中島厚志のフェローに聞く

第9回「中小企業研究からみえてきたこと―活力回復の方策」

本シリーズは、RIETI理事長中島厚志が研究内容や成果、今後の課題などについてRIETIフェローにたずねます。

シリーズ第9回目は、著書『中小企業のマクロ・パフォーマンス』が第55回エコノミスト賞を受賞した後藤康雄上席研究員を迎えて、中小企業研究で見えてきた問題点と今後の課題について聞きました。

中島 厚志 (理事長):
このたびは『中小企業のマクロ・パフォーマンス』の第55回エコノミスト賞(毎日新聞社主催)受賞、おめでとうございます。

後藤 康雄 (上席研究員):
ありがとうございます。

『中小企業のマクロ・パフォーマンス』での問題意識

中島:
ご著書『中小企業のマクロ・パフォーマンス』の内容が大変高い評価を受けられて受賞に至ったということで、本日はまず、この本のポイントをお伺いしたいと思います。

後藤 康雄上席研究員 写真後藤:
そもそも我が国の中小企業部門は、従来十分な分析がなされてこなかったのではないかというのが私の問題意識です。中小企業は、数でいえば99%以上、雇用者の数からいっても7割程度を占める大きな部門であるにもかかわらず、データの制約や、それまでの学問的な流れなどもあって、詳しい数量的分析がなされていませんでした。この重要であるはずの中小企業セクターを、包括的かつ実証的に捉えようと試みました。

ポイントは大きく3つあります。まず1つは、主要先進国の中で、日本だけが中小の製造事業所のウエイトが低下しているということです。その事実を指摘し、理由を分析いたしました。2点目に、特に90年代以降顕著な傾向ですが、非製造業を中心とする中小企業部門が、産業界全体の生産性を押し下げてきた可能性が高いということです。3点目は、90年代後半から相次いで行われた中小企業部門に対する金融的な支援が結果的には中小企業部門のバランスシート調整を遅らせ、ひいては日本経済全体の重しになってきた可能性が高いということです。

そしてこの3点を貫く1つの総論的なメッセージがあります。それは、中小企業部門に対して長らく続けられてきた保護、支援的な政策、特に私の念頭にあるのは金融支援ですが、これが中小企業部門の新陳代謝を阻害し、参入を減少させたり、生産性を低下させたりといった現象を引き起こしている可能性が高いということです。

中島:
大変興味深いお話です。金融支援などが中小企業自身の新陳代謝を遅らせてきたのではないかというお話ですが、一方で、日本全体を見ると、この失われた20年の中では円高局面などもあり産業支援や中小企業支援は必要でした。中小企業政策として雇用維持の観点は欠かせないと思うのですが、問題はそのバランスだと思います。今のお話では、いわゆる支えるという要請と、競争を促すという要請のバランスが、日本においては、支える方にウエイトを置きすぎてきたという理解でよろしいでしょうか。

後藤:
おっしゃるとおりだと思います。現実の政策においては、一時的な大きい経済ショックを緩和する政策をとることはおおむね妥当なものだと思います。たとえば90年代後半の、大方が予期していなかった大規模な金融システム不安、あるいはリーマンショックに端を発する世界的な金融不安という状況において、短期的にショックを和らげる政策を取るというのは理解できます。

しかし、それを終息させていく道筋が十分でないということ、あるいはそうした金融支援策が、明確な基準がないまま広く厚く行われてきたということが、問題だったのではないかと思います。施策を講じること自体は頷けますが、それが大規模すぎた、また長すぎたというのが私の認識です。

活力減衰の原因とは

中島 厚志理事長 写真中島:
かつては、景気が反転する時には、まず中小企業の生産回復が先行するのが普通で、中小企業の動きが日本の経済、産業の先行性を示す時代もありました。そういう意味で、今の過度とも見られる中小企業支援をしてきたことで、あるいは経済情勢がなかなか厳しかった中で、中小企業のダイナミズムが相当減衰しているということはないでしょうか。

後藤:
まったく同感です。中小企業部門が活力を失ってきているというのは、恐らく事実だと思いますし、私の本の中でも繰り返し述べています。その活力の喪失として、2つの側面があるのではないかと思っております。

まず1つは、新陳代謝が阻害され、生産性がなかなか上がらないということです。もう少し具体的に申しますと、現場レベルでのイノベーションやインキュベーションを、本来ならたとえばベンチャーなどが中心となって担っているはずなのですが、その辺りのプレイヤーが活力を失ってきているのではないかと思います。

