第12回

銀行再生に向けて:りそな銀行への公的支援はモデル・ケースになるか?(上)─ 繰延税金資産の扱いと金融危機予防策の評価 ─

鶴 光太郎
上席研究員

イントロダクション

りそな銀行については、2003年3月期決算における同行の自己資本比率が健全行の基準である4%を下回る2%程度になるとの報告を受け、金融危機対応会議が5月17日開催され、資本増強の措置を講じる必要があるとの認定を行った。それに従い、りそな銀行は、5月30日に1兆9600億円の資本増強の申し込みと経営健全化計画の提出を行った。6月10日には、当局の精査をへて、資本増強の決定と経営健全化計画の公表が行われた。

資本増強の方法として、普通株以外に、議決権を有するが普通株より高い配当を受けられる優先株を組み合わせて発行することが決定された。普通株は発行済み株式数の3倍までしか新株を発行できないので、役員の解任や事業譲渡などの重要事項を承認する株主総会の特別決議ができる3分の2の議決シェアを確保できるようにするためである。普通株(57.0億株、2964億円)、議決権を有する優先株(83.2億株、16636億円)の組み合わせで、国の議決権は70%を超える見込みとなり、筆頭株主として経営権を掌握することとなる(実質的な「国有化」)。本稿では、上下2回に分けて、今回のりそな銀行への公的資金注入までのプロセス(上)と提出された経営健全化計画を評価し(下)、銀行再生(主要行)のモデル・ケースになりうるのかを考えてみたい。

繰延税金資産の扱い:「会計基準」をどうみるか

今回の「国有化」劇は、報道によれば、りそな銀行の監査を担当する新日本監査法人が、同銀行の繰延税金資産を、主要行への監査のガイドラインとされてきた将来課税所得の見積額5年分ではなく、3年分しか認めないという決断を5月に入って下したことが直接の発端である。このような監査法人の判断に対し、りそな側からは、「背信行為である」との声も上がっていたが、それは誤った見解である。日本公認会計士協会の繰延税金資産の扱いに関するガイド・ライン(「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取り扱い」、監査委員会報告第66号)では、主要行の場合、過去の業績の不安定性や課税所得の水準からみて、「将来の合理的な見積可能期間(おおむね5年)内の課税所得の見積額を限度として繰延税金資産は回収可能性がある」と判断されているだけであり、すべての主要行について5年分の回収可能性の「お墨付き」を与えるものではない。更に、昨年公表された政府の「金融再生プログラム」では、「繰延税金資産の合理性の確認」が指摘され、それを受けて、本年2月、日本公認会計士協会の奥山会長による「会長通牒」(「主要行の監査に対する監査人の厳正な対応について」)が公表された。そこでは、「前期末において回収可能とされた繰延税金資産が当期末に当然に回収可能と判断されることはない」、また、「将来の合理的な見積可能期間は5年以内より短い期間になる場合がある」ことが改めて強調されたところである。

すなわち、主要行といえども、その経営状況の違いによって、繰延税金資産の見積可能期間が異なる、また、監査法人によっても見方が違うことはむしろ自然と思われる。繰延税金資産をどの程度自己資本に算入できるかという点は、経営環境の変化の激しい銀行業界の場合、主観的な判断に依存せざるを得ず、恣意性や裁量が働きやすい。したがって健全な経営を目指す銀行経営者は、繰延税金資産の算入方法がどうであれ(一番厳しく見積もったとしても)、自己資本比率が健全行水準(国際銀行8%、国内銀行4%)を満たすよう努力すべきである。

しかし、2003年3月期決算における繰延税金資産の中核的資本(Tire 1)に占める割合をみると、7大銀行グループのうち、東京三菱が41.6%と最も低いものの、みずほ、三井住友、UFJは60%前後、りそなにいたっては99.5%、とかなり高い比率となっているばかりでなく、その依存度は昨年度決算時よりも更に上昇している。繰延税金資産を除いてしまえば、いずれの銀行も自己資本は相当脆弱な状況であり、4大グループの間でも国際基準の8%を維持することが難しくなるものも出てくるであろう。自己資本への算入にあたり裁量の余地がある繰延税金資産に、中核的資本がかなり依存している状況こそ「異常な状況」であるし、「危機的な状況」である。

