Special Report

中国ユニコーン企業の伸び悩み

大川 龍郎
コンサルティングフェロー

中国のITベンチャーは2014年に当時の李克強総理が述べた「大衆創業 万衆創新(大衆による創業、万人によるイノベーション)」を合言葉として中国政府・地方政府がベンチャー企業の支援策を打ち出し、2016年ごろにはQRコード決済や町中にあふれるシェア自転車などを代表例として中国のITベンチャーやそれによる新たなサービスの社会実装が日本でも注目されるようになった。一方で、米国と中国のハイテク分野の対立が進むにつれ、Megvii(画像認識を得意とするAI企業)などのユニコーン企業はAI開発やその実装などでその重要なプレーヤーとしても注目されるようになっている他、バイトダンス(TikTok)のように米国で広くサービスを提供して米国から警戒されるような事態も起きている。

こうした科学技術分野の国際競争の担い手として重要な位置を占めるようになっているユニコーン企業だが、2020年以降世界のユニコーン企業が倍増する中にあって中国はその伸びが停滞している。こうした中国のユニコーン企業数の推移とその要因について見ていきたい。以下は、CB Insightのユニコーン企業リスト“The Global Unicorn Club”を使い、筆者が不定期に集計した国別のユニコーン企業数の推移である。

図1:世界のユニコーン企業数の国別推移
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図1:世界のユニコーン企業数の国別推移
図2:世界のユニコーン企業数の国別推移(割合)
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図2:世界のユニコーン企業数の国別推移(割合)
図3:米国、中国、世界のユニコーン企業数の増加率
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図3:米国、中国、世界のユニコーン企業数の増加率
図1~3出所:CB Insight“The Global Unicorn Club”の各時点のユニコーン企業リストを基に作成
2023年12月の英国の企業数には「ロンドン」と区分されていた1企業を含む。
データの掲載時点は、正確に1年間隔とはなっていない。

伸び悩む中国のユニコーン企業

筆者は、2020年以前に中国のベンチャー企業の勢いを説明するときに「世界のユニコーン企業数は年々増加しているが、その約4分の1は中国にある」と紹介していた。だが、最近ではこの説明が当てはまらなくなっている。

図1、図3を見れば、中国のユニコーン企業数は、2021年は増加傾向を維持しているものの、世界全体でのユニコーン企業数の増加ペースに比べて大きく下回り、2022年、23年は増加が止まってほぼ横ばいとなった。これにより、中国のユニコーン企業数が世界全体に占める割合は、2018年8月時点では29.8%となっていたものが、2023年12月には約半分の14.1%にまで低下した(図2)。つまり世界のユニコーン企業数に占める中国の割合は、「4分の1」ではなく「7分の1」にまで低下した。

以下では、何が中国のユニコーン企業数の伸び悩みに影響しているか考えたい。

プラットフォーマーに対する監督強化(注1

第一に、2020年から始まった中国当局のプラットフォーマーに対する監督強化が中国のベンチャー企業に対して萎縮効果をもたらしている可能性がある。

中国のユニコーン企業数の増加率が世界の増加率を下回り始めた2020年秋には、中国政府によるプラットフォーマー企業に対する監督の強化があった。同年10月24日にアリババ創業者のジャック・マー氏が講演で、中国の金融規制を暗に示しながら「優れたイノベーションにとって規制は脅威ではないが、時代遅れの規制は脅威になる。」などと述べると、中国の金融監督当局や独占禁止当局はジャック・マー氏が関係するアリババやアントファイナンスに対してたびたび立入検査や指導を行った。

アントファイナンスに対しては、ジャック・マー氏の講演の直後から当局の指導が行われ、11月3日には、その2日後(11月5日)に予定されていたアントファイナンスの上場を取りやめるとの発表をすることになった。この後もたびたび当局からの指導や非銀行系決済期間条例の策定などが行われ、2023年7月には中国人民銀行等がアントグループに対して過去のコーポレートガバナンスの問題などから71億元(約1,400億円)の罰金を科している。

