2007年8月9-10日、韓国ソウル市にて「企業支配権の市場:比較分析」というテーマで韓国開発研究員(KDI)主催の会議が開催されました。そして、この会議の後、韓国におけるM&A市場の現状や企業投資家の役割、M&A法制に焦点を当て、韓国のコーポレート・ガバナンスの現状に関し、宮島英昭ファカルティフェローが韓国開発研究員研究員 タエフーン・ヨン氏にインタビューを行いました。
前編では、韓国のM&A市場の話題を中心にインタビュー内容を掲載します。
日本における「株式持ち合い神話」の真実とは?
宮島英昭ファカルティフェロー(以下、宮島):
まず、韓国におけるコーポレート・ガバナンスの背景を説明していただけますか? 国際通貨基金(IMF)の介入を受けてから、韓国ではコーポレート・ガバナンス改革が数多く行われてきました。韓国企業に特有のコーポレート・ガバナンスの問題とは何でしょうか。通常、先進国の上場企業における一般的なガバナンス問題は、経営者と分散する株主間のエージェンシー問題です。しかし、韓国における主なエージェンシー問題は、支配的株主(オーナー経営者)と小数株主の間に存在しているようです。こうした観点から、IMFの介入後に何が起こったのか、そして韓国でのコーポレート・ガバナンスの発展段階について教えてください。
タエフーン・ヨン氏(以下、ヨン):
私が中国で行ったプレゼンテーションの内容に触れながらご質問にお答えします。企業支配権の市場は例外としますが、韓国では過去10年間で、数多くのコーポレート・ガバナンス改革が実施されてきました。クラスアクションがセキュリティ関連の訴訟に限定されるなどリーガル面での規制はまだ存在しますが、制度、法律、具体的規制に関して可能なものは全て導入されたといえます。
宮島:
部分的に集団訴訟は導入されたが、内容に制限があるということですね。
ヨン:
はい、集団訴訟にはまだ制限があります。しかし、こうした規制を考慮したとしても、現在の韓国のコーポレート・ガバナンス体制は非常に多くの課題を網羅しています。韓国にコーポレート・ガバナンスが導入されたこと自体が非常に大きな変化だったわけですが、集団訴訟の範囲も近い将来に拡大されていくことが期待されています。韓国のコーポレート・ガバナンス制度には、集団訴訟や敵対的M&Aを除いてほとんど全ての要素が導入されたといっていいでしょう。
宮島:
上場企業では社外取締役の導入が強制的となっていますか?
ヨン:
そのようになっています。しかし、企業の規模によりばらつきがあります。資産総額が2兆ウォン以上の上場企業は大企業とされており、取締役会の半数以上が社外重役で構成されなければなりません。金融機関も同様に取締役会の半数以上が社外取締役です。この規制は大企業に対して厳重に課せられています。また、情報公開に関しては、インサイダー取引や不公正な情報開示を厳重に取り締まるため、公正情報公開規則が導入されています。さらに、資産が2兆ウォン以上の上場企業には監査委員会設立の義務があり、監査委員のみでなく委員会の3分の2が外部取締役でなければならないという規定があります。こうしたことからもお分かりのように、大企業は非常に厳重な規定に従わなくてはなりません。さらに、社外取締役を監査委員に選任する際、株主の投票権は発効株数の3%に限定されています。したがって監査委員選任の際に、株主の影響が最小限になるように規制されています。
宮島:
非常にさまざまな措置が導入されたわけですね。韓国企業のガバナンス改革は基本的に完了しており、現在は最終調整段階にあるということですね。
ヨン:
そうですね。資産総額が2兆ウォン以上の上場企業の大半では、ガバナンス改革のほとんどが完了しており、2兆ウォンを下回る企業でも導入が普及しつつあります。企業をコーポレート・ガバナンスの面で評価およびランク付けし、結果を公表するサービスが存在しているためです。
宮島:
そのサービスは非営利団体によって実施されているのですか?