企業のバランス・シートを評価することは、必ずしも容易でない。資産と負債を比べると、負債の額は比較的確定していて明確であるが、資産の評価は難しいという意味で、「非対称性」が存在する。無形資産の評価、簿価・時価、上記のように税金に関連する扱いなどはその一例である。資産の評価の仕方に唯一無二の絶対的方法があるわけではない。しかし、企業毎に別々の基準で評価すれば、それぞれの企業を適正に比較することができなくなるため、国内、または国際的に会計基準が作られ、それに合わせて企業の財務諸表も作られている。また、事業会社と違い、金融機関の扱う商品・サービスは基本的に「将来の支払い約束」で取引されるため、すぐにその質を知ることは難しいという問題がある。さらに、銀行の資産の大半を占める貸出の場合、効率的なセカンダリー・マーケットが成立していないため、この問題はより深刻である。

このように、銀行の資産を評価することが難しいとの認識から、BIS(国際決済銀行)による自己資本比率規制には、銀行の自己資本を計る国際基準として、資産をリスクに応じて評価する仕組みが採用されている。ただし、これも1つの考え方として割切ることが重要である。BIS基準をクリアすることを目的にするあまり、銀行行動が歪められる面もあるからだ。例えば、一旦、自己資本が毀損してしまった銀行は、自己資本比率がBIS基準を下回るリスクを回避するため、繰延税金資産を中核自己資本にできるだけ多く算入させたい、また、リスク・フリー扱いである国債を本来の最適なレベルを超えて保持したいというインセンティブを持つ。しかし、このような近視眼的行動はかえって自己資本の脆弱性に拍車をかける。銀行経営者は、会計基準・理念に沿いながらも、それを硬直的なルールとして受け止めるのではなく、主観が働きうる部分は、むしろ資産を厳しめに見積もるという会計原則に立ち返ることが重要である。

潜在的な「金融危機」:予防的措置は妥当であったか

今回の政府の措置は、預金保険法第102条第1項第1号に定める措置として行われた。つまり、「わが国又は当該金融機関が業務を行っている地域の信用秩序の維持に極めて重大な支障が生ずるおそれがある」と認め、破綻処理に伴う預金全額保護(第1項の第2号措置)や破綻金融機関への処理(第1項の第3号措置)とは異なり、「破綻していない金融機関に対し資本の増強を行うべき場合」に当たることを認定するため、金融危機対応会議が開催された。資本増強の条件となる「信用秩序の維持に極めて重大な支障」として国会答弁などで当局が挙げている事例は、「預金の大幅流失」、「株の大暴落」、「大規模な貸し渋り」、「金融機関の連鎖倒産の可能性」等である。しかしながら、当局も認めているように、今回はそうした事例のいずれも発生している訳ではない。自己資本比率が健全行の基準レベルである4%を割り込めば、政府は、まず、早期是正措置を発動することになっている。しかし、今回、政府が早期是正措置を発動せずに、いきなり公的資金投入への検討に入ったことについて、竹中金融大臣は、「このまま放置しておくと問題が生じるかもしれないので、危機を未然に防止するため」と説明している。

