中国経済新論:中国の経済改革

所得格差拡大の原因となる歪められた市場化

劉小玄
中国社会科学院経済研究所

最近、所得格差に関する議論が沸き起こっている。市場化の進展が所得格差を拡大させたと指摘する人は少なくない。格差問題の解決を政府に求める声も絶えない。いっそ所得分配が政府によって行われていた計画経済の時代に逆戻りしたほうが良いではないかというような雰囲気さえ感じられる。市場化改革にはいったいどのような問題が生じたのだろうか。

一、市場化改革の功罪

経済の市場化は中国にどのような影響を与えたのか。総合的にみて、市場化改革は国民の生活水準を高めた一方で、かつてないほどの所得格差をももたらした。

市場化が人々の生活を質と量とともに向上させ、物質的に大変豊かな生活を実現させたことは、誰の目にも明らかである。消費水準の急速な上昇によって、かつての自転車・腕時計・ラジカセという「三種の神器」は、カラーテレビ・冷蔵庫・洗濯機へと変わった。さらに、現在では携帯電話・自家用車・マイホームの普及率も大幅に上昇している。かつては食糧、食用油、綿、布などの日用必需品は配給制だったが、今では市場で何ら制限されることなく流通しており、市民は日常品が手に入らなくなる心配から解放された。農村でも、生活水準の向上は都市部に及ばないものの、1年間苦労して働いても1年分の食糧も稼げないといった極貧から脱出し、衣食足りた生活を送ることができるようになったうえ、町で働くことも可能になった。以前より農民の収入が上昇したのは間違いない。このように、市場化は企業の生産を増し経営効率を向上させることを通じて繁栄をもたらした。その上、労働市場の形成と発展は農民に多くの就業機会を与え、彼らの収入を増加させた。

過去と比較すると、市場化が所得を増加させたことは明らかである。それにもかかわらず、なぜ人々は不公平を感じているのであろうか。それは市場化が所得を増加させたと同時に、所得格差をも大幅に拡大させたからである。所得格差の発生にはさまざまな原因があるが、おおむね2種類にまとめることができる。

一つは、競争力の相違から生じたものである。市場経済は基本的に競争を促す性質があり、優勝劣敗(強いものが勝ち残る)のメカニズムを備えている。そのため、市場競争は必然的に大きな所得格差を招くことになる。ただし、このような原因によって生じた所得格差は合理的なものであり、人々も納得するだろう。

人々が不公平を感じるのは、生産要素の移動における障壁、地域間における資源の相違、発展水準と発展過程における格差などによるものである。なかでも、各種の制度のもたらす弊害によってうまれた「不公平な取引メカニズム」という問題が最も深刻である。不公平を生んだ最大の原因は、計画経済の時代から継続されている制度と新たに導入された市場経済が結合することによってもたらされた不公平な取引メカニズムにある。この不公平な取引メカニズムは一時的なものとは限らず、長期にわたり継続し、制度が固定化されてしまうという不公平な結果を作り出すのである。

不公平な取引メカニズムが生成した背景には、市場における政府部門の強い独占がある。独占による利益の既得権者として、政府とその関連企業は多額の利益を得るだけではなく、独占的な地位と勢力をさらに強化・拡大しようとしている。そのため、生産要素の移動における障壁を取り除くことは難しく、完全な市場競争を実現させることも困難である。それゆえ、過度期における一時的な問題のはずが、長期的な問題になってしまうかもしれない。

市場化が拡大し続けた結果、政府の権力も市場に浸透するようになった。計画経済期には、権力がコントロールする資源は少なくなかった。しかし、市場がほとんど存在しなかったため、権力を巨額の現金と交換することはできず、腐敗は便宜をはかってもらうための小額の賄賂にとどまっていた。そのため、当時の腐敗が所得格差に対して大きな影響を及ぼすことはなかったと考えられる。しかし、市場化の進展によって、権力がますます市場取引のなかに浸透するなか、市場経済における貨幣化、オプション化(在職中に相手に便宜を図っておいて、退職後に見返りをもらうという約束)、国際化、金融資本化の影響を受け、権力と金銭との交換が増えている。それによって、所得格差の拡大がますます深刻となりつつある。

