企業統治分析のフロンティアでは、6月下旬の日本における株主総会の集中時期にあわせ、宮島英昭ファカルティフェローが、バークレイズ・グローバル・インベスターズ株式会社の議決権行使担当者であるインベストメント・ストラテジストの江口高顯氏に、議決権行使に関する各国の事情、機関投資家の議決権行使ガイドラインや議決権行使に関する助言機関が議決権行使に与える影響についてお話を伺った。
インタビューのポイント
- (1) 議決権行使で何ができるのか?
株主総会でどのような議案が取り上げられるかによって、議決権行使の内容が決まる。どの国でも重要なのは取締役の選任。日本では、役員報酬改定や退職慰労金贈呈も決議事項。他には、M&Aや営業譲渡も総会での承認が必要。剰余金配当については、これまでは、総会の決議事項であった。新会社法の下で、定款を変更すれば、総会決議を経ずとも取締役会決議にて決定することが出来る仕組みになった。その結果、相当数の会社で株主総会の招集状から議案として消えている。
- (2) 米国の取締役選任方法の特徴
日本と米国では、取締役の選任の方法が大きく異なっている。米国のデフォルトは、現在でも「プルラリティ基準」で、候補者を獲得票の多い順に定員の枠内で選任する。通常、取締役会が立てる候補は定員の枠内なので、極論すれば一票でも賛成があれば候補者はすべて当選する。このシステムは取締役の安定性を高める効果がある。一方、取締役の不選任を難しくする。最近、このような選任方式を改正しようという動きが見られる。
- (3) 運用会社の議決権行使
受託者責任にもとづいて、議決権行使を行っている。日本株式は基本的にすべて行使し、外国株式についても行使の方針を定めることが要請されている。
- (4) 2007年の株主総会の焦点
今年の株主総会では、買収防衛策と株主からの増配提案がポイント。増配提案については、この3年ぐらい、主として海外の投資家を中心に会社に対して資本政策、バランスシートに関する政策を変えて欲しいという要望が多く寄せられていたと聞く。
- (5) 買収防衛策をめぐる投資家と会社の主張の違い
投資家にとって、買収防衛策の導入は、1)株式の自由譲渡権が制約される、2)買収防衛策の存在が株式市場におけるマイナス要因になる、という発想。会社の経営陣は、「我が社の価値を守る」という発想。
- (6) 会社の「本源的価値」について
会社の価値は、基本的には市場で決まる。投資家にとって株価が会社の価値。これに対し、「市場は間違える」という言い分が考えられるが、他に適切な指標があるのか疑問。
- (7) 議決権行使の助言機関の影響
国内株式の場合、全く盲目的に助言機関の推奨に従うことは少ないだろう。ただ、レポートを読む過程で、意見が左右されることは考えられる。外国株式の議決権行使に関しては影響力が大きい。
- (8) 議決権行使の今日的課題
広範な銘柄に投資する運用の場合、個別の会社の価値創出メカニズムまで立ち入って見ることは難しい。その場合、提案できることは、比較的多くの企業に共通に当てはまるような事柄。その結果、どうしても形式的な要件に行使判断が集中せざるを得ない。米国ではヘッジファンドによるアクティビズムに関心が集まっている。ガバナンスの新しい担い手となるかはどうかは未だ答えが出ていない。
議決権行使で何ができるのか?
宮島英昭 早稲田大学商学部教授・RIETIファカルティフェロー(以下宮島FF):
まず、お聞きしたいのは、議決権行使の基本についてです。そもそも、議決権行使では、どのようなことが可能なのでしょうか。また、議決権行使は、各国で行われるわけですが、行使できる内容は各国で異なるわけですね。この点について日本の特徴や、株主の権利が強いと思われている米国の特徴などをお聞かせください。
江口高顯 バークレイズ・グローバル・インベスターズ株式会社 インベストメント・グループ インベストメント・ストラテジスト(以下江口氏):
株主総会で何が議案になりうるかによって、議決権の行使で何ができるか、という内容が変わってきます。総会議案の種類は、会社法や各会社の定款で定められています。どの国においても最も重要なのは、取締役の選任です。
日本においては剰余金配当(株式の配当金の決定)も、これまでは総会の議決事項でした。すなわち、旧商法の下で剰余金配当は、総会での承認を要していたのですが、新しい会社法の下でそれが柔軟化され、総会の承認を経ずとも取締役会で決めることができるようになりました。そうなると、総会議案の中に、剰余金配当の事項が出てこないことになります。実際に、相当数の会社で、剰余金配当の議案が株主総会の招集状から消えています。
宮島FF:
そうした会社では、すでに、株主総会で定款の変更がされて、取締役会で剰余金配当が決められるようになっているのですね。
江口氏:
昨年の総会時に定款変更されているはずです。さらに、「株主総会に依らず取締役会で決める」という定款変更までしていると、剰余金配当は総会議案となりえません。株主は、配当に関する株主提案もできなくなります。
