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第三章 情報家電市場における競争ルールを変えるための戦略の提案

※本プロジェクトは、終了しております。

<目次>

I. 問題意識の概説

1. 情報家電は、今後も本当に強いのか

ネット接続が、家電を変えると言われて久しい。しかし、売れている機器は、フラットパネルTVにせよ、デジタルカメラにせよ、DVDレコードにせよ、いずれもネット接続より、各製品固有の機能をデジタル化により深めた商品ばかりである。情報家電に、デジタル家電という要素と、ネットワーク家電という二つの要素があるとすれば、元が通信機器である携帯電話を除き、今は専ら、従来からの機能にデジタル化の恩恵を付加した家電が市場の主役であるといえる。
確かに、こうしたデジタル家電市場が急速に立ち上がったことによって、完成品市場はもとより、我が国が得意とするディスプレイやシステムLSIなどモジュール化された部品の分野も急成長し、IT産業全体の業績も回復した。今のところ、家電分野では我が国は圧倒的な強みを発揮してはいる。しかし、今後、ネットワーク化の波が本格的に押し寄せれば、家電の市場でも、PCと同じように、各社共通仕様への流れが確実に訪れる。その時に、我が国コンピュータ産業が共通仕様の主導権を欧米諸国に取られてしまったのと同じような落とし穴に、我が国IT産業が陥る可能性は、決して低くない。
コンピュータの分野では、インターネットの普及がPCをはじめIT製品の共通仕様化を90年代に強力に推し進めた。その結果、アーキテクチャデザインに弱い日本のIT産業は、独自の差別化手段を失い、欧米の企業によるアーキテクチャの下で国内企業同志の競争を激化させ、体力を消耗させた経験を持つ。現に、携帯電話にしても、PCにしても、製品全体のアーキテクチャデザインをまとめた「リファレンスキット」が既に出回っており、アジア諸国は、それをベースにすれば、製品自体は簡単に開発できるようになっている。情報家電についても、似たようなリファレンスキットが出回り、日本企業が隠し持とうとするようなアーキテクチャが市場で事実上公開されすぐにキャッチアップされるようになる日も遠くないかもしれない。

写真1 リファレンスキット

確かに、レント創出の機会は、全体のアーキテクチャデザインだけにあるわけではない。日本には、まだまだアーキテクチャ以外にも産業として生き残る強みが残されている。

第一に、半導体、ディスプレイといったデバイス分野である。この分野の市場戦略は、市場全体のアーキテクチャデザインを事後に追いかけても、各デバイスに比較優位がある限り市場戦略を描くことが出来る。この部分は、引き続き、我が国IT 産業の強力な比較優位となるだろうし、それを守るための知的財産戦略や人材投資戦略も重要な鍵となるだろう。
ただし、全体のアーキテクチャデザインの中で、PCとその部品のように日本の得意な分野のモジュール化と汎用製品化を徹底されてしまえば、かつてDRAMがそうであったように高付加価値商品としての地位は維持できないおそれも高い。そう言う意味では、万能とは言えない。
第二に、製品化能力の高さである。我が国には、決められ部品やモジュールを、決められた「重量、容積、意匠」に収めこむ、「最適屋」の強さが残されている。例えば、日本がデザインし製造するノートPCの圧倒的な軽さ、小ささは、市場ニーズの違いもあるとはいえ、欧米のそれをかつて圧倒的に凌いでいた。設計、製造から品質チェックまで一体となった改善サイクルの強みを持つ日本企業は、この面では、優位な闘い演じることが出来る。
ただし、この分野もアジアをはじめとする諸国の追い上げは厳しい。また、「最適屋」が特に強みを発揮する製品の小ささ、軽さだけが、どこまで製品に市場における比較優位をもたらしていくかは判然としない。そこには、マーケティングの優劣も大きく関わってくるだろう。

第三に、製品の信頼性の高さである。動作の安定性、デバッグ処理、筐体の強度など、いろいろな面で、日本初の製品は、信頼を勝ち得ている。ノートPCの強みも、単に「最適屋」の能力が高いだけでなく、そもそも小さく軽くしても信頼性が高いということが背景にある。
ただし、これもPCのように、そもそも動作が不安定でフリーズするようなことが起き、期待通りに動かないのが当たり前の商品に仕立てられてしまうと、信頼性の高さがどこまで市場での比較優位に繋がるか、疑問無しとは出来なくなる。また、ユーザリテラシーが上がってくれば、こうした信頼性はむしろ過剰スペックということになるのかもしれない。そう言う意味では、信頼性も市場動向によっては絶対的なカードになるとは限らない。

特化したデバイスに強い、最適化に強い、信頼性に強い。それぞれが、我が国の家電ビジネスが磨いてきた長所であることに疑問を差し挟む余地は無い。しかし、その市場全体の設計如何によって、それぞれが強みになるのかどうかが、わかれることになる。では、市場全体の設計は誰がするのであろうか。それは、デバイス屋でも、最適屋でも、品質管理屋でもない。アーキテクトデザイン屋である。その商品が全体として何が出来、そのために何を部品として必要とし、そしてどういう商品としての仕上がりと信頼性を必要とするのかを、決める人である。この部分をどうすれば日本に残せるのか? これが本稿のベースにある基本的な問いかけである。

2.何故、そこまで心配するのか

今、日本のデジタル家電は十分に強い。例えば、PC関連の主要市場と、情報家電の主要市場とで、市場シェアを見てみよう。後者では圧倒的に日本の勝利に終わっていることが良くわかる。

