遠山プランが投げかける問題

原山 優子
研究員

国立大学の独立行政法人化の議論に拍車をかけるがごとく、春先から大学を取り巻くホットなトピックスがたて続き登場した。

産業構造改革・雇用対策本部(5/25)において「新市場・雇用創出に向けた15の提案」(平沼プラン)の一部として「大学発の特許取得件数を10年で10倍に」、「大学発ベンチャー企業を3年間で1000社に」というターゲットが経済産業省から提示され、追い討ちをかけるように経済財政諮問会議(6/11)にて「トップ30大学への重点投資」、「大学発の特許取得件数を10年で15倍に」、「特許の企業化を5年で10倍に」、「日本版シリコンバレーを10年で10ヶ所以上創出」等が遠山プランとして文部科学省から提案された。今、大学の経済効果に熱いまなざしが注がれている。

第一印象は、文部科学省と経済産業省との歩みよりである。産学連携・技術移転を介し、大学がよりアクティブに社会に貢献することが期待されている。また両プランとも定量的目標を掲げていることから、すでにオペレーショナライズされた施策であるかのような錯覚に陥る。

しかし現時点では、個々の提案の達成方法、フィージビリティ、経済効果の見通し等、明白でない部分が数多く残されている。よってこれらのプランの分析に着手するには時期尚早と思われ、またコラムの枠をゆうに越えるものである。そこでここでは、今までのスタンスを打ち破った文部科学省案に焦点を合わせ、「遠山プランが投げかける問題とは」と題して、日本の大学システムについて一考する。

現状把握

大学等技術移転促進法を皮切りに、90年代終わりから一連の産学連携・技術移転促進の施策が打ち出され、大学から産業への技術移転の枠組みが構築されてきた。

国立大学等における共同研究件数、受託研究費総額、発明委員会の審議件数は増加の傾向にあり、特に1999年に伸びを示したことから、徐々に諸施策の効果が現れてきたと言えよう。すでにバイ・ドール法(同法により、大学に連邦政府支援による研究開発から派生した特許権を取得する権利が与えられた)の公布から20年の歳月が流れ、産学連携のエクスパートであるアメリカには、特許出願数、ベンチャー企業数等で足元にも及ばないが、操業数年そこそこの日本の技術移転機関(TLO)でも、特許出願件数、特許実施許諾件数は着実に増えつつある。

疑問その一
まずここで問題になるのが、このようなキックオフの時点で、定量的目標をあえて提示する必要があるのかという点である。
これらのターゲットは、遠山プランの副題にあるように「大学が変わる、日本を変える」という流れを誘発させる手段として位置付けられているように思われる。しかし、ひとたび定量的目標が掲げられると、その数値達成に全力が注がれ、最終目的を見失ってしまうという危険が生じることも事実である。第1期科学技術基本計画の推進施策の一つとして打ち出された「ポストドクター等1万人支援計画」から学ぶ点はなかろうか。

疑問その二
経済財政諮問会議の枠内で打ち出されたことから、遠山プランは産業政策・雇用対策の一環として位置付けられるが、文部科学省の所掌事務の範囲にある「高等教育政策との適合性は?」という疑問が生じる。

古くから、大学は研究機関として科学技術政策の大黒柱の役割を担ってきたが、近年、産業技術の発信源として産業技術政策、産業政策、および地域活性化政策と関わり、またトレーニング機関として雇用対策の一手段と見なされるようになってきた。本来のミッションである教育機能の低下が問われ、問題解決の糸口もつかめていない状況にありながら、大学には多大な役割が強いられている。また幾多の政策目標を達成する手段として、大学をワイルド・カード的に動員する点にも問題がある。

疑問その三
各提案の裏に共通分母として存在するのが「産学連携」というキーワードである。そこで「産学連携」とは、という疑問が出てくる。広義には「産業界と大学がいくつかのチャンネルを通じて有機的に結びつき、両者の交流から生まれるダイナミックスにより構築される互いに有益な関係」、狭義には「大学から産業界への技術移転」となる。額面通り提案を読むと、狭義の「産学連携」に焦点が当てられており、大学をこのゲームに参加させるためのインセンティブが今ひとつ見えてこない。

疑問その四
「産学連携」の定義からもう一つ疑問が生じてくる。広義にしろ狭義にしろ、基本的にはアクターとしての「産」と「学」が関係を結ぶことであるが、はたして今日の大学は意思決定権を有し、また自ら選択した行動をとることができる状況にあるだろうか。法人格をすでに持つ私立大学においては、問題は意思決定機能にかかってくるが、国立大学においてはさらにその川上にある法人化の検討が前提となる。また独立行政法人化が現実のものとなったあかつきにも、直ちに意思決定機能が働くという保証はまったくない。大学におけるガバナンスの見直しを、法人化の問題と平行して検討されることが必須である。

制度のガバナンスの観点

ここまで、遠山プランが投げかける問題を並べてきたが、最後にこのプランがもたらした効果を記して締めとする。

大学審議会の答申を受ける形で、大学院の充実、大学設置基準の大綱化、学長・学部長等のリーダーシップの確立推進、公募制の活用、自己点検・評価を努力義務化、共同研究・寄付講座等の開設推進等、数々の大学改革がこれまで行われてきた。しかし今日の社会の変化に対応するには、あまりにもインクレメンタルな動きであり、ここで日本の大学システムの抜本的な見直しは、避けられぬものとなった。このような認識を大学人・産業人にもたらしたのが、ショック療法ともいえる遠山プランではなかろうか。

2001年7月31日

2001年7月31日掲載