Special Report:2022年版通商白書解説シリーズ

Japan SPOTLIGHT座談会:ロシアのウクライナ侵略による世界経済への影響

岡田 陽
コンサルティングフェロー

写真:伊藤 亜聖
伊藤 亜聖
写真:鈴木 一人
鈴木 一人
写真:戸堂 康之
戸堂 康之
写真:岡田 陽
岡田 陽
伊藤 亜聖
東京大学社会科学研究所准教授
鈴木 一人
東京大学公共政策大学院教授
戸堂 康之
早稲田大学教授
岡田 陽(司会)
前経済産業省通商政策局企画調査室長
(内閣官房新しい資本主義実現本部事務局企画官)

本レポートは、国際経済交流財団(JEF:Japan Economic Foundation)の主催で、2022年7月12日(火)に開催された、2022年版通商白書に係る有識者座談会の内容について、Japan SPOTLIGHT2022年9/10月号から、対ロシア経済制裁の実効性やロシアのウクライナ侵略後の国際経済秩序の行方に関する部分を抜粋したものである。

座談会では、ここで紹介するロシアによるウクライナ侵略に関する議論以外にも、通商白書概要の説明や、通商白書で提示しているデジタル変革、経済安全保障要請などの地政学的リスクの増大、環境・気候変動・人権などの共通価値の重視、政府の産業政策シフトという4つのトレンドに対する伊藤先生、鈴木先生および戸堂先生の見方も掲載されている。議論の全体については、Japan SPOTLIGHT2022年9/10月号(注1)(英文)またはこちらの(議論の全体和訳)からご覧ください。

対ロシア経済制裁の実効性を高めるには?

岡田:
まず鈴木先生に、対ロ経済制裁についてご質問させていただきたいと思います。西側諸国の対ロ経済制裁は、今のところ効果を発揮していますが、その実効性を高めるためには、どういう点に留意すればいいでしょうか。

先ほどご説明した通り、ロシアは、エネルギーや食料といったチョークポイントをしっかり押さえています。特に、このことを踏まえて、対ロ制裁の実効性を高める手法とそのために留意すべき点は何でしょうか。

鈴木:
経済制裁の効果はどういう目的を達成するか、経済制裁によって例えばロシアの体制変換。プーチン体制をやめさせることで戦争終結に導いていくのか、それとも体制転換は伴わないけれども政策を継続することが難しくなるような状況をつくりだすのかという点でも、経済制裁のデザインは変わってくると思います。

現在の対ロシア経済制裁の1つの特徴は、今できることを全てやるというところだと思っています。追加的に実効性を高めようとすると、どうしてもできないこと、ないしは実行することによって相当な痛みが西側諸国にもある制裁になります。

つまり西側諸国において、ガソリン等の燃料高、食料高という国内経済に一定の影響を及ぼすようなことが起き得ます。その結果、国内への反動や政治的反発を恐れていては、厳しい制裁を科してロシアの体制転換を図るは難しいと思います。結果的に制裁は、戦争を継続することのコストを高めていくことを目標として設定しているが、西側が制裁する前に逆にロシアが西側にとってのチョークポイントを押さえにかかってきている状況になっています。制裁の実効性を高めるためには国内での反動や衝撃に耐えられるような経済をつくっていくことが重要になると思います。

岡田:
ロシアは、西側諸国の経済制裁が原因で、世界のエネルギー価格、食料価格が高騰しているのだというナラティブを新興国や途上国に流布しています。やはりエネルギー・食料価格が国内経済に大きく跳ね返っている国々としては、そうしたナラティブを受けて、ロシアや中国に対して支援を求めてしまうような状況もあるかと思います。こういったことが原因で世界経済の分断が起きることを避けるために、西側諸国、特に日本としてどのように対応していくべきでしょうか。

鈴木:
制裁が食料価格の高騰を招いているという言説はロシアのある種のプロパガンダだと思っています。現在のエネルギー、食料価格が高くなっているのは、確かにエネルギー分野に関しては石炭、石油の禁輸が1つのエネルギー価格を上昇させる大きな原因になっていると思います。ただ、食料に関していうと、ウクライナからの輸出をロシアが黒海封鎖という形で、黒海の港からウクライナの穀物の輸出などを止めていることが大きな原因になるので、実際のところは西側の経済制裁が理由だと断定することはできないと思います。

新興国、途上国ではロシアとの関係を重視する国々、とりわけ食料とエネルギーをロシアに依存している国は数多くありますので、そういった国々はこうしたプロパガンダを受け入れてはいるのですが、彼らも今何が起こっているかはそれなりに理解していて、従って、このプロパガンダが、世界経済の分断につながるかというと私は直結しないのではないかと思っています。