二、歪められた土地の市場

最も分かりやすい例として、土地取引が挙げられる。不動産市場の形成と拡大につれて、土地資源が商品になり、市場で取引されるようになった。市場化される前、土地にははっきりとした価格は示されていなかったが、市場化が進むにつれて、需給関係の影響で土地の価値が明確に提示されるようになり、上昇するようにもなった。市場が存在しなかった頃、土地資源は「地下に眠っている金鉱」のように、誰もその価値を意識していなかったのである。財政資金が不足している政府にとっても、売買できない土地には値打ちはなかった。しかし、市場の形成と拡大は、政府が所有している土地を財源調達の源泉へと変化させた。土地の価値は需要の拡大にともない上昇していく。特に、一般市民の住宅需要が増大する段階になると、不動産価格も急速に上昇し始めた。政府はたとえ小さな土地でさえも巨額の財政収入をもたらすことができると認識するようになった。そして、土地を失った農民と住宅を欲しがる人々からの不満がますます高まっている一方で、不動産デベロッパーと政府の土地売買・不動産開発による収入は急増している。これは土地の市場化によってもたらされた不公平な結果である。

だが、市場化は果たして本当に石を金に変える「錬金術」なのだろうか。実際には、上記のような土地の市場化は、行政による土地の強引な徴用を背景としている。つまり、政府は金を出す必要があるときには完全に行政関与の方式でもって取引を行うのに、逆に政府が金を受け取るときには、市場経済のやり方で取引を行うのである。一方では極端な行政主導で取引し、もう一方では完全な市場化でもって取引するという両極端な方式を同時に行うことによって、最小の代価で最大の収益を得ているのである。このように、政府の「錬金術」と潤沢な財源は、自分にとって都合のよい、歪んだ市場化によるものである。

土地の所有権が政府に集中されているため、すべての個人(農民を含む)や法人は土地を移譲したり、売買したりすることができない。土地の売買は必ず政府の許可のもとで行わなければならない。これは、政府が実施する専売制である。このような売買方式は政府による独占構造という局面を形成し、権力にべったり癒着した市場取引メカニズムを作り上げた。売る側と買う側の力の非対称は土地価格の高騰に結びつく。高価格は必然的に高い独占利益をもたらしたのである。特に、需要が供給より大きく、代替弾力性が低いという条件の下では、このような独占価格はより高くなり、独占による利益もより大きくなる。このような土地売買における政府の独占モデルは、市場での需給関係のバランスを崩すものであり、土地の購入者の選択の余地を奪っている。

土地の私有を認める一般の経済システムでは、分譲住宅および土地の価格は基本的に市場を通して定められる。無数の需要者と供給者の存在は、大量で、なおかつ分散化した土地の取引メカニズムを形成する。このメカニズムの特徴は、取引双方がほぼ同様な交渉力を持っており、双方の選択が自由かつ多角的に行われることである。このような取引メカニズムの下で形成された市場価格は、主に市場における需要側と供給側の自由な選択と交渉を経て決められたものである。

同じような需給条件の下、市場構造が多角的な競争構造から独占状態に変われば、価格は大幅に上昇するだろう。これは独占側が供給量をコントロールする力を持っており、価格を操縦することができるからである。このような価格決定のメカニズムは、明らかに独占側に有利なものであり、非合理的かつ不公平なものである。需要は自由だが供給は独占的であるような土地の市場化は、土地の需要と供給の間に大きな不均衡をもたらしてしまう。その結果、需要側は供給側が提示する高い価格を受け入れざるを得ないことになる。したがって、合理的な土地市場化を発展させるために、土地の高度集中および独占的構造を変え、分散化した土地の私有制度を実施することは避けて通れない道である。

