IT@RIETI

RIETI BBLスペシャル「電波の開放」

パネリストローレンス・レッシグ (スタンフォード大学教授・東京大学客員教授)
村井 純 (慶應義塾大学環境情報学部教授)
ロバート・バーガー (国際大学GLOCOM客員教授・無線技術コンサルタント)
司会池田 信夫 (RIETI上席研究員)

池田

それでは始めさせて頂きたいと思います。今日は100人を超える皆さんにお集まり頂き、当研究所のBBL史上最大の盛況となっておりますけれども、今日は「電波の開放」、英語では"Open Spectrum"といいますけれども、そういうテーマで行いたいと思います。「電波の開放」という言葉の意味が皆さん直感的には分かりにくいかもしれないのですが、後ほど、バーガーさんの方からわかりやすく解説をして頂くことになっております。

本日、このように世界のインターネットを指導する立場の方々が一堂に会されたということは、電波の問題がいかに重要な問題であるかということを示す証拠なのだと思います。現在、日本に限らず世界的に経済があまり調子が良くなくて、経済が成熟しちゃったとか、新しい産業が生まれてこないとかいう話が多いわけですけれども、実は、電波の世界というものは、ほとんど使われていないまま占拠されている状況です。これは、古い既得権益によって周波数が「塞がれている」という状況だということです。これを開放すれば、今よりもはるかに多い帯域が使用可能になる。そうなればもしかすると、光ファイバーよりもはるかに効率的にインフラを構築でき、日本の産業全体を活性化させるチャンスなのかもしれない。そういう観点から、今日の話は難しいですけれども、日本の産業にとって極めて重要な意味を持っていると考えます。

それでは、今日の出席者の方々をご紹介いたします。(皆さんの向かって右側から)慶應義塾大学の村井純教授です。ご紹介するまでもありませんが、日本というよりは世界のインターネットを指導する立場にあられる方です。村井さんと電波の問題との関係が(一見)分かりにくいと思いますので、すこしご紹介いたしますと、総務省の電波有効利用政策研究会、この間最終報告書が出ましたが、そこで委員をされております。次にスタンフォード大学教授のローレンス・レッシグさん。レッシグさんは我々のセミナーに来て頂くのはこれで3度目になりますが、レッシグさんもまた世界のインターネットでは、指導的な立場におられる方です。それから、私の右にいらっしゃるのがロバート・バーガーさん。バーガーさんは国際大学GLOCOMの客員研究員でありますが、ついこの間まで、シリコンバレーで無線インターネット技術の開発をしておりました。それから、私が司会の池田です。皆様よろしくお願いいたします。今日の進め方ですが、まずバーガーさんに無線インターネット、あるいは電波の開放という問題の技術的な側面について、解説して頂きたいと思っています。それではお願いいたします。

バーガー

このような機会を与えて頂き、有り難うございます。今日は、(電波の開放による)"Spectrum Commons"(周波数におけるコモンズ ※注1)の基盤にある基本的な思想、アイデアについてお話ししていきたいと思います。そもそも、周波数という技術的概念が登場してきたのは1920年代からで、ラジオ、テレビのような送信出力の非常に大きい、「周波数をたくさん占有する」無線技術が登場しました。(このときに米国では電波法が制定されたわけです。)その頃は、アナログでしたから、受信技術もまた非常にシンプルだったのです。しかし、現在はデジタル無線等の技術が進歩していますから、周波数という問題をまったく新しい視点から考えることが出来るようになったのです。

この、新しい考え方に立つと、周波数というものは、本質的には無限に使えるものであり、利用できる箇所(ポイント)は幾らでも設置できるのです。他の技術に比べても同じだけの帯域をより効率的に可能性があります。ただし、旧来のアナログ無線技術のイメージが私たちの頭に残っているので、そのようなことが可能なのか、と思ってしまうこともありますが、IEEE802.11規格の無線LANのような新しい技術は、デジタル技術により、微々たる帯域でも周波数を共有することで効率の良い周波数の利用が可能なことを明らかにしています。携帯電話、これもCDMAのような規格はスペクトラム拡散 ※注2)方式を採用して、同一帯域の多数ユーザの利用を可能にしていますね。

このことが示唆しているのは、周波数の問題を考える際に、大出力の無線に一つの帯域をまるまる割り当てると言った二次元的な割当手法、例えばAMラジオやFMラジオといったものがそうですが、そのような考え方ではなく、小さい出力であっても、多重化技術により共通利用を可能にするような技術を前提とした割当手法を考えるべきではないかということなのです。例えば、メッシュ型のP2P(Peer to Peer)風のネットワークを使った無線LANも構築可能です。つまり、大きな送信出力の巨大な無線通信ネットワークよりも、小さい送信出力であってもより効率的に無線交信が行えるようになるということです。

さて、そのような新しい技術を用いたネットワークですが、そのネットワークを構成するスタック(要素)について見ていきたいと思います(画面)技術者は、ネットワークの世界が7層(OSIモデル ※注3)からなっていると常々考えています。

しかし、実はこの階層は9層あるのです。経済的側面という層(アプリケーション層の上)、ネットワークの技術的な基盤思想という層(物理層のところ)が付け加わります。このどちらを重視すべきかという問題ですが、私は、あくまでも後者、つまり技術的な側面が判断基準であるべきだと、ここで主張しておきたいと思います。先頃、FCC(連邦通信委員会)が驚くべきレポートを公表しました。「周波数タスクフォース」(RFTF)の報告書です。この中には面白い(技術政策上の)アイデアがたくさん含まれています。もちろん、私はこのすべてに賛成するわけではありませんけれども、例えば2年前だったらFCCは一顧だにしなかったような技術的な論点も含まれており、やはり、(FCCにおいても)周波数の見方が大きく変わってきたのだと思います。

