「トップ30大学構想」のもたらす効果

原山 優子
研究員

今年6月に発表された遠山プランの骨子の一つとして「トップ30大学構想」が登場した。重点投資をすることにより、日本の研究大学(大学院専攻を持つ大学)を世界最高水準にもっていくという構想だが、平成14年度には422億円の概算要求が出され、5つの分野を対象に、分野別に30の専攻に補助金が交付される運びである。

分野毎に、1. 大学の申請、2. 専門委員による評価、3. 専攻トップ30の選択、4. 補助金交付という手順が踏まれる予定だが、果たしてこのスキームが世界最高水準に達成するための自己改善努力を大学に促すインセンティブ・メカニズムとして働くものか疑問が残る。そこで本稿では「トップ30大学構想」の内に含む問題を指摘し、大学改革の論議に一石を投じてみたい。

まずキーワードとなっている「トップ30」のコンセプトであるが、アメリカに浸透しているランキング(大学を対象としたサーベイ・データをもとに教育・研究活動のインプットとアウトプットの指数を算出し、加重平均を求め、ランク付けをする)、また日本の大学受験生に長年活用されていた偏差値によるランキングとはいささか異なるようである。ここでは分野毎に、大学が自ら申請した書類を国内外の専門家が審査(ピア・レビュー)し、30のプロジェクトが選択される。よって「トップ30」として表示されるリストには序列がつけられないことと、専攻の教育・研究活動の現状評価に基づく「トップ30」(国公私大を包括する公のデータはまだ存在しない)と一致するとは限らないことを記しておく。しかし「トップ30」の言葉のもつ響きから、将来、教育・研究サービスの受益者となろう者が、サービス・プロバイダーを選択する際の情報源として活用することは大いに予測されることで、この点を明白にしておく必要があると思われる。またこのようなプロセスで、果して教育・研究のレベルを向上させるポテンシャルを持つ専攻を拾い上げることができるか疑問も残る。

「トップ30」の選択作業の次に来るものが補助金交付である。従来のものとは異なり、使う側にかなりの自由度が与えられるそうだが、箱物優先から脱し、人的資産への投資に活用されることを期待する。特に博士課程の学生を研究アシスタントとして雇用し、研究による教育を実践することが望ましい。一専攻平均3億円弱の補助金のもたらす効果は、この「自由度」の導入により受益者の裁量に大きく左右される。モラル・ハザードの諸条件を内包することから、プロジェクト毎に目標の設定、達成度の評価方法、目標が達成された場合の処遇を明確にし、政府と大学の間で「社会契約」のようなものを結んだ上で、補助金が交付されるべきであろう。また、目標設定においては、専攻の教育・研究活動に対する自己改善努力がどの程度織り込まれているかが注目すべき点である。「トップ30構想」がインセンティブ・メカニズムとして働くか否かの境目は、この「社会契約」と題したゲームのルール設計にかかっているように思える。

さて、30近くの研究大学を「世界最高水準」に引き上げるというのが「トップ30構想」の最終目標であるが、文部科学省が提示したスキームは果してこの目標達成に効果的に働くのかという疑問が出てくる。

今でこそ「アメリカ大学トップ10」の常連となっているスタンフォード大学ですら、戦後、一地方大学から現在の地位を確保するためには、数十年に及ぶ自己努力の積み重ねを要した。この一例から学ぶ点は二つある。一つは、政府が掲げるこの「トップ30大学構想」の目標を達成するには、長期戦の構えで取り組むことが必須であるという点だ。単年度予算をベースとする現行の施策と、長期的な戦略という課題の間に矛盾が生じる可能性が大であることから、別立ての財政基盤を考慮すべきではなかろうか。二つ目は、世界的教育・研究レベルを誇る大学を目指すのは大学自身であり、政府はあくまでもサポート的な役割に徹するという点だ。「トップ30大学構想」を起案したのが文部科学省であることから、大学は受動的な立場からこの施策に関わっていくことになるが、理想的には政策決定のプロセスの中に大学がアクターとして参画し、ボトム・アップ的な手法が取り入れられることが望ましい。大学がアクターたるやは、学内の意思決定メカニズムが確立されているということが前提ではあるが。

ここまでは文部科学省が提案したスキームについて論じてきたが、最後に少し視点を変え、2000年に研究資金の重点投資政策の大幅な見直しを行ったスイスに目を向けてみる。

スイスでは大学・産業における研究活動の活性化を目的として、プログラム毎に40~80億円の予算が組まれ、8~10年の長期計画として8つの重要研究開発プログラム(PP)が1992年にスタートした。1998年に科学技術会議が「PPは産学連携および学際研究の引き金とはなったが、センターオブエクセランスの構築には至らなかった」とプログラムを評価したことから、PPを引き継ぐ形でNational Poles of Research(NPR)が2000年に登場し、5つの分野(ライフサイエンス、人文社会学、環境と持続的発展、情報・通信テクノロジー、その他)から14のプロジェクトがスタートする運びとなった。テーマ別に設定されたPPとの根本的な違いは、国家として戦略的な分野を特定した上で、けん引役となる研究機関(主に大学)を中心に研究ネットワーク(産学官の研究者グループ)を構築することを目標にしている点である。プロジェクトの運営、研究成果の評価は今後の課題であるが、スイスには十数校の大学しか存在しないにもかかわらず、84のプロジェクトが公募参加したことから、NPRは産学官の研究者にネットワーク化へのインセンティブ・メカニズムとして働いたように思われる。

日本においても「トップ30大学構想」による重点投資と平行して、産学官の壁を乗り越えたコンピテンスのネットワーク化推進を強く望むところである。

2001年10月25日

2001年10月25日掲載