第9回

株安の背景~対応は長期的視点で~

鶴 光太郎
上席研究員

昨年の後半以降、軟化基調を続けてきた株価は、4月14日、日経平均株価でみて、バブル崩壊後最安値を更新した。止まらぬ株安に経済界でも危機感が募り、同日、日本経団連など経済三団体は、今年度に購入した株式に限り売却益や配当を非課税にするべきなどの緊急提言を行った。株価の動向については、どうしても「あとづけ」的な説明にならざるを得ず、「市場での見方はこうである」という域をなかなか出ない。そのような制約の下ではあるが、最近の株安の背景とその対応について考えてみたい。

ここにきて株安に対する危機感が高まっているのは、株価(日経平均)が、3月中旬に開始された対イラク武力行使を挟んで神経質な展開が続いていた中で、その短期終結が濃厚になったにも関わらず、株安に歯止めがかからないことが大きい。今年に入ってから、国際情勢の不透明感により、世界の主要市場でも株価が軟調な地合いをみせてきたが、日本の場合、国際的にみてもその下げ幅は大きいようだ。これは、最近の日本の株安が国際要因のみでは到底説明できないことを物語っている。

日本固有の要因としては、昨年秋頃から国内景気の先行き不透明感が強まっていることが挙げられるが、それに加え最近の株安の「犯人」として市場で指摘されているのは、「厚生年金基金の代行返上」と「持ち合い株解消」という二重の売り圧力である。厚生年金基金とは、企業が従業員の給料から天引きした厚生年金保険料の一部を国に代わって年金運用と支給につき代行するシステムである。しかしながら、確定給付型年金(予定利回りがあらかじめ確定)であるので、最近の低金利、株安によって運用実績が予定利回りを下回り、企業はその穴埋めを余儀なくされてきた。そうした穴埋めが限界に達し、基金の解散が相次いだため、代行の返上が認められるようになった。その場合、運用している資産を現金化して(またはTOPIXに連動する資産構成にして)国に返却しなければならず、資産売却に備えた換金売りが広がっているといわれている。現在認められている代行返上は将来勤務分の給付の積算停止であり、この10月から開始する過去勤務分の代行返上と積立金の返上が始まればこうした動きは更に加速するものと考えられる。

「持ち合い株解消」については、ここ数年継続している現象ではあるが、日銀の銀行株買い取りを持ち出すまでもなく、銀行にとって既に毀損した自己資本に対する株価変動リスクを遮断するために保有株式圧縮は最も重要な経営課題の1つである。一方、銀行株を保有している事業会社の方も下げ止まりがみえない銀行株の下落に対し危機感を持ち、持ち合い解消をさらに加速させている面もあろう。ここで注意しなければならないのは、大手行が3月決算期の前になりふりかまわず行った増資が自行の株価下落を引き起こした可能性が高いことである。実際、最近の企業金融論では増資による資金調達は必ずしも「安価」でないことが明らかにされている。つまり、既存の株主にとって必ずしも有利でない増資を行うということは、銀行が株主に隠したい悪い情報を持っていることをシグナルしていると市場参加者は受け取り(ノーベル経済学賞受賞のアカロフ教授の「レモンの問題」)、リスク・プレミアムを要求しようとする。したがって、株価は過小評価され、資金調達コストは高まり、極端な場合、増資自体が困難になる場合も出てくる。「フリーランチはない」という経済原則を再確認させてくれたのが、今回のメガバンクの「増資劇」であった。

このようにみると、株価動向の基本的なカギを握っている「先行き不透明感増大」と最近の売り圧力を増大させている「代行返上」、「持ち合い解消」という2つの要因がすぐ変化することは期待しがたい。一方、2つの売り圧力で特に影響を受けているのは、もともと業績が良く、基金や銀行の保有率の高い「超優良銘柄」であり、こうした銘柄の株価下落が経済界の危機感につながっている面は大きい。しかし、ファンダメンタルズがよければこうした「超優良銘柄」の株価は早晩回復するはずであり、需給問題を殊更問題視するのは正しくない。それでは、求められる対応の基本的視点は何であろうか。

まず、第一に、短期的な株価の動きをみて、「対症療法的」な株価対策を行うことはあまり意味がない。効果が限定的であることとともに、そのために経済三団体が提言しているような税制の変更を行うことはかえって混乱を呼ぶことになるからである。また、与党が求めている時価会計凍結と減損会計延期も企業にとってはその場限りの「アメ」にしかなりえず、本質的な問題解決にはほど遠い。3月末に3カ月間の時限的な措置として導入された、「自社株の買入れ規制の緩和策」などのように、「対症療法的政策」がまかり通っているのは大いに懸念される状況である。真の株価対策は、こうした小手先の政策ではなく、日本経済の先行き不透明感やデフレ・スパイラルを真に払拭させるような、大きな政策的フレームワークを提示することに求められるべきではないか。この中には、短期的な売り圧力の要因になっているばかりでなく、経済の閉塞感の大きな要因である銀行問題と将来の不安感の源泉となっている年金問題の解決が当然含まれるべきである。

第二に、日経平均株価はあくまでも指標の1つであり、それで株価や日本経済全体を議論するのは非常に危険である。個々の企業をみていけば、他にまねのできない技術や経営で業績を伸ばしている企業は現にいくつも存在するためである。しかし、そのような企業でさえ、株式市場における評価がマクロ経済の悲観論に引きずられている懸念がある。株式市場の本来の役割は個々の企業の業績やその予想を通じ、それぞれに異なった評価を与えることである。株式市場が個々の企業をきめ細かく評価し、それが更に独創的な企業を育て、増やすという好循環にこそ、日本経済再生のカギがあるはずである。

2003年4月16日

2003年4月16日掲載

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