アリババに対してもたびたび当局から指導が行われ、2021年4月10日に国家市場監督管理総局がネット通販への出品企業に対して優越的地位を濫用したとして182億元(当時のレートで約3,000億円)の罰金の支払いを命じた。また、2023年3月28日にはアリババから1つの持ち株会社と6つの部門に分割することが発表されている。 この期間に、中国当局は「プラットフォーム経済分野に関する独占禁止ガイドライン」(2021年2月)を発表する他、アリババだけでなくテンセントやその他のプラットフォーム企業などに対しても指導や時に罰金などの措置を科している。

中国当局がアリババなどのプラットフォーマーに対する指導を強化する姿勢をとったことは、中国ベンチャー企業に対して一定程度の萎縮効果を働かせたと考えられる。多くの中国のベンチャー企業は、法律により禁止されているラインではなく、当局に実際に取り締まられる見えないファールラインを手探りしながら新たなビジネスにチャレンジしてきた。これに対してアリババやアントファイナンスがこれまで許されていたビジネスの一部が許されなくなったこと、プラットフォーマーに対する中国当局の監督が厳格化されたことで、中国のベンチャー企業者は「ファウルラインが引き上げられた」と感じている可能性がある。また、ベンチャー成功者のアイコンであったジャック・マー氏が自らの創業したアリババやアントファイナンスの運営から距離を置く結果となったことも、次世代のベンチャー関係者に心理的影響を与えたろう。

また、プラットフォーマーに対する取り締まりは、アリババやテンセントなどの投資動向にも影響を与えたと考えられる。2020年より以前の中国のベンチャー市場では、二大ITプラットフォーマーであるアリババとテンセントが、シェア自転車やAI、新エネ自動車など多くの分野で有力なベンチャー企業に投資をし、投資先企業がアリババやテンセントの資金やネットワークを活用してビジネスを拡大することでユニコーン企業になる例が多かった。しかし、アリババの株価はジャック・マー氏の講演直前(2020年10月22日)に309ドルのピークを付けた後一貫して下落傾向にあり、2023年以降は80ドル前後で推移している。これによって以前に比べて株価を背景とした資金調達やそれによるベンチャー投資は難しくなっているだろう。最近ではアリババやテンセントが大型投資を行ったという報道をほとんど見なくなった。

外国からの資金調達が難しくなった

2021年以降は、中国のベンチャー企業は外国からの資金調達が以前に比べて難しくなっている。

外国からの投資受け入れが難しくなる動きは、2020年12月に米国で外国企業説明責任法が成立したことが1つのきっかけとなったと考えられる。この法律では、米国の証券取引所に上場する外国企業に、当該企業が外国政府の支配・管理下にないことを立証することや当該企業の監査法人が米国公開会社会計監督委員会(PCAOB)による監査を受けることなどが規定されている。中国から見ると、この法律によって米国に上場するプラットフォーマーなどに対して米国当局の監督が厳しくなることが懸念されたと考えられる。

中国当局がITプラットフォーマーの米国上場を懸念する動きは、翌年6月30日にタクシー配車大手の滴滴が米国NASDAQに上場したところから顕在化する。滴滴上場の2日後の7月2日にはサイバーセキュリティ審査弁公室が国家安全法とサイバーセキュリティ法に基づき、滴滴に対して安全審査を行うと発表し、滴滴は審査期間中には新規ユーザーの登録を行うことを停止させられる。7月5日には、トラック配車アプリ「運満満」「貨車幇」、求人アプリ「BOSS直聘」に対しても同様の審査を行うことが発表されたが、これら企業も同年6月に米国で上場したプラットフォーマーだった。7月10日には、国家インターネット情報弁公室が「サイバーセキュリティ審査弁法」の改定案のパブリックコメントを開始し、100万人を超えるユーザー個人情報を有する事業者が海外上場する場合は、サイバーセキュリティ審査弁公室に審査を申請するべきことが盛り込まれた。結局滴滴は、同年12月3日にNASDAQからの上場を廃止する方針を発表した。