三、不公平な取引メカニズムをもたらした大きい政府の存在

土地問題は不完全な市場化、あるいは市場の独占によってもたらされた。土地市場のほかにも、証券市場、資本市場、金融市場、石油市場、電力市場、通信サービス市場、自然資源市場、商品市場においても、上記のような不完全な市場化メカニズムが存在する。つまり、最終需要に対しては完全な市場化で対応し、完全競争を実施するが、製品とサービスの供給については独占的な供給体制を実施しているのである。このような不完全な市場化メカニズムが、一連の不公平な取引を成立させたのだ。独占側は特許権や代替製品の欠如といった有利な立場を利用して、不公平な取引を行い、絶大な利益を手に入れた。この不公平を解決するためには、まず不公平な取引メカニズムを排除しなければならない。これは最も重要かつ根本的な解決方法である。

社会の福利厚生への影響を避けるため、自らの独占部門の商品に対し、政府はある程度は価格コントロールを行っている。しかし、政府自身がプレーヤーであると同時に、審判でもあるため、独占に対する政府自身による制限は期待できない。国有の独占企業における経営効率の低さ、資源の希少性、地方政府における利益の最大化と保護主義、および関連部門の管理者のレント・シーキングなどは、独占商品の供給不足を招き、価格を大幅に引き上げてしまった。一般消費者と企業はそのコストを払わなければならない。政府は供給量をコントロールすることによって価格を決定する力を持っている。しかし一方で、政治的業績をあげ、レント・シーキングの目標に達成するために、財政収入と部門の利益を高めなければならない。その結果、独占価格をコントロールする役目が果たせなくなっている。監督管理体制が整備されていない市場において、価格コントロールの結果、レント・シーキングがますます深刻な問題になる。そのため、政府が独占部門に対して実施する価格コントロールはほとんど効き目がない。価格コントロールは、昔のように配給制と一緒に実施すれば、効果が現われるだろう。しかし、競争市場と独占市場が並存している現状の下では、計画経済に逆戻りしない限り、配給を行うことはほとんど不可能である。

政府は大量の資源を独占・コントロールしている。政府機関と国有企業は、政府の権力を借りて、市場において優位に立つことができる。他の民間企業や個人と取引する際に、政府機関と国有企業は、上記の優位性を活かして、莫大な収益を手に入れることができる。このようなメカニズムは合理的ではなく、不公平な結果しかもたらすことができない。こうした不公平な取引メカニズムとそれによってもたらされた弊害は、人々が不公平感を抱くに至った最大の原因であり、最も受け入れがたい不合理なものである。競争市場と独占市場との二重構造、不公平な取引メカニズム、レント・シーキングにおける公共資源・公的権力の乱用は不公平な取引を成立させ、所得格差の拡大を招き、社会全体の厚生水準を低下させ、社会安定と倫理道徳にも危害を与えてしまった。

このように、所得格差が生じた根本的な原因の一つは、政府があまりにも大量の社会的資源を支配し、不公平な取引によって民間の個人資源を自分のものにしていることにある。このように、政府は一般財政収入のほかにも、民間から移転された収入をも得ていることになる。これらの問題を解決するためには、資源配分に関わる政府の権力を拡大するのではなく、政府の資源占有率を減らすべきである。できるだけ余計な税金を取らず、民間の資源の占有率を拡大し、独占資源の所有権を分散させ、多元的な市場構造を形成させることが必要である。政府がすべての資源配分を行うことなど不可能である。そのようなことをするから、不公平という問題が発生したのである。負担をなるべく軽くするような租税政策を通じて、徐々に公共資源の配分を市場化していく。資源配分の権限を民間に与えることによって、中産階級が主流となる社会構造を形成する。これは、調和の取れた安定した社会を形成するためには、最も重要なことであり、政府の長期発展政策とすべきであろう。

