Special Report

経済安全保障の日欧協力を進めよ

田辺 靖雄
コンサルティングフェロー

9月21日にEU代表部において、日欧産業協力センター主催により「経済安全保障と戦略的自律のための日欧産業協力」と題するセミナーが行われた。約3年ぶりにリアルで行われたセミナーであった。

新任のジャン=エリック・パケ(Jean-Eric Paquet)次期駐日欧州連合大使による基調講演に続いて、パネルディスカッションが行われ、パネリストとして以下の方々により活発な議論が行われた。筆者はモデレーターを務めた。

  • マイヴ・ルテ(Maive Rute)、 欧州委員会域内市場・起業家精神・中小企業(DG GROW)総局次長(Deputy Director-General, DG for Internal Market, Industry, Entrepreneurship and SMEs (DG GROW), European Commission)
  • 福永 哲郎 経済産業省 大臣官房審議官(通商政策局担当)兼 大臣官房首席 通商政策統括調整官
  • ニコラウス・ボルツェ(Nikolaus Boltze)、 ティッセンクルップ・ジャパン株式会社、代表取締役(Country Representative, thyssenkrupp Japan)
  • 遠藤 信博 日本電気(株) 特別顧問(同社前取締役会長)
  • ヴィルジニー・キャヴァリ(Virginie Cavalli), 日本エア・リキード合同会社 社長兼CEO(President and CEO, Air Liquide Japan)

以下、議論の中から印象に残ったポイントをご紹介したい。

第一に、欧州委員会のルテ氏から"Supply Chains and Open Strategic Autonomy"と題してプレゼンテーションがなされた。
EUは貿易立国(地域)として成長のエンジンである貿易を重視しており、バリューチェーンでの課題に対してopen strategic autonomy(開かれた戦略的自律性)を追求するとした。その3つの柱として①グローバル経済ガバナンス、②相互互恵的な関係構築、③不公正で搾取的な慣行からの防護を挙げた。

もともと、米中対立等の地政学的状況、パンデミック、自然災害等に起因するサプライチェーンの途絶(disruption)に対する対応の考え方として、欧州ではStrategic Autonomy(戦略的自律性)というコンセプトが議論されていた。その後、EU内で議論するうちにEUの政策原則としてOpenが付くことになったようである。これは自由な貿易秩序を重視するEUの姿勢を反映したものであり、米国トランプ政権時代以来の米国ファーストの貿易制限的な措置に対するアンチテーゼを提供する意図もあったものと思われる。貿易立国である日本としても共有できる考え方である。

ルテ氏は、サプライチェーンの懸念として、特定国への依存が高くその特定国に問題がある場合の例示として、レアアースのサプライチェーンにおいて中国が支配的な地位を占めている状況(資源採掘の60%、加工の87%、メタル生産の91%、永久磁石生産の94%)を挙げた。
そして、EU内でのクリティカル原料の採掘・生産を促進するためにEuropean Critical Raw Material Actを提案していることを紹介し、同様の取り組みをすでに進めている日本から独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)(の探鉱や備蓄のスキーム)について学びたいと呼びかけた。
すなわち、この分野では日本の方が先行していることを認識しているのである。日本側としてEU側に大いにJOGMEC等の政策(探鉱投資支援、国家備蓄等)の経験を共有すべきであろう。資源開発や原材料生産の個別プロジェクトで日本とEUのパートナーシップを促進することも相互利益にかなうであろう。

ルテ氏のプレゼンテーションで印象的であったのはロシアとの依存関係に関する説明である。
一般的にEUがロシアに対して石油、天然ガス等を依存しているという印象があるが、ルテ氏によれば、EUがロシアに相当程度依存している品目は10品目でEU全輸入額の0.2%に過ぎず、そのうち88%は代替可能であると言う。これに対して、ロシアがEUに依存しているのは820品目、ロシア全輸入額の15.4%あり、そのうち69%は代替可能性が低いとのことである。
つまり、依存しているのはロシアであってEUではないとの強気の姿勢である。だから欧州による経済制裁の効果があるとの主張である。