ヨン:
その通りです。私も研究委員会での担当委員です。年間優良企業を表彰し、その結果をウェブに掲載しています。投資家や特に海外・国内機関の投資家は、コーポレート・ガバナンスの問題には細心の注意を払っていますから、コーポレート・ガバナンス制度の導入に関する企業への外部圧力というものは絶大です。このコーポレート・ガバナンス指標を提供するサービスは、旧韓国証券取引所(KSE)により導入されました。2001年のことだったと思います。そして2002年、韓国取引所(KRX)や韓国証券業協会、韓国上場企業協議会、証券関連機関がスポンサーとなり、同サービスは非営利団体の韓国コーポレート・ガバナンスサービス(KCGS)に移管されました。
財閥の構造改革としてのM&Aの進展
宮島:
では、本題に入りまして、韓国での企業支配権の市場についてお伺いしたいと思います。日本では、M&Aブームが生じていますが、主にグループ企業や友好的な関係にある関連企業間で行われています。韓国での状況はどうですか?
ヨン:
韓国でも同様、M&Aの数が急増しています。アジア通貨危機後の韓国における敵対的M&Aに関しては、昨日の会議でオリバー・ルイ氏の文献について話されたヨン・セオク チョイ教授と共同研究を行ったことがあります。これは、敵対的M&Aの方法と動機そして友好的M&Aの動機と違いがあるか否かの調査でした。これまで韓国では上場企業における大規模なM&Aがなかったことから、成功した事例というよりは、M&Aの試みに焦点を当てた研究でしたけれども。
宮島:
IMF介入後、友好的なM&Aは一般的になったのですか?
ヨン:
一般的とまでは言えないでしょう。政府による「ビッグディール」と呼ばれる大規模な産業の構造改革がメインでした。つまり、重複事業の交換整理を行う必要があったので、政府が韓国の大手財閥に合併を強制したわけです。たとえば、この構造改革前は非常に多くの半導体企業が存在したわけですが、改革後はハイニックスとサムスンのみが残りました。政府主導の友好的な大規模合併が実施されましたが、企業による自主的な動きではなかったのです。
宮島:
では、大手財閥間のM&A は政府が主導だったのですね。
ヨン:
ええ、もちろん政府主導でない友好的買収も数多く存在しましたが、その大半が財閥と独立企業間もしくは独立企業間で行われています。通貨危機前のM&Aは、財閥がビジネスを多様化するために小規模企業を合併吸収するというパターンがほとんどでした。
宮島:
M&Aは、企業の成長戦略として使用されてきた感じがしますね。実際に、通貨危機前には韓国財閥は30大企業あったのが、危機後にはその経済的負担から15企業にまで減少したとの話を聞いています。
ヨン:
韓国では通常、30大企業、10大企業、5大企業というふうに企業分類をしています。上場企業のほとんどはピラミッド型もしくは円筒形の株式所有構造を取っているので、100大企業、50大企業というように、企業のサイズで順位付けが可能なわけです。それで、大半のガバナンス規制は30大企業に適用されたわけですが、現在ではある一定の資産総額をもつ企業であれば適用するという基準に変更されました。 そうしたことを背景に、大手財閥の数が年ごとに減少してきています。私は現在の政府のやり方に原因があるのではないかと思いますが、株式保有の規制や株式持ち合いの禁止に対して非常に多くの反論やロビー活動があったことから政府も最近、規制緩和を試みています。企業が敵対的M&Aに直面している現実も、この規制緩和を後押ししているといえるでしょう。
宮島:
今までのお話をまとめますと、金融危機からの回復プロセスで企業の構造改革が急務であったため、その措置として政府主導による財閥の買収合併が行われたということですね。
ヨン:
そうですね。政府主導で大規模合併が実施されました。自主的なM&Aも数多くありましたが、単に財閥の構造改革を目的とするものでした。
成長戦略としてのM&Aの進展
宮島:
自主的なM&Aに関してですが、異なる財閥間と財閥内部間、どちらが主流だったのでしょうか? 異なる財閥間というのは、ヒュンダイ・グループがキア・グループといった異なる財閥グループを買収することです。一方、財閥内部間というのは、サムソン・グループの関連企業が構造改革や経営合理化を行うために吸収合併を行うというものです。
ヨン:
事例数から見てみますと、後者、つまり同じ財閥内での合併のほうが主流です。もちろん、自社株買い占め(MBO)や独立企業への株式売却などの簡単な売却処理もありました。これはまた別の話になりますが、ダエウー(DAEWOO)が経営破綻したとき、すべての子会社は独立企業となりました。グループ自体が破綻したにも関わらず、それぞれの子会社は現在でも好調に経営を続けています。
宮島:
ダエウー・グループが保有株式を公開したことから、子会社が上場したわけですね。
ヨン:
債務不履行で債権者に差し押さえられたことから、株式売却が不可能だったことが主な理由ですね。
宮島:
MBOですが、企業の事業部門のトップや経営陣が行うわけですか?