しかし、それは、「何が出来るのか」、その商品に求められる機能が確定した世界での話である。
テレビを見る。テレビを録画する。映画を再生する。写真を撮る。いずれも市場競争のメインは、単機能の商品市場だ。今後勝負となるのは、それらを組み合わせた世界で、新たに何が出来るのか。それによって、消費者の生活がどう変わるのか。もう少し具体的に言えば、消費者による情報収集・編集活動がどのように変わるのか。更に詳細に言えば、消費生活における各種データ処理活動にどのような変化がもたらされるのか。そのデザインがなければ、家電は、デジタル化の恩恵を得ることは出来ても、ネットワーク化の恩恵を受けることはないに違いない。
ネットワーク化が進めば、例えば一つのTVモニターを、放送とインターネット、遠隔教育サービスとテレビ英会話サービスなどが共有することにもなるだろう。一つの機器に複数のサービス機能が相乗りするようになるからこそ、今まで以上に、様々な機器を含めた全体のアーキテクチャをどう設計するかが、結果的に情報家電で「何が出来るのか」をある程度縛ることになる。
むろん、カメラ、テレビといった単機能の商品が、その機能を更に磨き込んでいくという市場の方向性がおかしいと言っているのではない。しかし、ネットワーク化の波は、ひとたび訪れれば非常に動きが早いことは、PCの歴史が証明している。我が国コンピュータメーカが、中型以下のコンピュータの分野で、独自仕様のアーキテクチャのコンピュータから撤退するのに10年とかかっていないという事実から目を背けるのは難しい。

多くの市場レポートは、デジタル家電の市場の本格レポートは2007年から2008年と読んでいる。中国に北京オリンピックが訪れ、欧米でアナログ放送が終了する。インターネットのブロードバンド普及率がおそらく現在のインターネット普及率程度にまで上昇し、携帯電話の第四世代の動向が見えてくる。テレビは普及台数ベースでもブラウン管からその他のフラットパネルTVに移行し、録音・録画はデジタル全てデジタルで行うことが当たり前になり、車にはデジタル端末が搭載される。USB接続で持ち歩ける携帯型メモリは日常的に使われるようになり、WindowsはLonghornの世代が完全に普及し、それに対抗するDarwinやLinuxの動向も、そのためのコンフィギュレーション管理の全体像も明確になる。ICカードが当たり前のように使われるようになり、少額決済の電子化も当たり前のように行われるようになる。それらに必要な要素技術がほぼ全て出そろいつつあるからこそ、これから次の3年は、その組み合わせの年になる。

そう考えたとき、デジタル化・ネットワーク化された情報家電の普及に向けたアーキテクトデザイン競争は、もう既に始まっていると見るべきだろう。むしろ、2007年に商品を出すのであれば、今年から来年は、そのための戦略立案を行う最後の年であるとも言える。課題は、次に、その戦略の競争の仕方になってくる。

3. 情報家電市場の特徴

(1) 標準獲得競争の功罪
今でも情報家電の実現に向けた様々な競争が動いていないわけではない。特に、次世代の情報家電を睨んだ「標準化」という切り口で見れば、実に様々な動きが既に市場で展開されている。
情報家電の標準を巡るフォーラムは、今や相当の数に上っており、それぞれが政府や、特定の機器や技術など、様々なモチベーションに従って多様な活動を展開している。

しかしまた、新しいデジタル端末やサービスなど「自社標準」技術を考案しては、放送番組やミニ映画、広告や小説などを自社の技術陣営に取り込もうとする動きも見られないわけではない。
中でも、情報家電の関係で最も標準化を巡って熱い競争を繰り広げていると言えば、著作権管理技術や認証技術であろう。それぞれの方式は、その処理の軽さや強度など技術としての特性を宣伝している。しかし、正直なところ、コンテンツ屋にとっても消費者にとっても、技術的特性の説明は、およそ理解できないし、何のアピールにもならない。だから実物を見せてくれ、という話になるけれども、実物がソフトウエアであって、通り一遍の操作画面しか見られないから、どれでもいいやという話になる。そうすれば、「てっとり早く普及しそうなのは、何?」という質問に繋がる。そもそも、全てのデジタル機器が共有するような著作権管理技術や認証技術が本当に存在するのだろうか。その技術を標準化し、普及を第一に考えることが正しい市場戦略なのであろうか。
技術が技術としての説明しかしないまま、消費者やコンテンツ屋を取り込もうとすれば、結局、その内実は理解されないままに、イメージ戦略と普及しそうな勢いだけに押されてしまうだろう。だからこそ、「標準」という言葉に、メーカは必要以上に魅力を感じるし、また恐れもする。しかし、消費者は、本当に欲しいものがあれば、標準であろうと無かろうと買う。標準であることもその重要な要素であることは間違いないが、優れた技術である条件は、決してそれだけではない。

(2) コンシューマソリューション市場の形成
もう一つ深刻な問題がある。情報家電の機器ではなく、それを用いるコンテンツ・サービスの方でも、実は相互運用性が乏しいことである。