この報告の中には、2点ほど(技術的に)注目すべきポイントがあったと思います。1つ目は、低出力のアンダーレイ技術 ※注4を用いた共有技術です。スペクトラム拡散を用いたUWBもそうですが、かつてはゴミ同然のノイズの領域だと思われていたものが通信に利用できるようになったことです。そして、2つ目が、空いた周波数の再利用です。例えば東京の周波数の状況すれば、解析すれば、如何に周波数が空いているかがおそらくわかると思います。後ほど詳しく説明しますが、周波数がどこで、どれくらい使われているかをダイナミックに検出することができれば、当然のことですが、空きの周波数が大量に発生すると思います。(何故かというと)旧来のアナログ無線技術は(帯域を占有するため)相当程度ムダを発生させていたからです。例えば東京でテレビ局を例にした場合、4chの隣に5chを作ることが(干渉の恐れから)出来なかったのです。これも後ほど説明します。

このような電波の送信出力による干渉問題の対策として、FCCの報告書では"Interference Temperature"(干渉温度)という仕組みを提唱しています。(画面)この仕組みは、一定領域で干渉がどの程度発生しているかどうかを実際に図っていくことで、しきい値(干渉温度)を設定しようと言うことです。UWB等の微弱なスペクトラム拡散を行う通信は、そのしきい値以下であれば、その周波数帯を共有して使うことが出来る、こういうことが提唱されています。

このあたりをもうちょっと詳しく示したのが(画面)でありますが、いわゆるアンダーレイ技術を用いた共有割当方法が基盤になっています。例えば、テレビの送信装置を例にすると、送信装置から離れれば離れるほど、出力は下がっていき、ある一定以上の距離になると送信波はノイズになってしまうのですが、そのようなノイズの部分を利用して、UWBのような技術を用いれば通信が出来ます。この技術は既存のテレビには影響を与えずに、何百万もの新しい(微弱な電力を用いる)デバイスを(無免許で)動作させることが出来ます。このような周波数利用の共有状態を我々は(周波数の)「コモンズ」と呼びます。政府は、技術的に干渉のしきい値がしっかり確定できれば、干渉温度を基準にした規制を行えば良いことになります。

次に、2つ目の技術に関して、詳しく紹介します。これは、「アジャイル(敏捷な)無線」、一般的にはSDR(ソフトウェア無線)と呼ばれるものです。これは、半導体の信号処理技術を最大限に活用した技術です。あるデバイスが無線データセルをGhz単位で受信し、さらに、そのエリアでその周波数がどれくらい使われているかの情報をリアルタイムに検出することが出来ると考えてください。そうすれば、干渉温度を測定することも出来ますから、干渉温度以下(もしくは、それ以上でも、他の無線に干渉しないと判断された)の領域について、切り替えながら通信を行うような技術が出てきています。このように臨機応変に切り替えを行うことから「アジャイル(敏捷な)」と名付けられているわけですが、もちろん、(ソフトウェアの設定で)地域や規制に応じて適切に利用の仕方を規制することも出来ます。このようなソフトウェア無線技術を、先ほどのUWBやスペクトラム拡散技術と組み合わせることで、今まで埋もれていた莫大な周波数の空きスペースを有効活用できるようになるのです。

このような説明をすると、テレビ等が周波数をかなり無駄に使っていることが分かるはずです。先ほども申したように東京では、テレビ局に6chが使われているので同じ都市で7chは使うことが出来ません。(アナログ無線技術では)チャンネルが近すぎて干渉が起きてしまうからです。しかし、SDR等を使うことで、自動的に使える周波数を検出するので7chを6chに干渉せずに使うことが出来るようになります。

このように、いくつか事例をご紹介してきましたが、新しい技術を用いれば、メガビットではなくギガビット級の通信が、周波数の自動検出によって可能になる、つまり最初に申したような「無限の周波数の利用」が既に技術的には可能になってきていること、これが、「コモンズ」という意味であります。

レッシグ

今日は3つの問題についてお話をしたいと思います。先ほどバーガーさんからもお話がありましたけれども、デジタル技術の進歩に伴うとても根本的な変化が起こりつつあります。ですから、ちょっとテクニカルな議論が多く、説明が多量になるかもしれませんが、ご容赦下さい。

1982年にもこのような話し合いがありました。パケット交換が導入される時の話でAT&Tをどうするか、という議論はずっと続きました。1992年にもインターネットが出来る、どうするかという話がありました。1995年頃にかけてはマイクロソフトを巡っての議論もありました。今、同じように、無線という重要なインフラの行く末を巡って議論が行われている最中なのだと思います。

それで、私の立場をまず明らかにしておくと、この問題に関しては非常に悲観的なのです。楽観的な部分もありますけど。(今般のFCCの報告書について言えば)重要なのは周波数に所有権を割り当てる政策の持つコストを理解しなければならないと言うことです。これについて、不必要だとか、誤っているというのは簡単ですが、むしろ考えなければならないのは、所有権という概念が、何故周波数政策についてまわっているのかと言うことです。

この問題を考えていくために、バーガーさんの話よりも、もっと基本的なところか進めていきましょう。周波数(政策)とは何かを考えるときに、直感的に思いつく事には間違ったものもあります。すぐに思い浮かぶのは、周波数を想像上の土地とか、島みたいなもの、と考えることです。じゃあ、それをどう割り当てようかと言うときに、コモンズだろうが、所有権だろうが、結局の所割り当てられる量の限界量が予め決まっているというものです。ここに第一の重要な問題があります。つまり、このような直感的な想像は誤っているのです。つまり、周波数というものは、限界量があるような性質を持ったものではない、ということを申し上げておきたいと思います。

