フェローコンテンツ: 対談・経済政策の選択肢

第5回「デフレの解消を至上課題として、直接それを解決する方策」

深尾光洋(慶應義塾大学教授)氏との対談

深尾光洋 (ふかお・みつひろ)
慶應義塾大学商学部教授、日本経済研究センター主任研究員(兼任)。1974年京都大学工学部卒業後、日本銀行入行。81年ミシガン大学Ph.D.取得。経済企画庁調査局、OECD経済統計総局金融財政政策課エコノミスト、日本銀行金融研究所調査役、日本銀行調査統計局企画庁企画調査課長、同局参事などを経て現職。主な著書に『為替レートと金融市場』(東洋経済新報社、日経経済図書文化賞受賞)、『日本破綻』(講談社現代新書)などがある。

日本経済の問題点について

飯尾:
現在の日本経済全般について、問題だと思われる点を挙げていただけますか?

深尾:
経済が正常な状態といいますか、物価が若干上がっていて、金利がプラスの状態であればよいのですが、短期金利がゼロになってデフレになってしまっている。こういう状況で何をしたらよいか。それをやった場合の効果はどうなるかということについて、ほとんどこれまで経験がないわけです。

そうすると、ロジックで判断せざるを得ません。経済の仕組みはこうなっているから、こうすれば効くはずだと。そのロジックのレベルになると、どういうふうに政策が効くかということについての判断が人によって違うということから、コンセンサスの形成が難しくなっています。もう1つは、政策提言をする場合に純粋に経済のロジックだけで議論していればわかりいいのですが、さらに政治的な制約条件まで入れた上で政策提言をするということになると、何を言ったらよいのかわからなくなってくるという部分があります。さらに、アイデアがないのでどうしようもないと思っている人も実は非常に多い。この3つが問題なのではないでしょうか。

飯尾:
深尾先生は、日本経済においてデフレの問題が一番重要だとのお考えと聞いております。デフレと関係する主要な要素、たとえば景気であるとか、財政赤字などの要素というのは、大体幾つぐらいを考慮すればよろしいとお考えですか。

深尾:
それは、挙げ出すときりがないぐらい多くの問題がありますが、デフレを止めることによって何が可能になるかということをいいますと、1つは金融再生です。当然その裏側として、企業部門の再生が可能になります。売り上げが増えるので、借金が返せるようになるということです。そしてさらに、財政についても引き締めが可能になる。つまり金融政策サイドで緩和ぎみにすれば財政は引き締められ、財政の再建が可能になる。デフレを止めるということが金融再生および財政再建の少なくとも必要条件になると思います。

構造改革についても、弱いセクターを徐々に縮めていって、破綻処理をするなりして、よい部門を伸ばしていくわけですが、これをやる場合にもデフレだと新規開業が非常に難しく、構造改革も進まないということになります。ですから、全体を考えてみれば、景気を立て直すためにはデフレからの脱却が前提条件といいますか、必要条件になると考えております。

飯尾:
今のご説明では、それらは相互連関していて、これだけは別に動くというものはあまりないというように考えてよろしいのでしょうか。

深尾:
1つだけをやることは可能ですが、他のものが悪化するということですね。

デフレについて

飯尾:
それでは、まず今のデフレとはどういう現象なのだろうかということを、私のような経済の素人にもわかるレベルで説明していただけますか。

深尾:
デフレというのは、一言でいえば継続的に物価が下がっている状態です。特に賃金、物価の両方が下がっている状態が非常に危険です。

飯尾:
賃金と物価というのは統計上は一応別ですが、同じように動くのでしょうか。

深尾:
違って動きます。賃金の方がやや高目に動きます。これは生産性の上昇率があるために、賃金がプラスでも物価は上がらないで済むということになります。ですから、賃金が上がっていて物価が多少下がっているという状態は、それほど危険ではありません。現在の中国がそういう状況だと認識しています。

飯尾:
なるほど。中国でいわゆるデフレといわれているものと日本のデフレが異なるのは、賃金が上がるかどうかに差があるということですか。

深尾:
中国は非常に貧しい国ですから、食料品が消費者物価に非常に高いウエイトで入っています。確か7割前後が食料品だと認識していますので、この値段が下がっているということです。賃金が徐々に上がっている中で、生産性の伸び率が高くて、農産物の生産性も上がっているでしょう。