中国のベンチャー企業は、外国での上場だけでなく、外国の投資家からの出資なども受けにくくなっていると思われる。滴滴の上場当時、人民日報傘下の環球時報などでは滴滴の第1株主、第2株主が外国企業であることを理由に情報安全管理はより厳格に行うべきとの論評が見られたが、外国投資家からすればこのような論評が増えると中国ベンチャーへの投資を躊躇することになりかねない。こうしたことから中国のベンチャー投資で公表されているもののうち米ドル建ての割合は2021年上半期から2023年上半期の間に、金額ベースで43%から19%に、件数ベースで16%から6%に減少している(注2)。

ところで、米国では2023年8月にバイデン大統領が「米国から懸念国への対外投資に関する大統領令」に署名している。これは、人工知能や半導体といった分野で米国のベンチャーキャピタル等に中国企業への投資を制限するもので、2024年以降の施行が見込まれている(注3)。米国当局からも、米国企業から中国のITベンチャー等への投資は慎重さが求められるようになっている。

不動産産業の不調がベンチャー投資にも影響

中国の不動産部門の不調も、中国のベンチャー投資に影響を与えている。

中国の不動産部門は関連産業を含めるとGDPの約3割を占めるとされる。一方で、大都市の住宅価格が高騰していることなどから、中国政府は2020年8月に負債比率の高い不動産業デベロッパーに対する融資を制限する制度を導入したが、その影響は2021年の後半から現れ始めた。住宅の販売が伸び悩み、デベロッパー大手の恒大集団の資金繰り問題が表面化するのもこのころである。中国の家計にとって不動産は最大の資産であるため、不動産価格の下落や不動産部門の悪化が企業や個人の投資に大きな影響を与えたろう。

加えて、不動産部門の不調は地方政府によるベンチャー支援にも影響すると考えられる。中国のベンチャー投資では個人や企業だけでなく、地方政府も大きな割合を占めており、2023年上半期に組成されたファンドの資金源を見ると、政府資金をバックグラウンドとした資金は43%を占めている(2022年は39%)(注4)。この背景となる地方政府の財政収入にとって、不動産関連税収と土地譲渡金収入は約3分の1を占める(注5)。加えて、2022年には中国はゼロコロナ政策の下で大規模な都市封鎖を行う他、国民に頻繁にPCR検査を実施するなど地方政府の財政負担は増大していた。こうしたことから、不動産部門の不調とともに2022年ごろから地方政府によるベンチャー向け資金の提供の余力は減っていったものと思われる。

今後

中国ベンチャーへの資金供給の減少やユニコーン企業数の伸び悩みは、中国のハイテク分野の技術進歩にも影響を与える可能性がある。中国の技術開発では、政府主導の「中国製造2025」が有名であるが、人工知能などの開発はアリババやテンセント、バイトダンス、Megvii、ホライズンロボティクスなどの民間企業が中心となる。こうした企業にこれまでのような資金が行き渡らなくなることや、データの利用についても中国当局によって「ファウルラインが引き上げられた」と考えられることは、人工知能の研究開発のスピードに影響を与える可能性がある。

一方で、今後の中国でのベンチャー投資であるが、こうした投資は周期的なものであり、しばらく停滞するが、数年後には一定程度回復する可能性はある。足元では、不動産部門の不調は数年続き中国経済全体に影響を与えるのでベンチャー投資もこの影響を受ける可能性が高い。一方で、若年層の失業率が20%を超える状況にある中で、中国当局はITプラットフォーマーの経済効果について期待しているものと思われる。中央経済工作会議は中国共産党と国務院(内閣)が毎年12月ごろに開催する翌年1年間の経済政策を決める最高レベルの会議だが、2022年12月の会議では習近平主席の重要演説の中で「デジタル経済を大いに発展させ、常態化監督管理レベルを高め、プラットフォーム企業が発展けん引、雇用創出、国際競争力の中で力を発揮することを支持する」と述べている。この中で雇用創出が述べられているように、中国のITプラットフォームはフードデリバリーやネット配信などのギグワーカー3億人に関係している。実際に習近平主席の重要演説の1カ月後の2023年1月には、プラットフォーマー監督の強化のきっかけとなったアントファイナンスは、消費者金融子会社の重慶螞蟻消費金融の105億元(約2,000億円)の増資が認められた。