古い無線技術の下では、周波数は主として電気通信のために存在していました。そしてその通信のシステムは非常に冗長性が高かったのです。つまりバックグラウンドのノイズが非常に大きい中で、多少性能が悪い受信機でも十分に受信できるようにゆとりをもって設計されていました。従って干渉が起こりやすいのです。それを避けるために、先ほどバーガーさんがテレビ局の例で説明したように、5chと6chが隣り合わないように無線システムが設計されます。とても"Stupid"なものであったのです。

この干渉は、実際に飛行機が衝突するようなものではない(×Collision,○interference)のですが、従来の無線システムでは、Stupidなアプローチしかとれなかった。これは主として精密に周波数を見知できない受信機側の問題なのです。

この部屋の中にもたくさんの周波数(音波)が飛び交っています。私の後ろの音はこれはヒーターでしょうか?それと、誰かが部屋に入ってくるときにドアを開け閉めする音もそうですね。携帯電話が成ることもありますね。通訳の音も漏れてきます。実際には我々は(賢く)このようなたくさんの音の中から必要な音を聞き分けているわけです。そのように受信機が賢くなければもう混乱してしまうのです。原始的な受信機をベースにした無線システムでは聞き分けが出来ないので、そういうネットワークに成ってしまうわけですが、もし受信機が賢ければ、このような干渉は避けられるのです。

周波数は技術の進歩により、より効果的に利用できるものと考えられています。シャノンは有名な「情報理論」の中で、周波数帯域を広く取ることでむしろ効率よく(低出力で)データ交換を行える可能性を示しました。そのときに、アンテナのゲイン(利得:電磁波を収束する能力:アンテナのエネルギー増幅能力の高さを示す)という概念を導入しました。この際にゲインは二つあり、一つは信号処理のゲインです。これは、通常の交信に一工夫加えて、同じ出力でより多量の情報をやりとりしようというもの。従来の無線技術だと、アンテナの改良ということでこれを実現してきました。一方、バーガーさんが先ほど良い指摘をされていたように、出力のピークを一つに絞らず、拡散して幅広く送り、受信機を賢くすることで聞き分けて情報をやりとりしようというものです。これはEthernet( ※注5)のシステムに似ていますね。いろいろな情報がネットワーク上に流れているのですが、Ethernetは必要な情報だけを選別して取り出し、データとして再構築するのです。周波数でも同じ事ができます。物理的に、周波数の帯域はもっと増やすことが出来ますから、上から下まで、幅広く最大限の処理能力を出す事が出来ます。そして、この能力は受信システムの演算能力を上げればさらに向上させることが出来ます。

もう一つのゲインは、技術的にもっと面白いのですが、ユーザ同士の協力により成り立つものです。いわゆるメッシュネットワークです。いまデモをスクリーンに写していますが、あるビルの中で、802.11の無線ネットワークが構築されているのですが、この中には3つの無線ポイントにより構築されているのですが、メッシュ網通信の概念を使えば、無線LANで接続されたユーザのPCがアクセスポイントに変貌するのです。そうやってユーザ(Peer)間で信号がホッピングしながら、アクセスポイントに繋がっていくのです。これが重要な理由は、ホップ間の距離を小さくするなら、出力は極めて小さいもので良いからです。例えば、この部屋の向こうまで情報を伝えたいとき、ホッピングを使って低出力で通信できるなら、大声で叫ぶよりもたくさんの人たちが交信をすることが出来ます。(大声に影響されないから)これはちょっと技術的すぎて難しいかもしれませんけれども、ユーザ数を増やすことによって、逆に通信のキャパシティを増加させていることになります。これが二つ目のゲインの意味です。従来の無線通信の常識では不可能だったことです。

この二つ目のゲインは経済学的に非常に大きな意味を持つので、周波数リソースの配分を巡る議論にも大きな影響を与えます。つまり議論の帰結として、周波数は固定の資産ではない。この場合、システム内調整という、無線ネットワーク上の仕組み(アーキテクチャ)により無線通信のキャパシティを最大限に拡大させることが出来る(動的な資産である)ということです。

さて、以上のような話で、最初にお話しした、周波数の問題における所有権の問題がもう少しクリアに見えてきたことと思います。所有権もネットワークを構成するアーキテクチャの一部となります。土地みたいなものを想像して頂ければいいと思うのですが、ここで一つ重要な点は、必ずしも所有権システムがシステムの最大限のキャパシティを生み出すわけではないということです。所有権という仕組みは、限られた資産を利用頻度の高い順に割り振ることを可能にしますすが、一方で所有権を設定することで全体の通信キャパシティを下げてしまう可能性があります。

所有権がシステム全体のキャパシティを低下させるという理由ですが、もちろん(独占的な)所有権を設定することで使用できる帯域幅が狭まってしまうからです。使える帯域が限られてきますから、当然、信号処理などのトランザクションコストも上昇します。

所有権を前提とした周波数割当にも利点はあるのですが、その利点とシステム全体のキャパシティの最大化という利点で、どちらが有利なのか。政策当局者は、所有権を前提とした制度を作ることで、使用頻度の高いユーザを優先するのか、それともシステム全体のキャパシティを最大化するか、よく考えなければなりません。

ここで、先ほどバーガーさんも言及されましたが、周波数のコモンズの話を少ししたいと思います。これから述べる話は、まだまだマイナーです。ここ最近ようやく、みんなが話題にするようになってきたのです。しかし、この分野における無線技術の進歩は最もめざましい(市場規模にして300%の成長!)部類に入ります。無線技術の進歩もまだ802.11系統の技術に限られているのですが、それでもその勢いなのです。ただし、802.11系統の技術は、必ずしも我々に最大限の無線通信キャパシティを提供しません。これにはまだ放送の概念、Point to Pointが基盤です。真に求められているのはPoint to mesh、つまりノード間通信の概念であります。多くの企業はこの概念をベースにした技術開発を進めておりますが、これが実現すれば従来からは想像できないような無線通信が実現すると思います。