世界的に見ても例えば国連のロシア非難決議では141カ国がロシアを非難することに賛成しています。また、経済的な分野でいうと西側諸国からの輸入に依存している国家はたくさんあるわけで、ロシアとの関係とは別にそれらの国との相互依存関係は今後も継続していくことになるだろうと思います。

こうしたプロパガンダは、ロシアの敵か味方かというリトマス試験紙として使われていると思いますので、ロシアがプロパガンダを使って、敵味方をはっきりさせ、対立をあおろうとしていることに対して、ロシアが戦争を始めたことが食料価格高騰の問題なのだということを、あらためて明確にした外交をしていくべきではないかと思います。

岡田:
相互依存関係というお話がありましたが、国際経済において、貿易や投資、金融面で相互依存のネットワーク構造が世界中に張り巡らされている中で、ノードの結節点を押さえている国がレバレッジを利かせて、それを武器化することもできます。現状、西側諸国とロシアは、ジョンズ・ホプキンス大学のヘンリー・ファレル教授が指摘する、相互依存関係の武器化対武器化という構図になっていると思います。

日本はノードの結節点を押さえておらず、レバレッジを有していない中で、日本としては今後、どういった行動を取っていくべきでしょうか。

鈴木:
日本はそもそも脆弱性を大きく抱える国で、食料、エネルギーに関しては純輸入国ですし、その脆弱性をいかにカバーしていくかが大事なポイントだと思います。

日本が完全に自立することはなかなか難しいので、日本が取るべき対策は最低限の天然ガスの備蓄や、食料の備蓄を戦略的に行っていくこと。また、節電のような形でガスの使用や食料の消費に関しても、場合によっては究極的に配給制とまではいかなくても、一定の供給をコントロールすることで流通管理をするような、消費側(需要側)の調整もこれからは必要になってくると思います。

それ以上に今後重要になってくるのは、やはり日本はこうした脆弱性を抱えている国ですので、自由貿易をきちんと成立させること。自由貿易を通じて安定的にエネルギーや食料の供給を受けることが重要です。また、ロシアのような国が突如として戦争を行わないようにするための外交努力が重要になってくるかなと思います。

岡田:
今年(2022年)の通商白書では、ロシアのウクライナ侵略を契機に、冷戦後かつてないほどに経済的分断への懸念が高まっており、自国中心主義や経済安全保障重視により多極化が進行する国際経済の構造変化を加速させ、国際経済秩序の歴史的転換点となる可能性について言及していますが、ロシアのウクライナ侵略後の国際経済秩序はどのように変化していくのでしょうか。

鈴木:
これまでの自由貿易を中心とした国際経済秩序という、楽観に基づく国際経済秩序を継続することは難しくなっていくだろうと思います。自国中心主義や他国に依存することで相互依存の武器化が行われるリスクが高まりますので、そういうことを避けるために経済安全保障が重要になってくると思います。つまり、自国の経済の脆弱性を認識し、一定程度自由貿易に制限を掛けてでもリスクのあるものについては保護する、ないしは自らの技術的優位にある製品の輸出を管理することが進んでいくだろうと考えます。

ただ、全ての面において経済安全保障の措置を適用することになるかというと、おそらくそうはならないと思っています。これからの国際経済秩序はたぶんWTOの機能不全が回復する可能性はあまり高くないため、地域的なCPTPPやRCEPなどの枠組みが中心となっていく可能性があると思います。WTOではなく、自由貿易ができる範囲ないしは信頼できる経済的なパートナーとの間でつくりだす秩序の構築があり得ます。このように、自由貿易がグローバルからリージョナルへと地理的に矮小化されていく方向が1つです。

もう1つは品目によって、自由貿易に適したものと自由貿易に適さないものの区別が顕在化するのではないか。例えばおもちゃや衣類などは国の経済安全保障を揺るがすようなものではないわけで、自由貿易に適した財だと思います。他方でレアアースや半導体など極めて限られた分野、経済安全保障推進法の言葉を使えば、特定重要物資と思われるようなところは政府が管理する。全てを自由貿易に身を任せるのではなくて、限定された戦略的物資に関しては一定の管理貿易的な側面が出てくるという、自由貿易と管理貿易の二層構造になっていくようなこともこれから考えられ得るのではないかと思います。

付け加えると、管理貿易の部分をできるだけ小さくしなければいけない状況になるのかなと思います。

脚注
  1. ^ Japan SPOTLIGHT2022年9/10月号(2022年9月10日発行)(通巻245号)
    英文原稿 https://www.jef.or.jp/jspotlight/backnumber/detail/245/
    和文原稿 https://www.jef.or.jp/featured/

2022年9月9日掲載