『新しい「国立大学法人」像について』の最終報告がもたらすインパクト

原山 優子
研究員

小泉政権が昨年4月に発足して以来、日本が直面する経済危機に対処するためには構造改革が必須であるという認識が一般に浸透してきた。しかし外生変数の変化によって崩された旧来の均衡からいかなる均衡へ移行するのか、またどのような経路をたどってそこに到達するのかという疑問に対して、未だ回答を模索中という段階にある。また「構造改革」という方向性が、日本の中に形成されている社会システムのどの部分に影響を及ぼすものであるか不明瞭なことから、慣性が働きやすい状況となっている。

このような背景の中で、いくつかの「構造改革」の試みが着実に芽生えている事も事実である。その1つが国立大学等の独立行政法人化に関する調査検討会議が現在作成に取り組んでいる『新しい「国立大学法人」像について』と題する報告書である。これは昨年の秋に中間報告が発表されたが、平成14年3月末に提出予定の最終報告に先がけ、先月「国立大学の法人化」において中核をなす「非公務員型」と「運営協議会、役員会、評議会からなる運営組織」の構想が明示された。本論ではこの国立大学法人構想の意味するところを探ってみる。

従来の改革とは一線を画す国立大学法人化

まず大学改革という切り口から入っていくことにする。制度整備に関しては、帝国大学令の公布(明治19年)、大学令の公布(大正7年)に始まり、学校教育法の制定により新制大学が発足(昭和22年)し、現在の大学システムの枠組みが出来上がった。また国立学校設置法および私立学校法(昭和24年)の制定により国立大学と私立大学の位置付けが行われ、さらには大学設置基準の制定(昭和31年)、大学院設置基準の制定(昭和49年)により政府は大学・大学院設置に関するルールを明示した。

その後臨時教育審議会の答申にもとづき、昭和62年に大学審議会が設置され、10年の歳月を経て大学改革の方向性が答申として提示された。「大学院重点化」、「競争的環境の中で自己責任に基づく多様化」、「組織運営の改善」、「評価システムの確立」等の提言であるが、大学院大学への改組、教育課程の大綱化、学長室の強化、大学評価・学位授与機構の創設等、すでにこの方向に制度の改正が行われているものもある。ここまでの流れから、大学システムはドラスティックな改革と幾多の漸進的な調整の繰り返しを行ってきたことがわかるが、あくまでも大学システムの中に内包された変革であったといえよう。今回の「大学法人化」は、行政改革の一環として検討が進められたという経緯はあるが、国立大学のフレームワークの変更に留まること無く、私立大学・公立大学を含む大学システムの再編成を促し、さらには社会システムと大学システムの補完的な関係の構築を実現せしめるものである。この点から、旧来の大学改革と一線を置くものであることが理解できよう。

多様なキャリアパスを可能とする社会システムの構築が必要

さて、ここでいう「国立大学法人像」とはいかなるものか。いくつかキーワードを拾ってみることにする。「国立大学の個性化」、「第三者評価に基づく競争原理の導入」、「トップダウンによる意思決定方式の導入」等すでに大学審議会の答申で馴染みのものも多いが、「最終的に国が責任を負うべき大学にふさわしい法人像を模索する必要がある」との認識のもと、国立大学のグランドデザインの提示は今後の課題とされている。

運営組織においては「法人組織と大学組織の一体化」、「学外の有識者の参画」のもとに、教学に関する審議を司る評議会(学内代表者)、経営面の審議を司る運営協議会(学外者も含む)、特定の重要事項の議決を行う役員会(学外者を含む)の構想が提示されている。この運営体制の成功の鍵を握るのが学長および役員会の意思決定機能と調整機能である。

従来の研究教育活動に加えて、技術移転等、社会への貢献が大学の重要な役割とされ、業務の多様化が進んでいる中、大学の中期・長期目標との整合性を図りつつ戦略的に大学運営を推進するには、学長のサポート体制の強化が必須なものと思える。具体的には、大学の主たる機能に対して専門性を持つスタッフを機能毎に配置するというアイデアだが、このような観点から役員会のメンバーが構成されることに期待したい。また学長と学内組織、社会とのインターフェイスとしての役割を担うことから、学内・学外での職務経験を有する者の登用が望ましいが、ここで問題になるのが日本にはこのようなキャリアパスを持つ人材が少ないという点である。大学運営体制の強化という観点からも、産学官間の人材の流動性が高まり、多様なキャリアパスを可能とする社会システムの構築が期待される。

「非公務員型」の選択が持つ意味

さて職員の身分であるが、中間報告では「ア・プリオリに公務員型、非公務員型を選択するのではなく」とされていたが、審議の末、最終報告では「非公務員型」に絞られることとなった。先にも述べたが、このようにドラスティックな改革を行う際、フレキシビリティを最大限に活かし、多様な実験を可能にすることが、新しい均衡への収束を早める手段になると考えられる。また国立大学が自ら存在意義を社会に訴え、知識の創造、伝達、活用の機関として社会に貢献していくためには、組織の要となる「人」を大学自らの裁量で選択することが必須である。「非公務員型」の選択が国立大学の自立を促すインセンティブとして働くことを期待する。

平成13年4月に経済産業省の内部組織であった経済産業研究所は非公務員型独立行政法人となり、工業技術院は産業技術総合研究所と改名し、公務員型独立行政法人の道を選択した。また、科学技術政策研究所は文部科学省を親機関として今日に至っている。現在、さまざまな形態の研究所が共存し、それぞれ独自の組織運営を試みている状況にあるが、国内の研究者の17%を抱える国立大学が非公務員型独立行政法人に移行した場合、モデルとしての役割を多大に担うことになるであろうと記して本論の締めくくりとする。

2002年3月5日

2002年3月5日掲載