それで、FCCの報告書ですが、FCCの無線政策は歴史的に、技術革新を規制で制限するという経緯がありました。そうした歴史を踏まえれば、現在FCCは歴史的な政策転換に挑戦していると言えます。先ほどバーガーさんも紹介しましたが、つい最近2つの重要な文書が発表されました。一つは、私の同僚(池田さん)も非常にお怒りになっているようですけれども、ビッグバン理論というものが打ち出されています。これは周波数に排他的な所有権を設定するというものであります。もう一つが同日に発表されましたが、RFTF(電波政策タスクフォース)の報告書であります。この二つの報告書はどうやら意図的に異なる方針を打ち出したようです。例えば、ビッグバン理論の下では、従来全周波数の7%にすぎなかった周波数への排他的所有権の設定を23%に増やすと謳われています。一方で、タスクフォースの報告書は、周波数割当には3つの方針で臨むべきだと書かれています。一つが従来型の"Command and Control"で、規制当局が割当を決めるというもの、二つ目がある程度の排他的所有権を設定するというもの、そして、三つ目が、関係者には驚きを持って迎えられましたが、コモンズを推進するというものでした。FCCがコモンズを推奨したのは、今後、周波数の割当がコモンズ型に移行するという意向を示しているのではないでしょうか。

もちろん、この報告書は大きな批判も集めています。例えばタスクフォースの報告書ではコモンズに言及はされていますが、それに今後多くの周波数を開放すると言うことは触れられていません。枠組みのみを語っているので、その実現性に少なからず多くの人々が懐疑的なのです。

あと、ビッグバンの方の報告書ですが、こちらにも問題があります。排他的な所有権の設定に関して、例えば高速道路をイメージして頂きたいのですが、日本の首都高は必ず高速代を払いますけど、これは利用台数を制限するためです。そうしないと渋滞がひどくなってしまいます。これは排他的な所有権を設定して、最も利用したい人に使ってもらうためには妥当な考え方なのですが、FCCの方針では、「歩道で歩いている人」にも料金を払えと言っているようなものです。歩道は別に混んでいる訳でもないのに、料金をぶんどることが果たして良いのかという議論がここで発生します。通行量のようなものを設定することで、どこの周波数を使用するかをコントロールしようという考え方です。先ほどバーガーさんも言っていましたが、周波数には利用していない帯域がたくさんある訳です。だから、これはまったく本末転倒な話で、必要があれば所有権の設定はするべきかもしれませんが、それもわからないのに、闇雲に所有権を設定しようとしている。それによって、全体のキャパシティを下げてしまっては、規制をする意味が無いというものです。

まあ、FCCの批判ばかりをしていてもしょうがないですから、ここでゴルバチョフの例を出しましょうか(笑)パウエルFCC委員長は、ゴルバチョフなのかという議論です。パウエルという名前は、50年後、彼の父(国務長官)ではなく、おそらく情報通信政策史上最大の「規制者」として残るでしょう。彼は二つの仕組み(排他的所有権の設定とコモンズ)の中で互いに競わせようとしていますが、その競争の帰結は明らかなのです。ですから、それがゴルバチョフが共産主義と資本主義を、(資本主義が勝つと分かっていて)対抗させようとした1980年代後半のソヴィエト連邦と似ていますね。もし、この危険かつ無謀な賭けが成功して、コモンズの導入による電波の開放が成し遂げられれば、パウエル委員長はそれこそ歴史に名を残す偉大なFCC指導者としてその名を残すでしょう。

最後に3つの論点をまとめたいと思います。まずは、コモンズを護るためには規制が必要だということです。つまりメッシュ網無線通信を実験的に導入していくために段階的な規制が必要なのです。技術的な実証がメッシュ網の普及には欠かせません。

第2に...あ、二つの最も重要なスライドが、あー、無くなってしまったみたいなんですけど...ちょっと頭の中が真っ白なんですが(笑)、まあ、重要な問題なので私のPowerBookから探しますので、後で補足させて下さい(笑)。

村井

今のお話は、まずFCCの話、そしてコモンズの話と、みんな驚いたというんですが、技術者として見ると、さほどの驚きはないのですね。要するに技術的な裏付けが重要ということです。で、私のお話なんですけど、全然関係ない、いつもの村井の話に見えるかもしれませんが、ここの議論には大変関係深い話ですので、よく聞いてくださいね(笑)

で、7月に横浜で国際会議(IETF)をしました。6月にはワールドカップもありました。このときに私は小泉首相に、外国からたくさんお客さんが来ますが、今回は日本に入国した瞬間から「インターネットがないと窒息して死ぬ」というコンセプトで行きたい、と申し上げました。それは大事だねぇ、ワールドカップはサッカーだけではないんだから、というお返事をいただきましたが、それで何をやったかというと、成田空港、成田エキスプレスの車内、横浜駅、そしてみなとみらいのプレスセンター、そしてホテル、これを全部いつでも無線インターネットが出来るようにしたのです。これは大変な作業でした。例えば電車の中。これは外側から電波を捉えながら内側に電波を配信しないといけない。振動もありますし、電波のデータセルを140km/hで走る速い電車に追いつくようにハンドオーバーしないといけない。でも、努力してそれを実現することが出来ました。いずれにせよ、私が何を言いたいのかというと、アナログな無線通信基盤の中で、インターネットが出来るようなエラーレートを実現して通信を確率することは、ものすごく大変な作業になります。

IETFの会議では、1650人の参加者の87%が無線インターネットを使っていました。(画面)これは、無線のアクセスポイントが常時いくつのユーザを捕まえているかを見るソフトウェアを書いて大会中見ていたものなんですが、アンテナのロケーションと、いわゆる三色問題、干渉の発生があります。でも、必ずしも干渉は発生するものではなくて、先ほどお二人からもお話がありましたが、技術的には今日ぞうんさせる事も可能だったりするのです。で、ここで問題だったことは、ホテルでVIPが泊まるスイートには電波が届かないとことがあって、このような600m行って、そのエリアにホットスポットを作る秘密兵器(画面)を使って、この時は台風が来て大変だったんですけど、我々のスタッフがスイートに電波を当て続けたわけです(笑)。

