中島厚志のフェローに聞く

第1回「ネットワーク分析からみる政策の役割とその可能性」

本シリーズは、RIETI理事長 中島厚志 が研究内容や成果、今後の課題などについてRIETIフェローにたずねます。

第1回目のインタビューでは研究員 松田尚子 を迎え、比較的新しい分野であるネットワーク分析について、現在の研究の状況と今後どのような成果がでてくるのか。その可能性について話を聞きました。

起業家のネットワーク

中島 厚志理事長 写真 中島 厚志 (理事長):
RIETIでは、女性の研究者も大いに活躍しています。今日はそのお一人である松田さんに、どういう研究をしているのか、その趣旨を伺っていこうと思います。そもそも松田さんは、なぜ経済学に関心を持たれたのですか。

松田 尚子研究員 写真 松田 尚子 (研究員):
すごく抽象的になりますが、経済は、今、世の中で起こっている状況を、モデルなり数字なりで説明できるからだと思います。

中島:
なるほど。統計学がお好きですか?

松田:
経済学のモデルだけで見たときと、実際にデータを入れて分析してみたときで結論が違うことがよくあるので面白いです。データを加工するのは結構大変なので、データを加工して欠損値があるとか、データの数が足りないとか、いろいろあっても評価はされませんが、そこで頑張らないと、結果が出せないという意味で、大変ではあります。しかし、最後に結果が出たときに、自分がモデルだけで考えていたのと違う結果が出たりすると、データ分析して良かったなと思います。

中島:
RIETIで、松田さんは今、ネットワーク分析について研究していますが、いろいろある研究分野のうちどうしてネットワーク分析にたどり着いたのでしょうか。

松田:
2000年ごろからネットワーク分析がだんだん出てきて、今まで見たことがなくて面白いなと思ったのが大きいです。新しい分野で新しくデータも出てきて、今まさに概念や分析手法を作っているところだという分野がたくさんあるので、そういうところに関心を持ちました。

中島:
研究内容の詳細を教えてください。

松田:
起業家のネットワークについて研究をしています。成功している起業家がどういうネットワークを作っているかを明らかにして、起業家の方が業績を良くするため、あるいは起業を成功させるためのヒントを作ることができたらと思っています。

今は東京商工リサーチのデータを使って、取締役員のネットワークについて調べています。ここでは「新しい企業の代表者」という意味で起業家という言葉を使っていますが、その人たちが取締役員とのネットワークをどのように作っているか、そのネットワークにおける中心性が、業績、従業員の増加、上場などに関係があるかどうかについて調べています。

中島:
中心性とはどういうものなのでしょうか?

松田:
中心性とは、まず、ある人とある人の間に関係があるかないかをカウントします。AさんとBさんが同じ取締役会に入っていれば、AとBの間を1とカウントするのです。ほかにCさん、Dさん、Eさんも同じ取締役会に入っていれば、それぞれにネットワークがあるとカウントします。ほとんどの人は1企業で1代表者、あるいは1企業で1取締役を務めているだけなのですが、時々、複数の企業で代表者であり、かつほかの企業で取締役も兼ねているような方がいらっしゃるので、そういう方は中心性が高くなります。

中島:
そのデータを分析して、今のところどういうことが分かってきたのですか。

松田:
中心性が高いだけで業績が良くなったり、あるいは低いだけで業績が悪くなったりということはありません。これは研究者のネットワークの研究から借りてきた発想なのですが、コネクターとなる人、つまり起業家とほかの事業協力者をつなげる人がいたり、その組み合わせがうまくいったときに、起業がうまくいくのではないかと考えています。

中島:
ということは、起業家本人よりも、その人の持つ関係をたどっていくと、どこかに中心となる、しかも影響力があるような人が浮かび上がってくるということですか。

松田:
そうですね。その結節点となる人が起業家の場合もありますし、シリアルアントレプレナーと言われる起業を繰り返している人であったりします。また、アメリカの場合は、ベンチャーキャピタリストであったり、インキュベーターを作っている人だったりするのです。しかし、日本の場合は、その役割を誰が果たしているのかがまだはっきりと分かっていないので、日本ではその役割を誰が担っているのか、またアメリカと役割が違うのかについて研究をしています。

中島:
たとえばシリコンバレーでは、スタンフォード大学を中心に、あるいはベンチャーキャピタリストなどを中心に広く人脈が広がって、それが新たな投資やベンチャー企業を生んでいるというのが一般的な見方だと思います。日本でも、たとえばITなどの分野ではそういうことがあり得るのでしょうか。あるとすれば、それは地域的なものなのか、それともシリコンバレーと同じような大学やベンチャー企業・キャピタリストなどを中心としたネットワークが人脈の上で一部見える可能性があるのか、その辺はどうなのでしょう。

松田:
アメリカでは、大学のアラムナイ(卒業生)のネットワークについての研究がかなり進んでいます。たとえば、スタンフォード大学とUCバークレーはベンチャーキャピタルの関係者が多く、かつフィナンシャルセクターとの関係が強いので、ほかの大学アラムナイよりも有利なのではないかという研究が行われています。日本でも同じように、卒業生がどういうネットワークを構築しているのか調べようという試みもありますので、今後明らかになると思います。