ちなみにイノベーションやインキュベーションにおいて、ベンチャーが重要な担い手であることは言うまでもありません。ただ私は、サービス業なども含む、幅広い分野において中小事業者がそうした役割を本来担ってきたと思っています。

中島:
見方を変えれば中小企業は、みんなベンチャー的な要素があるということですね。

後藤:
そうなんです。ベンチャーという言葉から受けるハイテク製造業のようなイメージだけではなく、サービス業も含め、幅広い業種でのアニマルスピリッツ的なやる気が削がれてきているのではないかというのが、まず1つの側面だと思います。

もう1つは、中小企業部門も大企業と同様に、設備投資などを行い、労働者に成果を配分するという、経済循環メカニズムでの重要な役割を負っていますが、そうした需要者としての活動、分配者としての活動が滞ってきたということが挙げられます。恐らくその背景には、バランスシート調整がなかなか進まなかったことがあると思っています。

「円滑な退出」の重要性

中島:
どうすれば中小企業の活力を回復させられるのかという時に、今おっしゃった2点が、逆にヒントになるという気もいたします。そこでお伺いしたいのが、まず1つは、失ってしまったアニマルスピリッツをどうやってまた回復させることができるのかについてです。 もう1つは、設備投資、需給両面で中小企業が自らの役割を果たしていないという背景に、バランスシート調整がなかなか進まなかったということがあるとのことでした。では、どのようにすればバランスシート調整を加速させることができるのか、中小企業をダイナミックにできるかという観点から、どのように見ているのか、お伺いしたいと思います。

後藤:
まず最初のご質問ですが、これはイノベーションの担い手という側面と、需要者としての側面の両方に関係すると思います。やや逆説的に聞こえるかもしれませんが、円滑な退出を促すということが、イノベーションを促していく上での重要なステップになるのではないかと思っています。

今アニマルスピリッツが発揮されにくくなっていると思われること――特に新規参入する人たちの意欲が形になりにくいことを、私は懸念しています。それは恐らく既存の中小事業者が、ある意味で手厚く守られてきたことによって、業界全体が過剰体質気味になっている。これが参入障壁を高くすることにつながって、新たなビジネスを起こしにくくしている側面があろうかと思います。したがって、長期的な展望が開けない事業者に対しては、円滑な退出を促していくという施策が重要ではないかと思います。

ここでのポイントは、「円滑な」というところです。決してやみくもに潰せばいいというわけではありません。たとえば事業の継承が難しい事業者がいれば、どこかに引き取ってもらう。あるいは、個人の生活を過度に犠牲にしない範囲で、事業をクローズしていくということをイメージしています。いずれにしても、円滑な退出を促すことが、ひいては新たなビジネスの担い手のやる気を引き出す重要な土壌を形成するのではないかと思います。

2点目のご質問である、どうしたらバランスシート調整が進められるかということも、実は円滑な退出が重要な1つの方策になると考えています。退出は、往々にしてドラスティックなバランスシート調整を伴います。業界全体、すなわちマクロ的な立場で見ると、重要なバランスシート調整の手段になります。

もう1つ、既存の事業者、さらにいえば今後も存続を続ける既存の事業者に対する施策として、考えていることがあります。わが国の中小企業部門においては、従来、銀行からの融資が恒常的にロールオーバーされ続けてきたため、いわば疑似的な資本の位置づけにあったといえます。それが90年代の金融システム不安を機に、大きなターニングポイントを迎えました。貸し手である金融機関、借り手である中小企業とも意識が変わってきた、すなわち借り入れはあくまで借り入れであり、必ずしも自動的なロールオーバーを前提にするものではない、とみなされるようになってきたように見受けられます。そうした流れのなかで、借り入れを抑えつつ自己資本を厚めに積む方向を志向する中小事業者が多いと思っています。

したがって、従来は疑似的で、準資本的な存在だった部分に、何らかの形で安定的な資金を充当する施策が有効ではないかと考えています。資本金を積む、さらに具体的にいえば株式を中小事業者が発行しやすくなるような環境を整えるということです。

中島:
具体的にはどういうイメージですか。

後藤:
やはり個別の中小事業者の発行する株式はリスクも高いと思います。それをプールして薄めるという意味で、ファンドの形式は1つの有効な方策だと思います。さらにリスクを低めるために、そこにパブリックマネーを入れることもあり得ると思います。それにしても投資対象となる中小事業者発行の株式が存在しないと始まりません。そういう株式を発行しやすくする仕組み、さらに買い手を見つけやすくするような仕組みを作ることなど、広い意味での環境整備が重要、かつ有効ではないかと思っております。