もう一個お見せしたいのは、逆の話で、衛星から電波を降らすというものです。Uni-Directional-Link-Routingという技術がありまして、一方向で相手に行って、行きと違うルートで帰ってくるというものです。これはインターネットの基本的な概念(Bi-Directional:双方向性)からははずれています。電波を使ったマルチキャストをするときに、一方向の経路が必要なのですが、これがインターネットではまったく考えられていないのです。

さっきお話のあったホッピング通信というのは、昔からアマチュア無線の世界では行われてきたことなのですが、小さな無線局が二点で話すと、私の声は聞こえてるけど、向こうの声はこちらには聞こえてこないということが起こりうる。そうして一方向になってしまうと、不安定なのでその経路のコントロールは非常に難しいのです。インターネットは双方向性の原則の下、そのとき一番確実な経路の設定をダイナミックに行いますので、一方向性通信の準備がまだできていない。だけど、一方向性ということを考えると、実はかなりいろいろなことが出来るのです。例えば、衛星経由で、6Mbpsのスループットを持つアジアの「一方向の」インターネット網を構築することができました。ミャンマーなんて、これで初めてインターネットが通じたりしたんですが、このネットワークを使って、遠隔教育とかをしているのです。

もう一個例を挙げたいんですが、私はすべてのクルマがインターネットに繋がることを夢見ておりまして、精度の問題があるんですが、まあどんな無線を使ってもIPなら良いだろということで、今はサテライト・インターネットというのと、もちろん無線LANも使ってますが、PHS/携帯電話、あと5.8Ghz帯のDSRCの周波数を使ったIP over DSRCというのを使って実験を名古屋市のタクシー1600台に実装してしています。それで、位置情報とワイパーにスイッチを取り付けて、いま雨が降っているという情報はタクシーのワイパー経由で見ることが出来るようになっています。これも、今7種類の周波数を使っているわけですが、これを皆さんがお持ちのクルマに波及させた場合には、それぞれのクルマが発信する情報がやりとりされるので、非常に自律的な情報ネットワークが構築されることになります。問題は、今日の議論の流れから行くと、ワイパーやABSセンサーの情報が動いた場所がしっかり分かることが必要なので、位置情報が極めて重要になってくるのです。現在はGPSで情報を取っているのですが、やはりGPSの電波が届かないところではエラーになってしまうのです。もしかしたら、将来は建物を建てたときにはGPS照権みたいなものが出てくるかもしれませんね(笑)。それで、じゃあビルを建てるときにどうしよう、という話なのですが、実はスタンフォード大学で開発された技術なんですが、「Pseudo Light System 」というものがあります。これは衛星からきた電波(GPSは当然ながら水分を通過するので、誤差が数十メートル発生します)をいったん受けて、そこから細かいデータセルに分割してリピート送信するという技術を開発しています。これくらいの部屋だと四カ所にリピータを置いてGPS波を満たすわけですが、驚くべき事に5mmとかのレベルで三次元の位置情報が出るのです。しかし、この技術を実用化しようと思っても、絶対に許可はおりません。何故かというと、細かく分割されたGPSの電波が、外に普通に降っているGPSの電波と同じ帯域を使っているからです。ここで干渉が発生するか、それともアンダーレイの技術が両者が共存できるかのせめぎ合いなわけです。こういう問題はフラクタルに他のところでも発生すると思います。

もう一個、電波まわりで私が気になるのは、ICタグの問題です。これが交信するときの行きと帰りの電波。これは小さい出力ですが、これはバーコードがすべてICタグに置き換わるようなものすごい勢いで普及が進むと思います。例えばこのミネラルウォーターにもつくようになるでしょう。この周波数の扱いは今後大きな問題になると思います。例えば、倉庫の中をぜんぶ見て在庫をチェックする周波数、万引きされないための周波数、あと家の中で便利に使うための周波数、これらは行きと帰りぜんぶ用意するのは大変です。このようにインターネットや情報空間が生活の隅々まで浸透する段階に進んだときに、周波数の問題は大変重要な問題になると思います。これは先ほどお二人がお話になったとおりです。

それから、技術的な部分ですが、これは周波数という空間を共有しようという話です。例えば、今回のFCCの報告書には時間の同期(タイム・シェアリング)をして空いているタイミングを見計らって共有しよう、とか、空いている周波数を検出して、そこを使おうとか、そういう面白いアイデアがたくさん盛り込まれています。ただし、これが移動を伴っている場合には移動しながら、ダイナミックにその状態を変移させていかなければならない。これは大変難しく、技術屋にとっては宿題をもらったなぁ、という感じです。で、最後に、それが今後どのようになるかということですが、無線LANについて、インターネット側からの要求をまとめているペーパーがありまして、日本は屋内と屋外で規制が別れていて、どれくらいチャンネルが必要かどうかには議論があるのですが、(画面)この三色問題といいますが、干渉無しに通信することを考えると、無線LANで15ch、いわゆるパブリック・アクセスに7chくらい必要だと言われています。では、22chの空間をどのように確保するかですが、FCCの場合は20ch以上は確保できそうで良い感じですが、日本の場合、画面に出ているようなラウンド・アバウト型の交通制御かそれとも信号機付きの交通制御か。私は、インターネットの本来のあり方からいえば端末側を賢くして、自律的なネットワークをつくっていく方、(つまりラウンド・アバウトの方)が適切だと思います。