四、政府の再分配機能の強化よりも取引メカニズムの改善を

これらの不公平を解決する方法とは何か。国民は、まず政府が所得再分配において低所得者を含む弱者層に優遇政策を実施するよう期待するだろう。政府は弱者層を救済するために、すでに多くの財政支出を支出しており、これからも更に多くの財政支出を支出するだろう。しかし、大規模な財政移転を用いて、低所得者などの弱者層を救済するためには、政府は公共資源と財源を持っていなければならない。これは、政府が大量の公共資源を支配することへの合理性だけでなく、新たな徴税を行う口実も与えてしまうのである。その結果、我々は奇妙な制度上の悪循環に陥ってしまった。つまり、現在の不公平な取引メカニズムは独占者が不当に高い収益を得るといった問題を作り出したが、同時に、合理的な収入の再分配を行うには、政府とその独占事業が得た不合理な収益から分配するための資金を捻出せねばならないのだ。政府が自らの権力を強化するというのは、ある意味、本能的な行為とも言えよう。ただ、その動機の善し悪しに関わらず、結果は往々にして期待される通りにならない。どちらにしても、合理的な所得再分配は不合理的な取引メカニズムによって実現できるとは思えない。

上記のような悪循環は依然として繰り返されているばかりか、より深刻にさえなっている。レント・シーキングとそれによってもたらされる悪影響が深刻になればなるほど、人々の怒りもさらに強烈となる。そのため、政府は責任の重さをより深刻に受け止め、より多くの財政移転を行い、問題を解決しようとする。その結果、政府は公共資源から収益を得るという方法をやめることができない。しかし、政府がコントロールすることによって得る資金収入が高額になるほど、制度の効率が低いゆえに無駄も多くなる。その規模が常に弱者の手に届けるものを大きく上回ることから、結局、さまざまな問題が未解決のまま残されることになる。そこで、不公平な所得分配を是正するという名目で、政府はまた新たな税目を設けて徴税するという方法をとる。このような悪循環が永遠に続くのである。

この悪循環がもたらした弊害に気づかず、権力と既得権の市場化の結合が強化されていることにも認識が及ばなければ、経済移行期のみにおこるはずの不公平な取引メカニズムが制度化され、長期的に継続してしまうこともありうる。そうなると経済の発展、社会の効率化と公平さ、および福利厚生に与える損害は、計りきれないものとなろう。持続可能な経済発展の実現という長期的な観点から考えると、このような不公平な取引メカニズムがもたらした不公平さの問題は、最も解決しなければならない切実な課題の一つである。その場その場での対応は短期的には対立を緩和することができるかもしれないが、根本的に問題を解決することはできない。それどころが、不合理な権力構造が強化され、不公平の問題をより深刻化させることになるかもしれない。

所得再分配における不公平さを生んだ根本的な原因が、不公平な独占的な取引メカニズムにあることは、はっきりと理解しなければならない。この問題を抜本的に解決するためには、権力に左右される歪んだ取引メカニズムを改革することから着手しなければならない。政府としては、短期的、一時的な目標を制定するのではなく、長期にわたって最善な制度改革の目標を立てなければならない。場当たり的な対応をしていては、致命的な悪循環に陥る恐れがある。いかなる短期的な政策もすべて長期的かつ最善の政策目標にそったものでなくてはならない。独占状態を打ち破り、市場を開放し、税負担が軽く国民に利益をもたらす公共政策を実施すれば、分散化した個人所有権を基礎とする真の公平な取引という目標を実現することができる。これまでに述べた不公平な取引構造をすぐに完全に取り除くはことができないかもしれないが、最善の移行方法は何かを明確にし、その目標に向って努力しなければならない。

2006年9月1日掲載

出所

中国改革論壇
※和訳の掲載にあたり先方の許可を頂いている。

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