このような対外関係におけるEUの強気のポジションについては、強がりのようにも聞こえるが、ロシアへの依存を断ち切るとの強いコミットメントの表れとも言える。

ルテ氏からは、最後に、EUとしてのサプライチェーン・レジリエンスに関する政策のツールボックスのマップが示された。すなわち、①ホライゾン・ヨーロッパ(EUの科学技術研究の7年プログラム)のパートナーシップ、②Transition pathways(産業界やステークホルダーとの共同取り組み)、③イノベーション・ファンド、③産業アライアンス(バッテリー、水素、半導体等)、④クラスター(産業の地域的な集積)、⑤EEN(ヨーロッパ・エンタープライズ・ネットワーク、中小企業の振興)である。

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Tools and policy measures...

このマップを見ると、EUの産業政策の道具立てが充実していること、言い換えると、さまざまなツールを戦略的な産業政策目的のために集結させようとの強い意図が感じられる。これはもともと日本に倣ったものであり、最近では中国の取り組みに刺激されている部分もあろう。逆にこのようなEUの産業政策志向がエコーして日本に先祖帰りして刺激を与えている面もある。このような日EU間の政策エコー効果は興味深く、日本としてもこの刺激を建設的にとらえて政策立案のレベルを高めるべきであろう。

第二に、経産省の福永氏からは、まず、かつて日EU・EPAの首席交渉官であって本年(2022年)8月に急逝した故Mauro Petriccione 前欧州委員会気候行動総局長のメッセージとして、日EU・EPAで重要なのは農産物や自動車のマーケットアクセス(関税)よりも日EU規制協力だとの言葉が紹介された。そして、UNECE(国連欧州経済委員会)の自動車規制(多くの規制事項が収れんしている)の事例を挙げて、日EU規制協力の重要性が強調された。
また、福永氏は、グリーン(日EUグリーンアライアンス)、デジタル(日EUデジタルパートナーシップ)に続く日EU協力のテーマはレジリエンスであるとして、この分野の対話が重要であると主張した。

さらに、福永氏から、最近わが国で成立した経済安全保障推進法の内容について説明があった。
経済安全保障政策の基本方向としては、①自律性の向上、②(日本の)優位性・不可欠性の確保、③国際秩序の維持・強化が提示されている。この基本的考え方は上記のEUの政策に相通じるものがある。
経済安全保障促進法の具体的取り組みとしては、①サプライチェーンの強靭化、②基幹インフラの機能確保、③官民技術協力による重要技術育成、④特許非公開による機微な発明の保護が挙げられる。

サプライチェーンの強靭化に関する具体的な措置としては、今後指定される特定重要物資(半導体、蓄電池、医薬品等がその候補として検討されている)に関して、民間事業者の計画を認定し支援をするというものである。
EUにおいても、類似の法的措置(Single Market Emergency Instrument)が検討されている。
日本においてもEUにおいても、このような民間事業活動に政府が介入することについて議論があるが、日本におけるインセンティブ方式はEUにとっても参考になるであろう。

また、福永氏から、半導体の生産、研究開発の支援に関しては別の法律に基づき具体的なケースごとに行われているとして、これはEUのChips Actと同様であると、日欧取り組みの類似性に言及があった。

第三に、3人の日欧のビジネス・リーダーから、経済安全保障・戦略的自律性に関する基本的な考え方、取り組みが披歴された。

ティッセンクルップのボルツェ氏からは、鉄鋼メーカーとして、将来的なグリーン水素も含めて主要原料とエネルギーの確保が重要であること、鉄のリサイクルやスクラップの管理の重要性が指摘された。そして、電力グリッドや輸送システムの安定性、信頼性が強調された。
また、産業界としてはサプライチェーンのための整備されたインフラが重要であるとして、その要素として、セキュアなデータ交換、サイバーセキュリティ、データ主権について言及があった。

興味深かったのは、サプライチェーン・レジリエンスのために国際協力が必要だとしてFree and Open Indo-Pacificに言及し、インド太平洋海域での安全で自由な航行による海運の確保の重要性を強調したことである。欧州企業としても(グローバル企業であるからか)インド太平洋地域への関心が高いことがうかがわれた。