池田

えーと、今までの話を簡単に補足する資料なんですが、いまお配りしている資料は、今週RIETIのウェブに上がったコラムです。我々のプロジェクトに「電波探検隊」というのがありますが、ここに来ていらっしゃる田中良拓さん(風雲友)の協力を得まして、基本的に総務省が公表している資料を使って、日本の電波の利用状況を調べました。なぜ調べたかというと、今度の国会に総務省が電波法の改正案を提出します。電波利用料の改定をするのが目的ですが、この問題が現在大変紛糾しています。この電波利用料という制度は米国にはない日本や欧州のいくつかの国に見られる制度ですが、これが全体で年間45billion(450億円)であります。そのうち、携帯電話/PHSの業界が420億円を負担しているのが現状です。一方、電波の利用状況はどうかというと、携帯電話とPHS(陸上移動)に分類されているのがおよそ20%の帯域を消費しています。一方、テレビ局は8%くらいの帯域を占めているわけですが、電波利用料の負担はわずか1%程度にすぎません。現在、このテレビ局の負担を引き上げることで揉めているのですが、問題は、携帯電話とテレビ以外の大部分を占める固定業務とか、船舶とか、海岸とか、そのような何に使っているか不明確な無線業務に70%ぐらいの周波数が割り当てられているということなんです。

そして、その70%の人たちが6%の電波利用料しか払っていないのです。電波利用料は基本的に無線局の数によって決まる登録手数料のようなものですから、これは、6%前後しか実は使っていないということを意味します。70%の周波数を持っている人たちが6%しか有効利用していないということになると、IT革命だなんだと言ってもインフラがもう無いわけです。これをどうにかしないと、今日のテーマである「電波の開放」はおぼつかない。これまでお話があったように、技術的にはかなりいろいろなことができるようになってきていますが、残念ながら規制の改革が進んでいないためにこれらが活用できていない。

実は今日のシンポジウムには総務省の方もご招待したのですが、残念ながらおいでいただけませんでした。このような状況では、いくら技術があっても、肝心のインフラが開放されていなければ、無線インターネットを用いた新しい産業が日本で生まれるのは難しいのではないか、これが当座の所の我々の結論であります。

それでは、パネリストの皆さんで、何かコメントなどがありましたらご自由にご発言いただきたいのですが。

池田

それでは、今日は来ていらっしゃらない総務省の考え方を代弁すると、実は一昨日、私FCCの技術局長のマイク・マーカスさんという方とお話をしたんですが、彼は技術者ですので、今度のレポートの技術的な側面についても理解が深い方です。それで、彼が言っていたのが、レッシグさんの言うようなコモンズの議論は理想としては良いし、技術的な方向性としても正しい。しかし、現在の米国の政治的な状況で、それが政策的に実現可能なのかと言っていました。つまり、強力な既得権益者が居る状況で、コモンズの導入は非常に困難であると言うことなのだと思いますが、レッシグさんはどうお考えですか?

レッシグ

ゴルバチョフの話をまたしますが、現況はゴルバチョフ政権の最初の頃とよく似ていると思います。つまり、先行きについて誰も予測不可能だと言うこと。

既得権益者たちが新しい技術を受け入れて権益を開放するかどうかは予測不可能なのです。しかし、そこにむけての戦略としては、既得権益者がコモンズに適応できるように、ゆっくりと改革を進めていくというやり方があると思います。また、FCCはマーケットがきちんと着いてくるように自然なスピードで促進をしていなければならないでしょう。

あと、別の戦略としてはコモンズについて理解を深めていくことが必要だと思います。新しい技術を用いる場合、基本的にライセンサーが使っていないときにだけ使わせてもらうのが基本、つまり排他的に利用してきた人たちに優先権があるわけですから、これを受け入れるのには基本的に議論の余地がないはずなんですが、それを理解してもらうように、少しずつ切り崩していくことが必要だと思います。

池田

まさに仰るとおりだと思うのですが、我々も総務省の方々ともディスカッションをする中で感じていることなんですが、総務省の技術畑の人たちは、一言で言うと「心配している」のですね。アンダーレイの概念とかは理解しているのですが、実際に運用してみたときに、実際は行儀の良いユーザばかりではないので、干渉を起こすようなむちゃくちゃな電波を出す奴が出てきて、その帯域を「殺してしまう」ことが起きないのか、ということです。いまの帯域制御でもかなりシビアなのに、このような使い方が出来るのか、という疑念があるようなのですが、バーガーさん、そのあたりの技術的なところはどうでしょうか?

バーガー

今の話は非常に興味深いと思います。コモンズの意味するところは誰もが好き勝手に電波を使って良いわけではないと言うことなのです。例えば802.11系統の技術でしたら、IEEEで技術的に基準が決まっていますから、機器ベンダー側はそれに従う義務があります。そうやって、カオスを避けているわけですが、この基準を今後改良して、ある程度動的な周波数検出と利用についてもルールを定めてそれを技術的に規定していくやり方があると思います。この辺りは、技術動向に応じて柔軟に変更しておければなおよいでしょう。

村井

今、池田さんは「恐れる」と仰いましたが、技術屋からすれば「恐れなければならない」のだとおもいます。ある周波数を使っていて、その部分をアンダーレイで共有しましょう、と言うときに、いくら微弱だと言っても、そいつが凄く近くに来たらやっぱり影響を受けるわけです。それに対しての苦情を恐れるというのはある意味当然でしょう。でも、一方では、その恐れがどの程度のものなのかをしっかり把握しないといけないですね。我々が(802.11bで利用される)2.4Ghzの無免許利用帯域、所謂ISMバンドを作ったときに何が問題になったかというと、実は日本の確保している12chとれる帯域が世界で一番広いんですけど、電子レンジと同じ帯域を使っているのです。電子レンジを侵してはいけないというのは大前提ですから、そのように技術基準を決めたのですが、確かに、電子レンジの前で無線LANを使うと、使えないんですね。で、逆に無線LANの方が電子レンジにどのような影響を与えるかと言うことですが、これはやはりエネルギーが入るんで、よく焼けるんです(笑)(本当ですかー?(池田))まあ、要するに電子レンジ側にはほとんど影響を与えないのです。いずれにせよ、そのように徐々に共存できるかどうかを確認しながら進めていく分野なのだと思います。最終的には我々の利益になるわけだから、うまくいくように徐々に進めていくのが良いのだと思うのです。これが第一点。