飯尾:
それに対して日本はどういう状況なのでしょうか。

深尾:
賃金が、総報酬ベースで徐々に下がっています。しかも雇用が就業者ベースで、つまり自営業と雇われている人と両方合わせて、今、年間70万くらいのペースで下がっています。そうしますと、トータルの収入ベースの下がり方が非常に速くなり、経済がどんどん縮小しているという状態です。

飯尾:
これはなぜ起こっているとお考えでしょうか。

深尾:
基本的には需給ギャップが大きい。需給ギャップというのは、平たい言葉で言えば、広い意味での稼働率のことで、これは、人と設備、両サイドの稼働率が低いということを意味しています。生産設備も人も余ってまいります。そうすると、安くして、とにかくお客さんを呼びたいというインセンティブが生じます。これが起きると、1つの企業だけをとってみれば、値段を下げることでお客さんを呼べますが、経済全体としてみれば縮小していきます。給与もカットして雇用も減らさざるを得ない。これがぐるぐる回っているという状態です。

飯尾:
今お話をいただいた需給ギャップの問題が一時的なものであれば、いわゆる景気循環というものがあるはずなのに、循環せずに一方向に動くというのはなぜなんでしょう。

深尾:
普通は、景気が悪くなった段階でも物価はプラス、賃金も若干のプラスぐらいの時が多いわけです。そういう場合は、金利を十分下げてやれば、お金を調達して投資をすることが有利になります。今は一時的に安いけれども将来は物価がまだしばらくは上がるだろうという期待があれば、景気が悪いときに金利が低い状況では、投資がじわじわと出てきて景気回復のきっかけになります。ところが、物価が一旦継続的に下がり始めて、今が底だという感覚がなくなった状態になると、悪化した状態がどんどん続くということになります。

飯尾:
そうすると、私が先ほど伺った景気循環というのは緩やかなインフレ状態を前提にしているので、緩やかなインフレという前提がなければ景気循環というのは生じなくて、デフレの方向に一方的に進むということになるわけですか。

深尾:
デフレがある程度定着してしまって、かつ循環の谷が深いと、そうなる可能性があります。

飯尾:
今の日本の状況はどうなのでしょうか。やはりそういう状況になっているということなのでしょうか。

深尾:
そういう状況です。現在の需給ギャップの水準については、私はGDPギャップで見て6%前後あると見ています。これは、日経センターの予測チーム、あるいは金融班で推計した数字です。内閣府、アメリカの連邦準備銀行の委員会のスタッフの推計といったものも、2001年時点で大体5%前後ですから、2002年は決してよくないので、6%ぐらいになっていても全然おかしくないと考えております。

飯尾:
需給ギャップが存在するというのは、素人考えでいきますと、需要を上げるほかに供給を減らすというのもありそうですが、供給を減らすというのは好ましくないとお考えですね。

深尾:
生産能力に対して需要が少ないことを需給ギャップといいます。ですから生産能力を減らせば、ギャップは確かに減ります。ただし生産能力には2つの面があって、設備と人があります。設備は減らせますが、人は減らせません。ですから人が余るだけであって、賃金の下落はさらに加速する可能性の方が高いです。ですから供給を減らすという意見は愚の骨頂であって、経済の仕組みが分かっていない人たちのことです。

飯尾:
こういうデフレが、これまであまり起こらなかったというのはどういうことなのでしょう。

深尾:
戦前は何回も起こっています。戦後は成長力があって、かつ、ややインフレぎみの経済がずっと続きました。だからかつてはデフレにした場合のリスクというのは実はよくわかっていて、大恐慌直後のアメリカの経済学者、あるいはそれを学んだ日本の経済学者もそれをわかっていたわけです。現在その認識がないということは、経済史をしっかりやっていない人が最近は多いのではないかと思います。