NECの遠藤氏からは、Strengthen Value Creation Capabilities through ICT-based Value Chain for Open Economic Securityと題してプレゼンテーションが行われた。
遠藤氏は、そもそも地球上の高い価値を提供できることがサプライチェーンの安定化につながるとの基本的な考え方を表明した。
また、ICTの進化によるバリューチェーンを通して社会の価値創造が可能であること、その事例としてNECのAI活用によるワクチン開発事例に言及があった。
そして、高い価値ソリューションのためのグローバル・バリューチェーンを強化する必要があるとして、そのためにはデータの国際間共有が重要であるとしてData Free Flow with Trust(DFFT)が必要だと強調した。

ICTは経済安全保障、サプライチェーン・レジリエンスのカギとなる技術であり、NECのような日本を代表するICT企業には、大いにその能力を発揮してソリューション成功事例を積み上げてもらいたい。
政府側は、DFFTのようなグローバルな制度インフラの構築に大いに努力すべきである。

エア・リキードのキャヴァリ氏は、同社が日本において経済安全保障・戦略的自律に貢献している要素として、①現地生産、②主要サプライヤーとのパートナリング、③省エネルギー努力、④エネルギー・レジリエンスとしての水素事業を挙げた。
そして日EU産業協力の機会として、①(既存技術の)規制緩和、②新技術に対する共通規制、③低炭素水素・再生可能エネルギーに関する調和した定義・資格付け、④炭素価格に関する明確な政策を例示した。
キャヴァリ氏からは日本における規制緩和要望として、水素ステーションに関する規制緩和の必要性、EUでは必要でないプラントにおける監視人員配置義務の事例が紹介された。

このように、EUの日本に対する規制パートナーとしての期待は強いものがある。経済安全保障の中心プレーヤーは民間企業であるところ、このような民間企業の要望に政府として対応することは重要な日EU協力であろう。

第四に、パネルディスカッションで、日、EU双方にとって重要なパートナーである米国との関係について、質問に答える形で日EU両政府から言及があった。

ルテ氏からは、米国との間ではTrade and Technology Council(TTC)においてサプライチェーン問題について議論していることの説明があった。また、最近米国で成立したインフレ抑制法(Inflation Reduction Act) の目指す基本的な方向は望ましいが、米国製(ないし米国のFTA相手国からの)調達を優遇する条項に関しては、(WTO上の内外無差別原則の観点から)懸念を有して話し合っていることの紹介があった。
福永氏からは、日米経済2+2閣僚会議での議論、その延長にあるというIPEF(インド太平洋経済枠組み)での議論の紹介があり、やはりインフレ抑制法の条項には懸念を持って協議していることの紹介があった。

日本、EU双方にとって重要なパートナーである米国との建設的な関係についてもこのような対話を行うことは十分意味があろう。

また、パネルディスカッションでは、日EU間での規制面、標準面での協力の可能性の具体的なセクターに関して言及がなされた。
ボルツェ氏からは、その重要分野として、5G、6G等の通信、データセキュリティの分野が挙げられた。

また、サイバーセキュリティの重要性についても議論があった。
経団連のサイバーセキュリティ委員長も務める遠藤氏は、サイバーセキュリティ分野においても、集団的安全保障の考え方の下に、価値観を共有する国家間、企業間でのサイバー攻撃を防ぐための情報共有が必要だと強調した。
また、自身がトップを務めるIPA(情報処理推進機構)産業サイバーセキュリティセンターにおいて米国、欧州からも支援を受けているとの事例を紹介した。

以上のような日本とEUのハイレベルな官民のリーダーの議論を聴いて、筆者のテークアウェイは以下である。

第一に、経済安全保障、サプライチェーンチェーン・レジリエンスに関して、日・EUは最適のパートナーであるとの認識が共有された。
議論の中で採算言及があったが、経済安全保障の要諦はfriend-shoring(イェレン米国財務長官)と言われる。まさに、日本とEUは価値観を共有する友人関係にある。そして、日EU関係は相互補完的である。

