中島厚志のフェローに聞く

第11回「政治が機能すれば景気はよくなる!?――政策の不確実性と経済の関係とは」

本シリーズは、RIETI理事長中島厚志が研究内容や成果、今後の課題などについてRIETIフェローにたずねます。

シリーズ第11回目は、マクロ経済を研究分野にする伊藤新研究員を迎えて、政策の不確実性が経済に及ぼす影響についてお話を聞きました。

中島 厚志理事長 写真中島 厚志 (理事長):
今回は、主として日本のマクロ経済に関する分析・研究をされている伊藤さんにお話をうかがいます。

伊藤さんは、政策の不確実性が経済に及ぼす影響について研究されていますが、それはどういう視点なのか、またどういう方向が見えてくるのか、教えてください。

政策の不確実性を測る手法とは

伊藤 新研究員 写真伊藤 新 (研究員):
政府の政策に関する不確実性と経済活動の関係について実証的なアプローチから研究をしています。

2000年代後半の大不況のあと、世界では政治レベルでの対立が顕著になる国が増えました。そのうちの1つはアメリカです。2010年の中間選挙で民主党は上院においてかろうじて過半数の議席を保持しました。しかし、下院では共和党が民主党を大きく上回る議席を獲得しました。その結果、議会では上院と下院で多数派が異なるねじれ現象が生じました。

両党は予算案や法律案の審議で激しく対立し、折り合いがつかず膠着状態に陥ることもしばしば起こりました。2011年に格付け会社のスタンダート・アンド・プアーズがアメリカ国債の格付けを引き下げたとき、その理由の1つに政策決定過程における不安定さを挙げました。

議会での政策決定の停滞、よく「決められない政治」と言われますが、それにより政府の政策について先行き不透明性が大きく高まりました。これまでの実証研究では、その不透明性の高まりは経済活動に大きな負の影響を及ぼすことがわかっています。

さて、目をアメリカから日本へ転じると、今から3年前にはアメリカで起きたのと似たことが起こりました。つまり、衆議院では民主党を中心とする連立与党が、参議院では自民党など野党が多数派であり、国会ではねじれ現象が生じていました。このとき、連立与党は衆議院において法案を再可決できる3分の2以上の議席を保有しておらず、野党の協力を得ることなしに法案を成立させることはできませんでした。

重要法案については与野党が激しく対立し、なかなか歩み寄らなかったために法案の先行き不透明性が高まりました。赤字国債を発行するための法案はその一例です。予算が成立したあと半年が過ぎても法案成立のめどが付きませんでした。国の予算執行は抑制され、地方自治体では支出計画の変更を余儀なくされました。

このように、日本でも政策の不確実性の高まりが経済活動に負の影響を及ぼした可能性があります。では、その不確実性の高まりは経済全体にどう影響するか。そして、どういう経路で経済全体に影響が及ぶか。これらの問いに答えることにより、再び政策の不確実性が大きく高まったとき、実体経済への影響をできるだけ削ぐにはどういう対応が有効かについて何らかの示唆が得られるかもしれません。

言うまでもないですが、政策の不確実性を実際に目で見て捉えることは不可能です。そこで、それを間接的に反映していると考えられる指標を通じて不確実性の度合いを計る必要があります。これまでの研究でよく使われる代表的な指標に新聞報道にもとづく政策の不確実性指数があります。

その指数はスタンフォード大学のブルーム氏やシカゴ大学のデービス氏らの研究プロジェクトが開発した指数です。具体的には、アメリカの主要な新聞紙から不確実性、経済そして政策に関連するいくつかの単語を含む記事を収集してきて、その記事数をもとに指数を作っています。そのアプローチの背景には、不確実性に関する記事が新聞に多く掲載されるときは世の中で不確実性が高まっているはずだという考えがあります。

アメリカだけでなく、EU、ロシア、インドそして中国についても同様の方法を用いて政策の不確実性指数が作られています。しかし、残念ながら、研究にとりかかった時点で日本の指数はまだ利用することができませんでした。そのため、別なアプローチで指標を作る必要がありました。

中島:
しかし、日本でも「不確実性」などの単語をピックアップすることはできると思いますが、いかがでしょうか。

伊藤:
おっしゃるように、新聞社が提供している新聞記事データベースを利用して、不確実とか不透明、経済そして政策に関連する単語を含む記事を検索するのは簡単にできます。しかし、現在のコンピューター技術では、その中から政策の不確実性について書かれた記事を人間がおこなうような精度で拾い出すことはまだ難しいようです。