中国当局が2021年ごろに打ち出したITプラットフォーマーに対する措置も、その始まったきっかけには疑問があるものが多いが、その措置の内容自体は納得できるものもある。アントファイナンスがアリペイで得た情報をアリババグループのさまざまなビジネスで自由に使うことは規制されるべきだし、アリババが6つの事業部門に分割されたことは、米国で2000年代にマイクロソフトの分割が議論されていたことを連想させる。アリババの事業改革は、短期的にアリババの収益力をそぎ、ベンチャー投資を減速させる可能性があるが、一方で、かつてのように「中国の有力ベンチャーの大半はアリババかテンセントの出資先になっている」という状況は中長期的に見れば市場を硬直化させるかもしれず、アリババがデータやプラットフォームの優越的地位を使うことを避けることは、こうした状況を改善することにつながるかもしれない。

また、ベンチャー企業に必要不可欠な人材の供給はこれからもしばらく続く。2023年に大学を卒業した学生は1,150万人を超えているが、彼らが生まれた2000年ごろから2016年にかけては出生数はおおむね横ばいであることから、今後も1,000万人を超える大卒者数はしばらく続く。中国の大学は理系の比率が高く、修士・博士への進学者も多い。こうした理系の高学歴者がベンチャー企業への人材供給源になったり、自らベンチャー企業を起業しようというものも出るだろう。いささか古いデータで恐縮であるが、表1は日本と中国の理系の修士・博士の在学者数の比較である。医学系の博士課程を除けば、日本と中国の間では、理系学生の数に10倍以上の大きな差がある。

表1:修士課程・博士課程に在学中の学生数
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表1:修士課程・博士課程に在学中の学生数
出所:日本 文部科学省「教育基本調査」、中国 教育部 「2018年教育統計データ」
注:中国の教育統計では、「医学」の中に歯学などが含まれていると考えらえる。このため、日本の「医学」には教育基本調査の学部分類のうち「保険」(医学・歯学・薬学・その他を含む区分)の学生数をあてた。

ベンチャー市場を支える人材供給などの環境は一定程度そろっているため、今後の中国のベンチャー市場がどうなるかは、中国経済全体の状況とともに中国政府の方針に大きく左右されるだろう。直近では、2023年12月の中央経済工作会議では、習近平主席の演説でプラットフォーマーやベンチャーに期待するということが述べられなかった(「ベンチャー投資を奨励・発展させる」との発言は存在)。過去4年ほどは「大衆創業 万衆創新」という言葉を聞くことがないが、今後の全人代や中央経済工作会議などで再度このようなベンチャー発展に関するスローガンが打ち出され、中国政府が再度自由なベンチャー企業を育成する姿勢を見せれば、中国のベンチャー市場は再度活性化するかもしれない。

脚注
  1. ^ 2020年10月以降に中国当局からアントファイナンス等に対して行われた指導の内容などは、拙稿「中国のモバイルペイメントの利用状況とそのデータ活用の動向」を参照いただきたい。
  2. ^ 烯牛数据 「2023年上半年中国创投市场数据报告」
  3. ^ JETRO「バイデン米大統領、対外投資に関する大統領令に署名、半導体やAI分野の対中投資を規制」2023年8月14日
    https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/08/5a31055f2556ce2f.html
  4. ^ 烯牛数据 「2023年上半年中国创投市场数据报告」
  5. ^ 福本智之氏著「中国減速の深層」第5章:不動産リスク(1)中国にとっての不動産の重要性

2024年2月15日掲載

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