財政問題と組織の改革

角野 然生
コンサルティングフェロー

財政改革シンポジウムを振り返って

先月(3月11日、12日)、研究所主催の財政改革シンポジウムが終了した。筆者は、今回の成果を通して、方法論的におおむね3つの意義があったと考えている。

第一に、縦割りの問題に対するアプローチである。他省庁の所管に無責任に首を突っ込むべきではないが、財政赤字問題のように、縦割りの弊害によって国益全体が損なわれ、しかも将来世代に負担をしわ寄せしているような問題に対しては、各省の垣根を越えて知恵を結集することは重要と考える。霞ヶ関の研究機関が、こうした問題について担当省庁と危機感を共有しつつ、データと論理によって建設的に議論を積み上げ、蓄積した成果を発信していくことは意味がある。

第二に、実務と学術的な領域の対話である。この国では、行政官が政策形成プロセスに関する暗黙知を整理して外部に発信することが少ない一方、研究者が象牙の塔にこもってしばしば非現実的な提案を主張している例が見られるが、大きな機会損失だと思う。今回のプロジェクトでは、研究所専属フェロー、経済産業省や財務省の役人、ビジネス経験者、大学の先生などが顔を突き合わせて議論した。異業種からの情報発信によって相互に刺激しあい、斬新なアイデアや異説がどんどん「創発」していった。他方で、糸が切れて提言が非現実的、無責任な方向に飛んでいかないよう、実務家が政策過程の現実を解説し、学者が理論によって主張を整理した。そこには、緊張感ある産学官の相乗効果が見られた。

第三に、制度分析の有効性である。省庁横断的な重要課題は、つぎはぎの政策や一面だけ捉えた改革案だけではなかなか解決できない。制度的補完性などの概念は、こうした複雑な問題を統合的に整理する上で大変有用な考え方である。今後も、財政問題に限らず、さまざまな政策課題に具体的に応用し、実証分析していくことが期待される。

財政改革と組織論

さて、筆者と瀧澤フェローが今回のプロジェクトで担当したテーマは、"予算はなぜ膨張するか、どう抑えるか"という問題を官僚インセンティブの視点から考えることであった。つまり、財政問題を組織論、制度論としてとらえるわけである。財政規律が国家の意思決定にかかわるものである以上、官庁と政治・族議員や業界団体との長期的関係、官庁同士の政策リソース獲得の競争、政治ルールや国民との関係といった要素の複雑な相互作用を考えなければならない。今回、我々は、特に官僚のインセンティブ構造に焦点を絞って議論を組み立てた(ここで、官僚とは主にキャリアと呼ばれる中央官庁のⅠ種公務員を指している。なお、政治のダイナミズムや国民との関係についてのよりマクロな議論は、飯尾中林両フェローのパート「財政過程における日本官僚制の二つの顔」、「財政改革の国民意識の役割」を参照)。そして、高度成長期に発達した仕切られた多元主義と産業構造の共進化、単独政権の継続、労働市場の長期雇用慣行といった要素が相補い合って、予算獲得主義が戦略的な均衡となることを示した。このように、関係するプレイヤーのインセンティブを解析して、ツボというか木目を上手く押さえていくことは、効果的な改革案を作っていく上で重要な作業と考える。

非流動的な人事システム

我々は、特に、官僚のインセンティブ構造が、雇用・人事システムが流動的であるか否かで全く異なったものになるという点に注目した。たとえば、各省毎に終身雇用で退職後の世話まで行うような人事(仕切られた非流動人事システムと呼ぶ)は、いわば共同体的な一家主義のようなものといえる。そこでは、評判の流通と共有という形で予算業務や人事の評価が行われ、情報の非対称性がある程度克服される。職員自身も転職コストを気にせず、存分に組織特殊技能に自己投資できる。他方、こうした一家主義は、職員の雇用や天下り先の確保を絶えず必要とするため、組織資源を維持拡大していく規範を持ちやすい。このため各省は、ソフトな予算制約線の下で、重要な組織資源である予算をより多く獲得しようと競争する誘因を持つ。また、職員個々人としても、一般にマルチタスクで成果が見えにくい官庁業務の中で、予算要求業務が比較的結果が見えやすく、評判情報として組織内や業界・政治等の利害関係者の間で流通しやすいことから、どうしても予算獲得にインセンティブが働きやすい。そして、予算を獲得しないと相対的な評価が下がるのではないかという"共有された予想"(事実かどうかは別にして)が形成されることで、囚人のジレンマのような自己拘束性が高まっていく。