中島:
アメリカでは同じ大学を出た人が、一方は起業し、他方は金融機関にも多く行っているので、そこで人脈が広がっています。ただ、日本の場合には必ずしも同じようにはなっていないと思うのです。日本でも同じような傾向が出る可能性もあると見ているのか、それとも相当日本的な、アメリカとは違う結果もあり得ると思われているのでしょうか。

松田:
アメリカの場合のネットワークは、大学で友人だったということもありますが、かつてフィナンシャルセクターにいて、それから起業したとか、ある人の職歴も含めてネットワークが築かれているという考え方なのです。日本の場合、そこまで転職によってネットワークを広げてはいないようで、そういう意味で違うのではないかと思います。

ネットワーク分析の手法

中島:
ところで、ネットワーク分析は最近の新しい研究分野とのことでしたが、もう少し経済学での位置づけや分析手法について詳しくお話ししていただけますか。

松田:
経済学では、価格についての情報はみんな知っているので、人は1円でも安い方を買うというふうに行動することを前提に考えています。しかし、ネットワーク分析の場合は1円安いという情報が、必ずしもすべてに瞬時に伝わるわけではありません。むしろもともと知り合いであったとか、もともとつながりがあったことによって、その人と取引をしたりするのです。つながりの有無によって、金銭や情報の取引に違いが生じるという前提からスタートしているのだと思います。

中島:
むしろ、そちらの方が現実にある動きだということですか。

松田:
経済学で説明し切れないところで、ネットワークが説明できるところがあるのではないかと思っています。

中島:
インターネットの普及で、ネットワーク分析に必要なデータが整備されてきたり、取れるようになってきたりしていると聞きます。これについてはどうでしょうか。

松田:
ネットワーク分析ではいろいろなデータを扱いますが、その中にソーシャルネットワークというものがあります。Facebookのように、仕事関係だけでなく、友人、親族、地元の友人、地元の知り合いなどと連絡を取り合えるソーシャルネットワークサービス(SNS)が急増し、そのデータを使った分析がかなり広く見られるようになりました。その結果、昔なら1人にインタビューをして、知り合いを10人や20人挙げてもらい、それをまた100人、200人と聞いていくしか方法がなかったのですが、SNSの普及によって、ある1人のネットワーク全体をかなり見られるようになり、数多くのデータを一気に取ることができるようになりました。その意味で、ソーシャルネットワークの研究がしやすくなると同時に、関心も高まってきたと思います。

中島:
では、この研究は日本だけでなく、欧米でも極めて盛んになってきているのでしょうか。

松田:
そうですね。アメリカでは特に、ソーシャルネットワークサービスのデータを用いた研究が先端を行っています。

中島:
基本的にその研究分野では、今、松田さんがされているような、起業家やそこに絡む人脈にウエイトが置かれているのでしょうか。

松田:
起業家のネットワークの研究は、ほかの分野に比べてそれほど進んでいるわけではありません。最も研究が進んでいるのはソーシャルネットワークサービスのデータではありませんが、研究者のネットワークです。これが一番データが取りやすいからです。

中島:
研究者のネットワークとはどのようなものなのでしょうか。

松田:
論文を一緒に書く、つまり共著関係はすべてデータを取ってくることができるので、それを分析すると、たとえば、ある分野でこの研究者がコアになっているとか、新しい分野ができたときに、最初この研究者がこの分野に目を付けたのだけれども、だんだん研究の中心がこちらの研究者に移っていったということが、時系列で見ると分かるのです。特許データも同じで、特許出願者のデータからイノベーションの移り変わりについて知ることができます。

中島:
研究者の場合、同じような研究をしているグループが浮き彫りになるということですか。

松田:
そうです。誰が中心になっているかが分かります。

ゲートキーパーとしての政府の役割の明確化

中島:
さて、ネットワーク研究を経済産業研究所の研究として見たときに、どういう政策的インプリケーションにつながっていくのでしょうか。

松田 尚子研究員 写真 松田:
今、私が起業家ネットワークについて大事だと思っているのは、単につながりが増えることではなくて、誰とパートナーシップを組むかという、コネクトをする役割なのです。実は、その役割はベンチャーキャピタルも果たすことができるし、インキュベーターでも起業家でも可能なのですが、地方も含めた政府もあり得るわけです。コネクトする人は、まず事業についてよく知っていなければいけませんが、それだけなら別に起業家自身も知っているわけですから、起業家が知らない外の世界の情報を持ってくることができないといけないのです。これをゲートキーパーというのですが、その役割を政府も担うことができるはずなので、その可能性を考えたいと思っています。

