中小企業金融に関する実証分析の取り組み

植杉 威一郎
上席研究員

日本における中小企業金融の現状を、経済学の世界では、実証分析の面でどのように把握しようとしてきたか、経済産業研究所や中小企業庁が、その状況を改善するためにどのような取り組みをしているかを紹介する。

データの制約とその克服

日本の中小企業金融については、個別企業データを用いた実証分析は限られていた。中小企業では、大企業に比して株式公開している場合が少なく、財務データの入手も難しいことが、個別企業のデータを利用した分析が進まなかった大きな理由である。加えて、米国におけるNSSBF (National Survey of Small Business Finances)のように、財務諸表だけではなく企業と金融機関との関係に関する定性的な情報も含めた調査が大規模に行われてこなかったことも、日本での中小企業金融の現状把握を困難にしていた。

こうしたデータの制約を克服する動きは、中小企業庁によって始められている。まず、中小企業白書における調査の試みを挙げることができる。中小企業庁調査室では、白書での分析のために、「企業資金調達環境実態調査」(2001年)、「金融環境実態調査」(2002年)、「企業金融環境実態調査」(2003年)を実施した(以下、これらをまとめて金融環境実態調査と呼ぶ)。これは、中小企業を中心とする1万5000社に対して、取引金融機関の数、メインバンクとの関係、担保・保証の提供状況、支払っている短期金利などをアンケートで尋ねたものであり、毎年、7000~9000社が回答している。(注1)

財務諸表の項目を数多くの中小企業について集めるという点では、ほぼ同時期に中小企業庁金融課が主導して作成したCRD(Credit Risk Database)が存在する。これは、担保依存の中小企業に対する金融を財務重視に転換するための数量データを提供することが目的であり、現在までに140万社近くの財務諸表を蓄積している。本データベースは、対価を払うことで中小企業金融の実態を把握するための研究に利用可能となっている。

中小企業白書における分析の取り組み

既に、これらの新たなデータを活用し、いくつかの分析が行われてきている。とりわけ、網羅的な分析を行っているのは、金融環境実態調査を活用した中小企業白書(2002、03、04年版)である。基礎的だが、これまで中小企業金融についてなかなか定量的に示されてこなかった事実、例えば、企業規模や自己資本比率に応じて支払う金利がどの程度異なってくるのか、どのような企業が担保や信用保証を提供しているのか、などを明らかにしている。加えて、貸し渋りや金融機関と企業とのリレーションシップが大きな話題になっていた状況を踏まえ、メインバンクが取引先企業に対して取った貸出態度、具体的には、貸出拒否・金利引上げ要請・追加担保要求の有無などについて分析を行っている。

もっとも、白書では、各調査年毎のクロスセクションでの分析がほとんどであり、毎年の金融環境実態調査をプールする、もしくは、パネルデータとして利用するといったことは行われていない。また、中小企業金融や銀行の行動を明らかにしようとする経済学者達の取り組みにより、日本に限らず諸外国でも膨大な数の仮説の設定とその検定が行われている。こうした仮説検定を行う上でも、研究者にとって、金融環境実態調査のデータは非常に魅力的である。ここでは、本調査を活用して白書以外に行われている研究のうち、植杉(2004)、Uesugi and Yamashiro (2004)を紹介する。(注2)

企業間信用と貸付金との関係に関する分析

植杉(2004)は、中小企業において、企業間で商品をやり取りする際に支払いを猶予する形で与えられる企業間信用が、金融機関借入と並んで企業の資金繰りに大きな役割を果たしている点に着目し、企業間信用と借入金の関係を金融環境実態調査に基づいて調べている。企業の信用リスクの変化に応じて、こうした企業間信用の特徴がどのように現れてくるかをまとめたものが図である。

企業評点と企業間信用、借入金比率の関係

横軸では、民間信用調査機関が各企業につけている評点の変化を示している。2001年から02年までに変化した幅毎に、4つにサンプルを分割している。左に行くほど評点が低下し、企業の信用リスクが高まっていることを示している。この横軸の上に、総資産に占める企業間信用の比率と借入金の比率変化をプロットすると、企業の信用リスクの高まりに応じて、企業間信用の比率が低下し、借入金の比率が上昇すること、反対に、企業の信用リスクが改善されると、その逆の動きが起きることが読み取れる。