かくして、予算獲得主義に向けた組織と職員のインセンティブは、長期雇用による外部機会の縮小と相まってますます同じベクトルに向いていった。高度成長期のように社会インフラなどの財政ニーズが高く、税収も拡大していたときには、予算獲得主義自体が一概に悪いとはいえなかったろう。しかし、現在は、公債依存度が半分近くに達し、予算配分の内容や効率性に多くの国民が疑問を持っている。コモンプール問題(業界や地域の部分利益のために、応分の負担なしに財政支出しようとするただ乗り問題)を悪化させているという意味で、このようなインセンティブ構造はやはり問題である。

それでは、長期雇用をやめて人材を流動化させればいいのかというと、ことはそう単純ではない。たとえば、米国のように完全なポリティカル・アポインティーにすれば、情報の非対称性のために、本当に良い仕事をしたのかどうか評価・監視するコストは非常に高くなるし(そのため、短期的な数値目標に置きかわりやすい)、行政官個人が組織のために自己投資するインセンティブは減るだろう。何より、戦前のように、選挙毎に人事がぐるぐる変わって猟官的な動きが出ないとも限らない。組織改革の難しさはここにある。次の表は、官僚組織・人事の構造、評価システム、職員個人のインセンティブそれぞれが、分かちがたく結びついた補完関係にあることを示している。組織や人事の改革は、このことを十分見据えて進めなければならない。

官僚人事システムの補完構造
非流動人事システム流動人事システム
人材調達 ・内部労働市場
・需給一致の原則=採用した職員全てにポストを充て、全てのポストに原則として内部職員を充てる。
・外部人材登用
・外部雇用環境が流動化していることが前提となる。
人事権 ・需給一致のため、人事当局が一元的な調整権限を持つ。 ・業務遂行に向けた最適人材の調達。業務に関する情報を多く持つ各業務担当部局が直接の権限を持つ。
組織のインセンティブ ・職員が組織のために働くよう、職員を養えるだけの組織資源(予算や規制権限を含む)の獲得が重要。組織存続は必須。 ・一定の期間内に成果を出して説明責任を果たすことが重要。成果基準作りや、成果を上げる人材獲得が重要。
個人のインセンティブ
(忠誠度)
・組織特殊技能への自己投資
(結果として外部機会の縮小)
・組織の存続とステイタス向上
→組織と個人のインセンティブが一致
・現在の努力水準に合った給与・年棒の獲得
・組織を踏み台にしつつ、自分のために学習・投資
責任の所在 ・組織が暗黙に雇用・天下りを保障 ・再就職は個人の自己責任
努力水準、生産性 ・雇用保障があるため、個人が安心して組織へ自己投資。組織的なノウハウの伝承。当初、生産性は高まるが、後にただ乗り、モラルハザードにより生産性低下の可能性。 ・完全に流動的な雇用環境では、動学的にも生産性は定常。
評価システム ・内部者や外部の利害関係者間の「評判」による信用の積み重ね。低コストで実質的な評価が可能。 ・数値等の形式的な業績基準に照らした評価。形式的な評価の限界を補う工夫の発達。
交渉コスト ・人事当局に一任。ただし、暗黙の雇用保障が前提。 ・上司との毎期にわたる再雇用・給与交渉
規律・規範 ・内部相互の監視により、規律を確保。ただし、組織全体が馴れ合って規律を失う危険あり(集団的な隠蔽)。 ・組織資源の確保に役立つ行動(予算獲得等)が規範として確立しやすい。 ・予め明文化された規律と罰則。制度化されたモニタリングと情報開示。
政治との関係 ・政治的独立性が確保されやすいが、単独政権下では利害関係者による人事への非公式の介入が起きやすい。 ・政治的連動性が高まるが(ポリティカル・アポインティー等)、猟官的活動が起きやすい。
(注)人材が流動的になればそれだけ組織体としては発散的であり、非流動的になればそれだけ収束的、硬直的になる。その境界(自己組織化臨界)は均衡点としては不安定と考えられる。

組織の規律回復メカニズム

非流動人事システムが本来持っている良い面(相互監視による評価コストの低減、個人の対組織投資インセンティブなど)をなるべく維持しながら、悪い面(共同体的な馴れ合いによる規律の逸失や、組織資源確保に向けた規範の形成。この場合は過剰な予算獲得主義)をできるだけ抑えるにはどうすればよいか。民間企業の場合は、市場の規律が働いて資源の最適配分機能が維持される。官僚組織の場合も、市場に代わる別の規律回復メカニズムが存在する。