アメリカの大恐慌の時に、確かに物価はGDPデフレーターで測って、ピークとボトムの比較で23%下がっていますが、実は半分以上が農産物です。農産物のウエイトが付加価値で2割ぐらいありましたので、これが65%、3分の2ぐらい下がって3分の1になってしまったわけです。ですから、これを除けば、それ以外の物価の下落というのは1割ちょっとです。日本は既に、ピーク比、94年比10%ぐらい下がっていて、年率2%程度のペースで下がっていますので、十分深刻な状態にあると見ていいと思います。

飯尾:
大恐慌に匹敵することは、既に起こっているということですか。

深尾:
農産物を除く物価の下落であればそういうことになります。預金保険で銀行を全部保護して、財政赤字で支出を支えていますから、症状が表に出ないだけのことです。

デフレ解決の手段

飯尾:
それでは、そもそもデフレを根治するにはどうすればよろしいのでしょうか。

深尾:
深刻なデフレを止める方法というのは非常に難しいです。幾つかのやり方があって、それは症状の深さによりますが、需給ギャップが小さければ、公共投資の拡大とか、減税で効くわけです。需要を増やすだけのことです。しかし大きな需給ギャップがある限りはデフレは止まらないし、むしろ徐々に加速する方向にあるわけです。既にインフレ率がマイナスになって、金利がゼロになってしまったので、ここで金融政策を効かせるというのは非常に難しいわけです。

金利はこれ以上下がらないので、短期国債を買って現金を供給しても効果はない。短期国債と現金というのは両方とも、ゼロ金利の政府の債務みたいなものです。したがって、短期国債のオペは効果はありません。長期国債も、ここまで金利が下がると効果はないと思います。既に非常に低い状況にありますので、これ以上下がるとは考えにくい。

財政サイドは、私は効果がゼロだとは思いませんが、公共投資をやった場合でも、ケインズ乗数はせいぜい1.4から1.5ぐらい。用地買収の費用を引いて、乗数を掛けるとだいたいこんなものです。そうすると、ギャップが6%としますと30兆円の財政支出を現状から20兆円増やして、そこで少なくとも横ばいにする。そして、その水準を維持していく必要があります。これは無理だし、むしろ財政の破綻のリスクを高める。減税サイドからいいますと、ケインズ乗数は大体1弱ぐらいのものです。ですから、今30兆円のギャップを減税しようと思うと、30兆円の減税を出さないといけません。所得税と法人税を全廃しても足りないぐらいです。つまり、減税あるいは公共投資も無理だという状況です。これをまず認識する必要があります。

飯尾:
効果はあるかもしれないけれども、十分な効果を発揮するだけの物量がなくて、物理的に無理だということですね。では、伝統的な手段はいずれも無理な状況で、非伝統的手段というものは考えられるわけですか。

深尾:
考えられると思います。そのためには現状の認識をまず考える必要があって、私は現在の日本の状況はマイナスのバブルだと認識しています。

このバブルというのはどういう意味かというと、不動産や株式などの実物資産が売られて、現金、預金、国債に資金がシフトするタイプのバブルです。なぜこれがバブルかといいますと、国債、預金、現金を持つ理由は、政府の信用があるとみんなが思っているからですが、政府の信用はどんどん悪化しています。したがって、サスティナブル(持続可能)でないため、これはバブルです。

政府の信用がなくなってきているにもかかわらず、安心しきってたくさん買っているということです。政府の負債はどんどん拡大しているけれども、全部国内で吸収されているというのは、まさにバブルでしょう。

飯尾:
では、バブルの崩壊ということはあり得るわけですか。

深尾:
それは、その逆に行くということで、日本政府の保証している金融政策からそれ以外のもの、外貨、不動産といったものにシフトするということです。

飯尾:
それは通貨の信任が一挙に失われるということですね。

深尾:
はい。ですから、現状のデフレを放置することは、日本政府の信用の失墜を放置するということです。

飯尾:
信任が失われるということは、いずれは逆のほうに振れると、またハイパーインフレと言われるのはそういう事態なわけですか。

深尾:
相当高率のインフレになる可能性があると思っています。

飯尾:
バブルが崩壊した瞬間にそれが起こり得るということですか。

深尾:
多分、瞬間には起こらないと思います。なぜなら、物価はそんなに簡単には上がりません。資産価格や為替は動きますが、一般物価や賃金はそんなに早くは動きません。しかし2年ぐらいをかければ、数十%のインフレになる可能性はあります。そして、それは止められないでしょう。その理由は、財政の資金繰りが火の車になってしまうためです。負債GDP比率が非常に高くなって、かつ短期の負債が多くなった状態でインフレになると、それを止めるためには金利を物価上昇率以上に上げる必要があります。それをすると、利払い負担が一気にはね上がります。

