東日本大震災対談シリーズ

第3回「働く者の自由を受け入れる社会基盤とインフラ作りが必要」

本シリーズは、東日本大震災の発生から2-3カ月を経過した時点をとらえ、産業界の有識者より(1)震災後これまでの状況、(2)今後の見通し・取り組み、(3)大震災からの教訓、(4)意見・提言をいただいた上でRIETI理事長および関連分野の研究者とディスカッションを行い、最新の状況把握、今後の産業復興の具体策・課題などについて、関連する調査研究の知見も踏まえながら議論を深めることを目的としています。

第3回対談は、パソナグループ南部靖之代表取締役グループ代表をお迎えし、RIETI理事長中島厚志、鶴光太郎上席研究員の3名で座談会を行いました。

中島 厚志理事長 写真中島 厚志 (理事長):
本日は、震災復興における雇用の問題について、いろいろとお話をうかがいたいと思います。

雇用問題に最も大切なのは、正規・非正規に対する意識改革

南部 靖之日産自動車最高執行責任者 写真南部 靖之 (パソナグループ代表取締役グループ代表):
これまでの政府による雇用問題への取り組みの歴史は、お盆の上にある1つ1つの四角いものを丸くして転がすという試みの繰り返しだったと思います。四角いものとは、常にあるいろいろな規制であり、それを丸く規制緩和して、転がす。規制緩和していろいろなアイデアを出し、助成金を出すなど、その時その時代に合わせて過去10年、20年、30年、常に上のものを転がすだけでした。

では、この「お盆」とは何かというと、それは労働に対する「意識」であるし、基本的な「社会インフラ」や「社会基盤」だと思います。この部分には触れず、オイルショックだ、今度は地震だと、その度ごとに中小企業の雇用をなんとかしなければならない、あるいはリストラされた大会社の社員を何とかしなければならないと、またお盆の上で四角いものを丸くして転がしているだけです。

私は、このお盆自体に大きなメスを入れなければ雇用問題は解決しないと思います。つまり意識改革、社会基盤やインフラの改革に取り組まなければならない。そこで最も大切なのは、正規と非正規に対する意識です。

正規は良いけれども、それ以外の非正規の雇用である場合は正規に非ず。これはまるで人間に非ずのように、どちらかというと差別のような響きがありますね。そうではなく、いろいろな雇用があるのだという意識をまず持つべきだと思うのです。たとえば、1日4時間働いても正社員、1日8時間働いても正社員、1カ月に1日だけ働いても正社員というように、多様な働き方を認める意識を持つこと。それに合わせて、1日4時間勤務の人にもきちんとした社会基盤やインフラを整備すること。つまり年金や社会保険、それ以外の教育的なものなど、いろいろ変わらなければならない。意識を変えて、社会基盤をつくる。更に言えば、この「お盆」をくるっとひっくり返す。

中島:
それは、雇用形態よりも本人の能力を重視し、それに応じた労働市場の流動性が高い海外での働き方に近いでしょうか。しかし日本は、どうしても労働市場自体がまだ硬直的で、本人の資質の専門性に応じた労働市場の流動性が必ずしも確保されていないと思います。

働く者の立場に立った社会基盤やインフラの体系だった整備を

南部:
なぜ確保されていないかというと、そういう労働市場をつくる政策や仕組みづくり、つまり社会基盤に問題があります。そして、その社会基盤をつくっているのは誰かというと、政府であり官僚である。言ってみれば、政府と官僚は国民を朝から晩まで働く労働力としかみなしていない。

働く者の立場で考えるような社会基盤をつくることよりも、いかにして企業に勤めてもらって、その結果税金を召し取るか。GDPを上げて国家を強くするために、9時から5時半まで、月曜日から金曜日まで働く者を正規といい、それ以外は非正規であると。

しかし男性でも、女性でも、家族の介護をしなければならないかもしれないし、第2子、第3子を産みたいと願う人もいる。子どもを産んで、3人の子を育てながら働きたい人もいる。たとえ1年ほど産休で休んだとしても、その後、子どもが病気をしないことなどあり得ないのだから、働きながら育児をきちっとできるような社会をつくってあげればいいと思う。

官僚と政府の考え方は、9時から5時半まで働けるもの者以外は非正規なので、非正規である以上は、年金や保険といったいろいろな社会基盤が手薄になる。正規で働く者には補助金も出すのに、非正規で働く者には補助金どころか、社会基盤もインフラも制限されてしまうというわけです。

