RIETI海外レポートシリーズ 欧州からのヒント

第四回「欧州電力・ガス事業再編を読み解く」

白石 重明
コンサルティングフェロー

欧州の電力・ガス事業再編

今回は、欧州の電力・ガス事業の再編を、筆者が検討しているマルチプル・ゲームのフレームワークを使いながら読み解いてみたい。

欧州では、「持続可能な、安定した、競争的なエネルギーの実現」という理念に従い、欧州統一エネルギー市場の創設を目指している。TLC(フランス、ベルギー、オランダの市場結合)など、いくつかの地域的市場統合も実現している。また、2007年7月までには、電力・ガス市場のいわゆる全面自由化も一部を除き実施された(2003年の改正EU指令に基づく)。国際連系線への投資拡大など欧州統一エネルギー市場の誕生に向けた課題も残るが、電力・ガス市場の環境が大きく変化していることは間違いがない。

他方、2004年の企業買収に関するEU指令が現時点までにほとんどの国において国内法制化されるに至った。その結果、EU内での企業買収に関する法制度は、1)原則として買収対象企業は、より高い価格を提示する他の買い手を見つける以外の防衛策を控えなければならず、2)例外として買い手企業と買収対象企業の「reciprocity」が認められない場合(買い手企業が本国で優遇されている場合など)には防衛策が認められる、という原則に基づくことになった。これは、買収防衛をしようとする企業に立証責任を負わせるもので、EU内でのM&Aは容易になった。

こうした市場環境の変化とM&Aに関する法制度整備を背景として、欧州の電力・ガス事業の再編が活発化している。例をあげれば、何回か言及したドイツE.ONは、M&Aによってブルガリア(2004年)、ルーマニア(2005年)、オランダ(2005年)、イタリア(2006年)への参入を果たし、スペイン・エンデサ買収は断念したもののいくつかの重要資産を取得する見通しである。また、前回触れたように、フランス・EDFは、スエズとの合併を発表している(2007年)。

企業、国家、欧州委員会によるマルチプル・ゲーム

こうした欧州の電力・ガス事業の再編を読み解くために、企業、国家、欧州委員会によるマルチプル・ゲームというフレームワーク・モデルを考えよう(欧州以外を念頭に、企業と国家との「二重のゲーム」として筆者が検討していた理論モデルの拡張である。2006年12月12日RIETIコラム205参照)。

企業の行動は、2R-2Rモデルによって説明される。2R-2Rモデルとは、利潤の静的・動的最大化という経済目的のために「戦略基礎の2つのR(resourceとrisk)」と「戦略行動の2つのR(re-definitionとre-location)」が相互規定しつつ循環し、その積み重ねによって企業が変化していくモデルである。

国家の行動は、いわゆる「国益」増大を図るリアリズムによって説明される。ここでは、本来WIN-WIN(ポジティブ・サム)を可能とする経済現象についても、他国との相対的利益(自国の利得の絶対値ではなく他国との利得差を重視)や自国のセキュリティ問題への配慮(関係国との安全保障上の関係によって対応が変化=セキュリティ外部性など)といった政治的ゼロ・サムゲームの要素が作用する。

欧州委員会の行動は、国家を超えた域内全体の利益拡大を図るリベラリズムによって説明される。EU統合をいかに捉えるかという問題については諸説あるが、1)国家内での意思決定を踏まえて各国間の交渉が行われ、その結果として制度が決定される、2)制度の定着により国家間の約束が固定化される(レジーム化)、という「リベラル政府間主義」的なプロセスとしてみることが適切だろう。現時点での欧州委員会は、各国家からは一応自立的に「域内全体の利益拡大を図る」リベラルなレジームであるが、統合自体が過渡的段階にあるため主権国家たるメンバー国の意向を完全に無視できるほどではないプレイヤーということになろう。ここには、リベラリズムとリアリズムのせめぎ合いがある。

以上のような異なる原理に基づいて意思決定を行うプレイヤー間で行われるマルチプル・ゲームとして欧州の電力・ガス事業再編を読み解くことができる。さらに、このフレームワーク・モデルは、より一般的に経済グローバル化を見る視座ともなる。この立場からは、経済グローバル化を企業間競争としてだけ捉えることは、主権国家や国際レジームの重要性を看過するものである。

