視聴率買収事件はなぜ起こったのか

池田 信夫
上席研究員

日本テレビのプロデューサーによる視聴率にからむ買収工作事件は、1000万円以上の制作費が流用されたことが判明し、経営陣の降格処分に発展した。今回の事件の背景には、視聴率トップを走り続ける日本テレビの「視聴率至上主義」があるという批判が強いが、広告収入が視聴率で決まる以上、企業が利益を上げるために視聴率を上げようとするのは当たり前であり、そのモラルを批判しても根本的な解決にはならない。真の問題は、競争を制限する電波行政にあるからだ。

番組の内容による競争のないテレビ業界

視聴率だけがこれほど重視される第1の原因は、テレビの媒体価値をはかる尺度が他にないことである。無料放送であるため、視聴者の評価が価格として表現できず、100万円の価値がある番組も暇つぶしで見ている番組も区別できない。したがって少数の人に高く評価される番組を作るよりも多数の人に何となく見られるバラエティやワイドショーを作るほうが有利になるわけだ。

第2の原因は、視聴率以外の番組の内容による競争がないことである。雑誌にも部数の認証を行う機関があるが、これを買収して発行部数を水増しするといった事件は考えられない。そんなことをしても、営業成績にほとんど影響がないからだ。雑誌の広告主は、女性誌には化粧品の広告を、自動車雑誌には自動車の広告をというように、媒体の読者層に応じて広告を出稿しており、発行部数だけでは媒体の価値はわからない。

ところがテレビ(地上波)の場合、首都圏ではVHFで7チャンネルしかない。これは活字でいうと、雑誌の発行が免許制で、7種類の週刊誌しかないような世界である。こういう世界では、どの雑誌も平均して数百万部は売れるので、同じような大衆向けの記事ばかり載せることになり、数万人向けの専門的な雑誌はなくなるだろう。日本で発行部数が100万部を超える雑誌は、コミック誌だけである。

民放の番組は「画一的だ」とか「低俗だ」とか評判が悪いが、作るほうも好んで低俗な番組を制作しているわけではない。テレビは、視聴率が1%でも100万人と、他のメディアに比べて視聴者が桁はずれに多いため、大衆週刊誌的な内容にせざるをえないのだ。各国にある公共放送は、このような画一化の弊害を是正する役割を果たしている。

根本的な対策は電波の開放

数が少なくても競争や新規参入があればよいが、1953年にテレビの放送が始まってから今まで半世紀の間、放送業界には倒産どころか買収も合併もほとんどなく、在京キー局の寡占体制が規制によって守られてきた。FMラジオも、米国では何百局もあるが、日本では東京でさえ数局しかない。電波は余っているのに、総務省が新しい局に免許を出さないからだ。このように競争が制限されているおかげで、不景気だというのに民放キー局の利益率は平均1割近いが、質的な競争がないので、視聴率が番組を評価する唯一の基準になってしまうのである。

テレビのチャンネルが少ないのは、電波が「稀少」だからということになっているが、実際にはテレビの帯域はVHF・UHFあわせて370メガヘルツ(約60チャンネル分)もある。そのうち東京では、少なくとも200メガヘルツが空いていると推定され、30チャンネル以上の地上波テレビ放送が可能である。VHFだけでも2、5、7、9、11チャンネルは関東一円で空いており、今すぐにでも放送できる(チャンネルに隙間が空いているのは50年前のテレビに合わせたもので、今は必要ない)。

だから不毛な視聴率競争をなくす根本的な対策は、空いているチャンネルをオークションなどによって新規参入に開放し、地上波の多チャンネル化を進めることだ。競争が起これば、各局ごとに音楽専門チャンネルや報道専門チャンネルといったセグメント化が行われ、画一的な視聴率ではなく番組の内容で競争が行われるようになるだろう。これは文化の多様性や言論の自由を保障するうえでも重要である。

欧州の地上波デジタル化では、新規参入を促進するために番組制作部門と放送=通信インフラを「水平分離」して多チャンネル化が行われたが、日本では新規参入をシャットアウトして、地上波デジタル放送が12月1日から始まる。同じ放送局が同じ番組をアナログとデジタルで放送しても視聴者には意味がなく、ビジネスとしても成り立たないが、日本テレビの氏家斎一郎会長は「地上波デジタルで採算は取れないが、国家の事業としてやる」という。民放は、いつから国営放送になったのだろうか。いま放送業界に必要なのは、視聴率を云々するよりも、競争によって民間企業としてのガバナンスを機能させることだろう。

RIETIでは、こうした電波政策や通信規制の問題を、総務省・FCCの高官とスタンフォード大学のローレンス・レッシグ教授などを招いて議論する政策シンポジウム「ブロードバンド時代の制度設計II」を、12月4日に開催する。

2003年11月25日

2003年11月25日掲載