第22回

新日本型コーポレートガバナンスとは

JACKSON, Gregory
客員研究員

近年行われてきた法改正や企業金融の革新、グループ再編や国際化を背景に、新しい日本型コーポレートガバナンスが出現しつつあります。メインバンク制度や株式の持ち合い、終身雇用制度などを特徴としたいわゆる日本企業のあり方はこの10数年の間に大きな影響を受けてきました。今後、日本型コーポレートガバナンスとはアメリカ型に収斂していくのでしょうか。RIETI編集部では2004年10月20日に実施されるRIETI政策シンポジウム「多様化する日本のコーポレートガバナンス-特定のモデルへの収斂?-」の直前企画として、同シンポジウムの参加者である、グレゴリー・ジャクソン客員研究員に日本のコーポレートガバナンスが現在直面している課題や将来の展望、シンポジウムの問題意識、プログラム内容の特徴についてお話を伺いました。

RIETI編集部:
現在、日本企業は、戦後形成されたコーポレートガバナンス制度の大きな転換期にあると言われていますが、具体的にどのような変化や課題に直面しているのでしょうか。

ジャクソン:
戦後、日本で形成されたコーポレートガバナンスのモデルは数々の競争的な強みをもっています。今日、そのモデルが直面する課題は多面的で、少なくとも4つの問題に分類できます。第1に、国際化の影響を受け、日本企業は新しいタイプの社会規範や価値に直面しました。国境を越えた合併や直接海外投資、外国や国際的な規制基準などはすべて資本市場や異なる経営文化への関心をより高めます。現在、海外機関投資家の数は増加の一途をたどり、最も直接的な圧力となって日本市場に多大な影響を及ぼしています。海外機関投資家はアメリカにおける株主の価値という名の下にコーポレートガバナンスの改革を擁護しており、伝統的な日本の経営との間に文化的衝突をおこしています。もちろん日本企業すべてが強い国際的圧力を受けているわけではありませんので、詳細を見なければなりません。

第2に、日本における資本市場の規制緩和は衝撃的でした。明るい側面は大企業による債券市場へのアクセスが大幅に広がったことですが、影の側面としては金融危機が挙げられます。メインバンクシステムは戦後のビジネス構造の根幹をなしてきましたが、企業を効果的にモニターする力量は失いました。債務の膨れあがった企業に対する貸し付けが続く一方、優良企業が貸し付けを受けられないという下方スパイラルを絶ち切るため、早急な政策措置を講じる必要性を示唆しています。今後も中小企業にとっては銀行が必要ですから、銀行のモニター能力の回復が重要です。

第3に、コーポレートガバナンスは企業のライフサイクル(起業の誕生、成長、成熟、死という移行)に大きく左右されるようになりました。各段階によって、ガバナンスの上で要求されることは異なります。現在、日本は再編が必要な成熟部門を数多く抱えている一方、支援を必要とする新興部門の新企業もあります。企業の再建とベンチャー・キャピタルに必要とされる知識、資源、能力はまったく異なるものです。

第4は、組織的アーキテクチャと呼ばれる問題に関係しています。これは情報共有、あるいは異なるタイプの経済活動における調整や革新に必要な知識のことを意味します。ITやモジュール型生産方式は知識の伝達方法を変えており、すなわち組織の境界をも変え、ガバナンスにも影響を与えています。

RIETI編集部:
最近の法改正と政策措置によって、日本のコーポレートガバナンスはどのような影響を受けたのでしょうか?

ジャクソン:
日本における法改正の範囲は、あまり海外では評価されていません。しかし政策は漸進的で新しい選択肢を広げました。これらの政策措置はこれまで科されていた制約を排除するもので、特に、マネジメントがストックオプションや株式スワップ、自社株買い等のコーポレート・エクィティを以前より柔軟に使いこなせるようになりました。このような自由化は企業のリストラを後押ししますが、他方で危険もあります。少なくともマネジメントの権限を強化します。また、企業の支配権をめぐる国際市場の問題にも関わります。株式スワップを用いて外国企業が日本企業を買収することが日本で許可されると同時に、敵対的な企業買収の可能性の脅威は、現実のものとなるでしょう。ヨーロッパでの例ですが、株式文化と年金基金による一流企業への大規模投資を背景に、英米企業は株式市場で高く評価されています。このような高い評価は、米国企業による日本の競争相手の買収を後押しさせるかもしれません。ときに買収は効果的なガバナンス・メカニズムとして奨励されますが、標的になる企業の多くは経営不振ではなく、自社だけで存続できる、いわゆる成功企業なのです。

取締役会の改革に関する法的措置では、特に外部取締役などの外部者の役割を広げることに照準がおかれました。この問題には賛否両論があり、日本では強い抵抗感があります。私個人としては、これまでの国際的な経験から判断して、良くも悪くも外部取締役にあまり期待すべきではないと思っています。外部取締役員が最高経営責任者(CEO)を厳しくモニターしているかどうか多くの場合で疑問に感じます。銀行、従業員、他の投資家といったステークホルダーの利害を代表していない取締役は通常、CEOによって任命されています。つまり、ステークホルダー特有の利権からの独立と既存のマネジメントからの独立という、2つの意味での独立の間にはトレードオフが存在するように思われます。日本では、外部取締役に権限を与えるが委任はしない、という寛大なアプローチがとられてきました。とはいえ、銀行から派遣された既存の外部取締役は今後も役割を果たすでしょう。新しく任命された外部取締役は実際の監視人より、助言や相談という面でより重要な役割を果たすでしょうし、多くの企業にとってそのような役割は重宝されるでしょう。最後に監査役について少し触れます。監査役の役割について、また企業からの独立性を高めた最近の動きが、法的に定められた企業監視の役割のより円滑な遂行に寄与したのか、をテーマとした社会科学研究はほとんどないのが実情です。

RIETI編集部:
日本のコーポレートガバナンスはアメリカ型モデルに収斂されているのでしょうか。それとも新しいアプローチに向かっているのでしょうか?