先に述べたように、組織による組織資源の保持拡大行動は、予算獲得主義と共進化しやすい。しかしながら、そうした組織行動は、広義の公益に反しないという制約を受けている(「公益は何か」についての議論は奥が深いがここでは省略する)。もし、各省の組織資源拡大行動が省益であって国益に沿っていないとの批判が高まった場合、省の社会的ステイタスが下がって、トータルとしての組織資源の価値が減少する。こうした批判プロセスは、特に、政権交代や大きな不祥事発覚など、政府の国民に対するコミットメントが明確にされる場面で機能する。各省は、公益追求を強化するように行動を修正する(ただし、官僚人事は2、3年の短期で異動を繰り返すため、責任を感受して組織として行動を修正するまでにラグを伴いやすい)。

このように、所管分野の利害調整を行いつつ、広く公益を追求する姿勢は官僚制度の二重性とも呼ばれるが(Aoki1988)、これは人事システムの非流動性と関係がある。なぜなら、雇用の流動性が極めて高い場合(古典的な労働市場に近い場合)、ある省庁が国民の指弾を受けてその社会的ステイタスが落ちると、職員は退出(転職)を選択することができるが、雇用が非流動的な場合、それは困難だからだ。この場合、職員が国会、国民のプレッシャーを受けながら、組織の社会的ステイタスを回復するために組織改革に乗り出す可能性がある。これが組織の自己革新による規律回復メカニズムである。戸矢哲朗氏の『金融ビッグバンの政治経済学』(東洋経済新報社2003年)は、このダイナミズムを具体的かつ緻密に分析している。また、野中郁次郎氏は『アメリカ海兵隊』(中公新書1995年)の中で、常に使命を問い続けてダイナミックに自己革新していく組織像を描いている。

官僚組織・人事の改革

以上から、次のような一般的な結論が導かれる。すなわち、長期雇用システムの良い面を保ち、悪い面である規律の逸失を予防するためには、規律回復メカニズムがきちんと発動しやすいよう、問題や危機が起きたときにその事実を早期に表面化させ、当事者がその認識を共有して迅速に対応するインセンティブを持たせる仕組みをあらかじめビルトインしておくことである。詳細はディスカッション・ペーパー本体(「予算はなぜ膨張するか、どう抑制するか:官僚のインセンティブの視点から」)。に譲るとして、いくつか簡単に述べよう。

第一に、予算業務が適正に評価され責任が明確化されるよう、予算プロセスを一定の規則の下で透明化しておくこと。たとえば、非公式の人事介入を排除するため、外務省改革で盛り込まれたような文書管理制度を導入することも一案であろう。また、事前評価か事後評価かという形式論に陥るのではなく、実質的な評価が低コストで可能となるよう、非流動人事システムが持つ相互監視機能を強化していく。たとえば、予算執行の成果を後年度査定へリンクし、予算獲得の多寡だけではなく執行業務の効率や手堅さが評判情報として流通し、人事に反映されていくような環境作りである。また、外部取締役的な機能の付与、360度評価(評判情報を都合良く操作できないよう、上司・同僚・部下等まわりが多面的に評価して異常者を排除)のような内部評価の精緻化もありうる。

第二に、人材の流動化である。いくつか論点があるが、ここでは一点だけ述べておきたい。それは、職員の対組織投資のあり方である。民間企業でも特許の帰属先を巡る裁判などで見られるように、長期雇用下での組織と職員との関係を清算することは非常に難しい。従って、流動化のためには、職員が組織に過度に依存しないような体質を普段から作っておくことが重要である。官庁組織の場合は、それがひいては過剰な予算獲得主義を避けることにもなる(官僚人口の高齢化が進んでおり、人事当局にもそうした体質作りのインセンティブがある)。この点で、組織特殊技能ばかりでなく、政策立案や国際交渉といった行政ノウハウを論理的にまとめてコンテンツ化する仕事を業務として職員に与えていくことは一法である。たとえば、ある部署を2年間経験したら異動前に1カ月ほど時間を与えて政策レポート(あるいは本)にまとめさせるといったことは、組織の将来のためにも個人のためにもなる(本当は、本人の自覚次第なのだが)。有意義な分析の発信は国民にも裨益する。

以上のように、組織・人事システムの改革というのは、存外地味だが息の長い仕事である。改革といって何でも見た目で振り子を大きく逆に振れば良いというわけではない。外部人材の登用、中途採用市場の開拓、幹部職員の人事交流などを"部分的に"行い、自浄作用を劣化させない努力が重要である。

古典的な完全労働市場とは異なり、非流動的な組織では自己革新は非連続である。規律回復メカニズムの発動が遅れれば、それだけ大ナタを振るって血を多く流さなければならない。従って、たとえて言えば、地盤にエネルギーが過度に蓄積して大地震を招かないよう、適度に小地震を起こしてエネルギーを分散させていく構造設計が大切である。

*フェローの肩書きは執筆当時のものです。

2004年4月27日

2004年4月27日掲載

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