IT@RIETI

夏休みスペシャル座談会「インターネット時代の知的財産戦略とは」(Part 1)

※本プロジェクトは、終了しております。

IT@RIETIでは、「デジタル情報と財産権」というテーマでで毎月1回、研究会を開いています。7月は、政府の「知的財産戦略」をめぐって議論したので、その一部を紹介します。全員が参加していませんが、研究会のメンバーは次のとおりです。

  • 東 浩紀 (国際大学GLOCOM)
  • 白田 秀彰 (法政大学)
  • 中山 一郎 (知的財産戦略本部)
  • 林 紘一郎 (慶應義塾大学)
  • 村上 敬亮 (経済産業省)
  • 森村 進 (一橋大学)
  • 山田 肇 (東洋大学)
  • 池田 信夫 (RIETI)
  • 瀧澤 弘和 (同)
  • 玉田 俊平太 (同)
  • 中村 伊知哉 (同)

政府の「知的財産戦略」をどう見るか

池田:
政府の知的財産戦略本部が7月に出した「推進計画」は、一言でいうと、アメリカの「プロパテント」政策をこれから後追いしようというものです。私は、これは戦略としていかがなものかと思いますね。アメリカと同じ武器を、これから20年遅れで使い始めて、戦争に勝てるのでしょうか。むしろ私は今、日本がアメリカと全然ちがう新しい戦略を出すチャンスではないかと思っています。

最近まで、情報もすべて「ライツ」として商品化して、資本主義のルールでグローバルにやろう、みたいな話が流行していたと思います。しかしインターネットの世界では、それとは逆に、オープンソースのように情報をオープンにすることで創造性を高めるしくみが生まれています。狭い意味での知的財産ということにこだわらないで、技術革新や創造性を高めるにはどういう方法があるのか、ということについて今日は皆さんにざっくばらんにご発言いただきたいと思います。

玉田俊平太玉田:
これはイノベーションの占有可能性という議論と関連すると思います。そして、議論を2つのレベルに分ける必要があると思います。第一の論点は、イノベーションが社会全体に及ぼす利益のうち、実際にイノベーションを起こした企業自身が占有することができるのは、3分の1から2分の1程度であるという点です。この比率を何らかの手段で高めることで、企業がイノベーションを起こそうとするインセンティブを強くすることにつながり、イノベーションがますます活発化し、生産性の向上を通じた所得の増大をもたらします。

第二の論点は、イノベーションを占有する手段にはいろいろあり、知的財産権はその一つにすぎない、という点です。例えば、いち早く商品化することで他者が追いついてくるまで独占的利益を上げる、あるいは、ブランドを確立してしまうという、リードタイムによる占有があります。また「特許を出さない」という戦略もある。本当のコアの部分は企業機密によって誰にも知られることがないわけです。ほかにも、より早く大規模な生産を行って学習曲線をすばやく滑り降りたり、セールスやサービスなどの補完的資産を支配したりする方法もある。だから、イノベーションの占有手段として、知的財産権はその一つに過ぎないということが言えるでしょう。そのような中で知的財産権制度をどうするかを考えていく必要がある。

審査を早くすることや特許侵害に対する裁判を早くし、侵害に対する賠償金額を適正化することは大切だと思います。しかし、イノベーションの累積的性格を考えると、知的財産権を著しく強くすることでアンチコモンズの悲劇のような状況になり、イノベーションが停滞してしまうような状況はよくないと思います。

何を守り、何をオープンにするか

池田:
最近の経済学の考え方で、GPT(General Purpose Technology)というのがあります。これはコンピュータやインターネットのような汎用的な技術によって従来の業界ごとの技術が置き換えられる傾向のことです。有名な例では昔、日本の電卓のメーカーがインテルに電卓を作ってくれという依頼をした話があります。これに対してインテルは、論理回路だけを別のチップにし、足し算・引き算などの命令はROMで分離するという設計を考えた。これが4004という史上初のマイクロプロセッサの始まりです。

電卓だけだと、技術として大した広がりはありませんが、マイクロプロセッサはいろいろな用途に使えるので、量産効果も技術革新もはるかに大きくなります。事実「ムーアの法則」としてよく知られるように、半導体の集積度は2年ごとに2倍になっており、実際に集積回路のできた1960年から約40年間で100万倍になっています(インテルのホームページ)。40年前には1億円だったコンピュータが今は100円で買えるわけだから、その使い方は根本的に変わりますよね。あらゆる仕事を半導体やコンピュータにやらせるようになるわけです。