ジャクソン:
日本におけるコーポレートガバナンスは以前より多様化されていますが、アメリカ型モデルに収斂されているわけではありません。顕著な例として、日本の経営者による、以前と変わらぬ長期雇用へのコミットメントが挙げられます。外部に対する透明性のより高いステークホルダー型と、組織内部における緊張感の融和を目指すのが、新しい日本型モデルだと思います。企業は株主の利益のためだけに仕えるべきで、あとは市場が解決してくれると考えている日本の企業人はあまりいないようです。この意味では日本は、ステークホルダー型モデルとのバランスを模索しているドイツのような国との共通点も引き続き多く見られます。一方、アメリカ型モデルはエンロン事件以降、深刻な危機に陥っているように見受けられます。アメリカ型モデルには問題が多いことがわかってきました。米国企業改革法(The Sarbanes-Oxley Act of 2002) により事態は若干改善されるかもしれませんが、根幹にわたる問題は扱われていません。その一方で、より官僚的な形式主義を招くことも考えられます。

我々の最近の研究では、サーベイ調査によって日本企業におけるコーポレートガバナンスの主なパターンを検証しています。第1に、伝統的な日本型モデルが日本企業の約7割を占めています。この多数派には金融危機の観点で非常に功績の悪い企業グループも含まれています。その他、安定的に国内向けのビジネスに従事している、もしくは部分的に国際的ビジネスに従事し、成功を収めている企業グループも含まれています。第2に、約17%の日本企業が、伝統的な日本型コーポレートガバナンスから独立しています。この集団は資本市場志向の強い、比較的新しいベンチャー企業を含みますが、いわゆる同族会社も含みます。同族会社についてはこれまで日本ではあまり話題にされていません。

しかしながら、大多数の最も重要な日本企業におけるコーポレートガバナンスはハイブリッド型モデルへとシフトしています。ハイブリッド型モデルというのは、それぞれのガバナンスモデルの異なる要素の組み換えで、たとえば透明性と内部的な情報共有、資本市場型とステークホルダーへのコミットメント、成果主義に基づく終身雇用制度などです。「アングロサクソン型」へ強くシフトした企業は少数派であり、このうち約8割の企業では、採用する新しい慣行を慎重に選択しており、また既存の企業文化にどのように順応させるかにも気を配っているようです。多くの企業がストックオプション制度を採用していますが、これはアメリカでみられるストックオプション制度とは違います。ハイブリッド型モデルを採用する多くの企業の業績はきわめて良好で、協力的なビジネス関係と強い企業文化に基づいた、独特で競争的な長所と、より新しく開かれた国際的なやり方が徐々に収斂しているところがハイブリッド型の有望な点だと思います。しかしながら、このような実験が永続的なものであるのか、もしくは投資家による圧力と経営者トップの世代交代が引き金となり、ステークホルダー型モデルへのコミットメントが陳腐化してしまうのかは時が経って始めてわかるでしょう。または、株主と従業員が相互に手を取り合い、マネジメントの説明責任をより高められるかの力量に左右されるのかもしれません。

RIETI編集部:
10月20日に実施されるRIETI政策シンポジウム「多様化する日本のコーポレートガバナンス-特定のモデルへの収斂?-」ではどのような内容について取りあげられるのでしょうか。概要を教えて下さい。

ジャクソン:
シンポジウムではオックスフォード大学出版社から近刊予定のCorporate Governance in Japan: Organizational Diversity and Institutional Change (グレゴリー・ジャクソン・青木昌彦・宮島英昭共著)で取りあげた内容を発表する予定です。この本にはRIETIにおけるコーポレートガバナンス研究会メンバーの枠を越えた寄稿も含まれています。現在、宮島英昭ファカルティフェロー(早稲田大学商学部教授・ファイナンス研究所長)はハーバード大学に客員として籍をおいていますし、私も研究のベースを東京からロンドンに移しました。しかしながら最新の日本研究を世界中の幅広い聴衆にお見せできるよう、研究に邁進してきました。日本がどの程度どのように変遷したのか、海外であまり理解されていないようです。ですから、今回のシンポジウムでは、専門家、実務者の方々に実証に基づいた見解をご提供できればと思います。

具体的には主に4つのトピックについて討議します。第1セクションでは、メインバンク関係と破産を含む財政難下におけるガバナンスについて、第2セクションでは、株式の持ち合い等のように変貌する企業の所有構造と、外国企業による所有の増加の影響、第3セクションでは、会社法改正と特に外部取締役問題といった取締役会の変革について、第4に、金融、ガバナンスの変貌が日本の雇用の側面に与える影響についてそれぞれ議論する予定です。そして最終セッションでは、以上で挙げたそれぞれの側面が相互に関係し合い、過去と比較して日本の企業におけるコーポレートガバナンスにどのように多様なパターンをもたらしているのかを詳細に示したいと思います。日本の第一線で活躍する専門家の方々に我々の研究成果を見ていただき、どのようなご見識をいただけるのか、特に外から日本を見ている者として楽しみにしています。

取材・文/RIETIウェブ編集部 熊谷晶子 2004年10月19日

2004年10月19日掲載

この著者の記事