情報家電がネットワーク化の恩恵を受けつつ複数の用途に応える家庭用デジタル機器になっていくとすれば、そのソフトにあたるコンテンツやサービスは、モニターや録画機器など機器メーカだけでは手に負えなくなる。例えば、オンラインバンク、遠隔教育など生活支援サービスをTVモニターを通じてやりとりすることを考えた場合、旅行サービス、金融サービス、教育サービス、それぞれの分野の専門事業者が、新たにこの市場に参入してくることになるだろう。
ビジネスソリューションの世界でも、かつては、計算機センターが一括してソフトまで提供し、メインフレームのメーカがソフトも全て一括して提供していた。しかし、今では、機器を提供するメーカ、必要なソフトを提供するメーカ、個々の事業者の事情にあわせてそれらを統合・開発するシステムインテグレータなど、多様な事業者の共同作業に市場が移行している。
情報家電の世界でも、機器メーカが全てのソフトを提供するのではなく、金融、医療などのサービス事業者、それを家庭に導入するサービス・サポート事業者、通信事業者、機器メーカなどの共同作業を必要とするように、徐々に市場が変化して行くに違いない。これを、ビジネスソリューションをまねて、コンシューマソリューション市場と呼ぶことにしよう。今後は、機器対消費者ではなく、様々な事業者が複雑に絡み合った市場を形成していくことになる。

そこで問題となるのが、機器ばかりでなく、旅行サービス、金融サービス、それぞれの分野の専門事業者のサービスの内容の方でも、相互運用性も確保されていないことである。それぞれのサービス事業者は、独自のサービスを演出しようとし、その結果、技術のサイドは、自分が提案する「標準」でより多くのサービス事業者を囲い込もうとするゲームが発生する。その結果、顧客の前には、A社のサービスを受ける場合は、このハードかソフトを買ってください。それがB社のサービスを受ける場合は、また別のソフトかハードを買ってください。となることになる。コンテンツ・サービスの側にも、本当に顧客の眼差しから、顧客自身自らが付加価値をつけやすいような形でのサービスの提供を行っていない。こういう顧客の眼差しの欠如は、「それで何が出来るのか」という説明をしない技術の売り手ばかりでなく、「自分の持っているコンテンツ・サービスの差別化だけを考えて、顧客の利便性を二の次に置くコンテンツ・サービス事業者の方にも、共通している。問題は、機器に実装する技術だけには閉じなくなっているのである。

こうして、市場が複雑化すればするほど、仮に個々に見れば技術的に優れた技術やサービス・コンテンツがあっても、その機能をきちんと説明できないまま市場に出されれば、宣伝の下手な良貨は宣伝の上手な悪貨に駆逐されることになるだろう。大切なことは、何故、技術やサービス・コンテンツが本当の意味で「良貨」なのか、その技術を使えば一体何が出来るのか、ということを、技術を離れて市場で懇切丁寧に説明すると言うことなのではないだろうか。中途半端な質の悪い「標準」技術に市場の覇権を取られないためにも、消費者に正しい選択をさせる市場の透明性、市場における情報の非対称性の解消が何よりも重要である。

今大事なことは、技術同志の標準競争を勝ち抜くことでも、そのためにより多くのコンテンツを囲い込むことでもない。
情報家電に実装される技術やサービスが、技術屋に対するものではなく、消費者やコンテンツ屋の耳に直接響くように、わかりやすく説明されることである。反面で、機器やサービス・コンテンツ間での相互運用性が今後ますます重要になるからこそ、それを語るカタログスペックが豊かにし、デバイスのみならず複数の機器を含んだアーキテクトデザインのレベルから豊かな競争が我が国でも起こすことが大事なのではないか。

I. 問題意識の概説

1. 家電のデジタル化・ネットワーク化に向けた課題

「情報家電のカタログスペックを豊かにする」ためには、何が必要となるであろうか。
経済産業省が主催してきたe-Life研究会報告では、情報家電を、「情報通信機器、家庭用電化製品等であって、ネットワークや相互に接続されたものを広く指す」と定義する。前節で見たとおり、情報家電には、(1)「ネットワークや相互に接続された」というネットワーク化の側面と、(2)家庭で用いられるデジタル機器(デジタル信号を行う機器)というデジタル化の側面とがある。家電のデジタル化は着実に進み、画質・音質の向上、データの記録保存性能の向上など、それぞれの機器の性能向上に大きく貢献している。しかし、ネットワーク化の側面に関して言えば、まだあまりその効果が現れていないとも言える。では、何故、ネットワーク化の側面で進展が遅れているのか。ネットワーク化をするほど「情報家電が役に立たない」理由は何か。ここに全体の方法論を整理する鍵がある。

(1) 用途の乏しさ
今でも、家庭用デジタル機器が相互に接続される局面が全くないわけではない。デジカメは、プリンターやPCに接続されるし、DVDレコーダはテレビと繋がっていなければ役目を果たさない。しかし、それぞれは、カメラやレコーダ本来の機能を果たすために不可欠なものばかりだ。何故それ以上の相互接続やインターネット、家庭内LANへの接続が進まないのか。根本的な原因は、「あまり使い道がない」からではないだろうか。

インターネットや家庭内LANへの接続を図れば、そのネットワーク・プロトコルは、基本的にはIP接続が想定される。しかし、今の家庭内でのIP接続は、実際には、Webを閲覧する、若しくは、EPG1をはじめとしたごく単純なデータを取得する程度にしか使われていない。Webを閲覧するなど、インターネットを通じて必要な情報を取得するだけなら、PCで足りる。インターネットをTVでみるという発想も無いわけではないが、今のWebコンテンツの多くがキーボードによる入力を前提にしているものが多く、また、モニターから離れてインターネットを閲覧するというスタイルにもコンテンツもなっていないことから、なかなかインターネットをTVでみるというスタイルは定着しない。ネットワークを活用した双方向的な情報源がWeb閲覧以外あまり無い現状を考えれば、情報収集・提供系用途での発展性は、現段階では乏しいとも言える。

