第1回─日中国交正常化30周年記念

日中関係に欠けるものとは

津上 俊哉
上席研究員

関志雄
上席研究員

9月29日は日中国交正常化記念日です。1972年9月29日に田中角栄首相(当時)が中国を訪問。中国の周恩来首相と会談し、「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」が北京で調印されてから早や30年という年月が経ちました。国交正常化30周年を記念し、今年は日本国内や中国各地でさまざまなイベントが行われています。しかし、昨年日本国内で猛威をふるった中国脅威論に始まり、最近ではほうれん草をめぐる日中間の貿易摩擦など、二国間の間にはさまざまな問題があります。アジアの発展の為にも、両国の為にも日中が協力関係を深めていくことは非常に大切な課題です。RIETI編集部では日中事情に詳しい関志雄上席研究員津上俊哉上席研究員のお二人に、日中関係に欠けるものとは何か、また改善するにはどうしたらよいかについてお話を伺いました。

日本は普通の中国人に生の日本を見るチャンスを提供すべき

(津上 俊哉)

日中国交正常化30周年にあたって、達成感より不足感を感じています。30年も経ったにも関わらず、両国の"うわべだけではないコミュニケーション"はこれからの課題です。これまでの「日中友好」はマンネリ化していて、双方がホンネを言わない。でも「言いたいことを言う」だけでもコミュニケーションにはなりません。「自分はこういうことを考えている」ということ、そして「なぜそう考えるか」を相手にわかってもらう努力をすべきです。

同時に、自分の中に作り上げたイメージに相手をあてはめないことが大事です。たとえば、日本人はよく中国のことを「中華思想」といい、尊大、傲慢なイメージを持っています。70、80年代の中国は世間知らずの田舎者だったせいでそういう「中華思想」の面があったかもしれないですが、今の中国はWTO加盟に示されるように「世界と関わっていこう」という開かれた気持ちが強い。もちろん大国なので、自己中心的なところはありますが、それは中国だけの問題ではない。中国で何か起こると、その原因を追及せず、やはり「中華思想」だと決め付けるのはよくない。他方、同様に中国人は日本のことをよく「軍国主義」という。右翼が何かをすると、「やはり日本は軍国主義だ」と思い込む。こういったイメージで相手を決めつけることをお互いにやめるべきでしょう。

「軍国主義」批判を聞いて、日本の国内には中国はいまの日本を全然理解していないという不満がある。しかし、そこには日本側の原因も寄与しています。普通の中国人は、流通を許された映画やテレビ、書籍からしか日本を知る機会はなく、生の日本を知りません。日本語を学習している中国人でさえそうです。現在の日本を中国人が知らないことによって生まれる誤解は数多い。

なぜ中国人がありのままの日本を見るチャンスが少ないか。それは日本のビザ審査(渡航制限)が厳しいからです。そして、それは中国人の不法滞在や犯罪が深刻な問題になっているからで、理由のないことではない。しかし、日本に呼ぶことが明らかに日本の利益に適う、優れた中国人も大勢います。そういう人たちが厳しい渡航制限が原因で日本に行く気を失い、興味も持たない。まずはその点から改善すべきです。今はまだ実験段階ですが、これからの中国経済を背負って立つ新進気鋭の企業家にに対するマルチビザ発行が徐々に増えています。昨年始めた日中経済討論会でも、こういう中国ビジネスマン人にマルチビザが発行されました。今年も実験を続ける予定です。

最後に、これからの日中関係は、「競争」だけでなく、「競争と協調」の関係に基づいた"Win&Win"型の発展を志向すべきです。それはアジアの二大大国としての日中両国の責任でもあります。現在「アジア経済統合」はホットイシューになっており、すでに経済の一部では「事実上の統合」も進んでいます。ただし、日本の農業であれ、中国の自動車産業であれ、FTAのような制度的統合に向かえば、双方とも相当な苦痛を伴う改革を進めなければなりません。双方の政治的な信頼関係はまだまだ足りず、その面からもFTAの構築は容易なことではありません。ただし、その改革を達成できれば21世紀の日本には新しい展望が開けてきます。また、日中がこれを最後までやりとおす意志を持つか否かがアジア全体の経済統合が実現するかどうかの鍵になることもはっきりしています。

日中関係が正常化されたとはいい難い。マスコミは悪循環を抜け出すべき

(関志雄)

今年は日中国交正常化30周年ですが、本当のことを言うと日中関係はいまだ正常化していないと思います。トップリーダー同士の親密な交流がないし、政策者の交流も研究者の交流も充分ではありません。中国での日本研究はまだまだ肩身の狭い状況です。庶民のレベルもそうですが、もっとお互いに交流して、本音ベースで語るしかない。日中関係に誤解が生じてしまう原因として、日中双方のマスコミによる責任があります。昨年、中国脅威論が猛威をふるっていた時期に、多くの新聞社からコメントを求められ、私は「日中の経済格差はまだまだ大きく、日中は競争関係ではなく、補完関係にある」と述べたのですが、このようなコメントは当時の世の中の空気にあわなかったせいか、ほとんど掲載されませんでした。マスコミは国民が期待している記事ばかりを書く。中国でも反日記事が好きな人は多い。記者も書きたくて書いているわけではないのだが、自分の記事を載せてもらうために悪いことばかり書く。まず、このような悪循環からマスコミは脱出すべきです。

このような状況を是正するために、私は日本人のための中国経済再入門サイトである「中国経済新論」を立ち上げ、その中で正しく中国経済を理解していただくための文章を多数掲載しています。最近の日本の空気はようやく中国に対して冷静になった気がします。少しは「中国経済新論」が役に立ったのかなと思います(笑)。

また、日本は中国人に対して留学の援助はしますが、卒業後の就職支援がない。優秀な留学生が日本で雇用を確保できず、通訳としてしか日本で働いていけない為、日本を去っていく...。本来の外交の意味で考えると、留学生を受け入れることによって、日本人の味方を作りたいという戦略であるはず。日本はお金の支援はするけれど、真の外交の目的を達成しているのでしょうか。もっと留学生を大事にし、フォローアップを強化すべきだと思います。それから最近では国際化が進み、観光往来も盛んになってきましたが、若い中国人が日本にもっと容易に観光にこられるよう、便宜を図るべきでしょう。

また、中国が貧しい国のままでは、日本と対等の関係になるはずもありません。中国に心の余裕ができれば、情勢は変わってくると思います。韓国がここ数年親日になっているのも余裕が出てきたからです。現状では中国は豊富な労働力を活かして日本と垂直分業を図るしかないですが、将来ヨーロッパのように日中間で水平分業を行う日が実現することを望みます。

〔関連記事〕
日中国交正常化記念30周年記念・RIETI特別座談会
「これからの日中経済関係と経済産業研究所の役割」

2002年1月11日掲載