中国を必要とするG8 G8を必要とする中国

関志雄
コンサルティングフェロー

中国を蚊帳の外においた現在の国際経済政策の協調体制は限界に来つつある。今後は同国のG8への早期加盟を視野に入れるなど、お互いの信頼関係を高めることのできる体制を整えていかなければならない。こうした認識に立って、近年、G7、またロシアを含むG8は、いろいろな形で中国との交流を進めてきた。胡錦濤国家主席が2003年6月にフランスのエビアンで開かれたG8と発展途上国の「拡大対話」に参加したことに続き、今年10月1日にワシントンで開催される先進7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議では、ゲストとして中国の閣僚や人民銀行総裁が招待される予定となっている。一方、グローバル化の波に乗って工業化を進めてきた中国自身にとっても、G8への加盟は、国際社会における地位の向上のみならず、先進国との政策協調を通じた摩擦の抑制や、外圧による国内改革の加速といったメリットが大きい。

加盟を巡る賛否両論

中国が経済大国として浮上する中で、主要工業国の産業調整や貿易不均衡などの問題を議論する時に、もはやその存在を無視できなくなっている。中国の台頭という歴史の大きい流れは変わらない以上、同国のG8加盟の実現はもはや時間の問題である。

しかし、中国のG8加盟を巡っては、現在のメンバーの中でもまだコンセンサスができていないようである。中国の専門家は、米国とイギリスは民主主義を信奉するG8諸国と違って、中国がいまだ共産主義を標榜することを理由に、同国のG8加盟に消極的態度をとっていると分析している。一方、日本は中国との提携強化を望みながら、G8におけるアジアの唯一の代表という地位を放棄したくないため、立場を依然としてあいまいなままにしている。残るヨーロッパの国々は、米国を牽制するために中国の加盟を歓迎しているという。

中国の国内においても、次の理由から、G8加盟への慎重論が多く見られる。

まず、G8のメンバーは世界でも豊かな先進工業国から構成されているいわゆる「金持ちクラブ」であるのに対して、中国はまだ発展途上の段階にある。G8の中で経済力の弱いロシアが置かれている現状から見て、中国は加盟した後も当面二軍扱いを受け、その発言力は限られるだろう。その上、G8での決議は先進国に有利なものになりがちで、中国はG8に加盟することになれば、発展途上国との関係が悪化するかもしれない。

次に反対論者が危惧するのは国連の機能が低下するのではないかという問題である。すなわち、中国のG8加盟によって、国連の常任理事国のすべてが国連以外の場で協議を行うことが可能になり、中国がもつ安全保障理事会での拒否権を最大限活用することができなくなるというのである。

さらに、加盟反対の理由には政治的および経済的な制約が増し、特に中国の経済利益や価値観に沿わない政策の変更を要求されることも挙げられている。

協力による共通利益の追求

このように加盟への反対意見を述べる人々は「中国がG8に参加することによって経済成長に必要な環境条件が悪化する」と考えているが、しかし、逆に良くなる可能性も考えることができる。世界経済が相互依存を深めている中で、G8諸国が中国を必要とする一方で中国もG8を必要としている。胡錦濤・温家宝政権が登場してから、中国は、外交政策の大原則として、「中国が既存の秩序と衝突しないよう発展することを目指す」という「和平台頭論」を提唱してきた。そのために、金融・為替の安定や、資本移動、エネルギーといった分野において、世界のGDPの3分の2を占めるG8諸国との協調は欠かせない。その上、中国は輸出の9割以上が工業製品になっており、また巨額の外貨準備を持っている。したがって、主に一次産品を輸出し、また対外債務を抱えている多くの発展途上国ではなく、先進工業国と利害が一致している分野も多い。

確かに中国の1人当たりGDPはまだ1000ドル程度と途上国の域を出ていない。しかし、13億という巨大な人口を反映して、中国のGDP規模は購買力平価ベース(PPP)では米国に次いで世界第2位になってきており、公定レートによるドル換算でも世界第7位となっている(表)。また、中国は、今年の輸出入の合計が1兆ドルを超えると予想され、日本に取って代わって、米国、ドイツに次ぐ世界第3位の貿易大国になる見込みである。高成長を背景に、世界経済における中国の地位がさらに向上すると予想されるだけに、G8においても、それに相応しい影響力を発揮できるだろう。

G8と中国の経済規模の比較(2003年)

中国はG8に参加することで発言の場を確保すれば、発展途上国の立場を捨てずに先進国に異論を唱えることで国際秩序をより発展途上国の立場に近づけることができる。ロシアに続き、中国も加盟することによって、G8は先進国の意見だけがまかり通る「金持ちクラブ」からより発展途上国の立場を反映する「大国クラブ」へと変貌するだろう。そもそも、テロとの戦いや、環境、エネルギーといったG8にとっての重要課題は、先進国に限られたものではなく、人類共通の課題である以上、これらを解決するために、世界人口の2割を占める中国が果たすべき役割は大きい。

国連の機能低下という問題も、中国のG8加盟と直接関係しているとは考えにくい。現在の国連は構成国が多いため、形式自体は民主的ではあるが意思決定の効率は良くない。そのため、迅速を必要とする決定には向かなくなっている。一方、G8は国際法で認められた国際組織ではないが、少数の国で運営されるため、政策実行という面からは効率的に運営しやすい。中国がG8に参加すれば、国連安保理事会の常任理事国がG8に集合することにもなる。これによってG8の国際政治への影響力はさらに増すため、中国は国際的な発言力を確実に強化できる。したがって、中国は双方を使い分けることで自分の立場をより有利なものにできる。

外圧による改革の加速

確かに、G8加盟によって、中国は先進諸国からの政策転換の圧力に直面しなければならない。その焦点の1つは為替問題であると予想される。人民元の対ドル固定相場制(ドルペッグ)を続け、為替政策では他の国と協調できないことが、中国をG8の正式メンバーにしない理由の1つであるとされてきた。これに対して、中国も為替政策などへの干渉を嫌って、正式メンバー入りを望んでいなかった経緯がある。しかし、ドルの主要通貨に対する下落という外部からの圧力が高まり、中長期にわたる中国製品の国際競争力の向上という内部からの圧力も顕在化している。その中でドルペッグという現在の為替制度をいつまでも維持できるとは思えない。現に、中国自身も、貿易と資本取引の自由化や、銀行を始めとする金融部門の健全化を整えることを前提としながらも、「市場経済に即した柔軟な為替制度」への移行を中長期的な目標としており、G8諸国と妥協する余地を残している。

為替政策に限らず、これまでの経済改革全般の経験から見ても、外部からの圧力は長期的な発展にとってメリットになるかもしれない。たとえば、中国は15年にわたる困難を極めた交渉の末、2001年にWTO加盟を実現した。その時点でも、中国国内ではWTO加盟によって一部の産業が衝撃を受けるのではないかという疑問が呈されたことがあった。しかし、加盟後も中国は世界の工場という地位を着実に固めてきた。逆に、WTO加盟は対外開放の加速、そして国内改革の加速を促すという良い評価を得ている。同様にG8加盟も中国の市場化と法制化、そして国際化に良い影響を与えると考えられ、WTO加盟が改革開放政策の到達を示す一里塚を築いたように、貧しかった国から豊かな国への転換点となるのではないだろうか。

まだハードルは残されているものの、暖かくメンバーとして迎え入れられることになったとき、中国側がG8加盟を拒否する理由はもはや見当たらないのである。

2004年9月28日

2004年9月28日掲載