2022年秋、習近平政権が第3期に入った。総書記に就任した2012年10月以来、習近平は、共産党指導部内の権力関係を規定してきた従来の慣行やルールを次々と反故にしながら、人事と政策決定に跨る幅広い権限を一手に集中させた。「毛沢東以来の最強の権力者」と呼ばれる所以である。
それ故に多くの研究が習近平への権力集中をもたらした要因を探ってきたが、権力集中が中国の政治と行政に与えた影響についての実証的検討はいまだ不十分である。この小論では、習近平の政策アジェンダに関する筆者らの分析(Lim, Ito, and Zhang 2024; RIETI PDP版はLim, Ito, and Zhang 2023)を紹介しつつ、権力の動態と政策の関係について考察する。筆者らの研究は、習近平政権の第1期と第2期の間で政策アジェンダの内容と構造に明確な変化が見られることを確認した。
習近平時代の政治と政策
権威主義体制において、リーダー個人に権力が集中することは特に珍しい現象でない。ただし、エリート政治の本質を、権力分有(パワーシェアリング)をめぐるエリート間の競争と協力関係としてとらえれば、個人への過度な権力集中はエリート政治に何らかの問題が生じたことを意味する。特に、改革開放期の中国においては、毛沢東時代への反省から集団指導体制を築き、権力の集中を抑えようとする努力がなされた。この文脈で見ると、習近平への権力集中という事態は解明されるべき謎となる。
この謎をめぐってはさまざまな議論がある。1つの説明は、習近平政権発足当初、中国共産党の置かれていた内外状況の特殊性に注目する。具体的には、指導部内の派閥対立や腐敗の蔓延、そして米中対立の顕在化などが引き起こした党内の危機感が、習近平への権力集中を促したという説明である(Shirk 2023)。もう1つの説明は、習近平政権が誕生した経緯に注目する。習近平の総書記就任は、特定のリーダーや派閥の支援に依存したものでなく、幅広いエリートの集団的選択の結果である点を重視する(Shih 2022)。
しかし一方で、権力集中の帰結、とりわけその政策への影響はまだ十分な議論の対象となっていない。もちろん、習近平政権が発足し、政策形成と決定のプロセスに重大な改革が施されてきたことには多くの研究が注目している(Dickson 2021; Cabestan 2021)。しかし、習近平への権力集中とそれを反映した政策過程の変革が、政策の実質的「内容」にいかなる影響を及ぼしたかについての議論は、例えば政策変更の頻度やタイミングの変化を指摘する一部の研究を除いて(Chan, Lam, and Chen 2021)、依然として乏しいままである。
さらに言えば、既存の多くの研究は、習近平への権力集中を政権初期からの既定の事実としてとらえる傾向がある。しかし、こうした認識は、共産党内の権力競争を理解するにはあまりにも固定的すぎる。習近平への権力集中は、最初から決定付けられていたものでなく、上記のような状況的・制度的条件の影響を受けつつ、また習近平自身の意図や戦略の結果として、よりダイナミックに展開してきたと見るべきであろう。
筆者らは、このような研究の現状を踏まえ、また権力強化に向けた習近平の志向と選択を重視する視点に立って、習近平政権下の政策アジェンダの変化を分析した。政権の座に就いた習近平はどのような政策アジェンダを提示し、追求し、その内容は時間の経過とともにどのように変化したのか。以下では、分析に用いたデータと方法を紹介し、これらの問いに対する分析結果を示したい。
データと分析手法
データとして用いたのは、中国共産党新聞網のウェブ上に公開されている習近平系列重要講話数据庫(Xi Jinping Xilie Zhongyao Jianghua Shujuku)である(以下、Xi-Databaseと呼ぶ)。同データベースは、総書記在任中の習近平による講話、活動報告、現地視察、会見、外遊、祝電などの各種記事を合計1万件以上収録している。中国国営メディアの記事から構成されているため、バイアスや政治的宣伝に注意が必要だが、習近平政権を実証的に分析する上で多頻度かつ多次元のデータとしての価値がある(伊藤・林・張 2024a)。例えば、筆者らは同データおよびその他のデータを用いることで習近平総書記と李克強首相の間の政策志向の差を議論している(伊藤・林・張 2024b)。こうした文書=テキストをデータとして扱う手法は、共産圏・中国研究においては古典的な手法である。しかし近年、「Text-as-data」アプローチとして、より大規模なデータと機械学習を用いた研究が社会科学の諸分野で広がっている(Grimmer and Stewart, 2013; Gentzkow, Kelly, and Taddy, 2019)。
筆者らは、本研究でXi-Databaseから習近平の政策アジェンダを抽出するために、教師なし機械学習の一種であるStructural Topic Modeling法(以下、STMと呼ぶ)を用いた。同手法は、文書を話題(トピック)に応じて分類するトピックモデルの拡張形である(Roberts, Stewart, and Tingley, 2013)。トピックモデルは、「同じ文書で現れやすい語彙の集合」として定義されるトピックの各文書における出現確率と、トピックごとの単語の出現確率を推定することで、大量の文書から効率的に情報を集約できる。特にSTMは、トピックの間の相関関係を見ることができ、さらに文章のメタデータ(属性情報)の影響を検討することもできる。こうしたSTMの特徴は、Xi-Databaseの記事に付随する情報(ここでは文書作成のタイミング)を、トピックや単語の分布との関連で検討することを可能にした。以下では、分析の結果を示す。
