中国経済新論:世界の中の中国

中国企業の国際化―成功するための条件

張維迎
北京大学光華管理学院教授

中国経済学界における企業理論の権威的な存在である。1959年陝西省生まれ。1982年西北大学経済学部を卒業後、国家体制改革委員会中国経済体制改革 研究所において改革の理論と政策の研究に携わり、1987年よりイギリスのオックスフォード大学に留学。後にノーベル経済学賞を受賞したジェームズ=マー リーズ(James Mirrlees)と産業組織論の大家であるドナルド=ヘイ(Donald Hay)に学ぶ。1992年経済学修士号を取得した際、彼の修士論文がオックスフォード大学の当該年度ベスト論文賞(George Webb Medley Prize for the best thesis)を獲得。1994年同大学において経済学博士号を取得後、中国に帰国、北京大学を拠点に教学と研究を展開する。1995-97年の間、中国 国内で最もレベルの高い学術機関誌とされる「経済研究」に最も多く学術論文を掲載される。現在、その企業理論及び中国国有企業改革に対する研究で、国内外 の研究者、さらには中国政府からも大いに注目されている。

外国企業が相次いで中国に進出しているのと同様、中国の企業も世界市場への進出を果たしていかなければならない。その際、中国の企業は独自の優位性を持たなければならない。世界市場に進出すること自体は簡単であるが、最終的に成功を収めること自体は非常に難しい。現在、国内の多くの企業がグローバル戦略を策定しようとしている。こうした企業が国際化の道をどうやって歩んでいくのか、そしてどのような企業が成功するのかに関して厳密な分析をする必要がある。

国際市場において、企業の優位性は主に以下のような点に現れる。一つ目は、コスト面での優位性であり、つまり同じ製品をより安いコストで生産するということである。例えば、「中国国際コンテンナ集団公司」(CNCC)が成功した秘訣は、韓国、シンガポールのライバル企業より10%のコスト削減を実現したことにある。二つ目は、製品の優位性である。すなわち、製品が他にはない魅力を持ち合わせているかどうかという差別化における優位性である。例えば、中国のメーカーである「聨想」のパソコンの方がIBMよりも中国人のニーズによく適応しているため、中国の消費者は聨想のパソコンにより引きつけられることとなった。三つ目は、ブランドの優位性であり、技術と性能が完全に同じであれば、消費者はブランド力のある製品により多くのお金を使う傾向がある。

これら三つの中で、コスト面での優位性は比較的簡単に達成できる。これに対して、製品の優位性の確立は比較的難しい。他の企業の製品以上の独自性を打ち出すためには、製品の企画やR&D、さらに顧客のニーズを把握することが重要である。だが、企業のR&D能力や核心技術の積み重ねには長い時間が必要である。また、ブランドの優位性の確立にはさらに長い時間を要する。10年、20年、場合によっては百年以上かかってもおかしくない。なぜなら、ブランドの価値自体が一種の信頼となっており、消費者、顧客の製品に対する持続的な信頼を獲得するためには、広告への大量の投入が必要となってくる。製品に自信がある場合に限って、広告に大量の資金を投入することができる。これは、中国企業共通の認識である。

では一つの製品のブランド価値は一体いくらになるのか。この問題は製品情報に関する非対称性に関わっている。いわゆる情報の非対称性とは、消費者が製品を理解するための情報は非常に限られているのに対して、生産者側はそれらをよく理解している状況のことである。両者の差が大きければ大きいほど、情報はより非対称的である。例えば、われわれが日常的に食べているジャガイモにはブランドがないのに、なぜパソコンやテレビにはブランド名がついているのであろうか。これは情報の非対称性によるものである。ジャガイモと比べ家電製品に関する情報の非対称性はより明らかであるため、当然ブランドの価値が大きくなっている。薬品やサービス業、あるいは自動車のブランド価値は大きいが、銀行やコンサルティング、保険業のブランド価値の方がもっと大きい。なぜなら、こうした業界はさらに高い専門知識を必要とされるため、そうした専門知識を持たない多くの人は実際によく騙されるからである。例えば、80年代、中国人がパソコンを購入する際、コンピュータの知識がない人々はブランド品を買っていたが、逆に一定の知識がある人々はむしろパソコンのパーツをそれぞれ購入し、自分で組み立てるのを好んでいた。われわれ消費者の多くが専門的な知識を持たないからこそブランドにより多くのお金をかけるのである。

コスト、製品、そしてブランドという三つの優位性のうち、どれが重要なのかは業界によって異なる。仮にある業界の製品にとってブランド価値が非常に低い場合、コストの優位性が最も重要になってくる。例えば、鉄鋼業あるいは普通の農産物の場合、コストが安いことが市場を獲得するための必要条件になる。しかし、ブランド価値の増加に伴い、コスト面での優位性は徐々に重要ではなくなってくる。製品の優位性はブランド価値増加の初期段階において徐々に増加するが、やがては頭打ちとなる。しかし、ブランドの優位性はこれとは違い、ブランド価値の上昇に伴いますます重要になってくる。例えば、金融業界あるいは保険業界にとって最も重要なのはブランドの優位性である。製品の中でも原材料に関してはブランドの優位性は最も小さく、中間財では少し高くなり、最終財の段階になると非常に高くなる。小売りの場合、ブランドの優位性が最も重要であるのは、買い手がほとんど専門知識を持っていないからである。これに対して中間財の場合、例えば自動車部品のメーカーにとってその顧客はより専門的な知識を持つ自動車会社であるため、ブランドよりコストの方が重要になってくる。そして、原材料の場合には、コストの最も安いものが一番優位性を持つことになる。