政府の政策に関する不確実性がどのようなときに高まるかというと、最初に話しましたが、政権運営が不安定なときです。法案審議で与野党が激しく対立し膠着状態が続くようだと、法案が国会で成立するかどうかめどが付かなくなります。また、法案が与野党による修正協議を経て大きく修正される可能性があります。

このように、政権運営が不安定であると、政策の決定や内容について先行きの不透明性が高まります。ブルーム氏らの研究によれば、アメリカでは政策の不確実性について取り上げた記事のうち約7割は政策の内容やその実施時期に関する記事だそうです。

では、政権運営の不安定性をどう数値化するか。そのために拠り所としたのが世論調査の政党支持率です。新聞社や通信社などさまざまな報道機関が定期的に世論調査を行っており、月次ベースでデータが利用できます。

そして、より重要なことは、政党支持率が政策決定過程における政治的な勢力関係を映し出す鏡のようなものであるという点です。政治学の研究ですが、ある政党の支持率は政策決定過程におけるその政党の政治的な影響力を部分的に表しているという研究があります。そのことを前提にすれば、与野党の支持率を用いて政権運営の不安定性の度合いを計ることができます。

政権運営の不安定性を数値化するために利用できそうな別な変数として、国会での与野党の議席数があります。しかし、それは望ましい変数とはいえません。2011年から2012年の民主党政権のときを思い起こすとよくわかりますが、議席数だと与党内の深刻な分裂状況を的確に反映しない恐れがあります。

こうして、世論調査の政党支持率にもとづく政権運営の不安定性指数を新たに作りました。その指数からはいくつか興味深い特徴が見て取れます。まず、その指数は衆参ねじれ期に顕著な上昇を示しています。とりわけ、2010年から2012年にかけてその指数は高水準に達しています。

また、政権運営の不安定性指数と政権運営に関係するいくつかの指標との関係をチェックしました。指標の1つは、非常に安直なものですが、総理大臣在職日数です。短命な内閣はたいてい政権運営が不安定であると考えられます。したがって、指数と在職日数とのあいだには負の相関があると予想されます。相関係数は-0.7であり、高い相関が見られます。

それ以外に内閣提出法律案の成立率や成立した法律案の修正率そして政府提出法案数との関係もチェックしてみました。相関係数はいずれも予想される符号と合致し、大きな値を示しています。

これらの結果は、政権運営の不安定性指数が曲がりなりにも政策の不確実性を間接的に捉える指標として有用であることを示していると見て取れます。

政策の不確実性が経済に与える影響とは

中島:
なるほど。では、具体的に経済との関係はどうなのでしょう。

伊藤:
実体経済との関係性を調べるために、政権運営の不安定性指数とさまざまな景気指標を用いて計量的に分析しました。分析の結果、政権運営の不安定性指数に外生的なショックが生じたとき、経済活動はラグを伴って低下することがわかりました。経済全体への負の影響は約1年半後にもっとも大きくなり、少なくとも2年にわたり残ります。

少し前ですが、ブルーム氏らの研究プロジェクトが日本の新聞報道にもとづく政策の不確実性指数を公表し始めました。その指数は朝日新聞と読売新聞の2紙に掲載された記事数をもとに作られています。政権運営の不安定性指数を用いたときと同様に、その不確実性指数に外生的なショックが生じたとき、経済活動はラグを伴って低下するという結果が見られます。ただ、ピーク時における経済全体への負の影響は、政権運営の不安定性指数と同じくらいです。

最後に、経済活動の構成要素に目を向けると、設備投資、住宅投資、耐久財消費そしてパートタイムなどの非正規雇用者数で負の影響が大きく出ています。政策の不確実性の高まりにより設備投資が大きく減るという結果は、企業へのアンケート調査の結果とも整合します。多くの企業が、政策の不確実性が影響する経営判断として設備投資を挙げています。

中島:
いくつかお聞きしたいと思います。まず1つは、経済と相互作用があるのではないかという点です。景気が悪くなれば経済対策も必要だし、それでも景気が回復しないと不安定性指数は高まるのではないかということで、必ずしも政治から経済という方向だけではなくて、経済から政治という方向も同時にあって、複雑な関係があるのではないでしょうか。