ヨン:
はい、MBOは経営不振の企業に良く見受けられることです。ですが全体的にみて、合併の数が上昇傾向にありますね。2003年から2006年の9月の時点で合併総数は2500件にも登りました。
宮島:
それは、大きな数ですね。
ヨン:
年間で600件以上になりますが、全体的なM&Aの数も上昇傾向にあります。ただし、この統計は韓国公正取引委員会(KFTC)からのものですので、ある程度の市場占有があれば非上場企業も統計対象になるので、上場と非上場企業の両方が含まれます。
敵対的M&Aによって何がもたらされたのか
宮島:
韓国企業は、企業構造改革の方法や成長戦略としてM&Aを過去数年で頻繁に利用してきた。しかしその例外が、敵対的M&Aというわけですね。
ヨン:
韓国での最初の敵対的M&Aは1994年に行われました。米国スポーツ用品大手のナイキが、サムナスポーツを買収した一件です。韓国上場企業の外国企業による敵対的買収で成功した例はこのケースのみでしょう。このほかにも幾つか、有名なM&Aの試みはありました。たとえば、欧州系ファンドのソブリンと(株)SK は敵対的M&Aの攻防を繰り返したわけですが、これは最も有名かつ混乱の発端となったケースです。
宮島:
SKテレコム対タイガー・ファンドも成功には至らなかったケースですね。
ヨン:
そうです。何か隠された取引があったのかもしれませんね。両者は自主的に取引から退いて、結果的には(株価上昇により)大きな利益が後に残りましたから。
宮島:
ファンドは大きな利益を上げることには成功したと?
ヨン:
そうですね。実際に利益を得たのは確かです。そして数多くの株主もその恩恵を受ける形となりました。その他では、2004年の韓国財閥サムスン対ハーミーズ・インベストメントマネジメント、そして2006年の(株)KT&G(旧韓国タバコ人参公社)対カール・アイカーン氏が良い例でしょう。これらのケースでは、敵対的M&Aを仕掛けた企業が取引から撤退しながらも、莫大な利益を上げる結果となった一例です。同時に株価が急上昇したことから株主にも多大な利益が手に入った。
株価が急上昇した不思議
宮島:
1つ疑問として残るのが、SKとサムスンの株価がどうして急上昇したかという点です。買収の脅威もしくは圧力から経営効率が上がると予測されたことが、市場評価アップにつながったのでしょうか?