で、もう一点ですが、実際にやっていくと分かるんですが、電波って難しいんですよ。いろいろ予測不可能なことも起こるのですが、だからといって、やる前から「心配だから云々」とか言うのではなく、少しやってみて、大丈夫そうだ、じゃあ次にこれだけ、というようにやってみることが重要なのだと思うのです。

レッシグ

バーガーさんの議論をもうすこし展開したいんですが、確かに規制は存在します。技術的なところで基準やルールを定めないといけないのは確かです。規制はデバイス側に主にかかっていくでしょう。また、所有権の議論が将来的にあり得るとすれば、それは周波数側ではなくて、デバイス側の規制として所有権が設定されていくことになるでしょう。規制はより優れたデバイスを開発していくためのインセンティブになるというのが望ましいと思います。このやり方の方が健全でしょう。

ただしデバイスに対して、"Etiquette Rule"、つまり参入に当たって、干渉を防ぐための技術的な規制をかけるときにどのような(技術的な)議論をするか。例えば、既得権益者にとって、自分たちの利益を最大化するような形の技術規定を入れ込むことも可能なわけです。例えば米国でのFM局に関しての新規参入の話ですが、技術的には増設が可能だったのですが、既存のFM局がロビー活動を繰り広げた結果、FM局をこれ以上増えないような規制にしてしまったのです。

このわかりやすい一例としてマイクロソフトを取り上げましょう。マイクロソフトは無線技術を促進するための一つの大きな推進力となってきたことは疑いのない事実ですが、それでも、技術基準を決める際に自社で開発した技術を入れ込むことで、アーキテクチャをコントロールしようとするかもしれません。実際にはまだそのようなことは(無線の世界では)起きていないのですが、このようにエチケット・ルールを決めていく際には、特定の事業者により自己に有利な技術基準が決められてしまう恐れがあるのです。

バーガー

私が聞いたところだと、FCCの人々も同じような憂慮をしていました。カオスが生まれるかもしれない。そして、周波数をコモンズ派が独占してしまうかもしれない、ということです。ですから、FCCは排他的権利を設定することで、コモンズの考え方に対抗してくるのではないかと考えています。先ほどレッシグさんから話のあったFM局の話ですが、これは既得権益者がロビー活動を議会で、激しく行ってFCC案を潰してしまったのです。これはビッグバン理論を考えた際に極めて重大な結果を予感させます。つまり、その理論に従い排他的所有権を一度設定されたら、既得権益者はその権利を持って裁判所に行って所有権を確定させてしまうかもしれません。そうなったら、コモンズ側は太刀打ちできなくなってしまいます。/p>

池田

では、さらに総務省側の立場から追加的に質問をさせて頂きますと、実は、技術的には新しいアプローチによるコモンズ、というのが正しい、というのはようやく認識されてきたようなのですが、一方で果たしてそれはビジネスとして成り立つのか、という議論が出てきます。去年の今頃は無線LANによるビジネスが盛んになると言われていて、今年の4月頃からサービスが続々と始まったのですが、あまりうまくいかず、今年の11月に我々もおつきあいしていますが、MIS(モバイルインターネットサービス)社はサービスをやめてしまいました。所謂公衆無線サービスとしては成り立ちがたいという印象を受けました。それで今後、果たして無線LANが携帯電話を超えるような大きなサービスになるのかという所なのですが。

バーガー

我々が認識しないといけないのは、我々は極めて初期の段階に立っていると言うことなのです。長期的に見れば無線LANを用いたISPと言う考え方自体なくなるのかもしれません。我々が持ち歩く無線LAN対応のデバイス一つ一つがノードになって、自律的な通信ネットワークを構築していくことでネットワークを作ることが出来ます。バックボーン網を提供しているISPはあるかもしれませんが、「賢い」デバイス間でのネットワークが主流になるでしょう。そうなると、日本にとっては有利な状況になるかもしれません。(日本は優れたデバイスを作る能力があるから)先ほど村井さんが仰ったように水のボトルがデバイスになる。そうした時には、全く新しい世界が開けてくると思うのです。

レッシグ

もう一つのダイナミックな側面として、インフラの担い手の変化ということもあるでしょう。現在我々が依存している様々な社会的インフラ、高速道路とかが政府によって作られています。つまり資金も政府が出しているわけですが、無線ネットワークは市場規模で前年比290%以上の伸び率を示していますが、これはユーザがデバイスを買うことで、資金をマーケットに投下して構築していくものです。装置の寿命を考えると、買い換え需要がありますから、資金が継続的に投下されていくことになります。それにより、また次世代の無線ネットワークが構築されていく。このような担い手に関するダイナミックな変化が起こってくると思います。

村井

私がいつも霞ヶ関で仕事をするときには、余裕を見て早めに出てくるので、だいたいいつも30分くらい早く着くのですが、そうしたときにはだいたいこのPCを開くと、どこかしら無線LANの電波が漏れているので、それを使って仕事をしてそれから霞ヶ関に行くなんて事をよくやります。こんなこと言うと、電波を泥棒して居るみたいなものですから若干後ろめたいんですが、でも、それで使えるんですね。そういうモデルもあるかもしれない。今、光のアクセスが100Mbpsで1万円ですから、喫茶店とかでそれを引っ張って、1万円の無線ルータを置いて、アクセスさせてあげればそれは、トイレットペーパーみたいな、サービスの一部になるわけですよ。そういうようなビジネスとして出てくるのではないか。