私もシミュレーションしましたが、仮に物価がプラスになって金利を5%まで上げざるを得なくなったとすると、その段階で政府のグロス債務GDP比率が200%を超えているという状態を想定すると、すぐには金利負担は上がりませんが、2年ぐらいの間にGDP比で10%ぐらいの利払い負担の増加になる可能性があります。これは郵貯の赤字を含むものです。郵貯の方は運用は平均で4年ぐらいでやっていますが、貯金はすぐに預けかえが可能ですから、金利が3~4%上がれば大挙して預けかえられます。そうしますと、その赤字を全部カウントすれば、利払い負担の増加分、つまり今から比べた増加分が、現在のGDPに直せば50兆円近い利払い増加になる可能性があります。

国税を全部入れても、利払いの増加に対応できないという状況になると、サラ金状態ということになります。そして、それは格付の大幅な下落と金利のさらなる上昇を招きます。実際ブラジルあたりですと、政府債務の実質金利が10%近いものになっています。こうなると、政府は、プライマリーバランスをそれこそ5%くらいの黒字にしないとやっていけなくなります。

飯尾:
そうすると、政府の規模を急速に縮小するしかない。

深尾:
まあ縮小しなくても、増税すればいいのですが。規模縮小を1年や2年でできるわけがないので、消費税を4倍ぐらいにすれば5%あたり12.5兆円の増税ですから、まあ安定させられると思います。何とか景気がある程度よくなればですね。しかし、急激な増税による安定化をしないと、日本政府に対する信用不安を招く可能性があります。

飯尾:
信用不安が起こったときにはどうなりますか。デフォルトというのはあり得るのでしょうか。

深尾:
あり得ると思います。

飯尾:
しかし、デフォルトというのは、ほとんどは国内の債権者なので、国内の徳政令のような雰囲気になってしまうわけですか。

深尾:
どうなるか私にも見通しがつきませんが、日銀に頼んで国債を引き受けてもらって現金を発行してもらえばデフォルトにはなりません。インフレになるだけです。

飯尾:
お話を戻しまして、現在のデフレを止める方法はあるのでしょうか。

深尾:
デフレの現状認識を、と言ったのは、政策を説明するために、現状をどう考えるかということが重要だからです。バブルを止めればいいわけですから、2通りのやり方があります。みんなが大量に買っているものを大量に供給してやって、みんなが売っているものを買ってしまうというのが1つのやり方です。

飯尾:
これは通貨を出すということですね。

深尾:
はい。日銀がハイパワードマネーを大量に供給して、優良な株式と不動産を大量に買い入れる。

飯尾:
どうして国債ではなくて優良な株式や不動産を買わないといけないのでしょうか。

深尾:
日銀が国債を大量に引き受けて、政府がヘリコプターマネーで現金をまけばインフレになります。そしてそれによって国に負担は生じないという人もいますが、それは間違いです。たとえば、日銀が銀行券をとにかく刷って、みんなに100万円ずつ配る。これは負担ではないという人がいます。銀行券を忘れてしまえばいいと。しかし、これは明らかな誤りです。どうしてかといえば、現金が世の中ですべて回されるわけはなくて、預金されてしまいます。使われてから預金に回るか、あるいは単に貯蓄に回る。預金が130兆円増えて、日銀の当座預金が百何十兆円増えます。

政府は国債を130兆円出して、日銀が買って現金を政府に130兆円渡して、ばらまく。これをやった場合に、初めは現金が増えますが、しばらくたてば日銀当座預金が増えて、日銀のバランスシートには国債が残ります。政府の債務は130兆円増える格好になります。ヘリコプターマネーというのは結局、減税しているのと一緒なんです。減税を大量にやれば、ある程度の景気拡大効果はありますが、財政を破綻させるというわけです。

