新春特別コラム:2023年の日本経済を読む~「新時代」はどうなる

今後の日本経済・世界経済のリスクと機会の展望

岡田 陽
コンサルティングフェロー

2023年を迎えるに当たり、今後の日本経済および世界経済のリスクと機会を把握することは重要である。その材料として、2022年版通商白書で提示した、2023年以降の短期見通しと、不確実性の増大に伴って加速する4つの長期トレンドを基に、日本経済および世界経済のリスクと機会を解説する。

1.短期見通し

コロナショックによって大きく落ち込んだ世界経済は、その後の政府の財政・金融支援を主な要因として、力強く回復した。経済回復過程における供給制約や需要増はインフレ圧力を顕在化させており、それに伴う金融緩和からの転換が見られる。新型コロナウイルス感染症の再拡大やロシアのウクライナ侵略の影響など不確実性が存在し、資源価格高騰によるインフレ高騰や利上げに伴い、米国、欧州、中国など多くの国で景気が減速しているものの、サービス消費の回復により緩やかに回復する内需とともに、円安を活用して外需の取り込みを図り、日本経済の成長につなげることが重要である。

外需の拡大のため、企業には、インバウンド需要の促進の他、RCEP、CPTPP等の経済連携協定を活用しつつ、輸出の促進や対外直接投資、現地生産の拡大に取り組むことが求められる。さらに、輸出や現地生産の拡大という既存のビジネスモデルの延長線上にとどまらず、海外人材の活用、海外企業との連携など、グローバル経営の徹底により組織能力を強化するとともに、海外市場の実情を踏まえた高成長市場開拓戦略、特に、日本のサプライチェーンが張り巡らされ、市場のポテンシャルも有するアジアの戦略を策定し、海外市場獲得に向けた新たなビジネスモデルを構築していくことも求められる。

企業活動を後押しするため、政府としては、インバウンドの本格的再開に向けて政策を総動員するとともに、引き続き多角的貿易システムの下でルールベースの秩序の維持に取り組みつつ、米欧市場への関与のレバレッジを確保しつつ、アジア各国と連携を高め、アジアと一体になった成長戦略を描くことが必要である。

2.4つの長期トレンド

ロシアのウクライナ侵略をはじめとする地政学的環境の悪化や、コロナショックやウクライナ情勢が増幅させる供給制約や資源価格高騰、それらを通じた世界的なインフレ高騰と景気悪化、ゼロコロナ政策下の中国経済の減速など、さまざまな要素によって世界の不確実性が高まっている。

こうした不確実性の高まりを受けて、デジタル変革、経済安全保障などの地政学的リスクの増大、脱炭素化・人権などの共通価値の重視、政府の産業政策シフトという4つのトレンドがグローバルで加速している。これらは、今後の国際関係や世界経済の動向を左右し、企業経営に大きな不確実性を生み出すとともに、企業の付加価値の源泉に変化をもたらしている。

デジタル化や地政学リスク、共通価値に関して、国際ルール形成や政策ポジションの違いによってルールのブロック化が生じており、それを受けた市場のブロック化も進行している。また、政府の産業政策強化の動きにより、米欧など主要国・地域の特定セクター(半導体、グリーン関連)において大規模な市場が形成されているところ、立地国の政策ポジションによって企業の市場獲得の機会に違いが生じる可能性がある。

こうした状況において、企業にとって、従来のコスト削減・低価格製品提供の重視から、差別化・高付加価値化や効率的なオペレーションに取り組むビジネスモデル・産業構造への変革を積極的に促し、企業の稼ぐ力を引き上げることが重要である。その上で、4つの長期トレンドを踏まえて、デジタル化による企業変革、政府が創出する需要の取り込み、経済安全保障・共通価値を中核事業における付加価値に転換するビジネスモデルへの変革まで促し、付加価値創造型のビジネスモデル・産業構造を実現させていくことが必要である。

企業活動を後押しするため、政府としては、G7等における経済秩序構築に関する議論に初期段階から参加し、日本企業が市場支配力や国際ルール形成力に優れる米欧市場において社会実装に取り組むことができる環境を整えることが必要である。また、アジア諸国の現状も踏まえた共通価値の実現を図る、包摂的なルール形成に繋がる橋渡しに努めると共に、課題先進国としての経験から生まれた共通価値を発信し、課題設定・市場形成を行うことも重要である。