あと、総務省の委員会に出ていて考える話ですが、電波には使いやすいところ、使いにくい所があります。これは特性ですからしょうがないんですが、この一番使いやすいところをインターネットに使わせるためにはどうするか。でも、今までアナログの無線ではこのような用途に割り当てていました。だけどそれをデジタルに切り替える際に、どうするか。いろいろいじらないといけないんですが、フランスでこの前、軍の帯域を無線LANに開放しましたけど、この際にきちんと対価を(軍に)支払って居るんです。立ち退き料ですね。じゃあ、コモンズを作りますからここの周波数を空けます、と言うときに、立ち退き料の原資をどこから調達するか。コモンズをやっている連中からお金を取るわけにはいかないですから、誰から取るのかという問題があります。で、私が総務省の委員会で提案していることがあるのですが、(受け入れられるかどうかは知りませんが)もう(立ち退き料の原資の話は)先延ばししましょうと言っています。ビジネスモデルも不明確なのに誰から取るということは言い切れません。先ほどのトイレットペーパーモデルにしても、喫茶店が払うのか、それともデバイスメーカーが払うのか。わからないのなら、取るのは止めようというのが私の主張です。で、とにかく使わせろと。それで、ガンガン使って市場規模がもっと拡大してきて、誰が儲かっているかが分かってきた段階で、もう一度検討することにしてはどうかということです。そういう考え方で行かないといけないと思うんですが。

池田

私もまさに村井さんの意見に大賛成なのです。総務省の電波有効利用政策研究会の報告書(url)でも、「市場原理利用比較審査」とかいう、訳の分からない方式が提唱されていましたが、報告書の大部分は周波数オークションをやるかどうか、という議論をして、結果的に周波数オークションはやらないと決めた。この決定自体は私は良いと思うのですが、それで出てきた帰結が比較審査(美人投票)という、さらに退行したものになっている。

村井

美人投票というのは使い方を決めるときの話ですね。私の先ほどの話は空けたときの原資の話です。で、FCCの話にしても、まだこれから誰が儲かって、どのような市場が形成されていくかは分からないわけで、何が起こるのかをまずは見ていくことが重要ですね。

池田

その点に関して、私の個人的な提案なのですが、RIETIのサイトに「コモンズとしての周波数」(url)という英文のペーパーを置いているので、詳しくはそこを見て頂きたいのですが、今村井さんが仰ったような、現在使っている人たちからどのように電波を召し上げるかという話について、今度の総務省の提案では、減価償却の終わっていない資産価値を算定して、その分を保証するということが原則になっています。でも、これはスゴイ話で、だいたい通信機器の減価償却期間は標準的には6年程度ですから、召し上げられる方は1年分くらいしか残存簿価としては残っていないのです。それで召し上げてその後のビジネスの補償もしてもらえないのですから、これは幾ら非効率に使っていると言ってもちょっとかわいそうです。

それで、私が提案しているのは、オークションをやってはどうかということです。安い値段を付けたところから、政府が買い上げる逆オークションです。そのオークションで買い上げた電波をコモンズとして開放する、こういうアイデアをこの前MITで行われた会議で発表したのですが、FCCのロバート・ペッパーさん、まあ事務次官みたいな人ですが、彼がやってきて「(池田の意見は)とんでもない、周波数オークションで我々は多額の資金を調達したのだから、それに比するようなお金を払うなんてできない」というように反対したのですが、よくよく考えてみると、通常の周波数オークションは、一番効率よく電波を使う人に落札されるわけですから、高く売れるのは当然なのです。これは一昨年に欧州で行われた3G携帯電話の周波数オークションを見れば一目瞭然ですが、トータルで10兆円以上の値が付いたのです。

しかし、日本では、名前を出して恐縮ですがMCA無線、業務用の無線システムなどに用いられているものですが、これはNTTドコモよりも多い、75Mhzの帯域を使っていたりします。でもこのシステムは年々利用者が減っていて、現在40万ほどの無線局で、赤字なんですね。経済学的に考えれば、マイナスになっているのですから、単純に考えればゼロ円で召し上げても構わないのですが、例えば彼らに1億円でもあげて立ち退いてもらえば出ていってくれるかもしれません。まあ1億円かどうかはわかりませんが。このように市場原理を利用して、立ち退きを進めようと言うのが私の提案なのです。

This work is licensed under a Creative Commons License.

脚注
  • ※注1)コモンズ:(知的、所有権的等幅広い概念を持つ)財産に関しての共有、または共有された領域を指すが、ここでは周波数の共有的な利用を指す。
  • ※注2)スペクトラム拡散:一つの帯域に一つの用途を占有させるのではなく、まったく逆に微弱なデータを幅広い帯域にばらまいて通信する方式。データの冗長度は、エラー訂正コードなどの追加で飛躍的に強化されており、また微弱な電波出力のため、互いの干渉はほとんどない。このように広帯域化することで全体的に見て周波数資源の有効利用を図るという方式である。携帯電話のCDMA規格はこの方式を用いている。
  • ※注3)OSIモデル:ネットワークの構成要素を階層(レイヤー)構造として見るもので、下から順に(1)物理層(電気的な接続)、(2)データリンク層(隣接するノード間のデータ転送を所掌(MACアドレス))、(3)ネットワーク層(ネットワーク間の通信を担当(IPアドレス))、(4)トランスポート層(データ転送サービス(TCP/UDP))、(5)セッション層(アプリケーション個別のセッションを管理)、(6)プレゼンテーション層(暗号化・圧縮化などのフォーマット変換)、(7)アプリケーション層(アプリケーションへのインターフェイス部分)の7層から成る。
  • ※注4)アンダーレイ技術:オーバーレイ技術と同様、無線のデータセルを多重化して共有する技術。
  • ※注5)Ethernet:IEEE802.3で規定される高速ネットワーク接続規格。LANに使用されることで有名。