夏休み特別企画:フェローが薦めるこの1冊'08

『天璋院篤姫』

小西 葉子顔写真

小西 葉子(研究員)

研究分野 主な関心領域:計量経済学

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『天璋院篤姫』宮尾登美子、講談社 (2007)

『天璋院篤姫』表紙 今年度NHKの大河ドラマ「篤姫」の原作となっている歴史小説である。篤姫は薩摩藩島津家の分家に生まれたが、その器量と聡明さにより本家の養子となり、徳川家に嫁ぐためにさらに近衛家の養子となり13代将軍家定の正室となった。家定との結婚生活はわずか2年足らずであったが、その後も徳川家のために生涯を捧げ、江戸城無血開城に貢献した人物として描かれている。

通常私は、ドラマを見た後ドラマの原作は読まない。理由は、劇中の俳優や風景が頭に浮かび、純粋に文字から得られる自分の想像を楽しむことができないからだ。しかし、そこはさすが宮尾氏の作品、私の頭の中には全く新しい篤姫が、幾島が、斉彬が活き活きと動き始めた。

読書をしていると、自然と今自分の置かれている立場や状況に近い部分を注力して読み取り共感し、どこかに問題の答えはないかと探しているのに気付く。そういう意味でこの作品は、どれほど多くの人を惹きつけるテーマが入っていることだろうか。親元を離れたばかりの人は、篤姫の決意や心寂しさに同調でき、仕事や人間関係で苦労している人は、正直でいること、信念を持ち続けることの強さを教わり、また上に立つ身の人には、統率する者の孤独感など、ひとりの女性の一生というには余りにも色々な局面が描かれている。著名なため既に読まれている方も多いだろうが、時間を経てもう一度読んでみると、感じ入るところの変化を楽しめ面白いのではないだろうか。

小説を読んで、作品に感動することはあっても作家の想像力に驚かされることはほとんどない。作家とはそういう能力の優れている人がなるものだと思っているからである。しかし、『天璋院篤姫』を読んで歴史小説とは本当に難しいジャンルではないかと感じた。たとえ将軍の正室であっても女性に関する資料で正式に残っているものはほとんどなく、誕生や没年、大きな事件といった点在する史実が存在しているだけである。誰でも知っている史実の間には多くの日常があり、会話の積み重ねがある。それを緻密な調査と考察、想像力で描いていかないといけない。また、歴史学者や数多いる歴史愛好家たちの反応も常に頭に入れておかないといけないだろう。たった1つの真実に少しでも近づくために綿密に描かれた本書を読むと、プロの仕事はかくあるべきと感じられ、清清しい気持ちになる。

次回は松本加代研究員の"Power and Negotiation"です。

2008年8月12日