Special Report

都市と地域経済:地域創成の鍵は何か

森 知也
ファカルティフェロー

地域経済は、ただ漫然とそれを眺めていてもつかみ所がありませんが、集積という切り口で捉えることにより、実に明確な秩序を見出すことができます。本稿では、都市経済学において標準的な都市の定義である都市雇用圏に注目し、その人口規模と産業構造の間に存在する秩序を紹介し、その政策的なインプリケーションについて考察します。

頑健な秩序の制約下でおこる都市の盛衰

個々の都市雇用圏(以下、単に都市と呼ぶ)は、市区町村レベルの人口・通勤データを元に都心とその通勤郊外からなる重複の無い市区町村の集合として定義されます。2005年時に191都市、2000年時に258都市、1980年時に309都市あり、25年間で都市の数は100以上も減少していますが、多くの場合は、特定の都市が周りの都市を飲み込んで成長したことによります。

このように、都市を経済学的に捉えた場合、行政上の市区町村とは異なり、誕生、消滅、吸収合併が起こり非常にダイナミックに変化します。図1は1980・2000年の両時点で存在した都市について人口規模の変化率を示したものです。この時期の都市人口の変化は交通網の整備による影響が顕著に現れています。特に、1980年時に既に74万人の大都市だった岡山では、20年間で約2倍に成長するという大きな変化がありました。背景には同時期に開通した山陽新幹線と本四連絡橋を介した四国へのルートの結節地点としての役割が大きかったと思われます。

図1:都市人口規模の変化(1980-2000年)
図1:都市人口規模の変化(1980-2000年)

福岡は山陽新幹線の端点として、かつて港湾都市が栄えたのと同じ理由で成長しました。一方で、のぞみの停車駅を持たない中間地点の北九州、下関、呉などは、いわゆるストロー効果によりマイナス成長となりました。同様に東北新幹線や新千歳空港の整備は東北と北海道の都市成長に顕著な影響を及ぼしました。

このように個々の都市がそれぞれの事情により成長や衰退を経験する一方で、図2に示すように都市の(人口)規模分布は極めて安定的であり、一見不規則に見える都市の盛衰は、実は極めて頑健な秩序の制約の下で起こっていることを意味しています。特に、人口規模10万以上の上位200都市については、都市の規模とその順位の関係は概ね対数線形で特徴付けられ、規模順位1%の上昇に対して都市規模も約1%(実際には0.99%)増加するという、いわゆるランクサイズ法則と呼ばれる秩序が保たれています。

図2:都市の人口規模分布(1980・2000年)
図2:都市の人口規模分布(1980・2000年)

より具体的には、最大都市である東京は次位の大阪の約2倍、第3位の名古屋の約3倍、一般的には第n位の都市の約n倍の人口規模を持つことを意味しています。都市経済学では、都市の規模は都市の産業構造・人口構成・所得水準など都市のあらゆる経済的性質と連動することが知られていますから、この秩序は、単なる科学的な興味を超えて極めて強い政策的な意味を持ちます。つまり、経済的性質の観点から見た我が国の都市の相対的な多様性のあり様は、個々の都市あるいは地域による地域振興の試みによっても本質的には操作することができない、あるいは、できたとしても多大な費用を伴うことを示唆しています。

産業立地の劇的な変化に対してほとんど変化のない人口・産業多様性

空間経済学では、生産における規模/外部経済や輸送費の異なる多様な財・サービスが存在するとき、個々の財・サービスの生産は異なる空間的頻度で集積することが知られています。たとえば、食肉加工や食パン製造のように鮮度が重要な産業の立地は都市部に集中はしますが、それは日本各地の多くの大小都市で起こります。一方で、毛皮や貴金属製造業など奢し品の生産は特に大都市に集積し、生産財はそこから全国へ供給されます。注目すべきは、相対的に集積度の高い(少数都市に立地が集中する)毛皮や貴金属製造業のような産業が立地する都市には、多くの場合、食肉加工など比較的ユビキタスな(多数都市に立地が分散する)産業も立地しているという事実です。このような産業の共集積は、投入産出関係や共通の消費者を介した需要外部効果などの存在によって起こります。多様な産業の集積はさらに多数の消費者の集積を伴うことから、結局、大都市と小都市の間に産業構造の階層性が生ずることになります。

図3は、2001年時の日本における製造業小分類150産業の集積度順位(立地都市数が小さいほど上位)と258都市の産業多様性順位(立地産業数が大きいほど上位)の間の258×150の潜在的な組み合わせについて、産業立地が実現した組み合わせ(セル)に“+”が配置されています(注1)。