鶴 光太郎上席研究員 写真鶴 光太郎 (上席研究員):
私はまさにその非正規雇用の問題について、本を出版したところです(鶴・樋口・水町編、『非正規雇用改革』、日本評論社)。労働市場が分断化され、二重構造の間をどう埋めるのかということについて、やはりこれまで、いろいろな制度や政策はほとんど変えられることがありませんでした。雇用の安定の問題についても、たとえば派遣という働き方を禁じた方がいいのではないかという話ばかり議論される。

南部:
その派遣には2種類あると思いますよ。1つは、たとえば今までは時間給800円とか900円のアルバイトしかできなかった家庭の主婦が、オフィス派遣によって1600円あるいは2000円、2500円と収入を得ている女性の派遣の仕組み。もう1つは、今までのものづくり産業の中にあった請負あるいは下請という制度をそのまま派遣と呼び換えたものです。ここは改革すべきです。

「あなたのところも派遣会社では」と言われますが、当社の派遣社員は正社員と同じです。社会保険も加入しているし、派遣先が倒産しても給与は保障するし、福利厚生や教育研修もあります。しかし、ものづくり産業の請負から生まれた派遣はまた違う仕組みです。そもそも下請の仕組みや子会社、孫会社というのは江戸時代からずっと続いた日本古来のものづくりの仕組みであって、この仕組みが"偽装請負"だといわれて、ある日突然、派遣法が適用され、3年以上雇用できないなどと決められました。

更に問題なのは、代議士をはじめ、国家を運営して国民の命を預かる政治家のほとんどが、この構造的な違いを勉強していないことです。社会の今ある問題点について勉強せずに、一方的に悪いと言う。そして、やはり政治家も官僚も、どこかに国民を労働力としかみなさない意識がある。国民はいつも法律の犠牲になっているのです。

鶴:
労働分野のいろいろな施策を見ると、たしかに雇用調整助成金の適用拡大など、たしかにいろいろなことをやっているのだけれども、それが全体として体系だったものになっているかどうか。その時ごとの状況に応じた緊急避難的な措置は必要かもしれませんが、同時に雇用のミスマッチの問題も指摘されています。

そして今回の震災の場合、循環的に需要が回復するわけではないので、こうした雇用のミスマッチが構造的な失業に発展する可能性もあるわけです。今、やはり政策面として、応急処置的なものに資金をつぎ込むだけで本当にいいのかという疑問があります。

東北の被災者の雇用問題への対処にも意識の転換、規制緩和が必要

中島:
東北では第1次産業に従事している方が多いのですが、必ずしも皆さんが元に戻れるとは限らず、雇用のミスマッチが懸念されます。年齢的にみても、場合によっては転職に困難を伴うことが予想されます。

南部:
早く、そういう方々が週3日でも4日でも働くことができる時間に、安心して働けるような社会基盤に変革すべきでしょうね。地震が起こる以前から、農家ならば農業をやりながら既に他の時間は違う仕事をする、たとえばどこかの保険会社で働いていたかもしれない。もしかすると農家の90%は兼業だったかもしれません。

しかし、日本では多くの企業で副業が認められておらず、社会基盤もフルタイム労働者を前提にしたものばかりです。企業に束縛されず、個人が自由に仕事を選択できる社会を国家はつくってあげてこなかった。国家は、やはり管理監督するという意味で、どこかに雇用されることを念頭に置く。週に5日フルタイムで働くことができる社員を正社員と呼んでいるのはそのためです。大企業の考え方、つまり大企業病でしょうね。

中島:
東北では、緊急的な雇用対策はあるとしても、基本的には経済をいかに早く活性化させるかが最終的に雇用を生むので重要とお考えになりますか。

南部:
それも大切ですが、やはり意識を変えた政策を打たなければならないと思います。もし、フリーターが堂々と胸を張って自分の夢や志をまっとうできるような社会基盤をつくっておけたならば、今回のような災害が起きた場合でも、最低限の保険と年金の仕組みはできていただろうと思うのです。その上で、では産業をどう生んでいくかといった緊急対策も出てくるのではないでしょうか。

中島:
この機会に、高度な産業をもっと東北に育成したらどうかと議論されていますが、それだけ高度な人材も必要なわけで、職業訓練を含む教育の問題がありますね。そうした職業訓練を含め、やはりそれにうまく合う人材が育っていくことが必要だと思います。教育の部分がきちんとコーディネートされているのかどうか。どういう風にご覧になりますか。

