第20回

RIETIがデザインするポリシーミックス~世界の新しい不均衡の解決とアジアの経済統合の両立~

吉冨 勝
所長・CRO

21世紀に入り、米国の経常収支赤字が大きくふくらむ一方、東アジアの経常収支黒字は増すという、新しいパターンの世界的経常収支不均衡がおこっている。RIETIでは貿易・金融のグローバリゼーション下におけるアジアの経済統合の深化と両立する為替、マクロ経済政策、構造の設計を今年度の主要政策研究課題としてとらえ、研究、政策提言を行っていく。いわばそのキックオフとして6月17日、18日に経団連会館(東京都千代田区)でRIETI政策シンポジウム「新たな世界的不均衡とアジアの経済統合」を開催し、このような世界的不均衡の性格や持続可能性を分析し、予想される不均衡の調整過程のシナリオについて話し合う予定である。開催に際し、吉冨勝所長にシンポジウムの問題意識、プログラム内容の特徴についてお話を伺った。

RIETI編集部:
6月17日、18日にRIETI政策シンポジウム「新たな世界的不均衡とアジアの経済統合」を経団連会館(東京都千代田区)で開催するにあたっての問題意識を伺えますでしょうか。

吉冨:
吉冨勝所長・CRO 問題の背景として第一に挙げられるのはアメリカの巨額な経常収支赤字とその対極にある東アジア全体の対外黒字と外貨準備の著増です。一体これらの不均衡は持続可能なのだろうか。そしてその経常赤字を調整するためにいつ急激なドル安がおこるのかが心配されています。ドル安になるということは、すなわちユーロや円、そして人民元をはじめその他のアジア通貨の急騰を意味します。そうなると東アジア全体に為替高による不況がおこるのでしょうか。それでは何をすればよいのでしょうか。

第二に、プラザ合意、急激な円高のあった1980年代と比較して、世界経済に占める中国をはじめとするアジア経済の存在感が格段に高くなりました。日本やNIEs (新興工業経済群)から中国への直接投資がアジア全体の生産ネットワークを構築しています。つまり、中国は日本やNIEsから高度な技術が体化した中間財と資本財を輸入し、それらを安価な労働力で加工し、出来上がった生産物を先進国、とりわけ米国に輸出しています。このような世界的な三角貿易関係が形成され、その中で中国の加工貿易は急速に拡大しております。この三角貿易は見方によっては、日本も含めて東アジア全体が世界の工場になっていると言えます。この点は貿易面で20年前と比較して決定的な違いだと言えます。このような三角貿易は持続可能なのでしょうか。

第三に、この三角貿易やアジアの経済統合を促進するためには、東アジアにおけるどんな通貨調整や為替レジームが望ましいのか、という問題があります。為替レートの変化はこのような世界の工場である東アジア全体にどのような影響を与えるのでしょうか。アジアの為替制度は固定相場制のままが適切なのか、あるいは変動相場制が良いのか、または両者の中間のような為替制度が良いのかが問題になります。
以上の3点は非常に今日的で重要な政策上の研究テーマだと思います。今回のシンポジウムは以上のような問題を包括的に取り扱う、という意味で非常に新しい試みだと思います。

RIETI編集部:
それでは今回のシンポジウムの内容を具体的に教えてください。

吉冨:
シンポジウムのプログラムにもありますように「米国対外赤字の持続可能性の決定要因とその調整のためのポリシーミックス」と題した第1セッションでは、アメリカの対外赤字の持続可能性を検討します。その後の第2セッションは「三角貿易とその地域的不均衡に与えうる影響」と題し、先ほど述べました世界の三角貿易関係について議論し、第3セッションの「経済集積地間の競争・強調と、企業の機能分離」では三角貿易関係の背後にあるクラスター現象といったサプライ・チェーンの実態を取りあげます。第4セッションは「アジアに適した調整政策」と題し、為替レートを調整する際のアジアにおける経済政策のあり方、また金融・財政政策、構造改革のあり方について検討します。さらに第5セッションは「アジアに適切な為替相場制度」と題し、それまでのセッションでの議論をふまえ、アメリカの対外赤字を調整する際にどのようなポリシーミックスがアジアの更なる発展と経済統合に有益に作用するかを検討し、政策提言を行いたいと思います。最後の第6セッションでは「米国・アジアにとって最も適した調整政策とは」と題し、全体を総括するパネルディスカッションを行います。

ポリシーミックスとは為替調整の大きさ、財政政策発動の度合い、金融政策のあり方、構造改革の進展、という異なる分野の政策の組み合わせです。このポリシーミックスは一歩間違うと不況や失業者増加の原因になる可能性がありますので適正なポリシーミックスの実現のための政策提言を行うことが今回のシンポジウムの最終的な目的です。

今回はブレインストーミング型の国際的なシンポジウムを目指しています。ですからシンポジウムでの議論を通じて、より研ぎ澄まされた問題点が摘出され、それに基づいて的確なポリシーミックスを考案できればと思っています。と言いますのも、20年前のプラザ合意の時は事前にデザインされたポリシーミックスはありませんでした。その結果様々な混乱が生じたと言われています。今回のシンポジウムを通してRIETIが知的リーダーシップを発揮し、ポリシーミックスのデザインができれば大きな貢献になると思います。

RIETI編集部:
このシンポジウムの特徴についてはいかがでしょうか。また、何か抱負がありましたらお聞かせ下さい。

吉冨:
参加していただく研究者も世界各国からそれぞれの第一人者を集めました。例えばアメリカの対外赤字の調整の影響をシミュレーションした研究結果をOECDのエコノミスト、Ann-Marie Brook氏が発表する予定です。これを土台にし、それぞれのディスカッサントがさらに議論を深めるというわけです。

また、直接の政策当事者にも参加してもらいます。例えば米中の識者からなる中国為替制度に関する研究会のメンバーで、人民元の担当者であるAlbert KEIDEL米国財務省副ディレクターにも参加していただきます。また一橋大学教授の黒田東彦氏には元財務官として1980年代の日本の経験を披露していただけると思います。

このシンポジウム開催にあたり、RIETIの中でかなり精力的にワークショップを開いてきました。また、今後もこのような国際的コンファランスを幾つも開催していくつもりです。ですから今回のシンポジウムが何か特別の催しというわけではなく、RIETIの日常の研究業務の延長だと位置づけています。

RIETI編集部:
アジアへのメッセージという意味ではいかがでしょうか?

吉冨:
日本は1985年のプラザ合意前後にアメリカの経常赤字調整による急激な円高を経験しています。ところがアジアは新興工業地域として初めてこのようなドル安を経験することになります。アジアの多くの政策担当者やエコノミストはプラザ合意後の円高の結果、日本経済が弱くなったと思っています。実際には、円高の80年代後半に日本は力強い成長と同時に資産バブルを経験し、その後90年代に長期低迷に陥ります。ですから日本の経験と教訓を今回のドル安・アジア通貨高にどう活かせるのかを事前に考える、という意味で今回のシンポジウムは政策的な知的貢献になるのではないかと思います。

取材・文/RIETIウェブ編集部 熊谷晶子 2004年6月8日

2004年6月8日掲載

この著者の記事