サービス産業の「実は」

白石 重明
コンサルティングフェロー

サービス産業は、我が国GDPの約70%、雇用の約75%を占め、その動向は我が国経済全体に大きな影響を与える。

規模の大きさだけではない。地域経済の振興のためにサービス分野に注目する動きが広がりつつあり、また、製造業においても、いわゆる「サービス化」を戦略的に推進する動きが急である。アジアの経済成長と所得水準の上昇に伴ってさまざまなサービス需要が拡大しつつある中、我が国サービス産業の国際展開も拡大の兆しを見せつつある。

さらに、高齢化や女性の社会進出の増加等の社会変化に伴って発生する新たな社会的なサービス需要(高齢者向けサービスや保育サービス等)をいかに満たしていくかという観点から、個別のサービス産業についての関心も高まっている。

このように、サービス分野は我が国経済・産業、さらには社会システムをめぐる議論の焦点の1つとなっていると言っていいだろう。

サービス分野の重要性は、いくら強調しても足りないほどであるが、他方でサービス産業については必ずしも正確な理解が得られていない点も少なくない。「え、そうなの?」という「実は、○○なのです」という手の話がいくつもある。以下では、そうした「実は」という話をいくつか述べてみたい。

「実は、サービス産業は付加価値率が高い」

サービス産業というと、付加価値率が低いというイメージが一部にあるようだ。しかし、これは卸・小売業や生活関連サービス業のイメージとしては正しい面があるとしても(そして、政策的な課題がそこにあることも確かではあるが)、サービス産業全体から言うと必ずしも正しくない。実は、概してサービス産業の付加価値率は高い。

「平成24年経済センサス」(総務省・経済産業省)によると、我が国の企業の「付加価値率」(売上高に対する付加価値額の割合)は、18.6%であるが、これを産業大分類別にみると、トップは「教育、学習支援業」の46.9%、第2位は「宿泊業、飲食サービス業」の37.8%、となっている。さらにサービス分野では、「学術研究、専門・技術サービス業」が第4位で35.0%、「サービス業(他に分類されないもの)」が第5位で33.0%、「複合サービス業」が第6位で30.4%、等々、高い付加価値率を示す産業が多い。

ただし、第14位の「生活関連サービス業、娯楽業」(17.0%)や第17位(すなわち最下位)の「卸・小売業」(10.6%)のように、B to Cビジネスとして人々の目につきやすい産業で付加価値率が低くなっている。

他方、「製造業」は、第15位で15.6%となっており、全体の付加価値率を下回っている。

概してサービス産業で付加価値率が高くなるということを意外に思われるかもしれないが、ここで、付加価値率=(営業利益+人件費)/売上高であることを想起すれば、この結果は理解しやすいだろう。当然ながら、生産性(=アウトプット/インプット)と付加価値率は概念として異なる。付加価値率の議論では、ヒトが生み出す付加価値は人件費として認識されるので、概してヒトの能力に依存する性質が強いサービス産業において付加価値率が高いことは意外ではない。

「実は、サービス産業は外貨を稼いでいる」

サービス産業では外貨が稼げない、という議論がある。製造業ががんばって外貨を稼がないと日本は立ちゆかないというのである。確かに製造業にはがんばってもらわなければならない。しかし、実は、サービス産業は、サービス貿易に加えて、製造業の輸出を支える形で外貨を稼ぎ出している。

OECDとWTOが公表した貿易付加価値データベース(TIVA)によると、2009年時点で日本の製造業における輸出額のうち、約30%はサービス分野から生じている。つまり、モノの国際競争力を支える要素の3割はサービス分野の効率性だとも言えよう。さらに、我が国の輸出総額における付加価値をみると、その約40%はサービス部門から生じている。

このように、サービス産業は、付加価値額ベースで見ると、製造業の国際競争力を支える形で間接的に、あるいはサービス輸出という形で直接的に、日本の輸出総額の相当部分を担っているのである。

「実は、サービス産業の生産性向上には大きな可能性がある」

サービス産業は、実際にも生産性の伸びが小さく、生産性向上は難しいということが通り相場となっている。このように、サービス産業の生産性の伸びが小さいことの主要な要因の1つは、一般的に、サービス産業では生産と消費の同時性(在庫が効かない)があるため、ビジネスの地域性が強く、市場競争圧力が小さいことである。

しかし、これを逆から見ると、実は、市場外の取り組みによってサービス産業の生産性を向上させる道があることがわかる。市場競争圧力が小さいために生産性が伸びないのであれば、他者の優れた事例を知って気づきを得る機会としてのフォーラムや学習会といった市場外の「学び」の機会を用意すればよいのである。

実際、サービス産業では、同一産業内での生産性格差が大きいと指摘されている。同一産業内に存在する生産性の高いモデルについて学ぶことで、相当の生産性向上が期待できる。問題は、誰が市場の外に「学び」の機会を用意するかという点に帰着するのであって、この点についての政策検討が必要である。

また、サービス産業においては、生産性の高い新たなビジネスモデルの創出が期待できる点からも、生産性向上に大きな可能性があるといえる。サービス産業のビジネスモデルは、概括して言えばソリューションとホスピタリティの組み合わせであり、多種多様なビジネスモデルを構築できる。たとえば、LCCのピーチは、そのLCCというビジネスモデル自体が新たなソリューションの提供であったが、さらに、単なる低コスト移動サービスの提供にとどまらないさまざまな事業モデルを開発して別個の新たなソリューション提供を進めつつある。さらに顧客満足度でもLCC以外のエアラインに負けないレベルに達している。このようにニーズに応え、あるいはニーズを創出するような生産性の高いビジネスモデルが伸びれば、サービス産業全体の生産性も伸びていくことになる。

以上、サービス産業をめぐるいくつかの「実は」という話を述べてきた。こうした「実は」という話の延長線上に、実は、あるべき政策論があると考えている。

2013年3月5日

2013年3月5日掲載

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