「グローバリゼーション」の見方

白石 重明
上席研究員

「二重のゲーム」としての「グローバリゼーション」

「グローバリゼーション」という言葉は「愛」と同じだ。多くの人が口にするが、その思い描く内容は異なっている―。

そこで、「グローバリゼーション」を語る切り口の1つのアイデアとして、「グローバリゼーション」を「企業レベルでのゲーム」と「政府レベルでのゲーム」という二重のゲーム構造として見ることを考えたい。
この立場からは、1)企業がどのようなゲームを行っているのか、2)政府がどのようなゲームを行っているのか、3)2つのゲームの相互作用はどのようなものか、という3つの視点から「グローバリゼーション」を分析していくことになる。

このアプローチによって、国際投資や貿易に関するマクロデータからの議論では必ずしも十分に導くことができない「グローバリゼーション」に関する有益な政策的インプリケーションを導くことが期待できる。

企業レベルでのゲーム:「2R to 2R」

企業レベルのゲームとして「グローバリゼーション」を見ると、一般的に技術的・制度的要因の変化により国際的な事業活動の可能性が広がる中、各企業が「戦略基礎としての2R」に基づいて「戦略行動としての2R」を行っている姿が浮かぶ(「2R to 2R」)。その目的は、利潤の最大化である。

企業が行っている戦略行動としての2Rとは、「Re-definition」と「Re-location」である。

Re-definitionとは、どの産業分野で(水平的再定義)、またバリューチェーンのいずれの部分で(垂直的再定義)、自社は稼ぎを得ていくのかという事業モデルの再定義である。IBMのパソコン部門からの撤退などが具体例として指摘できる。

Re-locationとは、バリューチェーンのどの部分を国内でまかない、どの部分を国外でまかなうかという地理的な事業の再配置である。この点について、たとえば、日本の製造業企業は、研究開発を国内で行う一方、製造を自国を含むアジア域内で行うパターンを持っている。

また、こうした戦略行動の2Rは、個別企業の「Resource」と「Risk」という戦略基礎としての2Rに基づいて行われている。

Resourceとは、各企業の持っている技術的優位性、ブランド力、人的資本、財務内容、組織能力、事業規模、等々の「個性ある組み合わせ」である。このような意味でのResourceは、歴史的経緯の中で形成されてきたものであって、その企業がどこの国をHOMEとしてきたかということもResourceの重要な要素となりうる(“Home”matters)。

Riskとは、各企業が直面する多様なリスクである。よく議論されるのは海外進出に伴うさまざまなリスクだが、他方で企業活動のグローバル化には国際的リスク分散という側面があり、自国にとどまるリスク(国内景気のみに業績が左右されるなど)もある。また、確率的に対応可能なリスク(不良品の発生リスクなど)もあれば、確率的に対応できないリスク(政策・制度の変更リスクなど)もある。

このように、企業はそれぞれのResourceとRiskという戦略基礎に基づいて、Re-definitionとRe-locationという戦略行動を行っている。したがって「世界はグローバル化の波に覆われてフラット化し、すべての企業はグローバルな競争に突入する」「グローバル化しなければ企業は生き残れない」などと総括することは正しくない。

実際、先にみた日本の製造業企業の「研究開発=国内、製造=アジア」というパターンについても、このパターン以外の成功例は数多くあるのであり、グローバル化の中での成功モデルは1つではない。

しかし、だからといって「成功の方程式」がないわけではない。企業レベルにおけるゲームでの勝利の形はさまざまだが、それは企業の戦略基礎となる2Rがそれぞれに異なるからであって、「2Rから2Rを導く」という方程式を適切に解いた者が勝利者となることには違いないのである。

政府レベルでのゲーム

政府レベルでのゲームとして「グローバリゼーション」を見ると、1)外資への対応ゲーム、2)自国企業の海外進出に関するゲーム、の2つが複雑に絡み合っているように見える。

外資への対応ゲームについては、「外資の脅威から自国産業をいかに守るか」という戦術から「いかに自国に外資を呼び込むか」という戦術に変化してきているといえよう。中国をはじめとするアジア諸国の経済発展は、このような戦術の切り替えによって達成されたものである。わが国でも、対内投資のさらなる拡大が重要な政策課題とされている。

他方、自国企業の海外進出に関するゲームは、海外での事業環境整備の推進(EU統合やアジアでの地域協力などを含む)、貿易保険の付与、海外情報の提供、等々さまざまな形で行われていることは周知のとおりである。

さて、こうした政府のゲームの目的は何だろうか。
「グローバリゼーション」は世界経済全体のパイを拡大させるが、その分配については何も保証しないから、企業のゲームに比べて政府のゲームの目的が複雑化することは当然である。「グローバリゼーション」を進めるだけで、「他ならぬ」自国が発展するとは限らないのである。

また、「自国の経済発展」が目的だといっても、それはGDP規模の問題だろうか。あるいはGNI規模の問題だろうか(筆者が担当した「2006年版通商白書」では、この点について「国の可処分所得としてのGNI」に着目し、GNI拡大に向けた生産性の向上と「投資立国」の議論を展開している)。

さらにいえば、マクロベースでの発展のみが問題なのだろうか。「グローバリゼーション」の進展は、各国国内に一様の影響を与えるわけではないと考えられるところ、そうした影響への対応も政府の関心を呼ばざるをえないだろう。
実際の各国政府の政策を見ても、その目的がどこにあるのかを断じることは決して容易ではないことが多い。

このように、政府のゲームの目的は、どうあるべきかという議論としても、現実の政策分析の議論としても、決して単純ではなく、改めて検討する余地があるように思われる。

なお、このような政府レベルでのゲームを重要な構成要素とする「グローバリゼーション」は、正確な意味においてインターナショナルな現象ではあっても、決してグローバルな現象ではない。「グローバリゼーションの時代には国家は退場していく運命にある」などというのは明らかに間違っている。

2つのゲームの相互作用

企業レベルでのゲームと政府レベルでのゲームは、相互に密接な作用を及ぼしている。

まず、政府の政策は、企業レベルでのゲームに多大な影響を及ぼしている。具体的には、雇用政策の硬直性が外資の進出を阻害している例(フランス)、関税賦課が企業の投資を加速している例(EUフラットパネル)、外資優遇策が奏功している例(ハンガリーの税優遇)、などである。
少し次元が異なるが、グローバル経済を支える通貨システムのありようも、政府間でいかなる取り組みがなされるかが、企業レベルでのゲームに多大な影響を与える。

他方、企業レベルのゲームが政府レベルのゲームに影響を及ぼすことも少なくない。たとえば、アジア統合をめぐる政策的論議は、明らかに企業レベルでのゲームが先行した実態先行型である。

ゲーム間の相互作用が単純でない場合も少なくない。エネルギー分野はその好例となりうるだろう。EUでは、エネルギー供給事業について自由化を進めようとしてきているが、実態的には、大規模な電力・ガス企業による垂直的統合が国境を越えて広範囲に起きつつあるとの指摘もある。

「グローバリゼーション」を語るには…

ここで紹介した「二重のゲーム構造」「2R to 2R」といった「グローバリゼーション」の見方(フレームワーク)は、現在進めている調査研究の中での1つのアイディアである。

「2R to 2R」の具体的な事例分析による深化や、2つのゲームの相互作用の分析など、今後の課題も多いが、このような形で「グローバリゼーション」を語っていくことで、個別のエピソードやマクロデータからだけではたどり着けないところまで進んでいける可能性があるのではないかと考えている。

2006年12月12日

2006年12月12日掲載

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