Special Report

サービスから始めよう

白石 重明
コンサルティングフェロー / 経済産業省サービス政策課長

1. 未来からの「逆算」で見えてくるもの

望まれる未来の姿を想定し、そこから現在に向けて光を照射することで、今、なすべき重要事項が何であるかを明らかにする思考方法がある。設備投資における「現在の資本ストックと望まれる資本ストックのギャップを埋めるように設備投資が決定される」という加速度原理の基礎となる考え方もその一例である。また、受験生が「志望校対策」と称して行う受験戦略(?)も、望まれる未来の姿を想定して、足らざるを補っていくという意味において同様のアプローチである。

このように、未来の姿からいわば「逆算」して課題を明らかにするというアプローチは、一般的に行われている。では、このアプローチを日本経済にあてはめると、どうなるだろうか。

第1に、あまりに長期的な未来を想定すると不確実性が高くなるので、ここでは一世代分である30年を手がかりに考えてみることにしよう。

第2に、日本の潜在成長率をどう見るかという問題があるが、ここでは政策論を議論したいので、「日本再生戦略」(2012年7月閣議決定)が掲げた実質2.0%という数字を採用したい(ただし、「日本再生戦略」は2020年度までの平均として実質2.0%成長を掲げている)。

さて、実質2.0%の経済成長を30年間続けると、日本経済はどうなるか。ざっと複利計算をすると、経済規模が約1.8倍になることになる。一方、国立社会保障・人口問題研究所が発表している将来人口推計(中位)によると(2012年1月推計)、我が国の人口は2012年の127498(千人)から30年後の2042年には105267(千人)へと減少する。つまり、約17.4%の人口減である。したがって、1人当たりGDPについて見ると、おおよそ2.2倍となる計算だ。

これは、かつての「所得倍増」を彷彿とさせるすばらしい未来像のように思える。ここで私たちは、「では、どのようにしてそのような経済成長を遂げることができるのか?」と問いがちであるが、ここでは違う問いを発してみよう。「今より2倍以上も豊かになったとき、そのお金を私たちはどうやって使っているのだろうか?」という問いである。保有自動車を2台にするか。テレビの数を倍にするか。あるいは携帯電話の2台持ちが進むのか。食べる量を2倍にするのか。そんな未来像は、思い描きにくい。食べる量が2倍になっては肥満するだけだし、エンゲル係数を考えたエンゲルにも悪い。

むしろ「経済が発展するとサービス化が進む」という有名なペティ・クラークの法則が示すとおり、サービスへの需要は所得弾性値が高く、豊かになると人々はサービスへの支出を増やすのである。豊かになった私たちは、サービスの行き届いたレストランを訪れ、情報通信サービスを活用し、おしゃれに気をつかって各種サロンを利用し、育児や教育にさらにお金を使うことだろう。

このように、日本経済が成長をするならば、その未来の姿は、よりサービス化が進んだものとなっているはずである。そして、支出面から見てそうであるなら、生産面から見てもそうでなくてはならない。サービスには、本質的に生産と消費の時間的/空間的同時性があり、需要を満たす供給は基本的に国内でなされるからだ(例外はあるがその規模から見てここでは捨象しておこう)。

つまり、経済成長を果たした日本の未来の姿から逆算して見ると、何よりもサービス分野での成長の必要性が見えてくるのである。「サービス分野の成長なくして経済成長なし」である。我が国の成長戦略は、サービスから始められるべきだ。

2. サービス分野の成長は可能か

「サービス分野の成長なくして経済成長なし」だとすれば、そもそもサービス分野の成長は可能かという問題が深刻なものとして浮かび上がってくる。

この問いへの答えは、結論的に言えば、「これまでも成長してきたし、これからも成長は可能だ」ということだろう。

1990年代、いわゆる「失われた10年」の期間にあっても、その後の急速な高齢化/人口停滞・減少によると見ていいであろう2000年代の経済停滞期においても、狭義のサービス業は趨勢として実質成長を続けてきた。経済活動別国内総生産(内閣府「国民経済計算」、2000年基準実質)を見ると、狭義のサービス業の総生産額は、90年には約78兆9000億円、99年には約96兆8000億円と2割以上増加している。同様に、2000年には約102兆6000億円、2009年には約120兆4000億円とやはり2割近く増加している。国内総生産自体は、90年代で1割弱(約447兆円→約489兆円)、2000年代で実に3%程度(約503兆円→約519兆円)の増加だから、相対的に見ても、サービス業がいかに伸びているかがわかる。

将来に向けてはどうだろうか。成長会計の考え方によれば、成長は労働、資本、全要素生産性という3つの要素によってもたらされる。

我が国経済全体で見ると、労働投入については、今後、人口減少やライフスタイル/価値観の変化等により、むしろマイナスの寄与となるであろう。こうした中、サービス業についても、一部は製造業等から人材が流入する可能性はあるものの、全体として労働投入増加による成長に大きな期待はできないだろう。

他方、資本投入による成長については、一定の期待ができよう。その際、投資先として見た場合、サービス業は生産性が低いために魅力的ではないという議論がある。しかし、生産性上昇率が製造業に比べて緩やかであるということは確からしいが、絶対値としての生産性について、製造業と比較した場合にサービス業の方が低いということは、データ的に論証できない。現に、サービス業にも投資は向かっており、生産性の絶対値比較からサービス業への投資が制約されるということをアプリオリに想定する必要はない。

では、全要素生産性についてはどうだろうか。そもそも我が国の経済成長の過半は全要素生産性の伸びによってもたらされている。たとえば、1985年~2009年において、労働が-0.4、資本が0.9、全要素生産性が1.5の寄与をして、全体で2.0%の成長となっている(OECD「fact book 2011-2012」)。将来に向けても、全要素生産性の伸びが重要な成長の要素となることが予想される。こうした中、サービス業についても同様に生産性向上が重要だが、その可能性は高いと思われる。