習近平時代の政策アジェンダ
以下、分析結果の注目点である。 第一は、25というトピックの数である。上述のように、STMを含むトピックモデルは、文書の内容を分析者が事前に設定したトピックの数に合わせて分類する。筆者らの研究では、最適なトピックの数を決めるために、異なる数で複数の推定結果を算出し、定量・定性両方の評価基準によって分類されたトピックの質(語彙の一貫性、排他性など)をチェックした(Lim, Ito, and Zhang 2024, Appendixを参照)。その結果、最適なトピックの数として25という数値が得られた。言い換えれば、政権獲得後の10年間、習近平は、おおむね25個の他と区別される内容の政策アジェンダを提示したのである。
第二に、政策アジェンダの構造に注目すれば、大きく3つの政策クラスタが存在することが分かった。このことは図1に示した、トピックのネットワーク構造から把握できる。これによりトピック全体の構造とトピックの間の関係が視覚的に理解できる。25のトピックは、政策アジェンダの内容から大きく分けて、対外政策と国内政策、危機対応とに区分できる。各クラスタの中で中心的地位を占めているアジェンダは、対外政策では「グローバル経済とガバナンス」と「中国と大国」、国内政策では「中国的特色のある社会主義」と「(習近平)演説と著作」である。そして「文化と文明」が対外政策とつながりを持つ唯一の国内アジェンダとなっている。一方で「軍事改革」や「ナショナリズムと台湾」は習近平の言説では国内政策として位置付けられていることが注目される。
第三に、政策アジェンダの内容を見れば、政権第1期と第2期の間にいくつかの注目すべき変化が見られた。それを示すのが図2である。図2は文書作成の時点、すなわち習近平第2期(2017年11月〜2022年10月)をダミー変数とし、第1期(2012年11月〜2017年10月)と比較した場合のトピック分布への影響を示している。縦軸が抽出された25個のアジェンダ、横軸が第1期と第2期における各トピックの出現確率の差をそれぞれ表している。解釈として、横軸の数値が0を超えている場合、その大きさに応じて該当トピックが第1期に比べ第2期での出現確率が増えていることを意味する。また、0(点線)にかかっているトピックは、第1期と第2期の間に出現頻度の有意な差がない、すなわち習近平政権の第1・2期を通して注意が向けられたトピックであることを意味する。
図2を見ると、まず、第2期に入り言及の頻度が増加したアジェンダには、「新型コロナウイルス」、「中国と開発途上国」、「中国的特色のある社会主義」、「貧困軽減」、「グローバル経済とガバナンス」などがある。逆に頻度が減少したのは、「中国と大国」、「反腐敗と幹部管理」、「中国とアジア太平洋」などである。この結果から言えるのは、対外政策の面では、第1期と比べ中国外交の範囲が地理的にも内容的にも拡大されたことである。すなわち、政策の重点が大国関係(主に米中関係)から中国と開発途上国の関係へとシフトし、その中でアジア太平洋地域の比重が相対的に減少していることが確認される。内容においては、グローバルガバナンス、文化と文明といったトピックが対外関係の文脈で頻繁に議論されるようになった。国内に目を転じれば、社会主義と共産党史、インターネットとプロパガンダなど、思想的、理念的色彩の強いアジェンダが増えていることが目に付く。これらのアジェンダが時間の経過に伴うリーダーの関心の移行を示しているのならば、軍の近代化や一帯一路、中国ナショナリズムと台湾のように連続性の強いアジェンダも存在する。
さらに第2期におけるアジェンダの変容を掘り下げて考えてみよう。図3で示しているのは、体制の正統性を支える、またはエリートを規律付け、組織の団結を高めるための政策アジェンダである。その傾向を端的に言えば、体制維持や規律付けのための政策手段が第1期において反腐敗闘争や法制度整備などの運動や制度によっていたならば、第二期のそれがよりイデオロギー的な手段を強調する方向へと移行してきたということができる。こうしたパターンは、体制の正統性原理が党の組織史における習近平個人の位置付けや思想的貢献にあることを示唆している。換言すれば、権力の集中は政策実施の根源を習近平個人の権威への依存を強化させる傾向があることが言えるかもしれない。
今後の課題
今後さらに検討すべき論点として、次の二点を指摘できる。
一点目は、習近平の政策言説と政策実施との関係である。つまり、習近平の政策アジェンダ(とそれぞれの政策アジェンダに対する関心の度合い)がどれほど党と政府組織に共有され、実際に政策の現場で実施されるかの問題である。このように習近平自身の政策志向と実施の関係を検討することは、習近平を核とする党中央の政策調整能力を高めることが当初より喫緊の課題として議論されていただけに、習近平時代の政治的変革の政策効果を評価する重要な指標となる。
実際、筆者らの研究では、一帯一路構想や反腐敗闘争を例として、習近平言説と実際の政策実施の関係を確認している。両方とも言説と現状の相関度は高いものの、時期によって齟齬が目立つ場合もあり、政策過程のダイナミズムを改めて確認させるものとなっている。
今後のもう1つの検討課題として挙げられるのは、それぞれの政策アジェンダ(トピック)を構成し定義付ける語彙の変化を推定することである。今回の作業ではトピックの変化のみに焦点を当てているが、同じ政策アジェンダであっても、それを特徴付ける言葉が変化しうる可能性が考えられる。同じスローガンでも政策の重点が変わったことを観察することを通じて、今後の政策展開をつかみ取ることが可能になるかもしれない。