中島:
今のお話は、まさに円滑な退出を促すということで、おっしゃった事業継承、ないしはその事業をクローズしていくということにもつながりますね。次の担い手を考える時、日本においては、多くの中小企業経営者が、自社の中で次につないでいくと考える傾向にあるようです。

ところが欧米を見ると、特にベンチャーなどでは、自分が上場していくというよりも、むしろ技術なりサービスなりが価値を十分持ってきたら、その時点で売り抜けるやり方がよく採られます。また大企業の側でも、新しい事業分野を探し、その分野の企業を買収して事業拡大を図る。技術を持っている人と経営能力を発揮する人は、必ずしも同じではないわけですから、うまくバトンタッチしていく方法としてM&Aといった手法が欧米では多いわけです。日本でももっとそういう手法が広がればいいとの視点になるわけですね。

後藤:
まったくそのとおりです。広い意味で、これからは中小企業部門にも流動化が必要だと思っています。しかし、流動化において、銀行資金による間接金融の仕組みは、往々にして流動化を阻害させる方向に働きかねません。

中島:
そうですね、限界がありますよね。

後藤:
はい、流動化においては間接金融が大方の資金を供給する構造では限界があり、やはり直接金融、すなわち資本市場を通じた資金調達が有効な方向になってくるだろうと思っています。もちろん中小企業金融の分野では、これからも銀行資金が主たる役割を果たし続けるだろうと思っていますが、これまであまりにも銀行融資に頼り過ぎていた面があるので、その一部分を資本市場へ代替するだけでも、限界的な効果は相当大きいのではないかと考えます。

中島:
ところでアメリカでは、30年前にはまだなかった企業が、今は大企業になっているという事例が多々あります。たとえばIT革命のときIT関連企業であったり、流通革命の中で生まれた流通の新業態企業など、新しい分野で成長企業が急激に出てきます。日本の中小企業も、業種別に見ると、そういう展開の兆しのようなものは見えるのでしょうか。

後藤:
比較の対象をアメリカにしてしまうと、アメリカは長年資本市場中心にやってきた国なので、なかなかそこまでの道のりは遠いだろうと思います。

中島:
ダイナミズムが違うということですか。

後藤:
基本的にまったく違う気がいたします。ただ、日本においても、資金と、市場環境さえ整えば、ベンチャーを起こして一旗揚げようという機運は、水面下でそれなりに高まっているのではないかと思っています。

たとえば、まだ少数でしょうが、若手で、技術を背景としたベンチャリストたちの動きもあります。それから必ずしも技術集約的でないベンチャーもIT関連分野を中心に一時盛り上がりましたが、ベンチャー・ブームがそれだけで終わってはちょっと寂しいとは思いつつも、起業の先鞭をつけたという意味では、それなりに大きな役割を果たしたといえると思っています。今後、もう少し本格的なベンチャリストやベンチャー企業の盛り上がりに向かっていく可能性もあると思います。まだ本当に兆しの兆しの段階かもしれませんが、従来に比べると、その可能性が少し見えてきているような気がしています。

中小企業研究のきっかけ

中島 厚志理事長 写真中島:
ところで、後藤さんは、今までのキャリアから見れば、マクロ経済分析が主というふうに理解しているのですが、なぜ今回のような形で中小企業の分析を深められたのですか。

後藤:
従来マクロ的な視点から分析をしてきた私が、中小企業の本を書いたということで、意外に思われた方は少なからずいらしたようです。本人の立場から申しますと、まさにマクロ分析をしてきたからこそ中小企業に関心を持った次第です。

そもそもの問題意識は、四半世紀ほど前、私が社会人になりたての頃に遡ります。私は、日本銀行で社会人のスタートを切ったのですが、最初の頃に配属された松本支店で、長野県内の産業調査を担当する時期がありました。半年ぐらいしてだいぶ慣れてきた頃、ふと疑問に思ったことがありました。

雇用者とか、付加価値とか、いろいろな視点からウエイトを見ると、日本経済の半分以上は中小企業であり、その意味では、日本経済の大部分は中小企業という言い方をしてもよいかと思います。しかしその割に、分析対象としての注目度、あるいはメディアでの注目度は、圧倒的に大企業に偏重していることに疑問を感じたのです。素朴な感覚として、なぜ大企業にスポットが当たるのだろうと、不思議に思いました。それがもともとの出発点でした。