これには反論もある。情報の収集・提供のリソースが本来的にWeb閲覧に限定されているわけではない。

こうした絵は、これまでも様々な形で描かれ、インターネットを通じて垂直統合型メディア産業から水平分業型メディア産業への再編・統合が起きると言われてきた。このような発想から、メデイアミックス、マルチメディア、サイバースペース様々な概念が提唱された。
しかし、冷静に考えてみれば、新聞、通信、写真、音楽などそれぞれがIPを通じて違う家庭用デジタル機器やアナログ媒体にデータを出力するメリットがどこにあるのであろうか。新聞には新聞の紙の一覧性に強みがあり、通信には通信で、携帯電話、固定電話、FAXそれぞれに必要な機能に絞った端末が用意されている。音楽も家庭内で聞く場所は限定されているし、映画もそうだ。
それぞれのコンテンツがその提供形態をあらかじめ想定した編集がなされており、他のデジタル機器に出力するメリットは現在のところ乏しいとも言える。これらは、出力端末とそれが前提としている用途によって合理的に分類されている。むしろその出力の形態とその利便性・有用性が先にあるのであって、映画、音楽、ニュースなどの間に、映像や音声など情報やデータの種類の面で本質的な違いあるわけではない。

さらに、こうした情報提供ばかりでなく、ネットワーク化が切り開くことが期待されている新たな用途、すなわちユーザが情報やコンテンツを主体的に収集するという側面では、どうだろうか。こうした用途は、今後成長が期待されるが、その実現には、キーワード検索などの双方向性が鍵を握る。
しかし、こうした機能の実現には前述したとおり端末側の入力装置の問題が発生し、現在のところ、PCと携帯電話以外に有力な双方向性端末が無いのが現状である。

このように、メディアの相互乗り入れと水平分業といっても、実際には、具体的な用途がほとんど無く、多くの場合絵に描いた餅に終わりつつある。大事なことは、収集・提供されるコンテンツと、その用途に即した出力機器の組み合わせが、既存のアナログ時代より機能において比較優位を持つことであり、多くの場合、ネット接続ための標準化よりも、出力機器における比較優位の確保の方が重要な課題になっているのではないかと考えられる。電子ブックなどは、正面からこうした課題に挑戦している数少ない例である。
これが、「情報家電が役に立たない」第一の理由である。それは、そのまま、今後の情報家電のカタログスペックの一項目にもなるであろう。

(2) 信頼性・安全性
Webの利用をはじめとした情報収集・提供系の用途とは別に、デジタル機器の制御系の用途も考えられる。機器のオン・オフや各種設定、自動制御などである。次に見られるとおり、様々な家庭用デジタル機器が相互接続する可能性があり、これらを、どの機器においても互いに相手をコントロールすることが出来るようになれば、また新たな用途が拡大する可能性がある。また、技術的に見ても、広範にネットワーク接続を行う場合の物理層の技術に関して言えば、IEEE1394,USB,TCP/IPを前提とした802.11b規格におおよそ技術的な動向も収斂しつつあり、IPを通じて制御系の信号をやりとりすることは、今や、技術的にはそんなに難しい話ではない。

しかし、制御系信号の送受信には、高い信頼性と安全性が求められる。誤送信や不正アクセスなどによって家庭用デジタル機器が誤動作を起こせば、身体・生命に関わる安全問題にも発展しかねない。したがって、機器の動作監視程度ならまだしも、機器を具体的に制御するとなると、かなりのコストをかけて安全性・信頼性対策を施すことが必要になる。ましてや、不正アクセスやウイルス被害が懸念されるインターネットをそのまま活用することにはためらいが残る。
例えば、インターネットに接続された家庭内LANをこうした制御系信号のやりとりに活用した場合、例えば、悪意の者が不特定多数の家庭の冷蔵庫や電子レンジを狙って不正な操作信号を送ることも出来るし、迷惑メールと同じような迷惑コンテンツが勝手にDVDレコーダに送付し記録されるといった事態も発生しよう。それを避けるために、例えば、電灯線を制御信号の交換に活用しようと思えば、技術的には既に十分可能だが、配電盤で外からの不正信号の進入を確実に防ぎきることが出来るかという別の課題が提起される。

このように、制御系の用途で見て、ネットワークに接続することで用途を拡大するには信頼性・安全性の面での課題が多い、といった点に基本的な問題があるのではないかと考えられる。この面での対策も、「情報家電を役立つ機器に育てる」ために不可欠の要素となろう。

(3) 拡張性
では、情報収集・提供系の用途と制御系の用途を組み合わせたような新しい用途は考えら得ないのだろうか。
主体的に情報を収集するための手段は、何もWeb 閲覧だけとも限られない。特殊な情報提供サービスを一般のWeb 閲覧とは別に行うことも出来る。既に実用化されているものを例に挙げれば、電子番組ガイドを携帯電話に流し、携帯電話から家の中のDVDレコーダを操作できるようにするサービスや機器が販売を開始しているし、各家庭のエネルギー消費量をリアルタイムで専用端末に提供するサービスや、自動車のカーナビシステムに独自の情報提供を行うサービスなども実用化している。ただし、これらのサービスは、いずれもこれらの機能に対応する特定の端末機器を必要とする物が多く、またそれが家庭用デジタル機器の差別化戦略になっている部分もあることから、なかなか広範に普及するには至っていない。