直近のロシアによるウクライナ侵攻に起因する天然ガス等の供給不足に起因して欧州はエネルギー危機の様相を呈している。また、一部資源や生産物の中国依存に対する警戒心が近年急速に高まっている。
このような欧州の状況に対して、日本の経験は一日の長があると思われる。
すなわち、日本のロシア天然ガスへの依存は9%である。これはロシアに過度に依存することはリスクがあるとの官民の暗黙知が働いていると思われる(筆者はかつて経産省で石油・ガスの担当課長を務めた。)
また、日本は中国との貿易・投資・サプライチェーンの依存度は高いが、長年の経験から多くの日本企業はチャイナ+1の戦略を実行している。
これらは、政治的あるいは自然災害によるサプライショックの経験の多い日本が歴史的に積み上げ身に付いてきたものであり、このようなリスク感覚・対応は欧州も共有を望んでいるところである。

すでにスタートしている日EUグリーンアライアンス、日EUデジタルパートナーシップというグリーン、デジタル分野では政策的にEUが進んでいるような印象もあるが、このレジリエンス分野は日本の方が進んでいると言えよう。
もちろん日本として油断してよいわけではなく、不断の備え、対応は不可欠であり、その際欧州の状況は十分参考になる。
EUの強みはそのルール・メイキング能力であり、EUの仕組みによる集団的な対応能力である。この点は日本としても大いに力を借りたいところである。
かように、日・EU関係は、相互補完的なシナジーの発揮しうるパートナー関係であると言える。

第二に、EUがロシアとの関係に関して言及しているように、自国の不可欠性を強化し、相手国の自国への依存を意識させるような戦略を日本としてより強化する必要がある。
日本は歴史的に外国あるいは外国企業の善意を前提とするような傾向があったのではないか。しかし、昨今の世界の現実はそのような態度では対応しきれない。日本が相手にとって不可欠な存在であるという実態を作り、それを相手に十分認識させて、日本に対しておかしなことはできないと思わせる抑止力(deterrence)が必要である。そのためには、欧米がそうしているように、重大なルール違反行為があった場合には貿易・投資・金融等面で制裁を課すというスキームを日本として強化すべきではないだろうか。経済安全保障法等の法制の中で考慮していくべき課題であろう。

第三に、経済安全保障のためのサプライチェーン・レジリエンスでも技術イノベーションでも官民協力、官民連携が重要であり、その際の官民関係のあり方について日EU間には共有すべき経験があり、より共有すべきである。
これは、産業政策すなわち経済面での政府介入をどこまで認めるかという問題でもある。上に述べたように、近年欧米でこの産業政策的傾向が強まっており、かつての産業政策を批判された日本の立場としては戸惑う面もあるが、世界の潮流の中で、世界的な課題への対処のために、また自国の安全保障のためにどのような官民関係が望ましいか、各国・地域の事情も踏まえて、適切に判断、実行されるべきである。そのような経験を日欧間で共有することで日欧はさらに良い政策が作ることが可能となろう。

第四に、経済安全保障のエネイブラーとしてのICT/デジタル技術の重要性に関して日欧に共通の認識があり、日欧協力でのソリューションの提供が期待されるとともに、サイバーセキュリティの対応についても日欧協力が重要である。
ICT/デジタル分野は、世界的な価値創造には不可欠であり、またそのための国際協力は日本・EUのような価値観を共有するリーダー国が世界をリードすべきである。すでに個人データ移転の扱いに関してはGDPR(General Data Protection Regulation:EU一般データ保護規則)でそのような実績はあり、さらにデータ移転のルール作りでは、日本としてDFFTの議論を主導しているところである。日EU・EPAの積み残しイシューとしてのルール化交渉等、日EU間ですべきことは多い。
また、サイバーセキュリティについては、日米欧3極での共同取り組み、特にインシデント情報の共有が極めて重要であり、ここでも日欧協力による取り組みが有効であろう。

以上の通り、経済安全保障、サプライチェーン・レジリエンスという政策事項においても日欧協力の必要性、有効性が強く確認されたセミナーであった。
ご関心の向きは下記にてセミナーの資料、録画ビデオ(一定期間のみ)が閲覧可能であるのでお勧めしたい。

https://www.eu-japan.eu/ja/events/jingjianquanbaozhangtozhanedezilunotamenoriouchanyexieli

(本稿でのパネリストの発言の紹介は筆者の理解に基づくものである。)

2022年10月13日掲載

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