南部:
教育の面において、日本は社会人として必要な教育を就職した会社に頼っている現状があります。新しい産業にあった人材を育てるのであれば、社会全体で人材育成に取り組む必要があります。

被災地では放射能や塩害の影響が懸念されていますが、それでも県内に残りたいという人も少なくありません。しかし壊滅的な状態にある被災地に残っているより、一時的には県外に出て仕事をしたり、経験を積むことも必要ではないでしょうか。そのために、たとえば飛び地政策で県外に市をつくってあげる。そして、住民票などの業務を代行する提携都市をつくる。さらに、その中で研修制度やビジネスインターン制度を行う。今はすべての市民あるいは町民をその地に留めることばかり考えられています。県外に行ってもまた戻って来られる仕組みをつくらなければならない。

中島:
雇用の流動性を確保する枠組みをきちっとつくらなければいけないということですね。

鶴:
現在、被災地ではキャッシュ・フォー・ワークという考え方があります。震災で雇用を失った被災地の人々が復興のためにそこで働くことに対し、一時的に公的に雇用し対価を払うという仕組みです。

一方で、それなりの能力を持っているエンジニアのような方々は、むしろ地域を移動した方が自分の能力を発揮できる。そういう選択肢もあるわけです。要は、住むところと自分の働く職業をなるべく柔軟にすれば、ミスマッチの問題は解決しやすくなります。こうした時こそ、労働市場の流動性を高めるという発想が重要です。

現に住宅と雇用をセットにして人材を紹介するような動きもでてきています。しかし、民間の職業紹介や人材派遣には依然として様々な規制があり、労働者の搾取につながるから基本的に駄目だというお上の意識が変わっていないわけです。現実は変わっているのですが、法律体系や政府の根本的な意識が変わっていない。もっと、社会保険等のセーフティネットをきちっとした上で、規制緩和できるところはやる。もう少し、労働移動やマーケットという側面も考えるべきだと思います。

南部:
賛成です。

全体写真

どの企業でも通用する人材、グローバル人材を生む教育の仕組みが必要

中島:
南部代表は人材育成にも注力をされていますが、今後、日本はどういうかたちで人材育成をしていけばいいとお考えですか。

南部:
教育の定義は何かというと、もちろん高校・大学あるいは会社などの教育、さらにもっと大きな社会教育などがあります。教育というのは非常に幅広いものです。

その中で言えることは、もし私が文部科学大臣ならば、受験というものをなくしますね。皆が自由に、勉強したい者はどんどん飛び級をさせていき、それを企業が採用できるような基準をつくります。

今は社会の産業構造、企業のコアビジネスそのものが刻々と変わり、そのスピードに教育がなかなか追いつかないという事実があります。だから、どこの企業でも通用するような教育の仕組みをつくるべきだと思うのです。産業は社会の流れに合わせて自由に生まれてきますから、その芽を摘まないような法整備、規制緩和と平行して、人材教育をしておくべきだということです。

鶴:
今は大学3年生から就職の準備をしなければいけません。この時期、海外留学することでじっくり自分の人生を考え、自由な発想を育てることは重要なはずですが、留学に躊躇する学生が非常に増えているといいます。これからグローバル競争がますます厳しくなっていく中で、日本を支えていくグローバル人材を本当にどうするのか真剣に考える必要があります。

南部:
非常に良いことを言われたと思います。私は、これまでの年功序列と終身雇用の考えで3月末に一斉に大学を卒業して直ちに就職するというかたちではなく、海外に見られるギャップイヤーやティーチ・フォー・アメリカといった制度のような考え方が日本でも生まれてくると思うのです。だから、やはり自由な発想で物事が動くような法律だけはつくるか、改正しておくべきだと思います。

東北の雇用に関しては、漁業権の問題など非常に難しい面があると思います。それから、課題としては高齢者が非常に多い。たとえば環太平洋パートナーシップ(TPP)協定対応型の農業の仕組みというものをつくれるのですが、それを政府がやるかやらないか。また市長や町長が推進するならば、それをどこまで市民や町民が支えるかでしょうね。

中島:
貴重なお話をありがとうございました。

一同:
ありがとうございました。

2011年6月15日開催
2011年7月12日掲載

2011年7月12日掲載