(1)デジタル変革

2010年代以降、IoT、AIを中心とする第四次産業革命が急速に進行している。デジタル技術とグローバルなデータフローの指数関数的な発展・成長が経済のルールを書き換えつつあり、新興技術開発等のイノベーション促進やそれを担うスタートアップ、付加価値源泉としてのデータの自由な越境移動が重要となっている。

企業にとって、DXによる顧客接点の拡大や価値提供の他、DX投資、R&D投資、人的投資・無形資産投資の拡大による企業変革、生産性向上を図るとともに、越境データフローのデータ・アナリティクス、デジタル・エコシステム、スタートアップとの連携やアジアDX等を活用して付加価値を生み出す新しいビジネスモデルに転換することの重要性が高まっている。

(2)地政学リスクの増大

米中対立の激化やブレグジット、ウクライナ危機等の政治的ショックや新型コロナウイルス感染症のような健康危機により、地政学リスクが増大し、世界の不確実性がこれまでにない水準で高まっている。

このような中、サプライチェーン途絶リスクの顕現化への対応など、経済安全保障の要請が強まっており、企業にとって、地政学リスクや政府の経済安全保障戦略の動向を注視するとともに、突然の状況変化やルール変更に迅速かつ柔軟に対応できるレジリエンスを高めるためのサプライチェーン戦略を策定することの重要性が高まっている。具体的には、リスクの大きさや持続する期間等を勘案しつつ、生産拠点や調達先の変更・多様化、在庫の積み増し等を柔軟に実施していくことが求められる。

(3)共通価値の重視

気候変動に対する脱炭素化、資源制約に対する循環経済、生物多様性、環境保全といった環境価値、労働や人権の尊重といった社会的価値をはじめとする共通価値が、政府の政策面のみならず、持続可能性・社会課題解決の観点から消費者市場や金融市場においても重視されるようになっている。

企業は、自社の存在意義(パーパス)を意識し、株主にとっての付加価値のみならず、顧客、従業員、地域社会、政府、自然環境などあらゆるステークホルダーにとっての付加価値を追求することが求められている。若い世代を中心に消費者の多くが社会や環境等への配慮に基づいて商品・サービスの購入を決めるようになっている中で、従来型の企業の社会的責任(CSR)活動という付随的側面にとどまらず、共通価値への配慮を中核事業の付加価値に転換し、新たな優位性構築の手段とすることの重要性が高まっている。共通価値に関するルールの設定が企業のコスト構造、資金調達や取引の条件に影響を与えるため、共有価値に関連するルール形成が重要になっており、ルール形成に政府のみならず、企業も主体的に関与することによって有利な競争環境を構築することも重要である。

人権については、人権に対する意識の高まりが国際的に加速する中、サプライチェーン上の人権配慮のコミットメントや取り組みが不十分と見なされた場合には、ストライキ等の企業運営上のリスク、訴訟等の法務リスク、評判の悪化、不買運動等の評判リスク、ダイベストメント等の財務リスクに発展する可能性もあり得る。このような潜在的経営リスクを排除し、企業の付加価値を維持する観点から、サプライチェーン上の第三者による行為も含め、適切な対応が必要となる。

(4)政府の産業政策シフト

グリーン技術をはじめ、先端技術分野における積極的な産業政策の役割が見直されている。例えば、グリーン技術に対する産業政策は、経済学から見ても、①脱炭素は世界的な公共財であり、新しいグリーン技術の開発は、投資家の私的リターンより大きな社会的リターンを生み出すにも関わらず、過小投資に繋がること、②技術の発展は経路依存的であり、産業政策の後押しによってのみグリーン分野の技術革新にインパクトを与え、汚染を引き起こす旧来の生産技術の終焉を促すことが可能であることなどから、正当化され得るだろう。

米欧中における積極的な産業政策の動きが強まり、グリーン関連や半導体産業を中心に政府による需要創出が進む中、政府の政策動向や関与方針を踏まえ、政府の調達や投資によって創出される市場をうまく取り込むことを念頭に置いて企業戦略を形成することの重要性が高まっている。

図 世界の不確実性の高まりと4つの長期トレンド
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図 世界の不確実性の高まりと4つの長期トレンド

2022年12月22日掲載