その第1の根拠は、サービス産業においては、生産性の企業間格差の大半が同一産業内の企業間格差であることである(森川2009年「サービス産業の生産性分析:政策的視点からのサーベイ」)。このことは、同一産業内により高い生産性を実現するモデルがすでに存在していることを意味するから、生産性向上の可能性を強く示唆する。なお、高生産性モデルのキーポイントは、差別化・高付加価値化であろう。

第2の根拠は、サービス業の生産性の国際比較である。全要素生産性の近似値として労働生産性の国際比較について見ると(日本生産性本部「労働生産性の国際比較2011年版」)、日本はOECD34カ国中20位でOECD平均を下回っており、そもそも経済全体として改善の余地が大きい。しかし、製造業についてはOECD平均を上回っており、むしろサービス分野で改善の余地が大きいことが強く示唆される。

第3の根拠は、新陳代謝の活性化の可能性である。サービス業では、中小企業性が強く、企業の市場への参入/退出が活発に行われる余地がある。このことは、新陳代謝による生産性向上の可能性を示していると思われる。

以上の他、製造業のサービス化の動向、グローバルなバリュー・チェーンの構築の可能性、B to Cに加えてB to B/Gサービスの市場拡大の可能性、等にもかんがみて、サービス分野の成長には大きな期待ができると考えられる。

3. サービス政策の方向性

以上を踏まえて、日本のサービス政策の基本的な方向性について考えたい。

第1の柱は、当然ながら、サービス分野の生産性向上である。

サービス分野の生産性については、そもそもデータの制約があるため計測自体が難しいという根本的な問題がある。そのため、サービス分野の生産性が絶対値として他産業に比して低いかどうかについて論証できないことは先に指摘したとおりである。しかしながら、その絶対値の如何によらず、生産性向上の余地があり、そこに政策的関与の正当な理由があるのであれば(サービス分野の成長により日本経済全体の成長が図られるとしても、そこに政策的関与の余地があるかどうかは、自ずと別問題である。放っておくことが最も適切な政策であることも、可能性としてはある)、そこにサービス政策の基本的な方向性を見るべきである。また、サービス分野の生産性の伸びが緩やかだという点は、我が国に限らず、多くの先進国共通の関心事項となっていることにも留意すべきである。

生産性向上に関して、ここでは、いくつかのポイントを指摘しておきたい。
1) 先に述べたとおり、サービス産業における生産性格差の大半が同一産業内の企業間格差であるが、このことは、なぜそのような格差が同一産業内の競争によって解消されないのかという疑問を生じさせる。ここで、市場競争の競争圧力ないしは新陳代謝を阻害する要因(規制、慣行、等)がないかどうかが政策的関心事項となる。あるいは、高生産性モデル(高付加価値化、差別化、需要のセグメント化等)の情報が普及しないことが問題であれば、その解消も政策的関心事項となりうるだろう。
2) サービス分野における「消費と生産の時間的/空間的同時性」という本質的な事項が生産性向上の阻害要因となっているとすれば、たとえば休暇分散や都市設計のあり方などが政策的関心事項となる。
3) 生産性向上の具体的な方策としてグローバルなバリュー・チェーンを構築してくことが考えられるが、その際、諸外国の規制等が問題となるのであれば、政策的関心事項となる。その前提として、グローバルなバリュー・チェーンがどのように発展しつつあるのかを明らかにすることが重要である。
4) 生産性向上のための工学的アプローチである「サービス工学」ないしは「サービス科学」の研究開発および具体的適用を進めることも有益であると思われるが、市場の失敗が想定されるため、これらも政策的関心事項となる。
5) サービス分野においては、業態が多様であるため、以上の他にも生産性向上を阻害する要因がないかを現場から再点検していくことが重要である。

サービス政策の第2の柱は、需要創出型の新サービスの振興である。

サービス分野の生産性向上から始まる経済成長は、国民の実質所得を増加させる。そこから生まれる新たな需要の受け手として所得弾性値の高いサービスにはチャンスがあり、また同時に雇用の受け手としても期待できる。

この点については、新たなサービス市場の拡大を図る上での阻害要因がないかどうかが政策的関心事項となる。たとえば、データ活用型のサービス(高齢者向けのライフエンディングサービス等)において、個人情報保護法が過度の規律となっていないかといった問題について検討する余地があろう。

サービス政策の第3の柱は、B to B/Gのサービス活用である。

B to Bについては、対事業所サービスに規制がある場合には、そのサービスを受ける産業の生産性が低下するという検証もあり(Barone and Cingano "Service regulation and Growth"Economic Journal 121,931-957)、産業全体の効率化という観点からも、不合理な規制や慣行がないか等、現場からの精査を要する。また、B to Gについては、契約を巡る構造的な問題や、民間委託を阻害する要因等が政策的関心事項となる。

以上、本稿では、1)我が国の経済成長のためにはサービス分野の成長が必要であることを未来像から説明し、2)サービス分野の成長が十分に可能であることを論じた上で、3)生産性向上、新たなサービスの振興、B to B/Gのサービス活用という3つのサービス政策の基本的な方向性を示した。

今後、上記サービス政策の基本的な方向性を具体化していくに際しては、産業界はもとより、サービス分野について同様の問題意識を抱える諸外国/国際機関とも連携しつつ、経済産業研究所やJETRO等の機関とも共同していくことが望まれる。

(注)本稿に記載されている内容は、所属する組織の見解ではなく、執筆者個人の見解を示すものである。

2012年9月12日

2012年9月12日掲載

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