Special Report

最適な燃費規制の政策デザインとは? 経済理論とデータ分析からの考察

伊藤 公一朗
研究員

2012年にオバマ大統領がCAFEスタンダード(アメリカの自動車燃費規制)の大幅な見直しを行った。その中で特に重要な変更点とされたのは、燃費基準が自動車の「footprint(面積)」に応じて緩くなる、という方針が採られたことである。実は日本の自動車燃費規制は非常に似通った方式(燃費基準が自動車の「重量」に応じて緩くなる、という方針)を1970年代から採用してきた。こういった政策方式はどのような利点や潜在的な問題点をもたらすのだろうか? 本コラムでは、筆者と共著者のジェームズ・M・サリー米シカゴ大学助教授が以上の点について、経済理論とデータ分析から迫った研究論文について紹介する。

図1:2012年に改訂されたアメリカの自動車燃費規制
図1:2012年に改訂されたアメリカの自動車燃費規制
自動車の燃費規制値が、自動車のFootprint(面積)が大きくなるほど緩くなる制度設計になっている。

図1に示したように、アメリカの新たな規制では、「自動車のfootprint(面積)が増えるほど燃費規制値が緩くなる」という方式が採用された。つまり、面積の小さい車ほど要求される燃費規制値が高く、面積の大きい車ほど要求される規制値が緩いということだ。

車を大型化することで燃費規制をクリアできる

もちろん政策担当者が目指しているのは、それぞれの自動車で燃費を向上させることにある。つまり、グラフ上でいえば、それぞれの車が「上に移動してくれること」だ。しかし、ちょっとここで考えてみて欲しい。それぞれの自動車は「上に移動すること」もできるが、グラフ上で「右に移動すること」もできる。どういうことかというと、燃費を向上せずとも「車のサイズを大きくすること」で規制をクリアできてしまう可能性があるのだ。

経済学の理論で考えると、こういった企業行動が理論的には予測されるが、実際に燃費政策が車のサイズを大きくしてしまうなどということが起こるのだろうか? 米国の政策は始まったばかりのため残念ながらデータが十分にない。そこで、私たちが注目したのは日本の自動車燃費規制政策だ。

図2:日本の自動車燃費規制
図2:日本の自動車燃費規制
日本では、自動車の燃費規制値が、自動車の重量が大きくなるほど緩くなる制度設計になっている。図では、2008年に導入された政策変更前の規制値(オレンジの点線)と政策変更後の規制値(緑の実線)を示している。

日本は、このような自動車燃費規制政策を米国に先駆けて実施していた。1970年代から始まったこの政策は何度か政策変更があったものの、図2に示したような政策デザインの基本は変わらない。図で示しているのは2008年までの規制値と2008年以降の規制値だ。

日本の政策では、横軸は「自動車の重量」になっている。つまり、軽い車ほど厳しい規制値が要求され、重い車ほど緩い規制値が要求される。さらに、日本の政策では規制値の変化が「階段状」になっている。この2点において日米の政策は異なるが、「サイズに応じて規制値が緩くなる」という点では両国の政策において同様のインセンティブが働いている。

インセンティブの境界を生かすデータ分析手法

さて、階段状になっている日本の政策は、実は私たちが企業行動を見て行く上で大きく役立つ。これは最近、経済学者の中で広く取り入れられつつある手法の1つだが、インセンティブが大きく変わるこの階段の形状(英語ではnotchと表現する)を上手く利用するという統計分析手法だ。

たとえばある車が、図の規制値ラインの平らな部分にいるとする。すると、少し重量を重くすると、1つ右の規制カテゴリーへ移動できることが分かる。そのため、規制値が変わる点(次の階段の左端)まで重量を上げるインセンティブが働く。仮に企業がこのようなインセンティブに反応していたとすると、市場に出回っている自動車のヒストグラム(データ分布図)を描いた際に、反応している車が「規制の境界点の右側」に集まっていることが予測される。

