本シリーズは、RIETI理事長中島厚志が研究内容や成果、今後の課題などについてRIETIフェローにたずねます。
シリーズ第14回目は、企業の成長率などを新たな手法を取り入れて研究されている荒田禎之研究員をお迎えして、成長の背景などについてお話しを伺いました。
企業の成長に不可欠なジャンププロセス
中島 厚志 (理事長):
荒田さんは企業についての研究をされていますが、具体的にはどのような研究をされているのでしょうか。
荒田 禎之 (研究員):
主に企業の成長率の分布の研究です。
中島:
それは企業の売り上げや収益ですか。
荒田:
売り上げ、雇用者数、資本です。企業規模が年々どう変わっていくかを成長率として取り、産業もしくは一国全体で成長率の分布を調べると、どこの国、どこの年代でも、同じような形の分布が見られます。その理由は何か、その背景にあるメカニズムは何かというのを研究としてやっていました。
中島:
どの国、どの時代でも、企業の売り上げや収益力の伸びを見ると、中心は多いが、両端は少ない。それは当たり前だと思いますが、その形がどう分布しているかも似通っているのでしょうか。
荒田:
そうです。正規分布の形ではなく、ラプラス分布-真ん中が尖って両端が正規分布よりは厚みがあるような分布の形に落ち着きます。これが20年前ぐらいから、実証的な事実として発見され、それがなぜなのかが議論されています。日本でも見られることですし、その理由は何かを研究してきました。
中島:
どういうことがわかってきたのでしょうか。
荒田:
この分布の規則性と裏表の関係にあるメカニズムは、企業の成長はジャンププロセスで起こるということです。少しずつの成功の積み重ねで成長しているのではなく、あるきっかけ、たとえば新しい商品の投入や新しいテクノロジーの開発などで一気に飛ぶわけです。1年間でそのようなジャンプが数回起きていて、それによって企業は成長すると説明できます。その裏返しとして、ラプラス分布が見られるということです。
中島:
多くの企業は改善、つまり日々努力して、少しずつ大きくなろうとしていると思います。そういうのも大事ですが、大きく飛躍し業績を伸ばす企業はそうではなくて、ジャンプ型なわけですね。それが一般的なのですか。
荒田:
データからいえることは、小さな積み重ねで成長している描写は、まったく一般的ではありません。一般的には、数えられる程度の数回のジャンプで成長がほとんど決まっています。日々の努力の積み重ねによって、ジャンプが起きたのかもしれないという説明はありえますが、積み重ねで少しずつ大きくなるというのはラプラス分布と相容れない描写です。
中島:
日本でも海外でも、どの時代でも大きくなる企業はジャンプしているということですか。
荒田:
はい、その通りです。論文の中では、ラディカル・イノベーションとインクリメンタル・イノベーションの話題を取り上げています。インクリメンタルは、今ある製品の品質をちょっと良くしようとすること。ラディカルは、文字どおり産業の構造自体を全部変えてしまうようなイノベーションです。この2つのイノベーションについて、経営の世界ではどちらが重要かの議論があります。企業成長率の分布の研究から分かったことは、インクリメンタルは、大して重要な役割を果たしません。ほとんどの場合、ラディカル・イノベーションで企業の成長は説明されてしまいます。特に安定を求めてしまう大企業は、ラディカルなイノベーションをうまくさせるような経営の仕方をしなければならないという結論になるわけです。
中島:
企業の成長の分布をラディカルなイノベーションで説明するのは、少しわかりにくいところです。収益力のある企業・ない企業は、いずれにしろある点を中心にして分布するわけですよね。これがラディカル・イノベーションで説明できるという話にどう結びつくのでしょうか。
荒田:
まず、分布の形状は実証的な事実です。もう1つ、企業の成長に関して分かっていることとしてジブラ法則という法則があります。これは企業の成長率は、企業のもともとのサイズには依存せず、大きい企業も小さい企業も、統計的にはランダムな形で出てくるというものです。この2つを組み合わせると、企業の成長のパスについての分析ができ、観察されるラプラス分布と矛盾しない説明として、ジャンププロセスしかあり得ないという結論になります。
中島:
常識で考えると、わかる点もあれば、少しわかりにくい点もあります。わかる点としては、大きく業績を伸ばしていく企業には飛躍があるというのはわかりますが、他方で、地道に日々努力している企業の中で、どんどん大きくなる企業がいっぱいあってもいいと思ってしまいます。日々努力している企業は、結果としては地道には大きくなるが、ジャンプではないため、大きな企業の仲間入りをすることができないのでしょうか。
荒田:
結論としては、そうです。日々努力した結果としてジャンプを引き起こすというのは、もちろんあり得る話です。しかし、観察される結果と整合的になるためには、何かイベントがないといけません。小さい積み重ねで成長する場合は、言い換えればそれは特別なイベントがないということです。「成長が何によって引き起こされたか」が無いという説明になり、これは成長率の分布と整合的にはなりません。
所得の分布から見えてきたもの
中島:
そもそもなぜ分布というものに関心を持ち、分析しようと思われたのでしょう。
荒田:
日本だけではなく、世界各国の分布についての規則性は、所得分布、資産分布、企業成長の分布についてもよく言及される内容です。1人1人は別に分布のことなど考えず気ままにいろんなことを考えて行動しているのに、マクロで見た時の分布では、ある規則性が観察されることがしばしばあります。この規則性について、経済学的な意味があるのではと考えたことが分布に着目する理由です。
初めは、なぜ分布が規則性を持つのかについて、説明がされてないことが多かったのが不満でした。たとえば所得の分布でも、所得を説明する議論の中で多いのは、所得はその人の能力に応じて決まっている、高い能力をもつ人は高い報酬を得る、というものです。ではなぜ所得分布がこのような形をしているのかというと、文字どおり能力を持った人がそういうふうに分布しているからだという説明です。これは単なるトートロジーで、何も説明していません。何故人の能力がそのように分布するのか。世界各国で、国によって一緒というけれど、そんなわけはないのではないか、何か意味があるはずなのに、なぜ説明をしないのかというのが最初の疑問でした。
中島:
所得の分布はどの国でも同じになるものなのでしょうか。
荒田:
先進国になると、基本的に同じような形になっていきます。途上国は、高所得と低所得が2つの山が見えたりする場合もあります。アメリカも、あれだけ格差、格差と言われていますが、1つの山の形になります。1つの経済圏になっていれば、だいたい1つの山の形になります。格差が広がっても、右のほうにこぶができる形にはなりません。
中島:
そうだとすると、何がこういう所得分布を作っているのでしょう。
荒田:
私は、所得は能力に応じて決まるのではなく、能力に応じて、椅子取りゲームをするようなイメージを考えています。
能力の高い人が能力の低い人よりも高い所得を得ているのはわかります。どれぐらい高い所得を得るかは、椅子取りゲームなので、能力が高い人が順番に取り、能力が低い人はそこに入れない。そこで、どういうふうにこの椅子が決まるのかがむしろ重要です。
中島:
面白い視点です。その議論でいけば、教育水準を全体として上げることや、全体の人材能力を国中で上げることも大事ですが、どれだけ大きな椅子を多くの人に与えられるように用意するかが大事になってくるということですね。
荒田:
個々人の能力と所得が、限界生産性で結びついているという世界ではありません。
中島:
産業構造や企業構造をどのように持ち上げていくかを一生懸命やるのが大事だということは、日本でも意識されています。ただし、日本の場合には製造業で働く人の割合が減って、あまり所得の上がらないサービス業や医療介護、そういうところに回っているので、全体所得は上がらない。そこで、医療介護の生産性を上げるとか、待遇を上げるというのも正しいですが、もう一方で、もっと稼げる産業を作ったほうが手っ取り早いという議論ですね。
荒田:
たとえば、高度経済成長の時代だって、都市部に製造業を中心に稼げる仕事があったため、農村部から人が来るわけです。別に農村から来た時に、勉強して偉くなったのではなく、仕事があって所得が上がっただけです。これはまさに椅子取りゲームの世界であり、それが用意されたから所得が上がったということです。
中島:
なるほど。では、産業や企業をどのような方向に政策的にもっていけばいいのか、何かアイデアはありますか。
荒田:
この議論を進めていくと、生産水準や能力を上げることは重要ではなくなり、需要側の方が重要になります。需要側として、ある仕事や製品が必要とされるので広がるということです。
