身が同じ業態の中での自らの位置付けを追加的に知ることも重要ではないか。地域金融機関の場合、寡占化が進んで、競争が低下する傾向にあるのでなおさらである。実際、地域独占の強い公益企業に対する規制手法には、別の地域で活動する同種の公益企業との相対パフォーマンスをその重要な情報源として活用している例もある(ヤードスティック競争と呼ばれ、イギリスの水道や電気事業が典型的な例)。地域金融機関が他の同様な機関の成功例や失敗例などからも学びつつ、自らの実力を客観的に評価できるような環境を整備することこそ、金融機関の自主的な経営改善に向けての動機付けにつながるであろう。

2005年5月2日

2005年5月2日掲載

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