以上の三つの優位性の中で、中国企業がすぐに獲得できるのは、やはりコストの優位性である。コストは少しずつ上昇してはいるが、外国の企業と比べるとまだ一定の優位性を維持している。われわれにとって、最大の弱点はブランド力である。われわれの経済発展の歴史がまだ短いことを考えると、これはやむをえないことである。先進諸国のブランドは百年以上、あるいは数百年の歴史を持ち、普通の投資銀行でさえ、数十年、あるいは百年以上の歴史を持っている。世界市場において、外国企業との競争を展開することは、生産財市場で競争を展開することよりもはるかに難しい。なぜなら、生産財市場での買い手は一定の知識を持つ専門家が中心であり、従ってコストがブランドよりも重要になるのである。しかし消費財市場では、普通の消費者を相手にするため、ブランドがより重要になる。しかしブランドというものは、決して短期間に確立できるものではない。

中国企業の国際化のプロセスの中で、現在はやはりコスト面で優位性を持っている。従って、われわれは相手との競争ばかりを強調せず、われわれが持つコストの優位性と外国企業のブランドの優位性を結合すべきである。格蘭仕集団公司(以下、Galanz社)の例がその正しさを物語っている。Galanz社は世界最大の電子レンジ生産企業であり、その製品は世界中に出回っているが、それ自身のブランドでは売れない。したがって、その製品に貼られているのは決してGalanz社自身のブランド名ではないのである。

中国の企業が世界的なブランドを持つには二つの選択肢がある。一つはブランド自体を購入することである。そのためには、まず受託生産から着手し、協力する外国の相手企業のブランドの優位性を活かしながら資金を徐々に蓄積する。そして、企業規模の拡大に伴い、製品の価格設定などの面において有利な立場になれば、ブランド購入の時期も早まるだろう。いくら世界の有名ブランドをもつ企業といえども、それなりに困難な時期があるはずである。その時がわれわれにとって良いブランドを買う絶好のチャンスである。最もよく儲けることができる方法さえ見つけられれば、たとえIBMといったブランドでも、最終的にはわれわれ中国人が買う可能性もある。もう一つの選択肢は、Intelの方法を真似ることである。もともとIntelはチップを生産していた。しかし、生産した製品はパソコン本体に取り込まれるため、外見上は製品が見えない。そこでIntelの採った戦略とは、あらゆるパソコンに必ずIntelのマークを貼らなければならないと決めることであった。Intelはチップの生産を独占しているため、各パソコンメーカーはそれに従うほかない。Galanz社にも同様な手段が考えられる。企業が力をつけた時には、各販売店あるいは各メーカーに対して、「Made in Galanz」のマークを貼らなければならないと要求すればいい。その時、他の企業のために物を生産する必要はもはやなくなり、自身のブランドができ上がるのである。

それでは、「聨想」はなぜ成功したのか。80年代後半から90年代前半にかけて、外国製のコンピュータは非常に高く、しかし一方でわれわれの所得はまだ低かったため、安くてわれわれのニーズに合ったパーソナル・コンピューターが求められていた。そうした中、「聨想」はコストの優位性と製品の差別化における優位性を活かし、徐々にアジアでのシェアを獲得し、中国最大のパソコンメーカーにまで成長したのである。もちろん、聨想が国際的に名前の知られたブランドになれるかどうかには、さらに時間を要する。

これに対して、「海爾集団」(以下、ハイアール)の国際化戦略は「先苦後楽」の道である。まず、最も進出の難しいと思われる市場―アメリカ、ドイツ―において冷蔵庫を製造・販売し、そして発展の遅れた地域へと拡大していく方針である。アメリカは世界で最も発展した国家であり、ブランドが最も重視される国でもある。だが、アメリカにおいて、ハイアールはブランドの優位性を持っていないため、販売店のブランドを利用しなければならない。なぜなら、アメリカの販売店は何十年という経験を有しており、消費者から信頼されているからである。だが、他人のブランドを利用するのであるから、厳しい条件も飲まなければならないだろう。例えば、アメリカで生産された冷蔵庫をウォルマート(Wal-Mart)で販売する際、仮に500ドルの売上げがあったとしても、ハイアールに渡されるのはせいぜい300ドルしかない。ハイアールの製品のコストが安いとしても、アメリカで生産する際には、そのコストをアメリカの製品よりも安く抑えることはできない。従って、相当期間、ハイアールは赤字経営を強いられるであろう。その場合、他国で十分に利益を上げるか、あるいはその他の融資ルートを使って赤字を補わなければならない。もしそれを十年程度維持し、その間の損失を補填することができれば、ハイアールが成功した国際的ブランドとなる可能性は高い。しかし、仮にそれを支えきれなくなると、それまでのあらゆる努力はすべて水泡に帰してしまうであろう。

2002年9月17日掲載

出所

経済参考報(原文は中国語)。
※和文の掲載にあたり著者の許可を頂いている。

2002年9月17日掲載

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