ヨン:
SKテレコムとSKに関しては、合併騒動があった後にコーポレート・ガバナンスの大幅な改善を余儀なくされました。これは、資本市場の一般的な現象で、M&Aが直接的な経営効率をもたらしたというわけではありません。しかし、コーポレート・ガバナンスに関して言えば、SKグループは現在、皮肉ではありますが、非常に透明性がある企業であるとの定評があります。非常にシンプルかつ分かりやすいホールディング会社の構造プランが公表されて企業構造の簡素化が進みました。その他の企業でも同様のことが言えます。実際に、投資家カール・アイカーン氏がKT&Gに敵対的M&Aを仕掛けた後の2006年、KT&Gは社外重役制度の導入に成功しました。これら全てのM&A攻防の後、結果的に韓国企業におけるコーポレート・ガバナンスの改善が見られたわけです。
宮島:
紹介された事例は非常に有名ですよね。SKテレコムとSKは、なぜ外資系ファンドによる敵対的M&Aの標的となったのでしょうか? フリー・キャッシュ・フローの問題が原因でしょうか? それとも、標的となった韓国企業にはコーポレート・ガバナンスの問題が顕著で、企業介入もしくは改革を導入することで企業価値が改善できるとの考えがあったからでしょうか?
ヨン:
外資系ファンドは通常、買収先の経営を主張するものですが、ソブリン対SKのケースでは、ソブリンによるM&Aは事業ポートフォリオの最適化を目的としていたため企業経営は拒否しました。買収者の目的はさまざまですが、M&Aにさらされた企業には共通点があると考えます。KT&Gは確かではありませんが、SKとサムスンに関しては、韓国企業が国際市場で実際の価値よりも低く評価される「コリアディスカウント」と呼ばれる現象がありました。両社はピラミッド型もしくは円筒型の株式所有構造の中心部に位置することから、膨大な関連会社の有価証券を保有しています。そして、株価や市場価値よりも1株当たりの純資産のほうが大きい状態を生み出している。つまり買収企業は、相手企業のPBR (株価純資産倍率)が1を割り込んでいることを知っていたのです。
宮島:
それではソブリンは、SKを買収して筆頭株主となった際には、株式持ち合いの一部を解消することを要求していたわけですね。
ヨン:
ソブリンは、SKの買収に成功した場合、SKテレコムやその他子会社の支配権も獲得できる状況にあったため支配構造の面でいえば非常に重大な立場にありました。そうした理由から、SKの株価は過小評価されPBRは1倍を下回ったのです。つまり、SKとサムソンはベストな買収ターゲットだったといえます。
宮島:
外資ファンドが株式を買収した後、株式市場は前向きな反応を示しましたか?
ヨン:
はい、非常にポジティブでした。SKの株価反応を見てみると、市場が非常に前向きに反応していることが分かります。株式の売却後も株価は安定しています。つまり、経営の透明性が不十分であったため、株主はリターンに関する情報を得ていなかったのでしょう。ソブリンのおかげで株価はより現実的なものになりました。
外資系ファンドの介入は、財閥の経営陣に脅威を与えたのか?
宮島:
ソブリンが介入した後、PBRは1を上回る数値を維持したわけですね。さらに質問があるのですが、ソブリンやタイガー・ファンドといった外資系ファンドの介入後、財閥経営陣は買収脅威をどのように受け止めたのでしょうか? 財閥が標的になりやすいのは誰もが知っていたわけですから、経営陣はこうした買収の可能性を予期していたはずだと思います。これは、現在の財閥経営者の共通の考え方でしょうか?
ヨン:
ある意味ではイエスともノーともいえる質問です。財閥の経営者が、常に買収ターゲットになっていると社外の人間に漏らしているというのは良く聞く話です。サムスン電子ですら、外資系企業の買収ターゲットになる可能性があるのですから。 おそらく、既に4割以上の株式が機関投資家を主とした外国投資家に所有されているはずです。
宮島:
もし外資系ファンドが優良な経営プランを提示してきたら、こうした外国機関投資家は株式を売却するでしょうか?