実は、こうした企業レベルの動きは、日本企業全体を時系列データで見たときにも相似形として現れている。すなわち、景気後退時には日本における中小企業全体の資産に占める企業間信用の割合が低く、借入金が占める割合が高くなっている。

こうした結果の理由を考えることは重要である。近年、金融機関の与信行動については、貸し渋りが批判されてきた一方、業績悪化により支払いが滞る企業に対しては金利減免・支払猶予といった措置も取られていると指摘されている。これらの現象がなぜ起きるのかを企業間信用との比較を通じて考えることができるからである。

説明としては、2種類の仮説がある。1つは、企業間信用を与える事業会社と貸付金を与える金融機関という主体の特性に着目する仮説である。たとえば、事業会社は、日々の取引を通じて的確に与信先企業の状態が分かる、倒産会社の在庫を的確に評価・処理できる。したがって、事業会社は、金融機関よりも相手企業の正確な信用リスクを反映した与信ができるというものである。もう1つは、与信手段である企業間信用と貸付金という債権の性質に着目する仮説である。企業間信用は商品のやり取りに付随しているので、実体経済の変化に素早く反応して債権額は変化する。一方、商品のやり取りという実体面での裏付けが無かったとしても、借入れはできるので、貸付金という債権は実体経済の動きをそれほど素早くは反映しない可能性がある。

Uesugi and Yamashiro (2004)では、主体の違いの重要性を検証するために、与信手段が貸付金で同じ場合に金融機関とそれ以外の主体が有意に異なる貸出行動を取るのか、手段の違いの重要性を検証するために、同じ主体が企業間信用と貸付金両方を扱っている場合に両者が有意に異なるか、それぞれ調べた。

中小企業による借入金(金融機関、それ以外)と日銀短観DIとの相関係数/卸売業大企業による与信(売掛債権、短期貸付金等)と日銀短観DIとの相関

与信手段が同じであれば、金融機関からの借入もそれ以外からの借入も似た動きをし、同じ主体が与信をしていても、企業間信用と貸付金とは景気動向との相関が正反対との結果を得た。これは、金融機関とそれ以外という主体の違いよりも、与信手段の違いの方が、企業間信用と貸付金との関係を適切に説明できることを示している。

銀行をはじめとする金融機関については、近年、担保偏重主義からの脱却、リレーションシップバンキングの実践といったように、取引先との信頼関係を築き、そこから得られる情報を活用した貸出を行うべきとされることが多い。もちろん、こうした取り組みにより、与信先の信用リスクをより適切に反映した貸出が行われることが期待される。しかし、同じ主体が同じような取引先企業に対して同じような短期の与信を行う場合でも、企業間信用が貸付金とは全く異なる動きをすることを踏まえると、金融機関は、従来の貸付だけではなく、手形割引、売掛債権担保融資などのさまざまな手段を通じて、今後どのように企業間信用の流通に関与していくかを真剣に考える必要があるように思われる。

今後の取り組み

以上で紹介したように、金融環境実態調査を用いた分析は、既にいくつか行われているが、中小企業金融の実態については、実証的に示されていない部分がまだまだ多い。そこで、本年度から、経済産業研究所では、大学教授、金融機関や政府の職員など15人程度からなる企業金融研究会(座長:渡辺努一橋大学教授)を設置し、金融環境実態調査だけでなくCRDも用いて、組織的に中小企業金融に関する実証分析を行う予定である。まず、初年度は、追い貸しの対象となっている企業の存在、企業金融と設備投資・企業の退出など実体経済との関係、ミドルリスク・ミドルリターン市場の可能性、信用保証や公的金融の役割といったテーマについて、参加メンバーがそれぞれ分析を行うこととしている。この研究会を通じて、中小企業金融の実像がより明らかになり、政策立案に資することを期待したい。

2004年10月5日

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脚注
  • (注1)これらは政府統計なので、研究者が利用する際には、統計法上の目的外利用申請が必要である。
  • (注2)他にも、細野、澤田、渡辺(2004)が、金融環境実態調査を用いた実証研究例として挙げられる。
文献

2004年10月5日掲載

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