つまり個別の機能はソフトウェアで処理し、ハードウェアは与えられた命令をただ限りなく速く処理するGPTになる、という「水平分業」によって、技術が「モジュール化」され、自由な技術革新が可能になったわけです。こういう産業構造は、知的財産戦略本部がモデルにしている20年ぐらい前のアメリカの状況とはまったく違うもので、こういう変化に対応して知的財産権などの制度をどう変えるべきかというのが、この研究会で扱う一つのポイントだと思います。

山田肇山田:
僕も同じようなことを考えているのですが、例えば電球というのがありますね。ガラス容器の中に炭素繊維が入っていて、真空なので燃えることなく光る。これが発明だった時代には特許制度というものはきちんと機能していた。このように、特許は元々ハードウェアの仕組みを守るものであった。ところが、ハードウェアの汎用性が、先ほど池田さんが言ったように増していって、むしろその上のソフトウェアで何をするかというのが重要になってきた。そういう時代にビジネスモデル特許というものが生まれている。要するに、発明という概念が変わりつつある。電球は、昔はハードで光らせていたが、今は光りを制御するソフトのほうが重要になってきた。

中央大学の今野浩先生は、ビジネス方法の特許はけしからんといっているのですが、僕は、その意見は間違いだと思っています。研究開発者の精力の大半が注がれる対象がハードではなく、その上のソフトの部分だというのであれば、それに呼応して保護の対象も変わるべきです。そこまではいいですよね。でも、それをどう保護するかという際に、旧来の制度に、パッチワーク的にあれもこれもという感じで盛り込む。

つまりムーアの法則ですべてのものが陳腐化する時代に、陳腐化した技術を保護することは意味がないのに、特許の保護期間を拡大するとか、ビジネス方法の特許というルールを無理やり付け加えるとか。スクラッチで見直すべき時期なのに、こんなパッチワークでいいのか。いずれにせよ、(これから出てくるさまざまな問題のバックグラウンドとして、)池田さんの議論と同じようなことを考えていたところです。

林:
ハードウェアとソフトウェアという問題の場合、特許法の中にあるソフトウェアはモノとみなします、という規定にあるように、できるだけモノとしてみなしたほうが法的安定性は高くなります。

山田:
このようにハードとソフトの相対的な重要性が変わっていく中で、21世紀の知的財産制度を作り上げていく際には、さまざまな問題を解いていく必要が出てきているのです。例えば世界各国で技術開発が同時並行的に進んでいる状況下で、技術の共有に関して国を越えてメーカーが協調することも多くなっているので、特許審査制度が各国でずれているだけで大きな問題になる。

有名な話ですが、CompactFlashカードを作ったSanDisk社は技術を開発した後、1995年に仕様を広く公開して、同調者を募った。それが、今、メモリカード市場でのシェアに結びついている。RealNetworks社もそうで、Real Playerは利用者にタダで配っている。エンコーダは有料だけど。アドビもそうですね。このように技術を開放して、なおかつ利益を上げるというビジネスモデルはいくつも事例が存在している。

日本でも、長野県の「アールエフ」(http://www.rfsystemlab.com/)というベンチャーは、そのようなモデルで成功しています。アールエフ社は口腔内カメラでは世界市場の八割を握る会社で、今はカプセル型内視鏡の実用化に取り組んでるんですけど、そこも技術情報をどんどん公開している。それが魅力で大学の先生方が数多く集まり、次々と新しいアイデアを出す。それで、大成功している。時代が変わってきたんですよね。

そういう問題を踏まえて、世界をリードする知的財産戦略という大きなビジョンを出してくれるのであれば素晴らしいのですが、実際に出てきたのが20年前のアメリカのプロパテント政策の後追いというのは、理解しがたい。

池田:
私がW3C(World Wide Web Consortium)の委員を2年間してた時の経験ですが、W3Cでは当時は特許が禁止だったので、マークアップ言語(HTMLとかXMLなど)は全部ライセンス・フリーでした。ところが今、W3Cの活動をいちばん熱心にやっているのはマイクロソフトです。例えば、私はSMIL2.0というマークアップ言語の開発にかかわりましたが、8割くらいのドキュメントがマイクロソフトから出てくるんですが、それが正式の勧告になったら、ウェブで全部オープンにするわけです。

