農業・食料問題を考える

ウズベキスタンの農業と環境問題

山下 一仁
上席研究員

1.ウズベキスタン出張の目的

先月下旬に中央アジアのウズベキスタンに行ってきました。首都はタシケントです。古くはシルクロードで栄えた国でサマルカンドなどの歴史のある町もあります。出張した目的はJICA(国際協力機構)の依頼で、ウズベキスタンがWTOに加入するための技術的な支援をすることでした。具体的には、ウズベキスタンの政府職員を対象としてWTO協定の仕組みなどについてセミナーを開き、講師を務めました。

実は、ウズベキスタンを訪問した目的はもう1つありました。20世紀最大の環境破壊といわれるアラル海を見たかったのです。1950年代ウズベキスタンやカザフスタンではシルダリア川とアムダリア川の水を利用してかんがい事業が進められました。このため、シルダリア川などの水量も減少しそれが流入するアラル海の水位は低下し、アラル海はどんどん縮小していきました。また、塩分濃度は高まり、魚のすめない死の海となりました。

残念ながら、今回アラル海訪問は実現しませんでした。タシケントから遠く離れていて飛行機を利用しなければならない上、かつて海岸だったところから水が見えるところまで200kmもドライブしなければならないというのです。聞いただけで環境破壊のすごさがわかります。

その代わり、タシケント近くのかんがい事業を進めたシルダリア地方を視察しました。ここでは塩の被害、塩害が起こっています。

2.塩害とは何か?

乾燥地では降雨量が少ないので、河川や地下水から採ってきた水を散布することで、かんがい農業を行ないます。この水をうまく排水すれば問題はありません。しかし、排水が十分にできない場合は、水が土の中に貯まります。この水に土の中にある塩分が溶けていきます。さらに、かんがいを行なうと、地表から土の中に浸透する水と塩分を貯めた土の中の水が毛細管現象でつながってしまいます。乾燥地では、強い日差しの下で蒸発散量が大きいため、水分の蒸発に伴い土中の塩分が毛細管現象で地表に持ち上げられ、表面に集まります。塩分が表土に堆積してしまうと農業は行なえなくなります。

ウズベキスタンでは、冬場に表面にたまった水をまた大量の水を使って流し出しています。アラル海はこれでさらに干上がることになります。

もっと塩分の堆積が激しいと土ごと取り除くことになります。塩害を通じた土壌喪失です。これまた問題です。植物が生育しているのは土壌表面から30cm程度のところですが、土壌の生成速度は1cmについて200~300年と推定されており、30cmの表土は6000~9000年という長い期間をかけて形成されたものです。これが失われることは、農業生産力をほとんど放棄することに他ならないのです。メソポタミア文明が滅んだのは塩害が原因だといわれています。

乾燥地でのかんがい農業は湿度が低いため病虫害の被害が少ないというメリットがあります。しかし、オーストラリア、アメリカ中西部、黒海沿岸の新興畑作地帯をはじめ世界各地で塩害の問題が生じています。自衛隊が派遣されたイラク南部でも塩害により白銀の世界が広がっていました。農業と環境についての国連レポートは、世界の2億6000万ヘクタールのかんがい農地のうち8000万ヘクタールが塩害の被害を受けていると警告しています。

3.日本ではどうか?

日本のように降雨量の多いところでは、土壌中の塩分は雨に流されたり、上からの水分の浸透圧力が高いため地下水が上昇しなくなったりするので、塩分は表面に出てきません。

「水田」もこの問題をきわめて上手に解決してきました。水田は水の働きによって森林からの養分を導入するとともに病原菌や塩分を洗い流します。つまり、「水に流し」てきたのです。中国の長江で7000年もの間農業が継続できたのもこのためです。また、水田は雨水を止め、表土を水で覆うことによって、雨や風による土壌流出も防ぎます。

4.解決方法は?

短期的に高い利益を挙げようとすると、塩害の問題等を無視した生産が行なわれてしまいます。排水などを適切に処理しようとするとコストがかかってしまうからです。持続可能でない農業が行なわれることになります。このまま貿易が行なわれると、持続的でない農業を行なっているアメリカ、オーストラリア等の農業生産が拡大し、持続的ではあるが零細なアジア水田農業の農業生産が縮小してしまいます。これは貿易が悪いのではなく、持続的でない農業を行なうことが悪いのです。我が国の食料確保のためにも、我が国に食料を供給しているアメリカ、オーストラリア等の先進国には塩害の問題等を適切に処理するよう求めるとともに、ウズベキスタンのような途上国に対しては、農業協力を行なっていくことが必要でしょう。

2005年12月14日

2005年12月14日掲載

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