農業・食料問題を考える

WTO交渉の行方

山下 一仁
上席研究員

1.WTO交渉とは?

WTOとは、世界貿易機関の略称です。世界のおよそ150カ国が参加している、貿易自由化のための国際機関です。WTOの前はGATT(ガット)といわれました。1986年から1994年まで行われたガット・ウルグァイ・ラウンド交渉の結果出来たのがWTOです。GATTはモノの貿易だけを扱っていましたが、これに加えて、サービス貿易、知的所有権の保護など新しい分野を取り込み、また、農業や繊維などGATTの時代には十分な規律がなかった分野についても規律されることとなりました。

現在行われているのは、ドーハ開発アジェンダといわれる交渉です。この交渉も、農業、農産物以外の関税引き下げ、サービス貿易の自由化など幅広い分野を対象とした交渉となっています。

2.今回、4月末の大枠合意が流れたという報道がされていますが?

今回の交渉は、2001年11月に開始され、2004年まで交渉を終了することとされていました。しかし、合意できなかったため、何度も交渉した後、昨年暮れの香港閣僚会議では、農業分野等については、今年の4月末までに大筋の合意を行い、7月末までに具体的な約束の提案を各国が行うことで合意しました。これは今年末まで交渉を終了させようとするためのものでした。この交渉のデッドラインを決めているのは、アメリカの貿易促進法という法律です。アメリカでは、通商交渉の権限は行政府ではなく議会にあります。しかし、議会が具体的に交渉するわけではなく、また、行政府が交渉した結果を議会に変更されても困るので、議会は交渉権限を行政府に委任して、交渉結果についてはイエスかノーかだけを言うことにしました。この権限は交渉ごとに与えられてきたのですが、その期限が2007年7月1日で切れるのです。それに手続き的に間に合わせるように、交渉期限を今年末としたのです。そのために設定された4月末までの大筋合意ができなかったということです。

3.何が問題になっているのですか?

端的にいうと、農業についての関税引き下げ等の市場アクセス、農業補助金削減、農産物以外の産品についての関税引き下げについて、それぞれ抵抗が強く、3すくみの状況になっているからです。

関税引き下げについては、お分かりだと思うので、なぜ補助金について交渉が必要なのかについて説明します。関税について、10%以上は取らないと約束したとします。輸入品の価格が1万円だとすると、関税を払った後の価格は1万1000円になります。国産品の価格が1万1000円以下でなければ、輸入品と競争できません。しかし、国産品のコストが1万5000円でも、4000円の補助金を払って1万1000円に価格を下げれば、十分競争できることになります。輸入品にとっては、50%の関税で国産品は保護されているのと同じことになります。交渉で関税を10%としても国産品と競争できなくなります。

農産物の関税引き下げについては、アメリカやブラジルなどが攻め、EUや日本が抵抗しています。EUの関税水準は高いものでも200%程度なので、アメリカなどが主張する80~90%の削減では一気に20~40%の関税になってしまうからです。100%以上の関税は認めないという上限関税は、1000%の関税で保護されている品目もある日本にとってはいやな内容です。

農業補助金については、アメリカが反対しています。補助金でも貿易に影響しないようなものもあるのですが、アメリカは価格が下がると農家に補助金を交付して競争力をつけるというタイプの補助金を持っています。これがなくなるとアメリカ産農産物の競争力がなくなるので削減に反対しています。逆に、これが削減されても、EUや日本の市場がより一層開放されれば、アメリカの農家の所得は維持できると考えて、EUなどに関税引き下げを求めています。

農産物以外の産品についての関税引き下げについては、ブラジルなどの途上国が反対しています。これらの品目については、先進国の関税は既に大幅に引き下げられていますが、途上国の関税はなお高いので、先進国はその大幅な引き下げを求めているのです。ここでも、ブラジルなどは農産物の関税が引き下げられないのであれば、関税引き下げに応じられないという対応を取っています。

4.今後の見通しは?

関係国は7月末までに何らかの合意をしようとしています。しかし、EUのカギを握っているのはEU最大の農業国であるフランスです。来年5月のフランス大統領選挙を控えて、EUはこれ以上の譲歩は出来ない状況です。一方で、アメリカも補助金を含めた次の農業立法の内容は来年5月に議会が決めるまでわかりません。また、これを過ぎると2008年暮れのアメリカ大統領選挙まで大きな政治日程はありません。2007年後半は政治的には妥協しやすいのです。アメリカ議会の貿易促進法もウルグァイ・ラウンドでは延長されたという前例があります。したがって、アメリカの貿易促進法は延長され、実質的な交渉期限は2007年末となるのではないでしょうか。

もし、今年の7月末までに合意が出来るのであれば、それは関税引き下げも補助金削減も小幅なものに止まる小さな合意となると考えられます。

2006年4月28日

2006年4月28日掲載

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