りそなの場合、早期是正措置を発動したとしても、預金者やマーケットが過剰反応したり、他の銀行への疑心暗鬼が高まったりすれば、上記のような金融危機的な事例が起こる、と政府が懸念したことは十分予想できる。特に、現在のように株価が低迷している状況では、銀行株大幅下落という形での株式市場全体への波及や、銀行と資本の持ち合いを行っているグループ内の生保の破綻を当局が恐れたとしても不思議はない。また、他のグループに比べても中小企業向け融資比率の高いりそなの場合、そのまま放置しておけば、資産圧縮のための貸し渋りが、りそなの経営基盤である特定地域(関西地区)の経済に大きな打撃を与える可能性を心配した面もあろう。しかしながら、こうした危機が実際に起こる可能性・確からしさ、また、その具体的なダメージの大きさ(および注入する公的資金のコストとの比較)が十分に検討された上で政策が決定されたかどうかという疑問は残る。また、「信用秩序の維持に極めて重大な支障が生ずるおそれ」の部分で、金融危機への未然防止まで読み込もうとすることは、そうした目的のための政策フレーム・ワークの必要性はともかく、条文の拡大解釈といわれても仕方ないであろう。

今回のように、監査法人の監査、特に主観的見方に依存しやすい税金繰延資産の扱いに関する「決断」が、大きな国民負担につながる重要な政策発動の「引き金」や「根拠」になりうるのかということを再度検討してみる価値はある。もし、監査法人の「決断」そのものが政府の政策発動のよりどころとなっているのであれば、監査法人が他の主要行と同じように、りそなにも5年分の繰延税金資産を認めていれば、金融危機を未然に防ぐための今回の措置は必要なかったといえる。逆に、他の主要行について、りそな銀行並の「見積可能期間」を監査法人が主張したとすれば、繰延税金資産への依存度の高い銀行によっては健全行に求められる自己資本比率を割り込むところも出てくる可能性があったわけだから、そのような銀行に対しても危機の未然防止の立場から資本増強の措置を行うべきであったという議論も成り立つ。

現在の状況は、確かに、「金融危機」という状況ではない。しかし、それは、「金融危機」が「表」に出てこないように必死に「蓋」をしている状況であり、「水面下」、つまり、潜在的には「金融危機」が首をもたげている状況が続いていると考えた方が妥当であろう。無理矢理「蓋」で押さえつけていたとしても、その間をすり抜けて、「金融危機」の「芽」が「表」に出てきてしまう。この「芽」はそのまま放っておけば本当の「金融危機」に発展してしまうので、「芽」が出たらそれを摘むことで危機を未然に防止するというのが今回の措置の趣旨と解釈することもできる。

しかし、むしろ潜在的に「金融危機」である現在の状況に対し、いかに積極的に対応していくのか、「蓋」をするのではなく、また、危機の「芽」が出るのを待たずに、包括的に対応することこそが求められていると筆者は考える。また、そのような抜本策は、この先、以下のように税金繰延資産の扱いが更に厳しくなると見込まれることで現実味を帯びてくる。

繰延税金資産評価の更なる厳格化と危機に先手を打つ抜本的対応策

大手銀行7グループの2003年3月期決算をみると、「金融再生プログラム」を受けて、「要管理先」債権への引当率は大幅に上昇させ、融資先企業の法的整理、RCC(整理回収機構)への売却も含め、不良債権の最終処理をかなり進めた結果、7大グループすべて赤字決算となった。「赤字決算、みんなでやれば恐くない」ということであろうが、先の税金繰延資産の扱いに関するガイドラインでは、「おおむね過去3年以上連続して重要な税務上の欠損金を計上している会社で、かつ、当期も重要な税務上の欠損金の計上が見込まれる会社」は繰延税金資産の回収可能性はないと判断されている。したがって、来期には他の主要行も更に資産査定の厳格化に追い込まれ、りそなのように繰延税金資産の扱いをきっかけに、自己資本比率が国際基準8%を満たせずに、海外業務の撤退等を通じて大幅な資産圧縮が行われ、経営の健全化が進むケースが出ることも想定される。いずれにせよ、来期も繰延税資産の扱いが銀行の行方を左右する鍵になるといえ、それを梃子にしてより抜本的な銀行再生策が行われることを期待したい。

2003年6月16日

2003年6月16日掲載

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