そこで、私達は国土交通省が公開している「自動車燃費一覧」というデータを利用し、以上のデータを分析した。その結果が次のページに示すヒストグラムだ。

図3:ヒストグラム
図3:ヒストグラム
オレンジの実線は燃費規制値を示しており、緑の棒グラフは市場における自動車の分布(ヒストグラム)を示している。

図3では、2002年から2008年に販売された自動車のヒストグラム(上)と、2009年から2013年に販売された自動車のヒストグラム(下)を描いている。私たちが理論的に予測した通り、多くの車が規制の境界点の右側に集まっていることが観測できる。つまり、燃費規制値が重量によって緩くなるという点を企業はしっかりと見ており、そのインセンティブに従って自動車の重量を重くした、ということがデータから示されたわけだ。

さらに、政策変更の前後の分布の変化を見ると、さらに説得力のある結果が出ていることが分かる。政策変更によって階段の形状が変化したが、分布が集積する地点も政策変更に応じて動いていた。これは自動車会社が、規制によって作られたインセンティブに合理的に反応していたということをデータ分析が示しているということだ。このグラフを用いた分析に加えて、筆者たちは計量経済学の統計手法を用いて、本政策の影響でどれだけの重量が増加したのかを推定した。

重量増加で1000億円の社会的損失

筆者たちの推定結果では、市場における約10%の車に対して、平均的に110kgの重量増加が起こったということが分かった。では、予期せぬ政策効果として起こったこの重量増加は社会的にはどのような影響があったと解釈できるのだろうか?

重量の増加の社会的費用は2点にまとめられる。1点目は、規制の影響により、実際の重量が、「市場で決められる適切な重量」から乖離することだ。経済学でいうところの死荷重が発生する状況になる。

2点目は、重量増加によって、事故時の安全性が損なわれることだ。自動車の重量が増加すると、その自動車自身の安全性は増すものの、相手車両や対人の事故死亡率を統計的に有為に高めてしまうことが、最新の経済学研究で明らかになってきている。筆者達の論文では、以上の2つの費用についても計算した。試算では、2点目の安全性に関する社会的費用の損失だけでも、日本の自動車市場全体で年間約1000億円に上ることが分かった。

こういった政策の政治的メリットとは?

筆者達の論文ではこのような政策をAttribute-based regulation(ABR:製品属性に基づく規制)と定義しており、ここまではABRの負の側面を見てきた。では一方で、こういった政策のメリットは何だろうか。論文では、ABRがもたらし得る便益についても分析した。

まず、「政治的メリット」としてよく論じられるのが、この政策は「大きい車を作る企業や、大きい車を買う消費者」にかかる費用負担を「小さい車を作る企業や、小さい車を買う消費者」に転嫁する機能を持つのではないか、という点だ。

たとえば、全ての車に一律の規制をかける「一律燃費規制」を想像してほしい。そうすると、大きい車ほど燃費規制を達成する費用が沢山かかることが想像される。そのため、相対的に大きい車を沢山作る企業や、大きい車を買いたい消費者が「我々が多くの費用を負担するのは不公平だ」という意見を持ち得る。そのため、政策当局が、以上のような政治的要求に応えなければならない場合には「車のサイズに応じて規制値が緩くなる」という政策が、政治的な理由により採用さるかもしれないのだ。

ただし、この政策の政治的メリットを考えるうえで忘れてはならない点が3点ある。1点目は、以上のような政治的な便益があるにせよ、先述したような「重量を増やすインセンティブを発生させてしまう負の効果」はどうしても起きてしまうという点だ。2点目は、政策の真の目的が「社会全体の燃費向上」にあるならば、大きい車を特別優遇するというのは少し疑問が残る。

本来、燃費を社会全体で上げたいならば、燃費の悪い大きな車は費用負担が増えて、高価格になるのは当然のことだ。そうなったとしてもサイズの大きい車は市場から締め出されるわけではない。消費者が高価格でもサイズの大きい車に価値を見いだせば、その高価格で購入するからだ。

経済学の言葉で、燃費が本当に「市場外部性」を持つならば(注:燃費自体を外部性のターゲットすることが本当に適切なのかという点は米国の環境経済学者の間では盛んに議論されている点の1つだが、本稿では立ち入らない)、きちんとその外部性に応じた費用負担がされるような政策介入が行われるべき、ということになる。

3点目は、大きい車を優遇する政策は逆進的(累進的の対義語:つまり、高所得層の負担を少なくし、低所得層の負担を多くしてしまう)可能性が高いことだ。日本でも米国でも、所有する自動車の大きさと所得は正の相関をもつことが知られている。そのため、低所得者への負担を比較的少なくする、ということが政策目標の1つである際は、以上の政策設計は疑問の残るものになる。以上が、政策がもたらす政治的メリットと、それを考えるうえで忘れてはならない留意点だ。

こういった政策の経済的メリットとは?