専用端末にせずとも普遍的に活用できるサービスを提供するためには、端末の方で新たなサービスに対応するためのソフト的なバージョンアップが必要になる。特に、ネットワークを通じて利活用できる機能は、急速な技術進歩を背景に、3か月程度を目安にめまぐるしく変化する。また、信頼性・安全性の面でも十分対策を施そうと思えば、既存のデジタル機器に新たな対策に応えるためのソフトウエア等をユーザにインストールさせる必要がある。これに端末となる家庭用デジタル機器で対応するためには、携帯電話のように頻繁に携帯電話本体を買い換えるか、中にインストールされるソフトウエアをバージョンアップさせるしかない。
しかし、家庭用デジタル機器では、その形状や信頼性などの制約からハードウエアとソフトウエアのアンバンドルは進んでおらず、また、それを行うためのユーザリテラシーを極めて低い水準に想定しなければならない。このため、ネットワークを通じて提供される機能に対応して組み込まれるソフトウエアをバージョンアップするという考え方がまだほとんど実用化されておらず、新たなサービスに対応できる家庭用デジタル機器端末を普及させることが極めて難しい。このため、日々進歩するネットワーク技術の活用も難しければ、信頼性・安全性を確保しつつ新たなサービスを展開することも難しくなっている。
このように、現在の家庭用デジタル機器は、一度消費者に売り渡した製品の機能を事後的に拡張させるという考え方をとっていない。家庭用デジタル機器が拡張性に対する設計思想を変更しない限り、ネットワークを通じて提供しうる様々なサービスをPC 以外で活用することは当面難しいのではないだろうか。これが、「情報家電が役に立たない」第三の理由である。

(4) 相互運用性
では最後に、インターネットや家庭内LAN など比較的オープンなネットワークに接続せずとも、家庭用デジタル機器同士の接続に活用し、相互の情報交換や制御に活用すればよいのではないかとの疑問がわく。ここでは、相互運用性の問題が首をもたげる。というのも、カメラ、冷蔵庫、電子レンジなど同じ機能を持った家庭用デジタル機器であっても、メーカ毎に制御系信号の内容やデータ保存書式が異なっており、同一メーカの製品で家庭用デジタル機器を統一する方向にユーザが誘導されてしまうからである。

ここでは、通信プロトコルをはじめ、物理的な技術規格が話題になる。中でも、通信に関わる物理的なネットワークの規格に議論が集まりがちだ。しかし、この分野は従来から話題になっているだけあり、IEEE1394を中心に、Wireless802.11a/b/g、Ethernet、USB、電灯線、IrDAなど、いくつかの技術の周辺に既に議論は集中をし始めている。そのいずれかを各家庭用デジタル機器が採用すること自体は、技術的にはもはや難しい話ではない。
そもそも、家庭用デジタル機器の技術アーキテクチャを考えた場合、ネットワーク物理層の技術の標準化というのは、全体の課題のごく一部に過ぎない。具体的には、以下のような各層の技術が関係しており、中でも今後成熟が必要だと思われるのは、Device Discovery and Control、Appliance Controlといったアプリケーション制御系の階層の技術であり、また、多様な提案がひしめき合って混乱を起こしているのは、Media FormatやContent Protectionの階層であることが良くわかる。

アプリケーション制御系の技術の発達が遅れ、他方で媒体系の技術規格が乱立するという事態は何を意味しているのであろうか。アプリケーション制御系の技術だけに技術的な困難があるわけではないとすれば、これは、ネットワーク接続によるサービスを実装した機器が限られている(したがって、アプリケーション制御ソフトのバリエーションがそもそも必要ない)一方、様々なコンテンツ事業者(若しくはコンテンツ事業者をサポートするサービス事業者)がその狭いエリアに参入しようとしている、一部の機器でのコンテンツの過剰競争状態を意味している(その結果、様々なMedia Formatや課金・コンテンツ管理技術が提唱されている)と考えられる。
実際、サービスの多様な機器へのネットワークを活用した新たなサービスの実装が進まなければ、アプリケーション制御系の技術の必要性も乏しい。出来ることも、使える機器も限られた状態の中で、様々なMeida Formatが乱立し、それがサービスの相互運用性を損なうという、消費者から見れば極めて無駄な事態が市場で発生していると言える。
課題は、課金処理やコンテンツ保護にあるというよりも、それを手段として自らの技術の差別化や市場の囲い込みを限られた家庭用デジタル機器を対象にしてやろうとするからこそ、互いがにらみ合う構造となってサービスが先に進展しないと言うことになっているのではないだろうか。ここに、「情報家電が役に立たない」構造を市場競争自身が生み出しているという、本質的な問題が隠されているように思う。

2. 参照モデルのフレームワーク

(1) 市場の結合
では、情報家電の多様な用途は、どのような形で示していけばよいのか。
本来、情報家電には、音楽データの提供や電子ショッピングといったPCを中心に進んでいるサービスとは別の多くの機能が期待されている。例えば、音楽や映像の提供といったエンターテインメント系の用途はもとより、遠隔医療や健康管理などの医療用途、必要なときに勉強できる教育用途、家庭内の機器や空調・エネルギー仕様、家の戸締まりなどを管理する家庭管理用途、金融、宅配、旅行、行政手続きなど生活支援用途、家族内はもとより様々な人との通信用途などがある。
しかし、機器メーカには、こうしたサービスを直接設計したり宣伝したりする能力がない。このため、売られる機器は、最初から予定されている特定の機能か、結局は、「こうした用途も考えられる」程度の説明に止まり、あとは専ら、技術を技術的観点から解説するような説明になる。そもそも、こうした様々な用途のサービスが家庭用デジタル機器を共用するということを前提とした説明は、なかなかメーカに出来るものではない。
仮に、こうした説明をきちんとしようとすれば、通信プロトコルをはじめとした技術の選択を行う前に、どのようなサービスを、どのようなデータ処理によって行おうとしているのか、家庭におけるシステムインテグレーションのための業務分析、データ分析を行うことが必要となる。