ドイツE.ONによるスペイン・エンデサ買収計画

それでは具体的にドイツE.ONによるスペイン・エンデサ買収計画を例として、上述のフレームワークによって簡単に読み解いてみよう。

欧州委員会は、上述のとおり、欧州統一エネルギー市場の創設を目指している(リベラルな域内全体の利益拡大)。統一市場での競争促進の観点から、電力・ガス事業の国際的M&Aについても寛容な立場をとっている。他方、種々の条件のため実際には各国単位で市場が成立している現実を前に、いわゆるナショナル・チャンピオン企業創出に対しては厳しい姿勢である。

こうした中、スペインに進出しようとするドイツE.ONによるスペイン・エンデサ買収計画が発表され(2R-2Rモデルによる利潤最大化行動)、欧州委員会は歓迎の立場をとった。他方、スペイン政府は、自国のエネルギーセキュリティ上の配慮や、ホンネとしては統一市場で自国企業が優位になることを目指して(リアリズム的対応)、「エンデサの発電容量3分の1相当の発電設備の第三者への売却」などE.ONに対して厳しい買収条件を付した。

その後、欧州委員会とスペイン政府は、委員会からスペインへの買収条件の撤回要求→スペインによる要求無視→委員会による「違反行為是正手続き」(実質的強制力あり)への着手→スペインによる条件緩和→委員会によるさらなる改善策提出要求→スペインによる要求拒絶→委員会による欧州裁判所への提訴、と厳しい対立的ゲームを繰り広げた。この間、ドイツ政府が欧州委員会に対して影響力を行使したという説もある(ドイツによるリアリズム的行動)。

また、スペイン政府に対してE.ONが買収活動の妨害を差し止める仮処分請求を行うなど、買収をめぐる訴訟合戦も発生した。こうした状況の下、イタリア・ENELは、スペインのアクシオーナ・グループ(エンジニアリングを中心とした企業グループ)とともにエンデサ買収に参入した。これは、スペインの有力企業と連携することでスペイン政府のリアリズム的主張に沿いながら、自らの地歩を拡大しようとする戦略として理解できる。

こうした一連の動きは、最終的にENELとアクシオーナ・グループがエンデサの買い手として残り、E.ONがエンデサの重要資産の一部を取得することで買収を断念する形となったが、さて、このゲームでは誰が「勝った」のだろうか?

第1に、スペイン政府はE.ONによる自国有力企業の買収を阻止し、自国企業グループを含めた買い手が登場したことにより、少なくとも負けてはいないといえよう。これは、経済グローバル化を考える上で、主権国家のリアリズムが無視し得ないものであることを示している。

第2に、欧州委員会は度々スペイン政府に煮え湯を飲まされはしたが、競争的な欧州統一エネルギー市場創設という目標からすれば、買い手は替わったものの最終的に国際的M&Aが成立するのであれば、やはり負けたとはいえない。経済グローバル化においては、リベラリズムもまた大きな影響力を有していることを示している。

第3に、関わった企業であるが、いずれの企業も「勝った」ものと筆者は考えている。スペイン政府のリアリズムと欧州委員会のリベラリズムの間のゲームが「痛み分け」的であるのに対して(リアリズムがゼロ・サム的である以上、これは当然である)、経済原理に基づいて行動する企業についてはWIN-WINが可能であったのである。その1つの証拠は、各社の株価動向である。E.ONがエンデサ買収断念を公表した2007年4月2日、E.ON、ENEL、アクシオーナ・グループの株価はそれぞれ急騰し、その後も順調に推移した。エンデサのみ株価が上昇しなかったが、これはそれ以前の買収競争の過程で買収提示額が引き上げられていたためである。

以上のように、経済グローバル化の動きをマルチプル・ゲームとして把握すると、いろいろと面白いことが見えてくるし、欧州の経験が日本にとって示唆に富んでいることもわかってくる。本稿は「欧州からのヒント」なのでここまでとして、より詳細で丁寧な議論は別途の機会にしたい。

2007年11月14日
写真

2007年11月14日掲載

この著者の記事