Special Report

中国のモバイルペイメントの利用状況とそのデータ活用の動向

大川 龍郎
コンサルティングフェロー

中国のモバイルペイメントの決済額は年間3000兆円を超えるまでに成長してきており、小売店やレストラン・自動販売機といったオフラインでの支払い、ネットショッピングやコンテンツ購入などのオンラインでの支払いはほぼ全てモバイルペイメントでできるようになっている。最近では、外出の時に財布をもたずにスマートフォンだけを持っていくという中国人が増えてきた。

現在ではモバイルペイメントの普及は一巡し、単に現金決済の代わりに支払いに使えるというだけでなく、そのインフラの上に様々なサービスを構築したり、収集したビッグデータを活用するという「モバイルペイメントの応用段階」になっている。例えば、レストランではモバイルペイメントと結びつけた注文サービスで業務を効率化させるシステムが広く採用されている。また、モバイルペイメントの2大プラットフォーマーのアントファイナンスとテンセントは、様々なネットビジネス企業と資本・技術提携を行い、モバイルペイメントを軸に自社のエコシステムを広げようとしている。モバイルペイメントのデータ面での応用としては、その決済データを用いて個人や中小企業の信用リスクを評価し、少額貸出を行うサービスが始まっており、開始して数年で30兆円規模にまで急成長している。

中国のモバイルペイメントの活動は中国の中だけにとどまらない。アントファイナンスは、アジアを中心にモバイルペイメントの海外展開を行っており、現地の有力金融企業に出資・提携したうえで、中国国内で培ったモバイルペイメントや関連ビジネスのノウハウを提供しており、すでに中国外に7億人のユーザーを抱えるまでになっている。

中国人民銀行(中央銀行)などの金融規制当局は、当初モバイルペイメントの普及を優先し規制や指導監督を緩やかにしていたが、近年モバイルペイメントやその決済データを活用したサービスが急激に成長すると、様々な規制・制度を導入し指導監督を行っている。しかし、あまりにも急激にモバイルペイメントやネット少額貸出が成長したことや、モバイルペイメントやネット少額貸出などのサービスが既存の金融規制の枠組みと大きく異なることから、その規制や指導監督は様々な試行錯誤が試みられている。また、モバイルペイメントのビッグデータは誰のものか、だれが利用するかという問題をめぐりアントファイナンスなどの事業者と政府当局との綱引きが見られる。

本稿では、モバイルペイメントを用いたビジネスや海外展開などの状況について述べるとともに、中国金融規制当局がモバイルペイメントやネット少額貸出に対する規制・指導監督を試行錯誤しつつも強化している状況について説明する。また、モバイルペイメントの決済データなどのビッグデータの活用の状況と、ビッグデータを巡るアントファイナンスと規制当局との綱引きの状況について紹介する。

目次

第1章 モバイルペイメントの利用状況

中国のモバイルペイメントは、年間決済規模が3000兆円を超え、ほとんどの市民の支払いのための生活基盤として定着している。モバイルペイメントの利用方法の多様さや、モバイルペイメントを活用したレストランなどでのDXの状況などについて紹介する。

第2章 モバイルペイメントの仕組みとプラットフォーマー

中国のモバイルペイメントの特徴である、「第三者決済システム」の仕組みと、その2大プラットフォーマーのアントファイナンスとテンセントについて紹介する。

第3章 モバイルペイメントを起点にした新規事業の広がり

モバイルペイメントがタクシー配車サービス、フードデリバリー、シェアリングビジネスなどの新産業の基盤となっていることや、アントファイナンスやテンセントが、モバイルペイメントを軸としてエコシステムを拡大している状況について紹介する。

第4章 モバイルペイメントに関する制度・規制の動向

第三者決済機関向け決済機関「網聯」の設置や1日当たりの決済額に上限を設けるなどの、金融規制当局によるモバイルペイメントの規制・制度作りの状況について紹介する。

第5章 中国式モバイルペイメントの海外展開

アントファイナンスは、中国国内で培ったモバイルペイメントのノウハウを活用してインド、バングラディシュ、パキスタン、タイ等の現地通貨の決済に進出し、国外ですでに7億人のユーザーを抱えるまでになっている。その海外進出の形態などについて紹介する。

第6章 決済データの応用例 信用評価と少額ローンでの与信判断

モバイルペイメントの決済データを活用した応用事例として、個人や中小企業の信用評価と少額ローンにおける与信判断が挙げられる。アントファイナンスは、モバイルペイメントの決済データを分析して与信判断に利用し、個人や中小企業向けの貸し出しを2019年末までに2兆元(30兆円)にまで拡大している。このような少額貸し出しの仕組みと、中国人民銀行が信用情報を収集するために設立した「百行征信」について紹介する。

第7章 非銀行系融資への規制とアントファイナンスの最近の動向

中国金融規制当局は、フィンテック企業が関係するネット少額貸出業務に対する規制を段階的に強化している。一方、ジャック・マー氏は講演の中で「バーゼル合意は『老人クラブ』だ」などとコメントし、金融規制当局の規制よりも自由な環境を求めている。非銀行系融資に対する規制の強化やフィンテック企業に対する指導の状況について紹介する。

全文は以下のPDFでお読みいただけます。

2021年6月30日掲載

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