図3:都市産業構造の階層性
図3:都市産業構造の階層性

都市間で産業構造の階層性が厳密に成立するのは、実現した各都市・産業の組み合わせについて、その産業が、その都市より立地産業数が大きい全ての都市において立地している場合、つまり、“+”が表示される各セルについて、同じ行の右側に位置する全てのセルが“+”で埋め尽くされる場合です。従って、“+”表示の各セルについて、その右に位置するセルのうち“+”表示のセルが占めるシェアを求め、その平均値を「階層シェア」とすれば、階層性を数値化することができます。定義から階層シェアは正値で、完全な階層構造に近づくほど1に近い値をとります(注2)。

日本の製造業に関する階層シェアは、1981・2001年時にそれぞれ0.802・0.807で、この20年間で殆ど変化なく約8割の階層性を保っています。また、都市の規模と立地産業数の順位相関は1981・2001年時点でそれぞれ0.748・0.749で、都市の人口規模と産業構造の多様性の関係にも殆ど変化が見られません。しかし、興味深いことに、個々の産業の立地パターンは、個々の都市の人口と同様に非常にダイナミックに変化しています。図4は、1981・2001年間の各都市の産業構造の変化を表しています。横軸には両時点で存在する都市の1981年時の立地産業数を、縦軸には個々の都市における立地産業数の変化を示しています。各都市につき1本の垂直棒が描かれ、その上下端の縦軸値が、それぞれ、新たに立地した産業数と撤退した産業数を、中間の分割線の縦軸値が正味の産業数変化を表しています。図が示す通り、多くの都市は、産業構造が多様化あるいは一様化するといった単純変化ではなく、激しい産業の出入りを経験しています。都市の立地産業の入れ替わりはジャッカール指数(つまり、1981・2001年のいずれかの時点で当該都市に立地する産業の内いずれかの1時点でのみ立地する産業のシェア)を用いて測ることができます。この値は全都市の平均で0.58であり、都市の立地産業はこの20年間で平均で6割近くも入れ替わっていることになります。

図4:都市の産業構造変化
図4:都市の産業構造変化

地域経済政策には日本全体の中でのコーディネーションが不可欠

こうした激しい産業立地の変化とは裏腹に、人口・産業多様性のいずれで測った都市の規模分布も安定的に保たれています。このことは、個々の都市や地域レベルで都市間・地域間格差を縮小すべくいかなる経済政策を講じようとも、経済立地に関する地域格差は解消されず、ある都市が成長すれば別の都市は衰退するという椅子取りゲームのような状況にあることを示しています。これらの事実から得られる知見は、全ての地域が同時に経済発展するような状況は少なくとも分権的には実現が困難であり、地域間の再配分を含めた日本の地域経済システム全体の中でコーディネーションが必要であるということです。たとえば、規模の経済の下では、特定の地域あるいは産業に対して集中的に投資し、その成果を全ての地域に還元する方法を検討する余地も十分にあり得るということです。

ちなみに、上記で示した事実は日本特有ではなく欧米でも同様に観察されます。また、都市間の人口や産業立地に関する秩序は、必ずしも国単位で発現するとは限らず、経済的に比較的自律した経済圏レベルで発現します。たとえば、日本の場合では大阪・名古屋・札幌を中心とした地域経済圏、ドイツではベルリン・ハンブルグ・フランクフルト・ミュンヘンを中心とした地域経済圏で、国レベルと相似な秩序が確認されます。また、アメリカのような人口規模に関しても空間規模に関しても大国の場合、国レベルではなく、むしろ、ニューヨーク・シカゴ・ロサンゼルスなど大都市を中心とした地域経済レベルでのみ秩序が発現します(注3)。

図5は日米独の国レベルの都市規模分布に加えて、米国内の3大地域経済圏における都市規模分布を示しています。都市規模分布の上部に関しては、国境を超えて普遍的な秩序が発現することが分かります。米独両国においても、背後には図1・3・4と同様な現象を観察することができ、従って、上記の日本に関する議論は米独の場合にも同様に当てはまります。

図5:日米独の都市規模分布
図5:日米独の都市規模分布
2015年1月15日

引用文献

  • Hsu, W., T. Mori and T.E. Smith, 2013, "Spatial patterns and size distributions of cities,"Discussion paper No.882, Institute of Economic Research, Kyoto University.
  • Mori,T. and T.E. Smith, 2011, "An industrial agglomeration approach to central place and city size regularities,"Journal of Regional Science 51(4): 694-731
脚注
  1. ^ ここでは、1981年と2001年の比較を行うために産業分類を1981年時の分類に合わせてあります。また、各都市において各産業の立地の有無について、単純に事業所の有無によって判定しても定性的な結果は変わりませんが、ここでは、より統計的に厳密な方法を用いて立地の有無を統計的に判定しています(具体的な方法についてはMori and Smith (2011)を参照)。
  2. ^ 都市産業の階層性は製造業に限らず、第三次産業や研究開発分野などでも観察されます。
  3. ^ 各国内の地域経済圏は、たとえば、物流センサスを用いて同定することができます(具体的な方法についてはHsu, Mori and Smith (2013)を参照)。

2015年1月15日掲載

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