しかし、こうした混乱を生むのが技術的な問題であるという議論を重ねているうちは、事態は解決しない。第I節で整理したとおり、個別の技術が「標準」を目指して個々にコンテンツやサービスを取り込みにいこうとしているからこそ、消費者が評価できる競争に市場でならないのであって、技術がコンテンツを囲い込む前に、消費者に対して、
「何が出来るかを比較可能にする」
「どういうデータのやりとりがそれを可能にしているかを明らかにする」
「どういうサービスや機器の組み合わせでそれが実現しているかを明確にする」
「そこに使われている技術を見せる」
といったことを順に説明できるようにすることが重要である。

コンテンツの話からいきなり技術の話しに飛ぶのではなく、その間に段階を追って、
(1) そのコンテンツを使って何がどこまで出来るのか。
(2) 具体的にどのようなデータがどのようにやりとりされているのか。
(3) それは、どのようなサービスとシステムがどう組み合わされているから出来るのか。
ということを説明し、その上で、「だからこういう技術が必要。」とくくることが必要となる。

こうした説明を順に行うことで、消費者にとっても、これまで単機能でバラバラの市場を構成していたテレビ、電話、PCなどが、金融、医療、教育、ホームセキュリティ、コンテンツ提供など新たな家庭向けソリューション・サービス市場として目に見える形で現れる。消費者に対する家庭用ソリューション市場の可視化を徹底し、消費者のニーズを市場で常に見える状態にしておくことが、ニーズに応えた製品の開発・生産に長けた我が国産業の強みを生かす道なのではないだろうか。

難しく言い換えれば、今の市場は、供給者側の視点からのみ、実装の議論ばかりがなされている。しかし、本来、ネットが結びつける各デバイスの機能の全体最適は、それが統合的なアーキテクチャの上にデザインされてはじめて意味を持つのであり、各デバイスが独自の思いこみで実装を議論しても意味はない。今や、ビジネスソリューションばかりでなく、コンシューマソリューションの世界においても、デバイス毎の部分最適ではなく、家庭全体をみた全体最適のためのアーキテクチャデザインと、それを実現する技術の実装の双方が、やはり要求されているのである。

「アーキテクチャと実装は、それぞれ独立した事象として捉え、それぞれが自律的に競争を行うべきである。」 こう表現すると抽象的に過ぎるが、簡単に言えば、情報家電を家庭に導入すると、全体として何が出来るようになるのか、その点を語る情報家電のカタログスペックを技術を離れて豊かにすること、そのために、情報家電を語るための「参照モデル」を公開・共用することで、消費者に語られやすい情報家電の機能を市場で共有することを、本稿では提案したい。
また、そうした家庭向けソリューション・サービス市場の可視化を進める中で、相互運用性はもとより、前述した用途の多様性、信頼性・安全性、拡張性といった課題への解決を一つ一つ明らかにしておくことが有効なのではないだろうか。

(2) コンシューマソリューション・サービス市場を可視化するためのフレームワーク
では、具体的には、どのような方法論を用いて、家庭用ソリューション・サービス市場の可視化を進めていくのか。そのためには、現在、業務用ソリューション・サービス市場で話題になっているエンタープライズ・アーキテクチャ(以下単に、「EA」という)の考え方を持ち込むことが有効ではないかと考えられる。具体的には、以下のような階層に分けて「ホーム・アーキテクチャ」を整理してみる。

現在日本政府が活用を進めているEAでは、全体を、(1) ビジネス・アーキテクチャ(BA)、(2)データ・アーキテクチャ(DA)、(3)アプリケーション・アーキテクチャ(AA)、(4)テクノロジー・アーキテクチャ(TA)として整理している。これを、ホーム・アーキテクチャに当てはめて考えた場合、それぞれ以下のように、解説をすることができる。

(1) ビジネス・アーキテクチャ(BA):
ホームセキュリティ、e-Learning、ホームバンキングなど家庭内で実際に行われるサービスの内容(機能)と5W1Hの整理
(2) データ・アーキテクチャ(DA):
上記段取りを実行するために、実際にやりとりされるセキュリティ関連情報、銀行口座取引
情報、e-Learningコンテンツなど主立ったデータのやタイプと意味の整理
(3) アプリケーション・アーキテクチャ(AA):
上記のサービスを実現するためのモニタやコンピュータ,データストレージなど各種システムとサービスの組み合わせ方、構成の整理
(4) テクノロジ・アーキテクチャ(TA):
モニタやデータストレージ、コンピュータなど個々のシステムに適用される具体的な技術の整理

これら4階層のアーキテクチャについては、これから家庭に新たなソリューション・サービスを提供しようとする事業者が、それぞれ必要なアーキテクチャを明示的に作成し管理することが求められる。現状では、各事業者がそれぞれのBAやDAを知ることが必要になったときにそれを管理できていないのが多くの場合の実情である。こうしたアーキテクチャ自身は、それぞれの事業者にとっての企業秘密をも含む可能性があり、それ自身を広く公開する必要はない。しかし、テレビ、冷蔵庫など単機能の家庭用デジタル機器が相互に様々なサービスや機能を共有し用とすればするほど、各機器が何を行っているのかを消費者に正確に説明することはもとより、自分のサービスにあった機器やソフトウエアを探す、類似するサービス事業者との共同サービスを展開するなどの事態が今後頻繁に必要になると考えられる。そうした自体に対応するためにも、ホーム・アーキテクチャをサービス事業者が自ら管理し、メンテナンスしておくことが重要である。