しかし、それで彼らが損をするかというと、実際にはSMILみたいな複雑な言語になると、それを使ってストリーミング・ソフトを開発できる企業なんて、もう世界中で2、3社しかないわけですよ。しかも勧告が出たときは、マイクロソフトはそれを実装したインターネット・エクスプローラ6.0をすでに完成していて、すぐに商品を出せる。日本の会社は、ドキュメントが出てから開発を始めるから、1年ぐらい遅れてしまう。

何でオープンにしても平気なのかというと、ドキュメントに出てくるのは、技術のごく一部だからです。マイクロソフトは、言語仕様を決めるのと並行してアプリケーションも開発しているので、言語だけ公開してもちっともかまわない。むしろオープンにすることによって、他の会社もマイクロソフトに追随せざるをえなくなる。

通信プロトコルでも、そうですよね。IETF(Internet Engineering Task Force)も事実上シスコの独占状態になっていて、RFC(正式仕様)そのものはオープンですが、シスコはすぐ製品を出せるのに、日本の会社はつねに後追いだから、絶対に追いつけない。こういうふうに技術戦争のルールが変わって来てるのに、今度の知的財産推進戦略は、この変化に無自覚で、古い垂直統合型の産業構造を前提にして、情報をひたすら囲い込んで守ろうとしている。

多様な選択肢を広げる戦略を

山田:
経済産業省がMOT(技術経営)のわかる人を5年間で一万人育成するという方針を出しています。それで、各大学の先生にケースをくださいとお願いして回っている(MOTはMBAの一コースなので、ケースメソッドを使う)。でも、彼らは「わが大学のMOTコースで使うために一生懸命作ったケースを、ほかの大学で使われたら、わが大学に学生が来なくなる。だから出せない」と言ってるんです。

ハーバードのケースは、世界で使ってるんですよね。彼らは公開してますから。それでハーバードに尊敬が集り、みんな入学を希望するわけです。東大は確かに立派な大学で、MOT教育も充実していると思いますが、そこの先生がケースを出すことを渋っている。 僕が思うに、日本はもともとMOT教育が弱いんだから、MOTのケースを各大学が出し合って競い合えば、良いケースが残って、国全体の質が上がると思う。

林紘一郎林:
技術にはソフトウェアとか、いろいろな要素があるかと思うんですが、私が思うにはこの話は、携帯の音質が悪いというような話と似ていると思うんです。たとえば、昔は回線を切った後に受話器をおかないとハウラー警告音が鳴って知らせるようになっていたが、今の端末はそれが出ないのがある。私の母親の家の電話がそういう仕様で、一度ハウラー音がしないので母親は大丈夫かと弟と大騒ぎになったことがあります。新興ビジネスでどんどん伸びてるところは、オープン化で新しいビジネスチャンスを生むという点で大賛成なんですが、そうじゃない産業では新興産業に削られて、ムーアの法則が逆にきいているというか、電話でいえば料金は確かに下がっていますが、音質は確実に落ちています。

そういう状況をビジネスモデルとしてどう活かして行くかというのも重要だと思うのです。だから、NTTというのは、音質の良い電話というのを売りにすればいいんじゃないかと東日本の社長に提案したんですが、そういうことって、あちこちにあるんじゃないでしょうか。つまり、ムーアの法則はいい方に進むとコスト削減と技術革新を両立させる一方で、ベストエフォート効果というか、みんなある程度のレベルで満足してしまう人たちと、ハイクオリティなものをほしがる層とが二極化させる効果を持っているんじゃないかと思います。

山田:
そうですね。林先生のおっしゃることはその通りです。総務省は、IP電話についても通話品質に関する研究会を開いています。それを日本の標準規格ということで、ITUに提案している。ただ、これもいいかどうかはわかりませんよね。いい品質で通話したい人はそういうサービスを提供する会社を選べばいいし、安いほうがが良いという人はそういう選択をすればよい。そのように割り切ったほうがいいと思います。

この前、総務省の課長が僕のところに話に来て、彼が言ってたことで一番印象深かったことは、802.11bのような技術を基にした電話が普及したとしても、利用者が多ければ多くなるほど質が下がるようなサービスには客が満足しない可能性がある。なので、仕組みは802.11bとまったく同じで、専用の周波数帯を割り当てて、高品質サービスをする会社が出てくると思いますよ、と言ってたことです。僕はそれこそ第四世代携帯電話(4G)の会社だと思うんですが。

このように、サービス品質の選択は利用者に委ねればよい。特許権についても、保護一本槍ではなく、共有されることを前提として、短期間保護されるという別の仕組みをつくり、発明者が選択できるようにすればよいと考えています。

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