その後も漠然とそうした問題意識を抱えていたのですが、それが具体的な形で私の中で頭をもたげてきたのは、90年代後半の金融システム不安の時でした。一時的な位置づけで、特別信用保証や資金繰り支援策を行うことは、現実感覚として理解できるのですが、それだけ大規模な政策を講じるにしては、驚くほど数量的な把握などが行われていない印象を持ちました。中小企業への支援は、その政策コストの数量的な把握、および政策効果の検証がどれほどなされているのだろうかという疑問がわきました。こうした局面を経た後に、具体的な研究に入っていった次第です。

中島:
しかし、中小企業全体を包括的に捉えるようなデータは、数も膨大ですから、なかなか揃っていないということが、そもそもスタートするに際して難しいところではありませんでしたか。

後藤:
まったくそのとおりでした。私が松本支店で疑問を持った時、当時の上司にそれをぶつけたところ、「恐らく君の言うとおりだ。しかし、統計に相当な制約があるから、中小企業部門は分析が現実的に難しい。技術的なハードルが高いのではないか」という返事をいただきました。今から振り返ると、本当にそのとおりでした。

当時は、大事だとわかっている、分析もしたい、しかし、なかなか思うようにできないという時代の状況にあったと思います。しかし、四半世紀たった今、かなりのデータ面の克服、その膨大なデータを処理する統計手法、それを支えるコンピュータの発展などが相まって、実際に分析ができるようになってきたという大きな流れがあると思います。その意味では、かつてはできなかった研究ができるようになった幸運な時代を生きていると考えています。

今後のRIETIにおける研究の目標とは

中島:
後藤さんのマクロエコノミストとしての蓄積は、全体観を常に持ちながら個別の中小企業の細かなところを見ていくのに大いに役立ったと思うのですが、これからの分析をどういう方向でやっていくのか。中小企業分析に限らないと思いますが、特にRIETIの中でやっていきたい研究の方向を教えてください。

後藤 康雄研究員 写真後藤:
もともと私の中小企業研究も、大きな関心として、日本経済をどうしたら成長させられるかという、経済成長の視点があります。せっかく中小企業研究でそれなりの蓄積もできたので、それは今後も生かしていきたいと思います。そこから発展させて、経済成長の視点を持ちつつ、少しずつ研究を広げていきたいと思います。RIETIの充実した研究環境の中で、私としても夢を膨らませているところです。ちょっと膨らませ過ぎかもしれませんが、研究したいことは大きく3つあります。

まず1つは、中小企業部門と非常に密接な関係にある地域経済です。地域経済の活性化に向けての分析には大変関心があります。中小企業と大企業という企業規模の区分と、都市と地方という地域の区分は、本来次元の異なるものです。しかし現実には、大企業の多くは都市に集まり、地方を支えているのは中小企業となっている。その顔ぶれは、相当程度オーバーラップしていますので、何がしか知見が生かせるのではないかと思っています。

2つ目は、ひと言でいうと、金融と実体経済の関係です。非常に大きなテーマではありますが、以前から関心があり、これからも深めていきたいと思っています。実体経済の側から、金融サイドに影響が及ぶ。言ってみれば、実体経済が原因で、金融が結果となる。そうした因果関係の存在は明白だと思いますが、逆の因果関係、すなわち金融が原因になって実体経済を動かすというメカニズムも重要だろうと思います。恐らく近年それなりに幅広く共有されてきた問題意識だろうと思います。

そしてこの逆の因果関係、すなわち金融から実体経済活動に影響が及ぶというメカニズムが最も強く働く分野の1つが中小企業だと思います。したがって、私がこれまでやってきた中小企業研究は、実体経済と金融の関係を探る上でも、何がしかの手がかりになるのではないかと思っています。

最後の3つ目は非常に深淵で、雲をつかむような話に聞こえるかもしれませんが、科学やハイテクといった、超長期的に見た経済成長の源泉、このあたりにも大変関心を持っております。実はこの分野は、中小企業研究とは相当親和性の高いところでして、先ほど理事長がおっしゃったベンチャーなどは、恐らくその境界領域にある存在だと思います。こういう超長期的な視点からの日本経済の成長も考えていきたいと思っています。

中島:
最後のお話は、RIETIとしても、何より政策の観点から見ても、ぜひとも支えていかなくてはいけない視点ですので、どれかからというのではなく、ぜひ全部を同時並行的に進めて成果を挙げていただければと思います。

いずれにしても、どうしたら日本経済を成長させられるか、その背景をいかに理解し、いかに有効な経済対策を講じるかは大いに難しい課題ですが、ぜひそこで光明をいくつも見出していただければと期待しています。今日はどうもありがとうございました。

後藤:
どうもありがとうございました。

2ショット写真
2015年4月23日開催
2015年6月8日掲載

2015年6月8日掲載