さらに重要なことは、こうしたアーキテクチャを各事業者が全く何の関連性もないまま、それぞれが独自の方式で管理をし、いざ必要な協力事業者同士で付き合わせてみても、互いに何をどう整理しているのか全く分からないという状態では、意味がない。また、消費者から見ても、開示されるたびに各社がバラバラの書き方で独自の説明をしていたら、おそらく理解できなくなってしまうであろう。

このため、こうしたホーム・アーキテクチャの作成・管理を普及して行くに当たっては、4階層からなるフレームワークを極力共用するとともに、そこで使われる語彙をできるだけ共有しておくことが有効であると考えられる。また、こうした消費者に理解されるための語彙集を普及することで、サービスや機器を提供する事業者の側でも、消費者からニーズ情報を迅速に引き出しベストプラクティスを抽出しやすくなることも期待される。

(3) 参照モデルの導入
参照モデルとは、ホーム・アーキテクチャを策定するに当たって共通に参照できる参考書若しくは辞書である。情報家電の機能、仕組み、技術を説明する際に頻繁にカタログで使われる語彙をためたものだと考えればよい。電子政府向けのEAの場合、政府で採用したEAのフレームワークにあわせて、以下の5種類の参照モデル策定作業を行っている。

情報家電のホームアーキテクチャについても、基本的には同じ正確の参照モデルを考えることが出来ると思うが、各参照モデルの内容は、III節に譲り、ここでは参照モデルの基本的な役割を整理したい。

第一の役割は、家庭用ソリューション・サービスの内容が消費者からみてわかりやすく理解でき、異なる事業者のサービスを比較できるようにするための共通語彙の提供である。
例えば、航空チケット、鉄道のチケット、パックツアー、旅館などの観光関連業者が細かな業種や企業の違いを超えて、一つのオンライン紹介・予約・購買サービス、及び、旅行後のアフターケアサービスを総合的に展開することを考えてみよう。航空会社や鉄道会社は、得てして切符を購入する際の決済手段について、自社系列の特定の発券サービスを念頭に置きながら、独自の電子マネーや決済サービスに、独特の固有名詞をつけて宣伝することが多い。特定の技術を使うこと自体に問題があるわけではないが、それを固有名詞でかぶせられると、消費者は、何が起きているのかを理解するのに時間と労力を要するようになる。代表的な決済方法の分類とその仕組み程度が同じ用語で整理されていれば、消費者は異なる企業の方式の共通点や違いを自分の言葉で理解できるようになるだろう。また、代表的な方法と分類を整理しておいた方がわかりやすい他の例としては、各種チケットの発券・引き渡し方法、時刻表データの分類の仕方や探し方、旅館やパックツアーのサービススペックの提示方法、サービスに通しで番号をつける場合のサービスコード番号体系、事業者コードの体系など、様々な要素が考えられる。

また、インターネットを活用したブロードバンド放送と地上波デジタル放送とが同じモニターを活用して片方は有料課金サービス、片方は広告モデルにより無料放送サービスを提供する場合、また、そのモニターが高齢者介護サービスにおける介護センターとの緊急連絡TV電話にも使われるとした場合、そのモニターの使用法やリモコンの仕様などに関しても、あらかじめ代表的な種類やその仕組みなどを整理しておくべきものは多くある。例えば、モニターに出力されるサービスの種類、事業者や番組を管理するためのサービスコード体系、異なる信号方式で送る場合のデータ処理手順、異なるコンテンツ管理・課金管理方法に対応するための各種管理方法の内容、同一画面に複数サービスを表示するなど同時並列処理を行う場合のルールや手順など、枚挙に暇はない。

これらは、単純に標準化して済むという領域を超えるだろう。例えば、特定のモニター製造・販売事業者が、特定の高齢者介護サービス事業者だけを念頭に置いてモニターの商品開発を行うことは難しいだろう。例えば、特定の高齢者介護サービス事業者が用いた緊急連絡TV電話技術が当時最新であったとしても、2年も3年もすれば、その都度新たな技術的要素が加わることを念頭に置くことが必要となるであろう。また、モニターを緊急連絡TV電話として使いたいのは高齢者介護サービスだけでなく、TV電話英会話教室や、インタラクティブなe-Learningサービス、地域コミュニティにおけるTV電話サービスなどもあるだろう。このように、放送事業者でも通信事業者でもないサービス事業者が特定のモニターは共用したいといったニーズは、情報家電が深化すればするほど強まっていくに違いない。したがって、モニターを設計するにしても、消費者が新たなサービスの加入に悩む(自分のTVで対応しているのかどうかわかならい。など)場合にしても、必要なスペックはわかりやすく整理されている必要がある。
第二の役割は、標準化若しくは相互運用性確保の視点である。参照モデルは、あくまでも、機能や、データや、システム・サービスの構成や、技術を標記するための語彙を集めたものである。モニターと機器の接続方法を強制的に一種類に規格化するとか、企業コードを無理矢理一つに標準化するというものではない。モニターと機器の接続方法に代表的な新たな方法が出てくれば、それを語彙集に追加すればよいし、企業コードも代表的なものはこういうものがあるということを管理しているに過ぎない。
しかし、企業コードにしても、接続方法にしても、それぞれのサービス事業者や機器製造業者にとって差別化とは関係なくどのような形式のものでも良い場合は多くある。その時に参照できる方法論がないからやむを得ず独自様式を考えると言うことも少なくない。加えて、もし標準化関係者が代表的な方法論からの拡散を防ごうと努力する意思があるのであれば、不要なオプションの拡大を防ぐことにもなるだろうし、互いの長所が明確に見えるようになっていれば、標準獲得競争自体も、むやみにコンテンツの囲い込みに走るのではなく、更に建設的なものとなる可能性もあるだろう。
例えば、個人ユーザに対するコード体系や、その際の性別、地理コード、家族構成標記といった基本的な属性データのデータモデルから、医療、金融、AVなどサービス分野の基本的な名称、代表的なPCやモニター、端子などの分類や規格の整理など、おそらく個別企業の事業戦略から中立的な要素というものも少なくない。こうした分野のものについては、敢えて語彙を追加せずに、代表的なものを絞って参照モデルに記載することで、事実上、標準化や規格化の効果を持つことも期待されるだろう。

