- テレワークの普及によって、住居におけるエネルギー消費量が増える一方で、通勤やオフィスにおけるエネルギー消費量が減ると指摘されることがある。
- しかし、例えば、通勤によるエネルギー消費量が減る一方で買い物やレジャーでもエネルギー消費量が増えるなど、エネルギー消費量とテレワークの関係は複雑であり、これまでの研究では断定的な結論は出ていない。
新型コロナウイルスの蔓延に伴い、日本も含めて各国の政府はテレワークを国民に求めるようになった。テレワークは人々の労働生産性・幸福度・メンタルヘルスなどさまざまな物事に影響をもたらす可能性があるが、それらの1つとしてエネルギー消費量がある。
自動車や公共交通手段を使って通勤する場合には、通勤の際に電力やガソリンなどのエネルギーが消費される。オフィスでの勤務においては照明や冷暖房などでエネルギーが消費される。仮にテレワークの普及によって、通勤をする必要がなくなって在宅で仕事が済ませられるようになれば、通勤時やオフィスにおけるエネルギー消費が減るかもしれない。その一方で、在宅勤務に伴って家庭内においてエネルギー消費量が増えるなど、全体としてテレワークがエネルギー消費量を増やすかどうかは不明瞭である。
テレワークのエネルギー消費への影響についてのシステマティックレビューが2020年にHookらによって発表された[1]。システマティックレビューでは、リサーチクエスチョンを立てた上で、主として学術研究用の検索サイトを使って網羅的な検索を行うことによってリサーチクエスチョンに答えている既存の研究を探し出して、総合的な評価を加えようとする。また、システマティックレビューではないが、O’BrienとAliabadiによるレビューも2020年に出されている[2]。本稿ではこれらのレビューに依拠しながらテレワークとエネルギー消費量の関係についての研究を概観する。
Hookらのシステマティックレビュー[1]の要約は以下のようなものになる。9,000もの研究の中から39の研究に絞り込み、そのうちの26の研究ではテレワークがエネルギーの消費量を減らすとした一方で、8つの研究でテレワークがエネルギー消費量を増やすか中立的であるとしていた。ところが、それぞれの研究の方法論や対象範囲の違いによって平均的な省エネ量を明らかにすることが難しいとしている。
テレワークに伴う省エネは主として通勤のための移動減少によって実現し、追加的にオフィスでのエネルギー消費量の減少により実現される。しかし、仕事と関係ない移動によるエネルギー消費や家庭でのエネルギー消費も考慮に入れて厳密に検証した研究では、考慮しない場合より省エネ効果が乏しかった。
このような不確実性もあってHookらは断定的な結論を下しておらず、経済全体での省エネは小さく、省エネ効果が存在しなかったりエネルギー消費量が増えたりする場合も多々存在するとしている。
以下ではHookらのシステマティックレビュー[1]とO’BrienとAliabadiによるレビューの双方に依拠しながら、部門ごとにより具体的に見ていく。
(1)運輸
テレワークの省エネ効果が最もあると考えられているのは自動車による通勤である。通勤そのものが減ることに加えて、交通量の減少、通勤時間帯の柔軟性によって交通渋滞が減る。そのため、通勤による省エネ効果があるとする研究が多い。
しかし、テレワークによって、通勤以外の移動によるエネルギー消費が増えることが指摘されている(リバウンド効果)。Hookらのレビューで絞り込まれた39の研究のうち、仕事と関係ない移動にテレワークが及ぼした影響を検証したのは15だけで、そのうちの5つでは仕事関係とそれ以外の間に補完的な関係が見いだされている(仕事関係の移動のエネルギー消費量が減るとそれ以外の移動によるエネルギー消費量が増える)。このため、通勤だけに焦点を当てた効果検証は過大評価になると推測されている。
具体的には、テレワークが行われると買い物やレジャーといった通勤以外の理由でエネルギー消費量が増えることが指摘されている。また、テレワークによって自動車通勤が減ると、家庭における自動車保有台数が少ない場合には通勤に使われなくなった自動車を家族が利用することが増えると指摘されており[3]、この場合には通勤によるエネルギー消費量の減少が相殺されることになる。また、長期的には、テレワークが進むと職場から離れた場所に転居するインセンティブが高まり、出勤とテレワークが混在する場合には、出勤日は通勤距離が長くなって(英国の例ではテレワークをする人々の方がしない人々よりも週当たりの通勤距離が10.7マイル長かった[4])、全体としてエネルギー消費量の減少につながらない、または増加する可能性があることが指摘されている。
以上の点は、自動車による通勤が普及している国々(米国など)が念頭にあり、都市部で公共交通機関が通勤手段として一般的に使われる日本のような場合には別の検討が必要なように思われる。
(2)オフィス
オフィスにおけるエネルギー消費の中心として照明・冷暖房・ICT機器の利用がある。完全にテレワークに移行してオフィスが不要になればオフィスにおけるエネルギー消費量は消滅しそうである。しかし、実際には規模の縮小はあるもののオフィスそのものは存続する場合が多く、また、多くの場合にはテレワークと出勤が混在する(例えば週に一度は出勤するなど)。そのため、各自の職務スペースが残っている場合も多く、こうした制約によりエネルギー消費量の減少に限界があることが指摘されている[2]。例えば、照明について、誰かが出勤していれば、職場にいる人数によってエネルギー消費量は大きく変わらない。冷暖房についても同様で一部の人々が出勤しなくなってもそれに応じた対応が難しいことが指摘されている。ICT機器については、テレワークを行っている間でもリモート操作のために職場のICT機器の電源を入れたままにする場合があり、エネルギー消費量の減少の妨げになると指摘されている。
(3)住居
テレワークが進むと家庭内のエネルギー消費量はおおむね増えると想定されている。家庭におけるICT機器の利用の増加や、冷暖房の使用増が指摘されている。ただ、定量的な分析が難しいことも指摘されており、例えばICT機器の利用が増加したとしても、それが職務上のものなのかプライベートなものなのかの識別が難しいとされる。