中島:
需要側の問題とは、要するにいい製品やサービスが求められ、そういう製品やサービスが出現するとワーッと広がって国全体の所得などが底上げされるという意味でしょうか。
荒田:
はい。ニーズがあって、そこにマッチする今までなかった製品やサービスを提供するイノベーションが生まれたから、それに必要な企業や仕事が増える。今まで全然そこに入ってこなかった人が、そこに仕事ができることによって所得が上がる。こういうイメージですので、イノベーションは、生産側とか供給側ではなく、需要側に関連する話になってくるのです。
中島:
ニーズを捉えた魅力ある商品をどれだけ生み出せるか、提供できるかが勝負になってきますね。
荒田:
先ほどの企業の成長の話にもありましたが、インクリメンタルの場合とラディカルの場合とでは、経営の仕方が変わってきます。インクリメンタルの場合は、基本的に成果が目に見える形でわかりますし、事前にどれぐらいコストがかかり、研究開発にどれぐらい時間かかるか、ある程度分かります。それに成功した人を登用していけばよくて、そのような人が出世する。ラディカルの場合は、基本的に時間やコストがわかりません。成功すれば凄いことかもしれないけども、本当にどれだけ凄いことなのかは正確にはわかりません。そして、こういう人たちをどう評価すればよいかもわからないわけです。
中島:
日本はどちらかと言うと前者の方ばかりですね。
荒田:
企業の人がラディカル・イノベーションをしようと考えたとき、どういう点で苦労するかというと、ボスに納得してもらわないといけない、とにかく資金をつないでもらわないとならない、それが大変なわけです。ラディカル・イノベーションをどうやるか、経営の仕方が問題になってきます。
ラディカル・イノベーションの例として一番面白かったのは、2002年の論文だったと思いますが、アメリカの自動車メーカーのラディカル・イノベーションにハイブリッド自動車が含まれていたことです。日本のメーカーだけではなくて、アメリカのメーカーもまたハイブリッド技術の重要性を認識していて、研究を進めていたわけです。ただそれが間に合わなかったということなんです。ラディカル・イノベーションによって一気に産業構造は変わってしまう。そこで負けてしまうと、少しずつ品質を上げていったとしてもどうしようもない。だからラディカル・イノベーションをやらないといけないという議論です。
中島:
研究分析をしてみたら、実は個別事例に見えても、一般的にそれが企業が大成長する方程式ではないかというものが見えたということですね。
荒田:
はい、そういう結論です。
経済研究に取り入れた新たな手法
中島:
分布の研究の中で、荒田さんは、物理学も取り入れられないかと考えているようですね。経済の分布は物理学とは違うと思うのですが、分布と物理学にはどう関係があるのでしょうか。
荒田:
もちろん物理でやっている内容と、経済でとらえる内容は全然違います。問題は使える手法があるかどうかです。物理の世界でもマクロの性質を表現する時に分布がよく出てきます。運動量の分布、エネルギーの分布などですが、それがどうしてそういう形になるかは当然物理の世界でも意味のある内容で、経済にも応用できる中身があるのではないかと思いました。
中島:
物理で個別の粒子の振る舞いを全部表した場合と、経済で企業や個人が経済行動を全部表した場合とでは、似通った動きになるのでしょうか。物理だと、個別の粒子は意思を持っていないけれど、人間や企業はそれぞれ意思を持ち、もっと儲けよう、もっと大きくなろうとみんな動いています。そこに違いがあるのではないでしょうか。
荒田:
私はそこの違いが大してあると思っていません。経済の世界で、利潤を最大化したいとか、効用を最大化したいと動く経路をどう表現しているかと言うと、物理の力学の内容をそのまま持ち込んで表現しているのです。たとえば、光が大気中のAという場所から水中のBという場所に到達する場合、最も時間がかからない経路を選んでいるという性質があります。これは、生涯の効用を最大化させる消費のパスを選ぶというのと丸っきり一緒です。
中島:
水は高いほうから低いほうへと流れる。そういう方向性と、みんな儲けようと思って動く企業の方向性は同じということですね。
荒田:
はい、基本的にやっていることは一緒です。歴史的なものがあって、経済でそういうことを表現したい時に、物理のほうからアイデアを持ってきています。経済の世界でオイラー方程式がありますが、これももともとは物理の世界の話ですし、ハミルトンも同様に、物理から借用して表現しているのです。意思のある動きと物理の世界の動きは数学的な表現としては一緒です。経済の方がそれを応用し、人の意思によってその方程式に従うと解釈しているだけで、やっていることは一緒になるわけです。
中島:
荒田さんは研究の中で、スーパーコンピュータも活用していると聞いています。物理の全体の粒子がどう動くか、巨大な動きを把握しようとするのを経済でやろうとしているのですか。
荒田:
はい。経済ももちろん巨大な主体の集まりです。どういうふうに動くかをモデルでやろうとすると、当然いろんな仮定を付け加えないといけません。しかし、それは大して当てはまりがよくないので、データを大量に使って、当てはまりの良くない仮定は極力置かない方が良いわけです。実際のデータで、どの企業と企業が取引があって、どういう経営の状況になっているかが全部わかりますから、データに語らせた方が、最終的な結論としては当てはまりがよくなるわけです。
今後の活動
中島:
分布の研究や物理と同じような法則が当てはまるというお話ですが、この研究を今後の経済学でどう生かしていこうと思われますか。
荒田:
従来の経済の中での手法だけではなく、いろいろな分野で、統計も数学も物理でも、使えるものは全部使って研究していきたいです。次は、マーケットのシェアのダイナミクスについての研究を考えています。企業が複数、同じマーケットに存在して、どのように競争しているのか-これを分析するには、マーケットのシェアを分析しないといけないのですが、この分析手法も、経済で使われている手法では問題があると考えています。ほかの分野、たとえば統計学で開発された新しい手法を経済学の世界に導入してみようと思っています。
中島:
マーケットシェアの分析は、独占だったら、その1社がどう振る舞うかだけでしょうし、寡占だったら、限られた数社がどう100%のマーケットの中で振る舞うかなので、分布は必要ないような気がします。
荒田:
はい、確かにこの研究では直接分布は出てきません。しかし、分布の形状を分析するための統計手法とこのマーケットシェアの分析に必要な方法には密接な関係があることが分かり、次はそれを研究しようと考えています。
経済学の世界は何といっても均衡が重要視されます。独占が1社いるとか、あるいは企業が完全競争の状態だとしても、それはそういう状態で均衡してそれ以上動きようのない世界を表現していますが、実際はそうではないと思います。最初はもしかしたら完全競争かもしれないし、途中から独占に近くなるのかもしれない。そういうものを時系列的に分析したいのですが、均衡を求めるための手法だけでははやりにくいのです。
中島:
これからの研究分野は、むしろ企業なり、あるいはほかのいろんな経済主体の分布を絡めたような研究をさらに進める。あるいは、もう少し動態的な分野での新たな考え方が理解できるという方向性ですか。
荒田:
企業は経済学者が知っているよりも、はるかにいろいろな情報や考えを持って動いています。経済学者が解けるような方程式に戻しても、大して説明できないと感じています。むしろ、さまざまな企業や家計が個々の理由で動いているにも関わらずマクロでは規則性が生じたりする、そのメカニズムの解明こそが重要で分析すべき対象でないかと考えています。
中島:
今の経済学では、さまざまな分野での研究が進んでいるわけですが、その中でも今進められている研究は新しい分野になるようにも見えます。
荒田:
はい、今までと少し違うやり方です。今の一番メジャーなやり方としては、1つ1つの企業についての最適化の手法、企業だけではなく、家計についても最適化を細かくやっていく方法です。それを追っても、大して実りはないというのが私の考えなので、そこはあえて簡略化して、荒っぽく言えば、ランダムに動くぐらいで留めておきます。それがたとえば他者と相互作用を持った場合、ミクロのレベルではランダムに動いていたにもかかわらず、規則性をもったマクロ固有の現象が現れたりする、このダイナミクスが研究対象になります。
中島:
企業が大きく成長する時はジャンプだというお話もそうですが、最後におっしゃった研究の方向から、従来見えなかった動きが、経済の分野でも見えてくるといいと思います。極めて独創的な視点での研究で、今後頑張っていただければと思います。どうもありがとうございました。
荒田:
ありがとうございました。