ヨン:
それが大半の意見のようですね。2年前に、一般的な外国投資家が経済に悪影響を与えるか否かの調査を実施しましたが、答えはノーでした。一般的な外国資本が及ぼす株価や株式変動、企業のガバナンス構造など全ての分野における影響を予測してみましたが、結果として「一般的な」外国資本たるものは存在しないという結論にいたりました。つまり、M&Aを仕掛けているのは常に特定のメジャーな投資家だということです。
しかし、他の外国投資家がこうしたメジャーな外資の動きに従うという保証はどこにもありません。SKとソブリンのM&A攻防でも、支配権の委任状争奪戦でSK側についた外国投資家がいるとのことです。事実、そのおかげでSKはソブリンに辛勝できたわけです。今、その票数がここにはありませんが、投票数を実際にカウントしましたので確かです。ソブリンが、企業経営を渋っていたため非常の多くの外国投資家がSKを支援したようです。こうしたことからもお分かりのように、サムソン電子が買収の脅威下にあるという話を信じる人はあまりいません。サムソンの株式の多くは外国人投資家に所有されていますが、現在の経営が堅調なため、他の外資や企業に経営が移行すれば経営パフォーマンスがさらに改善するだろうという話には説得力がないのです。企業の支配構造、統治活動の不確実性を根拠に韓国の株価を実際の価値より低く評価する「コリアディスカウント」の現象が存在することには間違いありませんが、サムソン電子の経営は非常に好調なようです。
宮島:
今までの話をまとめますと、敵対的買収のターゲットとなりやすい企業は、PBRが低い企業で、能力や効率性の低い経営陣交代もしくは戦略変更が必要となる。そして、こうした不適格なマネージャーの交代や経営効率の改善には、買収脅威による圧力が効果的だということですね。こうした意味で、韓国での状況は十分と言えますでしょうか、それとも企業支配権の市場を通してさらにM&A促進を図る必要があるでしょうか?
M&Aの促進の効果 企業がM&Aの対応として行うべきこと
ヨン:
韓国において、本当の意味での買収や公開買付けが今まで実際に起こらなかった事実だけから見ても、敵対的M&Aが十分なレベルに達しているとは言えないのではないかと考えます。敵対的M&Aが1件か2件あれば不十分と断言しにくいでしょうが、件数がゼロとなると、M&Aをもっと促進するべきだと思います。
宮島:
ソブリンとハーミーズのM&A事例では、買収の脅威そのものが企業慣行に実質的な影響を与えました。これからも分かるように、コーポレート・ガバナンス改革と外国投資家の増加により、潜在的な買収の脅威が重大な役割を担うのではないかと思うのですが。
ヨン:
確かに買収の脅威は、企業ガバナンスを改善するという非常にポジティブな役割を果たします。しかしながら、もちろんマイナスの面もあります。M&Aの脅威に懸念する企業が、先ほど述べましたように、投資するよりも自己株取得やキャッシュを増やす傾向に流れていく可能性もあるわけです。証明はされていませんが、企業の経営陣の実際の話からはそうした動きもうかがえます。
宮島:
株式公開買い付けを回避する点から言いますと、現金の保有は賢明ではありませんよね。通常、潤沢な現金を保有する企業は、企業乗っ取り屋の格好の標的になりますから。
ヨン:
そうですね。売却可能な余剰キャッシュがある企業は、買収の対象となり得ます。しかし一方で、グループ全体で見てみると、買収の標的となった際にはある程度のキャッシュは必要になりますから、キャッシュ保有にはプラスとマイナスの面があるといえます。つまり、買収を引き寄せる要因になるけれども、グループ全体で考えると買収防衛の救済策ともなり得る。通常、こうしたグループ企業は買収脅威の存在をより強く認識していますから、企業構造の強化や法的規制の確認、買収に対する防衛力の増強、そして以前よりも増して政府へのロビー活動に力を入れています。株式保有への規制全てに対するロビー活動も行っています。ロビー活動はマイナス要因の1つですね。
宮島:
経済的視点から考えると、敵対的買収が企業にプラスになるのは企業規律を改善する役割を担っている点だということですね。そして、こうした規律を必要としているのは、内部統制や支配的株主の問題により構造改革が遅延しているようなコーポレート・ガバナンス問題を抱える企業であると。こうした点から見て、韓国の上場企業は現在、深刻なエージェンシー問題に直面しているといえるでしょうか? 企業の構造改革が大部分で完了しており、現在の状況が正しいのであれば、敵対的M&Aによるさらなる経済効果は期待すべきではないのでしょうか?
