表現の自由に差別を持ち込む個人情報保護法案

池田 信夫
上席研究員

国会に提出されてから2年近く揉め続けてきた個人情報保護法案は、昨年の臨時国会でいったん廃案になり、現在の通常国会に新しい法案が提案される予定である。最近の報道によれば、その内容は「メディア規制」だという反発に配慮して、報道機関を全面的に適用除外とするものだという。これに対して、インターネットやデータベースは全面的に規制されることになる。これは報道機関を特権化し、表現の自由に差別を持ち込むものであり、法の下の平等を定めた憲法に違反する疑いがある。

骨抜きにされた法案

この法案をめぐる論議は、出発点からボタンをかけ違えていた。2001年の通常国会にこの法案が提案されたとき、本来どのような個人情報を守り、表現の自由にどう配慮するかという議論をすべきだったのに、新聞協会は報道機関を全面的に適用除外とするよう求める意見書を出し、読売新聞は報道機関を除外した「修正試案」を提案した。すると今度は、出版社やフリージャーナリストが「自分たちも除外しろ」と要求し、本質的な問題はそっちのけで、どの業界を除外するかという議論ばかり行われてきたのである。

もともとこの法案は、データベースを規制するもので、メディアを規制するものではない。法案は、前半で「適正な方法による取得」や「本人の適切な関与」など5項目の基本原則を定めた上で、後半で具体的な義務や罰則を定める二段構えになっており、報道機関は義務規定から除外されている。世界各国の同様の法律でも、ここまでメディアを除外している例はないのに、新聞協会は「適正な方法による取得」の原則さえ拒否し、報道機関を基本原則からも除外せよと要求してきた。

この結果、新しい法案では、報道機関・学術研究機関・宗教団体・政治団体に加えて、あらたに「著述業」が適用除外とされた上、基本原則が削除され、「個人の人格尊重」をうたう抽象的な「基本理念」だけになってしまった。基本原則は、OECD(経済協力開発機構)で決まった国際的なガイドラインを踏まえた個人情報保護法の骨格であり、それを削除した今回の法案は、もはや基本法としての体をなしていない。新聞業界のエゴイズムによって、法案は骨抜きになってしまったのである。

インターネット時代の表現の自由は国民全体の問題

他方、上の5業界以外は「主務大臣」の監督下に置かれ、本人が同意しないと個人情報を提供できないことになる。特にWWW(World Wide Web)は世界最大の分散型データベースであり、今回の法案によってほとんどの企業のウェブサイト(5000人以上の個人情報をもつサイト)は規制の対象になると予想される。検索エンジンも、本人が拒否すると検索結果を表示できなくなり、地図サイトも建物の名前を載せられなくなるだろう。特に「2ちゃんねる」などの電子掲示板には「私の個人情報を削除しろ」という要求が多発し、運営はきわめて困難になろう。

新聞協会の意見書には「『透明性の確保』の原則を盾に取材活動への不当な干渉が行われる恐れがある」とあるが、これは報道機関だけの問題ではない。一般企業や個人のホームページには「不当な干渉」が行なわれてもよいのだろうか。驚いたことに、新聞協会はそう主張しているのである。この意見書は「『正当な事業活動等』と報道分野を同列に論じていることからも分かるように、大綱は報道の自由に対する認識が不十分だと言わざるをえない」としているが、報道機関はいつから一般の事業活動と「同列」ではない特権階級になったのだろうか。

大手メディアのさまざまな媒体を動員した「メディア規制」キャンペーンは、この法案をめぐる議論をミスリードしてきたが、それに便乗して国会論議を混乱させてきた野党の責任も大きい。インターネット時代には、表現の自由は報道機関の専有物ではなく、ホームページにもデータベースにもプログラムにも等しく保障されなければならない。個人情報保護法についての国会論議は原点に戻り、メディア業界ではなく国民全体の問題として考え直すべきである。RIETIでは、こうした問題もテーマの1つとする政策シンポジウム「だれのための電子政府?」を2月5日に開催する。この模様はインターネットのストリーミングでも放送するので、ご覧いただきたい。

注:当該シンポジウムのストリーミング配信は終了しました。

2003年1月28日

2003年1月28日掲載