量的緩和をやったり、あるいはヘリコプターマネーをやって日銀当座預金を大量に増やしたりということは、デフレが続いている間は負担にはなりません。しかし、物価の上昇が始まった段階で金利を引き上げようとすると、日銀が過剰な預金や日銀当座預金を全部回収する必要があります。日銀当座預金残高を4~5兆円まで減らす必要があるでしょう。そのためには、日銀は買った国債を大量に売り払う。日銀は損をしながら売るのでしょうが、百数十兆円売り払うという必要が生じます。

仮に政府が国債を発行しないで、単に財務省が政府紙幣を印刷した場合には何が起こるかといえば、それが存在する限り、日銀のベースマネーは増えたままですから、金利は上げられません。したがって、日銀自身が現金を回収するために、借用証書を発行する格好になりますが、日銀売り出し手形を発行して現金を全部回収する必要があります。それをしますと、金利がつくもので回収せざるを得なくなり、かつ、日銀は大幅な債務超過に陥ります。

いずれにせよ、日銀と政府を統合して考えれば、政府・日銀のバランスシートは130兆円分悪化します。利払い負担も、金利がプラスになった段階で発生します。ですから銀行券を発行すれば負担にならないというのは真っ赤なうそです。この点は強調しておきたい。

飯尾:
しばしば言われているように、ハイパーインフレになるからよくないのではなくて、そもそも効果がない上に非常に大きなコストがかかるということですか。

深尾:
効果がないとは言っていません。ヘリコプターマネーには減税並みの効果はあります。しかし、政府に対して大きなコストがかかります。

そこで、バブルの対象である現預金を供給してやって、日銀当座預金を供給して、同時にみんなが売っている株や不動産を買う。これによって期待を変化させるということです。現金には何の価値もないんですよ、ということを思い知ってもらう必要があるわけです。現金というのは単なるきれいに刷った紙です。これの価値がどんどん上がって困っているわけだから、そんなに欲しいのであれば、価値が下がるまでいくらでも供給しましょうといって供給するわけです。

飯尾:
ヘリコプターマネーと違うのは、優良な土地や株式を買っているので、先ほどの日銀のバランスシートは痛まないと予想されるわけですか。

深尾:
デフレから脱出できれば、株価や地価はリバウンドします。現在の株価や地価は、将来の賃貸料や収益が下がっていくという見通しを織り込んだ上で決まっている水準です。これがゼロなりプラスになれば、それの現在価値分だけリバウンドしますから、日銀はもうかります。ですから日銀が言う、国債は安全だけれども株式は危険であるというのは、現状では嘘です。

デフレから脱出できないという見通しのもとであればそのとおりですが、デフレから出る気があるのであれば、国債の買オペは極めて危険です。

デフレ解決の第2の方法

飯尾:
それでは、デフレから出るための第2の方策というのはどのようなものですか。

深尾:
もう1つのやり方というのは、バブル退治の時にやる普通の方法、バブルのターゲットに税金をかけることです。現在は、現金・預金・国債バブルですから、政府の保障する全ての金融資産に対して課税することで、バブルを止めることは可能です。そうすれば他のものにシフトします。

飯尾:
対象は、基本的には預金と現金ということですか。

深尾:
政府が将来のキャッシュフローを保障したすべての金融資産の残高あるいは現在価値に対して、課税日をもってデフレ率プラスアルファの税金を、デフレが続く限り何回でもかけるということです。現状で課税するならば2~3%がいいと思います。

飯尾:
なるほど、最初は2~3%。しかし、どうすればそれは実現できるのでしょうか。たとえば、政府が保障するというのは、郵便貯金とかその辺の普通預金とかも含んでいるわけですよね。

深尾:
全て挙げると、国債、地方債、政府保証債、円建てのすべての預金、それから銀行の円建ての債務全般、これはデリバティブを含みます。スワップやオプションの将来の円のキャッシュフローを含みます。これが真っ先です。それから郵貯、簡保、現金です。郵便振替も含みます。現金に対して課税する場合は、2004年に現金を刷りかえますので、そのときに交換手数料を日銀が2%課せば、銀行は自然にコストを国民に転化します。