ヨン:
その疑問にお答えする前に、先ほどの話の追加で、買収自体が悪であるとか、ネガティブな意味合いを持つとは言うつもりはありません。しかし、買収に対する財閥の対応が不適切なのは確かです。政府にロビー活動をするよりも、まず余剰キャッシュや不適格な経営陣の問題に取り組むなどして、企業価値をどのようにすれば最大化できるかを考えなければならない。通貨危機後の韓国企業の経営は、以前よりもあらゆる面で効率的になっています。過剰投資を抑えるようになり、最適な投資を実施するようになってきましたから。
宮島:
では、「コリアディスカウント」はまだ存在するのでしょうか、それとも既に終わったのでしょうか?
ヨン:
まだ存在すると思います。祖父から父親、息子、孫息子へという経営継承問題と同じくまだあるはずです。グループ経営は家族間で継承されるので経営能力の証明は難しいものです。経営能力が以前よりも向上しているかもしれませんが、内部取引は依然として多く存在しています。
宮島:
こうした問題を是正するために、M&Aが重要な役割を担うというのは可能でしょうか。
ヨン:
少なくとも企業効率は以前よりもずいぶん改善されてきました。しかし、グループ全体で見るとまだまだ改善の余地があります。敵対的M&Aは、機会があるところに限り生じるものですから、敵対的M&Aへの規制が取り払われても、企業の経営自体が良好である限りそうした買収は存在しないはずです。ですから、買収が起こる前から防衛策を敷き詰めようとするのは不合理な話です。敵対的M&Aへの反対意見は色々あるでしょうが、私の意見は、どれも説得力に欠けるものだということです。
宮島:
一般的な経済学の見地からすると、まさにM&Aは両刃の剣です。つまり、プラス面もあるがマイナス面もある。マイナス面を挙げるとすれば2つあるでしょう。1つは、経営者の個人的利益を動機として行われる買収の場合。たとえば、買収者のコーポレート・ガバナンス体制が脆弱で、M&Aの動機が企業の権力拡大や個人的利益であったとする。こうした買収者が、サムソンやポスコなどの優良企業を買収しようとするのはマイナスの可能性をもつ買収の一例です。もう1つは、株式市場が効率的に機能しておらず、買収企業の株式が過剰評価されている場合に株式交換によってM&Aを試みるケースです。こうなると、過剰評価された買収者側の株式が相手企業の株主に交付され、結果として財産の移行に終わってしまう。こうした状況が現実的であるとすれば、経済の効率性という面から見てM&Aは回避すべきなのでしょうか?
ヨン:
双方向への透明性が必要ですね。つまり、買収側と売却企業の現状と将来的なビジョンの明確化が大切になります。双方側の実情が把握できれば、市場が効率的に機能している限り、株主がM&Aについての最善策を選択できるはずです。ヘッジファンドが明確でなかったので、こうした買収計画の弱点となったこともありますが。
適切な投資額を有する買収者が、経営能力やキャッシュの問題などを抱える企業を買収するという妥当なM&Aであれば承認して然りだと思います。しかし現段階では、敵対的M&Aを防衛し易いという利点が生まれるかもしれませんが、良いM&Aですら起こらないのが現状です。M&Aの状況を熟知しているのであればその決定権は株主にあるわけですが、現状では、政府や少数株主を含むすべてがM&A促進を目指していてもM&Aを生じさせる手立てがない。それが今一番の問題なのです。
編集:宮島英昭 (RIETIファカルティフェロー/早稲田大学商学学術院教授)
矢尾板俊平 (三重中京大学現代法経学部講師)