伊藤:
おっしゃるとおりです。政権運営の不安定性指数と実質GDP成長率の四半期ベースにおける同時点相関係数は-0.3です。両者の間には負の相関があります。しかし、それが政治から経済への関係を表しているのか、それとは逆で経済から政治への関係を表しているのか判別することはできません。

先ほど政権運営の不安定性指数と景気指標の関係を計量的に分析してわかったことをいくつか話しました。分析を行うには両者の同時点における双方向の関係をどちらか一方に特定する必要があります。分析では次のようなことを行っています。具体的には、四半期よりデータ頻度が高い月次ベースのデータを使います。次に、1カ月のタイムスパンで両者が同時点でどう関係するかについて仮定を置きます。

1つは、経済から政治への関係は存在しないと仮定することです。中島さんがおっしゃられた一連の関係は四半期のスパンでは十分に起こり得ます。しかし、月次のスパンでその関係が成り立つと考えるのは無理があります。政策が発動されるまでにはいくつかのタイプのラグを伴うためです。もう1つは、政治から経済への関係は存在しないと仮定することです。いずれの仮定を置いても分析の結果は大きく異なりません。

中島:
もう1つは、アメリカとの比較ですが、日本の政治の安定度というか、不安定性指数の上昇、下降は、アメリカと比べると、大きいのでしょうか、小さいのでしょうか。

伊藤:
政権運営の不安定性指数のアメリカにおけるカウンターパートが手元にないので日米比較を行うことができません。しかし、日本について確かにいえるのは、1990年代以降に不安定性指数のボラティリティが上昇していることです。これは政権運営の安定性が1980年代以前の時期と比べて弱まったことを意味します。同じことですが、政治の不安定性が高まっています。

日米比較を行うための考えられる代替的な方法の1つは、日米の新聞報道にもとづく政策の不確実性指数を使うことです。これまでの研究では、政治の不安定性の代理変数としてその指数がよく利用されています。まず、政権運営の不安定性指数と日本の政策の不確実性指数の動きに見られる特徴を押さえておくのが良いと思います。それら2つの指数はいずれも衆参ねじれが生じた1998年や2007年から2012年にかけて上昇しています。

こうした類似点がある一方で相違点もあります。政策の不確実性指数は2002年から2003年にかけて急上昇していますが、政権運営の不安定性指数は比較的低い水準で推移しています。

中島:
他方、アメリカはどうなのでしょう。日本の方が振れは大きいのか、それともアメリカも大きくて、どっちもどっちなのか。もちろん政治のその時その時の安定度が必ずしも同じではないということはあるにしても、一般論として、最近の傾向で何か言えるのでしょうか。

伊藤:
アメリカの指数は2000年から2003年にかけて上昇した後、2006年まで低下する動きを示しています。そして、リーマン・ショック後の大不況期に指数は再び上昇し、2013年以降は趨勢的に低下傾向にあります。2007年以降の動きは日本ととてもよく似ています。

日米の指数の四分位範囲を算出すると、日本のほうがアメリカをやや上回ります。この数値にもとづけば、日本のほうがアメリカより振れが大きいといえます。

中島:
確かに2007年以降で見ると、リーマン・ショックでの景気の落ち込みはアメリカより日本の方が大きかったし、その後の反動としての上昇も当然大きかった。その後に起きた円高、あるいは東日本大震災などの影響はあるにしろ、日本の方がアップダウンは激しいという感じを受けます。政治的な不安定性がアップダウンの激しさに代表されるとすると、逆にどうして政治がそんなにアップダウンが大きくなるように見えるのでしょうか。

伊藤:
それを引き起こしている可能性が高い要因の1つは、選挙制度の変化であると思われます。1990年代前半に衆議院では選挙制度改革が行われました。選挙制度がそれまでの中選挙区制から小選挙区比例代表並立制へと変わりました。新制度のもとで2大政党化が進み、衆院選挙は政権選択の選挙として位置づけられるようになりました。

そして、そのことが参議院における選挙の意味合いを大きく変えることにつながったという見方があります。2年おきに実施される参院選挙が、その時点での政府与党の政権運営の評価としての意味合いを強く持つようになったということです。

そのため、与党の政権運営に対する批判票を得て、野党が与党を大きく上回る議席を獲得する場合がときに起こり得ます。その結果、参院の多数派が与党から野党に入れ替わると、衆参で多数派が異なるねじれ現象が生じます。ねじれ国会では与野党が激しく対立し、政権運営の不安定さが増します。