飯尾:
しかしそれは頻繁に行う必要はないのでしょうか。一度お金を交換すればいいのでしょうか。

深尾:
毎年というのはまずいでしょうから、まあせいぜい2~3年に1回でしょうね。だから、デフレが続いて、その間のデフレ率プラス1%ぐらいを課せばいいわけでしょう。この効果として、課税対象から非課税対象に資金がシフトします。ですから株式、不動産、耐久消費財、まあ一般の消費財ですね、それから外貨にシフトします。社債とか貸し出しも増えます。そして、これは課税日に起こるのではなくて、課税の前に起きます。

飯尾:
発表した瞬間にですか。

深尾:
発表が信用された時点で起きます。これが起きると、国債価格に対して、たとえば非課税のトヨタの社債等にプレミアムがつきます。為替は、発表と同時に多分1割ぐらいは下落すると思いますが、それ以上の資本逃避は起きません。といいますのは、一度円安になれば、発表日に既に円安になってしまうから、動かそうと思ったときには遅いという状況になります。

飯尾:
しかしながら、ひそかに準備して、これが一挙に成立しなければ駄目ですね。

深尾:
いえ、議論すること自体によっても効果があります。そうするとその段階で予想が織り込まれます。

飯尾:
そうすると議論は好ましいわけですね。自己実現的予言になるので。

深尾:
非常に望ましいと思います。議論して、税率を5%にしようと言った段階でデフレから出られます。そうなれば、課税を止めてもいいわけです。ただこれは、1回はやらないと皆さん骨身にしみないと思いますので、私は1回はやるべきだと思っています。しかも、これで税収は20兆円を超します。課税対象資産は、1500兆円ですから財政再建にもなります。

また貸し渋り対策にもなります。銀行が日銀当座預金に積んでいれば当然課税されます。貸し出しを行えば課税されません。政府が保障したキャッシュフローである金融資産に課税し、政府が保障しない金融資産には課税しないということですから、私が飯尾先生からお金を借りても、それは課税されないわけです。そのかわり、私がお金を借りて現金を持っていれば課税されますので、早く返そうとするわけです。だから返せる人は早く返そうと思いますが、貸している人は返してほしくないわけです。ですから企業間信用が拡大します。みんな後払いでいいよと言うでしょう。車だって、課税日の後での支払いでいいですと。嫌です、現金で払いますと。押しつけ合いになります。つまり、現金から物にシフトするから景気がよくなるわけです。望むところです。

飯尾:
しかし、それは仮に決断をしたとしても、執行可能でしょうか。

深尾:
この案については国税庁の人にチェックしてもらいまして、法的にはできるというように言っておりました。人事院の研修の時ですが、デフレの問題を講義して、50人ぐらいいましたが、宿題を出してくれと言われました。今申し上げた現預金課税の問題点を全部洗い出すことという指示をしましたら、国税の人が2人入っていまして、通達とかを全部調べて、かつ租税条約も調べた上で、やれると言っていました。

飯尾:
それでは、これは法律上はできるということですね。あとはおそらく人手の問題でしょうね。

深尾:
人手はそんなにかからないでしょう。現金を交換するのが一番大きいでしょうが。現物国債については、持ってきたときに税金をかければいいので、それほど難しくはありません。ほとんど登録債ですから。課税時点で振決済なり登録債に残高でかければいいわけです。源泉徴収ですから、ばさっと切るわけです。一瞬で終わり、極めて簡単です。ただ預金だって、ある残高にここで課しますといって、今、預金の金利を源泉徴収していますね。それと同じように、残高の2%を課すだけのことです。現金が一番大変です。幾つかの問題点を言いますと、多分500円玉と100円玉は消えてなくなるでしょう。硬貨に課すのは非常に難しいので、一緒にデノミか何かをやって硬貨も入れかえないといけません。一時的に100円札、500円札を刷るのがいいでしょうか。

飯尾:
それでは、海外への逃避というのは起こりませんか。

深尾:
それは、先ほど申し上げたように発表段階には円安になってしまうので、それ以上は起きません。しかも、円安になるのは望ましいわけですね。しかも単なる円安政策と違って、非常に拡張的な政策ですから、外国からの非難も最小限で済みます。