次に、「経済的メリット」として議論される点を紹介しよう。一律規制政策と比較すると、ABRのほうが社会全体での規制費用を小さくできる可能性があげられる。「規制の経済学」で知られている基本原理に照らすと、社会全体で最小の費用で燃費を向上させたいならば、全ての製品で「規制を達成するための限界費用」が等しくなるような政策が望ましい、ということになる。

経済学に不慣れな方には馴染みの薄い議論かもしれないのでもう少し噛み砕いて話すと、「あと1単位燃費を良くするためにかかる費用(=限界費用)」が全ての自動車で等しくなる政策が望ましいということだ。例えば、全ての自動車に一律の燃費達成を求める「一律規制政策」をもう一度考えてみてほしい。仮に燃費のターゲットを20km/リットルとして、自動車A(現行の燃費が19km/リットル)と自動車B(現行の燃費が10km/リットル)を考えてみる。

この場合、現行で燃費が悪い自動車Bは、追加的に10単位も燃費向上をする必要が出てしまう。すると、この車の限界費用(燃費を19km/リットル まで向上させた後に、さらにもう1単位燃費を向上させるための費用)は、自動車Aの限界費用よりも非常に大きくなることが予想される。

頑張って9単位も改善したのに、さらにもう1単位改善する追加費用は結構大きくなりそうだ、という想像がつくだろう。すると、規制達成のための限界費用が自動車Aと自動車Bで大きく異なってしまう。このような非効率を改善する方法として、たとえば自動車AにもBにも5単位ずつ改善してもらったほうが社会全体の費用が軽減できるのでは? という議論が成り立つ。

よって、日本や米国の燃費規制制度で採用されているABRは、以上のような「経済効率性の向上」を狙っているのではと議論されることがあるのだ。ただし、筆者たちの論文では、そのような目的なら、もっと良い方法がある、ということを示した。

最適な政策デザインは「規制達成値取引制度」

筆者らが示したのは、コンプライアンス・トレーディング(規制達成値取引制度:基準値以上の達成分を企業間で取引できるようにする制度)の導入だ。

まず、全ての車に対して一律の燃費規制値を課す。その上で、規制値を上回る燃費を達成できた企業は余剰達成分を他の企業と取引できることにする。すると、規制を達成するのに多額の費用がかかる企業は、追加的燃費向上を比較的安価でできる企業から余剰分を買い取ることができる。似た制度を読者も聞いたことがないだろうか? そう、排出権取引制度だ。基本的な発想は同じである。

排出権取引制度と同じコンセプトのこの仕組みには、2点のメリットがある。まずは、燃費規制値は重量やサイズによらず一定なので、重量やサイズを大きくするインセンティブを生み出さない。次に、余剰達成分の取引により、全ての車において規制達成の限界費用が均一化される。若干マジックのような仕組みだが、このようなメリットをもたらすのが、市場メカニズムを用いた環境政策の強みだ。

実は、オバマ政権が始めた2012年の新制度ではこの規制達成値取引制度も導入されていた。一方、日本の制度ではまだ企業間の取引は認められていない。もちろん、取引制度を実施するためには、適切で競争的な取引が行われるような制度設計をきちんと行うことが必要だが、近い将来、日本でも検討する価値がある政策デザインなのではないか、ということを本論文の結果は示している。

以上、シカゴ大学のJames M. Sallee助教授と共同で行った燃費政策に関する研究内容の概要を紹介した。より詳細な分析と議論は以下の論文に記載しているので、是非ご一読いただきたい。

論文:Ito, Koichiro and James M. Sallee, "The Economics of Attribute-Based Regulation: Theory and Evidence from Fuel-Economy Standards," NBER Working Paper #20500.

2015年4月8日

2015年4月8日掲載