それとは反対に、与党が野党を下し、衆参両院で多数の議席を保有するとき、政府与党は安定した政権運営を続けることができます。政権運営の安定性という点では前者と後者は両極端です。

このように、今の制度のもとではねじれ現象が起こりやすくなっており、そしていったんねじれ現象が生じると政権運営は著しく不安定になります。アップダウンが大きい背景にはこうしたことが起きているのではないかと考えられます。

中島:
選挙制度の変更が、経済あるいは景気に大きな影響を与えうるということですね。

伊藤:
はい、そうです。さきほど話した分析結果から得られるインプリケーションの1つは、実体経済にもたらされる負の影響を極力削ぐために、政策の不確実性を低減させる有効な手立てを講じる必要があるということです。その意味で、2012年に設けられた特別措置、すなわち当初予算の成立と同時に赤字国債を発行できるようにする措置ですが、これは政策の不確実性を低めるための新たな試みだったと思います。

今後の研究の方向性

中島 厚志理事長 写真中島:
大変興味深い研究を進めていらっしゃいますね。伊藤さんは、活動指数や景気、経済動向を的確に表したり、見えやすくしたり、あるいはこれからの展開が予測しやすくするというところに力を入れていらっしゃいますが、この研究を今後どのようにしていくのか。あるいは今後どういう研究をしていくのか。教えていただけますか。

伊藤 新研究員 写真伊藤:
他にもさまざまなデータを使い、政策の不確実性についてさらに分析を進めようと考えています。1つは、地域経済データを用いた研究です。政策の不確実性の高まりは、たとえば国から地方自治体への支出ルートを通じて地域経済へ影響が及ぶと考えられます。政策の不確実性と地域間の経済変動の関係性について調べます。

もう1つは、企業や家計の個票データを用いた研究です。さきほど、政策の不確実性の高まりにより設備投資が大きく減少するという分析結果を挙げました。では、どのような特性を持つ企業で設備投資の減少が大きいのか。ミクロレベルのデータを用いて分析しないとこの問いに答えることができません。

企業へのアンケート調査によれば、政策の不確実性の影響が大きい経営判断として設備投資に加え、社員の採用、研究開発投資、海外進出・撤退を挙げる企業も数多く見られます。設備投資と同じアプローチで企業のそうした行動にも迫ろうと考えています。

中島:
大変面白い視点ですね。今までは、経済的な要因で企業業績が良くなったか、悪くなったか、あるいは世界の大きな政治問題で景気などが良くなったか、悪くなったか、といった分析が多かったと思います。

今のお話ですと、もっとダイナミックに、かつもっと違う視点も入れて経済動向が分析できるし、さらにそこに深みもあるということですね。経済学を社会や政治の分野にまで広げて取り組むのはなかなか難しいと思いますが、そこについてはどう思っていらっしゃいますか。

伊藤:
社会や政治のシステムと経済の関係性を調べる実証研究はこれまでに数多く存在します。この研究もそうした研究と関連しています。そうした研究を行うときに往々にして直面する問題の1つは、実証分析で使用する多種多様なデータの収集とハンドリングです。

この研究では、政策の不確実性を間接的に捉える指標を作るために、新聞社や通信社などさまざまな報道機関が行う世論調査の政党支持率を活用しました。そのデータの収集やハンドリングを行うにあたり、世論調査に精通する政治学の研究者から助言を頂きました。そのおかげで不完全ながらも政策の不確実性を計るのに有用な指数を作れ、それを用いて経済との関連性を調べることができました。

最後に、その研究者と議論を重ねるうち、政権運営の不安定性指数に大きな関心を持って頂きました。その指数は政治学の実証的な研究にも役立てるかもしれません。

中島:
確かに、今やいろいろな産業が融合する時代とも言われ内外の経済がグローバル化して、一体化する時代とも言われています。企業や産業分野だけじゃなくて、経済学と社会学、ないしは経済学と政治学も関連があるわけで、そこで融合を考えても良いのだということですね。そこがどう関連しているのか、どういう方向でそれを見ていけばいいのか、その関連を示すことによって、何がわかってくるのか。

大変興味深いお話をいただきました。今後とも大きな広がりで研究を深めていただければと思います。どうもありがとうございました。

伊藤:
ありがとうございました。

中島・伊藤2ショット写真
2015年6月12日開催
2015年12月14日掲載

2015年12月14日掲載