飯尾:
日本は物を買うからよろしいということですか。外国からの非難という点は。

深尾:
私の申し上げたものは、耐久消費財等への需要を相当強く刺激しますから、円安になるけれども輸入も増えますので。

飯尾:
では、デフレを止めるためには、大体この2つの方法ということですか。

深尾:
整理して申し上げると、まずインフレターゲットを設定して、インフレ率のレベルとしては3年後ぐらいに年率1.5%、プラスマイナス1%を目標レンジにする。だから現在を出発点にして3年後に、年率で1.5%、プラスマイナス1%、ですから3年後の物価水準でいけば、複利計算ですから4.5%ちょっと、プラスマイナス3%ぐらいのレンジに持っていくという目標をまず定める。そのために、日銀は大量の株式、特にトピックス連動のETF(株価指数連動型上場投信)や良質のREIT(不動産投資信託)も購入する。これを1年ぐらいやって駄目な場合は資産課税を行う。この2段構えでやれば、私はデフレからほぼ確実に脱出できると思います。

飯尾:
基本的に日銀が買い入れるのを先にして、その間に議論しておいて課税ということですか。

深尾:
私は金融資産課税だけでもデフレから出られると思っていますが、政治的な難しさからいうと、こちらの方がはるかに困難ですから、日銀がまずやれるだけのことをやってみせて、これで駄目な場合は、政府は必ずこれをやってくださいという形でやっていくのがよいのではないでしょうか。マイナス金利なしでデフレから出られれば、それはそれでいいわけです。

デフレ論争について

飯尾:
それでは、デフレについて他の議論が起こっているということは、先生はどのようにお考えになっておられるでしょうか。たとえば、現在のデフレというのは全く新しい現象で、国際的に中国でもデフレになるぐらいで止めることはできないので、これは甘受しなければいけない。これを前提に経済学を作れとか言う人もおられます。

深尾:
それは、銀行券というのは単に人間が刷って配っているきれいな紙だということを、理解していないというだけのことです。この価値が上がっているのがデフレです。デフレを止められないはずがないでしょう。私は中国は本当にデフレだと思っておりません。先ほど申し上げたように、賃金が上がっていますからね。

飯尾:
その他の議論でいうと、デフレを止めるためには、財政支出、赤字を出し続けるとよろしい、そうすれば景気がよくなってデフレも止まるのであるという議論もあります。これはやはり先ほどお話しいただいたように物量的にも誤りだとお考えですか。

深尾:
そういう人は現実のGDPギャップや財政赤字の数字を十分分析していないから、そういう発言になるのだと思います。

飯尾:
先生のやり方が非伝統的だと言われるのは、経済学の理論で普通に言われていることと違うことがあるのでしょうか。

深尾:
私はそうではないと思っています。中央銀行のエコノミストの間では、実物資産オペあるいはマイナスの金利というのはよく知られています。たとえば、金本位制のもとでデフレになったときに中央銀行は何をしたかというと、金を買ったのですよ。実物資産オペです。これで、デフレを回避したわけです。また、現金に対する課税というのは、ケインズの『一般理論』の23章に出てきていて、シルビオ・ゲゼルの銀行券に対する印紙課税と呼ばれるものですが、これは、中央銀行のエコノミストは大抵知っています。

2002年12月採録 / 2003年12月25日掲載

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総括

深尾教授との対談では、強靱な論理構成と、直線的な解決法への情熱が印象的であった。未知の領域に入り込んだときに頼りになるのはロジックであり、経済学にはそのロジックがあるという前提で、三段論法的に最大の問題から解くべきだとして、デフレに話題が集中した。

経済学に基づく太い論理的な線を崩さず、その具体的な適用可能性を、計量データと政策としての可能性に照らし合わせながら、議論が進行するので説得力があった。最終的には、日銀による現物資産の買い取りを通じての通貨供給か、現金への課税という政策が導き出された。そして政策執行についての問題点も議論される。デフレに関して深尾教授の政策を採用しない場合には、論理的にも説得力のある説明が求められると感じる。

2003年12月25日掲載