中島 厚志理事長 写真 中島:
もう少しそこを詳しく教えてください。たとえば、アメリカのシリコンバレーでの人脈とネットワークが分かっている。そして、松田さんが取り組んでいる研究で、日本での起業家のネットワークが分かってくるとして、そこで政府がゲートキーパーとして、より日本の研究なり新しい産業なりベンチャーの発展なりに寄与するような政策を打てるようにするにはどうすべきなのか。そのことと、人脈を広げたネットワークを把握できるという研究は、どうつながっていくのですか。

松田:
ゲートキーパーの重要な能力として、事業がよく分かっていることに加え、起業家にとって何が必要なのかというコーディネーション能力があります。つまり、才能と才能を結び付けるわけですから、外の世界もよく分かっていなくてはいけないわけです。ネットワークについてもインナーサークルとエクスターナルサークルをバランス良く持っていなければいけません。ネットワークがバランス良くなっている人は分析すれば分かりますから、理想的なネットワークが形成されていれば、ゲートキーパーとしてきちんと機能して、イノベーションや起業を促進することができるということです。日本にこういうネットワークを作りなさいと単純には言えないかもしれませんが、少なくともデータで現状の問題を明らかにすることはできると思います。

中島:
今までであれば、たとえば新しい技術が出てくるのは分かるし、どんな人がその技術を活用しているかも分かる。その上で、今後の成長戦略や産業発展などを考えて、いかに経済や企業を活力を持って発展させるかを政府も考え支援してきたと思うのです。ネットワーク分析が進むことによって、今まで見えなかったデータやつながり、やり方が見えてくるということなのでしょうか。

松田:
今までの政策では、技術の実用化を図るとともに技術の中身について議論をしてきたと思います。ネットワークを通じて伝わる技術や情報の質の善し悪しについては、ネットワーク分析の対象の範囲を超えてしまいます。ただ、ネットワークの構造を知ることで、新しい技術や実用化、産業を発展させるための知恵をどのように広げるかについては、今よりも分かってくると思います。

中島:
それが分かることによって、その関係をより強化する。あるいは、従来考えられないようなところにも関係の強い中心となるような人がいるとなれば、むしろそちらの方にも配慮して、全体としての産業発展を支えていくということですか。

松田:
その通りです。

全体写真

ビッグデータとRIETIの研究

中島:
最近、ビックデータの話が出てきていますよね。いろいろなところに集積されているデータが、幾何級数的にというか、対数的に増えている。これを、どうやって利用していくかは今後の課題だし、逆にこれだけのデータが集まってきているのであれば、今までできなかったことが多くこれからできるのではないかという期待感も含めて、ビックデータが語られることが多いと思います。ネットワーク分析の話を伺っていると、こういういろいろな情報が蓄積され、かつそれがうまく利用できるようになれば、今までなかったような分析をさらに積み重ねていくことができると思えるのですが、どうですか。

松田:
ビックデータの分析自体が専門ではないのですが、ネットワークのデータはどうしてもかなり大きいものになりますし、ネットワークでしか知ることができない情報があります。それがたとえば、マーケティングの世界やSNSを通じたビジネスにつながっていくというのはあります。

中島:
そもそもRIETI自体が、METIの情報データなども中心的に使いながら、実証的に経済の動きを分析していこうということを、研究の大きな柱の1つにしています。その意味で、この10年間まさに実証的に何百もの研究がMETIにある調査・統計データを基にして行われてきたし、その中の大きな塊を基に幾つかRIETIとしてデータベースも作ってきました。しかも、それは外部の方にも簡単に操作できる形で、無償で公開しているデータベースも幾つか出てきているのですが、RIETIの回りを見ても、活用できるビッグデータはまだまだあるということでしょうか。

松田:
まだあるのではないかと思います。

中島:
それは楽しみですね。今後、日本の経済産業分析、あるいは政策につながる分析が、さらにきめ細かくできる可能性につながるということですか。

松田:
そうですね。新しいデータに基づいた政策提言も増えていけばいいなと思います。

中島:
今おっしゃったことは、RIETIとして、これからまだまだやることがたくさんあるということで、さらに政策シンクタンクとして成果を挙げていきたいと思います。

最後に、松田さんがMETIに入られてから研究してきた分野について教えてください。

松田:
もともとこの問題意識にたどり着いたのは、METIの地域グループでインキュベーターを作っていたり、中小企業庁で中小企業をどうやって育成するかとか、中小企業に対する異業種交流会であったり、いろいろな補助金、税制、あるいは産技局(産業技術環境局)でイノベーションのシステムを考えたりはしていました。そこで、お金ではなくて、情報を持っている人がうまく働くことでイノベーションを促進できるのではないかという問題意識を持ちました。その事業にとって重要な情報は企業によって違うのですが、起業に対する姿勢やタイミング、起業のノウハウなどの情報が伝播することがすごく大事だと思うのです。それがネットワーク分析だと明らかにできるというか、ちょうど知識の伝播というのがネットワークの意義なので、私の頭の中ではMETIでの研究とつながったという感じがあります。

中島:
本日は、興味深いお話をありがとうございました。

松田:
ありがとうございました。

2012年7月26日開催
2012年8月28日掲載

2012年8月28日掲載