第三の役割は、事業者間での仕様作成ための共通言語の提供である。
実際に、情報家電を活用した各種サービスが始まるようになれば、遠隔医療、遠隔教育、ホームバンキングなど情報家電を活用して新たなサービスを起こしたいと考えている事業者、それをシステムにくみ上げるシステムインテグレータ、そこに機器を提供する情報家電機器メーカ、通信サービスを提供する通信事業者と、様々な事業者が関与することになる。
サービス事業者から見ると、システム落とし込むためのシステムインテグレータや聞き手教示業者などITベンダへの調達仕様書作りは、非常に頭の痛い作業の一つである。それぞれがそれぞれの得意技術領域を強調しつつ売り込みをかけて来るが、結局、自らのサービス・アウトプットにどう関わってくることになるのかが判然としないのは、消費者と大差ない。また、関連する情報収集コストが通常極めて高いことが想定されるだけに、特定ベンダからしか話が聞けないまま、あまり比較対象する時間も能力もなく決めていくようなケースが多く考えられるだろう。
また、ITベンダの側にしてみても、ユーザ側のサービス事業環境をあらかじめ整理してくれなければ、システムを作りながら、様々な選択肢を本格的に比較検討して混乱に陥ったり、予想もしていなかったような特殊なユーザ環境への対応を迫られたりということになる。
だからこそ、サービスを行おうとするユーザの側が、自らのビジネス・アーキテクチャやデータ・アーキテクチャを正確に把握し、また、ITを提供するITベンダの側が、自らのアプリケーション・アーキテクチャやテクノロジ・アーキテクチャを良く把握しながら、互いが効率的な受発注を行えるような環境を作ることが重要と考えられる。

ホーム・アーキテクチャが詳細に構築されている場合は、仕様書のかなりの部分を、そこからの切り貼りで作成することが出来るだろう。しかし、実際には、そこまで精緻なホーム・アーキテクチャがBAからTA全般にわたって作れているとは限らない。サービス事業者は、ビジネス的な話は得意でも技術的な話しは不得手である。ITベンダの側は、技術的なアーキテクチャは詳細に書けても、ビジネス・アーキテクチャを自らデザインする能力には乏しい。そのとき、参照モデルがあれば、該当する詳細なホーム・アーキテクチャ全体が無くとも、全てを網羅した仕様書作りに大きな役割を果たす。例えば、システムの技術要件を定める際に、技術参照モデル(TRM)から必要な技術とその世代をあらかじめ調達側が特定できれば、組織内他システムとの相互運用性を保証しながらソフトウエアの詳細を開発する作業の枠組みが維持することができる。業務の詳細やその中のサービスコンポーネント構成の記述も、仕様書作成の時点で共通の辞書が作成されていれば決めるのは比較的容易だ。また応札する側から見ても、参照モデル全体が開示されている中で仕様書を読めば、そのサービスの細部に通じていなくても、比較的短期の入札期間の中で提案をすることもできるだろう。参照モデルを活用した仕様書の策定は、家庭向けソリューション・サービス市場における契約の高度化、競争の質の向上に向け大きな役割を果たすことが期待される。

参照モデルが、こうした三つの役割を果たすためにも欠かせないのが、参照モデルを知識ベース/ポータルに登録して、様々な関係者が随時に利用可能にすることである。知識ベース/ポータルには、参照モデルのほかに、参照モデルにリストアップされたベストプラクティスの詳細情報、参照モデルを活用して作成されたホーム・アーキテクチャ事例(語彙活用の文例集に相当する)等を加えることによって有用性を増すことができる 2
参照モデル自体は、単なる辞書だ。そこに各社の業務戦略やビジネスノウハウ自体が記述されている必要は全くない。しかし、その辞書が可視化され公開されている意義は、意外に大きい。何より、他組織のベストプラクティスを円滑に活用するためにも、ベースとなる言語の共通化は不可欠だ。会社の健康診断を行う際に、自分だけ独自の血糖値やコレステロール値の測定方法を持っていても何の役にも立たないのと同じである。

知識ベース/ポータルが新たなサービスのスペックを随時取り込むことが出来れば、各事業者にとっても、将来のサービス増を描く際の参照源としての役割も期待される。このため、これを整備する場合、技術の変化、新しいベストプラクティスの収録など、常に内容を新しくする維持・メンテナンスが行なわれる必要がある。維持・メンテナンスの運用機構を欠いた場合には、内容が陳腐化し、有用性は極端に低下するであろう。このため、知識ベース/ポータルは、各種検索機能の充実等とともに、市場の動きと連動して各種情報の出し入れが出来るような利用者の利便性を考慮した、優れたマンマシンインターフェースを有する必要がある。

脚注

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