中国における地域格差を如何に是正するか――国内版FTA、雁行形態、ODAの薦め

関志雄
コンサルティングフェロー

中国では、計画経済の時代の平等主義に伴う弊害を打破すべく、トウ小平が1970年代末に「先富論」を旗印として、平等よりも効率を優先させる改革開放政策を押し進めた。四半世紀あまり経った今、総じて国民生活は改善されてきたが、広がる地域格差に象徴されるように、所得分配の両極分化が進んでしまった(図)。経済発展の果実を広く国民全体に行き渡らせるべく、中国政府は2020年までに「全面的な小康社会」の実現を目指している。この目標を達成するためには、「国内版の自由貿易協定(FTA)」、「国内版の雁行形態」、そして「国内版の政府開発援助(ODA)」の推進を通じて、地域格差を是正しなければならない。

図 中国各省の1人当たりのGDP (2003年)
図 中国各省の1人当たりのGDP (2003年)

国内版FTA

市場の拡大による経済活性化を狙って、中国は近隣諸国と自由貿易協定(FTA)を締結することを目指している。FTAによる効果は加盟国(地域)間の相互依存度が高く補完関係が強いほど大きいとされている。このような条件を満たしているのは、中国と近隣諸国より、中国国内の各地域である。しかし、中国は地域間の障壁がいまだ残っており、統一したマーケットにはなっていない。中国経済がさらなる発展を遂げるためには、外国とのFTAよりも先に国内の各地域からなるFTAを精力的に推し進めなければならない。これは地域格差の是正にも役に立つ。

特に、戸籍制度など労働力の移動の制約になる障壁が取り除かれることになれば、労働力は賃金水準の低い内陸部と農村部から工業化の進む沿海部と都市部へと流れるであろう。その結果、生産はますます一極集中するが、所得水準はむしろ平準化する。なぜなら、出稼ぎ労働者の家族への送金が、送り出す地域にとって重要な所得源となるからである。そのうえ、沿海地域では、労働力の流入により賃金の上昇が抑えられる一方、内陸部では、労働力の流出が賃金上昇の要因となる。今でも1億人を超える労働力の移動はすでに起こっているが、彼らは出稼ぎ先で戸籍を持っていないために、医療、子供の教育、社会保障などの面において多くの差別を受けている。この状況を改善するためにも、人口移動を制限している現行の戸籍制度を、人口の自由な移動を前提とするものに改めなければならない。

また、国際経済学の有名な「要素価格均等化定理」が示唆しているように、国内の地域間の関係においても、自由貿易が行われるようになれば、生産要素の自由な移動がなくても、両地域間における労働や資本といった生産要素の価格は均等化する。その場合、資本が相対的に豊富である沿海地域が資本集約型製品の生産に特化し、内陸部では相対的に豊富な労働力をもって労働集約型製品の生産に特化する分業体制が成立する。これは、労働集約型製品に「体化」された内陸部の労働力が沿海部に流れる一方、資本集約型製品に「体化」された沿海部の資本が内陸部に流れることを意味するため、労働力と資本の移動と同じように、これらの生産要素の価格を平準化する力として働く。

国内版雁行形態

労働力の後発地域から先進地域への移動と逆方向の資金移動も地域格差の是正に寄与する。中国としては、アジア地域における経済発展が直接投資を通じて日本からNIEsへ、ASEANへ、さらに中国へ広がっていくといういわゆる「雁行形態」の国内版を目指すべきである。

従来、雁行形態は国単位で議論されてきたが、中国のような大国の場合、発展段階に大きな格差が生じている東部、中部、西部という3つの地域の間には雁行形態が形成される可能性がある。これまでの四半世紀、東部に当たる沿海地域は労働集約型製品の生産と輸出を梃子に、高成長を遂げた。しかし、いずれ沿海地域は賃金と土地の価格の上昇に見舞われ、労働集約型産業の競争力を失うであろう。より安い労働力と土地を求めて、外資系企業のみならず、やがては中国企業も直接投資などを通じて、生産拠点を移転せざるをえない。その時、中部や西部からなる内陸地域が投資先として注目されよう。

そもそも、現状では外国からの直接投資が沿海地域に集中し、内陸部にはなかなか行かないのは、インフラがネックになっているためである。鉄道と道路の輸送力が不足しており、部品を内陸に輸送するのが大変なだけでなく、製品を輸出しようと思っても非常に高いコストがかかる。したがって、国内版の雁行形態を実現させるためには、インフラの整備が欠かせない。

国内版ODA

地域格差を是正するために、モノ、ヒト、カネの移動に加え、国内版ODAともいうべき中央財政による地域間での税収の再配分が有効な手段であると考えられる。「唯一成功した社会主義国」といわれていた日本のこの辺の経験は中国にとっても参考になろう。

中国と比べて、日本では地域格差が小さい。これは「地方交付税制度」をはじめとする、地域間の財政移転が果たす役割が大きい。「地方交付税制度」とは、税収の一部を政府が国税として徴収した上で、地方自治体の財源の調整および保障の見地から一定の基準により再配分するものである。その狙いは、都道府県および市町村など地方自治体間の税金などの収入面における格差を是正し、どの地方自治体においても一定の行政水準(ナショナル・ミニマム)を確保することにある。

財政を通じた地域間の所得再分配政策によって恩恵を受ける地域がある一方、損をする地域もあるため、抵抗も強いだろう。しかし、中国における所得格差はすでに社会不安の要因にもなりかねない水域に達していることを考えれば、安定成長を持続させるために、地方交付税の強化を中心とする税制改革を急がなければならない。

*フェローの肩書きは執筆当時のものです。

2005年4月5日

2005年4月5日掲載