海外の投資家による増配提案が多いというのが今年の総会の大きな特徴です。しかし、これは「総会に依らず」という定款変更をしていない会社に限られる話で、そうした定款変更をしてしまった会社に対しては、海外投資家がいかに配当政策に不満であっても、総会で提案はできないことになります。
日本では役員報酬も総会決議事項です。役員報酬の全体枠をいくらにするかを株主承認します。また、退職慰労金も株主承認します。そして、役員賞与も総会承認事項です。さらに、合併や営業譲渡についても、総会での承認が必要です。
配当に関してですが、委員会設置会社においては、新会社法を待たずに、既に剰余金配当を総会議案から排除しています。
米国では、剰余金配当は総会の決議事項でありません。株主は配当に文句があっても代替案を総会に提出できません。会社の取締役会に意見を伝えることはできるかもしれませんが、総会という公式のチャンネルを使うことはできません。
株主総会の各国事情
江口氏:
日本と米国では、かなり状況が違います。総会議案に関しては日本とイギリスは似ている面があります。日本と欧州も比較的近い。米国とは、取締役の選任に関して大きな相違があります。
米国のデフォルトは、今でもプルラリティ基準です。「プルラリティ」というのは、定員が2名以上の選挙区における選挙をイメージしていただければわかりやすいと思います。候補者を投票の多い順に定員枠の範囲内で選任する方式です。多くの場合、候補者は会社推薦です。
会社は、もちろん定員枠内を超えて候補者を立てることはしませんので、得票の多い順に全員が当選ということになります。極論をすれば、候補者が1票しか賛成票を得ず、不支持票が多数だったとしても、落選することはありません。その意味で、取締役の安定性が非常に高いということになります。もちろん、候補者の数が定員を上回るのであれば、候補者の間で競合が生じます。
一方、日本、イギリス、ドイツなどでは、総会の過半数の得票が当選に必要になります。それぞれの候補が過半数の票を得ないと落選ということになります。いま、米国で取締役選任方式の改正を進めようとしていて、過半数の得票を必要とする「マジョリティ基準」に移行した会社も増えつつあります。
株主総会の議案も各国によって大きく異なります。「日本になくて海外にあるもの」で言えば、役員報酬報告書の承認があります。これはイギリスで2002年の法令で定まったものです。会社は役員の報酬をどのようなポリシーで決めているのかを仔細に開示して、その報告書に関して株主承認を求めるものです。ただし、決議は取締役会を拘束しないので、仮に否決されたからといって報酬ポリシーが無効になることはありません。
しかし、株主の過半数以上が反対した場合に、会社はそのままでいいのか、ということは問題にはなります。イギリスで2002年の法令で導入されて、2003年から施行され、その後に、報酬ポリシーの株主承認を求める動きがオーストラリア、ノルウェーなどに広がりました。最近では米国にまで役員報酬の内訳についての株主承認の動きが波及しています。米国では、今年の4月末に、下院と上院で「役員報酬に関する株主承認」が法令として賛成を得て通過しました。
本当は、米国の株主の力は相対的に弱い?
宮島FF:
米国では、株主総会で議決できることは相対的に少なくて、主として取締役選任が中心になるということですね。
江口氏:
はい。米国の場合、最重要事項は取締役選任です。取締役を解任できる条件が日本より制限されており、選任の重要性が余計に高まってくるわけです。米国において役員報酬が議案になったのは、比較的最近のことです。その意味では、役員報酬へ焦点を当てることは、米国の歴史的な流れの中でそれほど特徴的なものではありません。
宮島FF:
エンロンの事件、以降ということですね。
江口氏:
そうですね。ストックオプションについて株主承認が要件となったのは、ニューヨーク取引所の上場基準に入れられてからです。
宮島FF:
米国で取締役の選任が問題になっている場合に、プルラリティ基準みたいなものがあると、株主の側は選任を阻止できないという問題が考えられますね。
江口氏:
取締役の選任を阻止するためには、プロキシィファイトを行う必要があります。プロキシィファイトになると、両陣営が別々に委任状を集めることになります。会社側と、ディシデント(Dissident)と米国では言っていますが、株主の側が、それぞれの候補者をワンセットで立てます。投票する株主にとっては、どちらの候補者リストを選ぶかという選択になります。ただリストに含まれる候補者すべてに賛成する必要はなく、一部に不支持の表明をすることは出来ます。
また、これは新しい展開ですが、付属定款に定めることにより、会社の候補者リストに株主が自分達の候補者を含めることが出来ます。その場合、プルラリティ基準によれば得票の多い順に選任されていくので、得票が少なければ選任から外れる可能性があります。
宮島FF:
株主の側からすれば、辞めさせるのは難しいかもしれないけど、自分でやらせたい者を選任するということはそんなに難しくはない、ということですか。
江口氏:
ただ、候補を推薦できる要件があります。また、プロキシィファイトの場合、費用の問題もあります。そのあたりがハードルになっているということだと思います。
運用会社に求められる「受託者責任」
宮島FF:
次に「機関投資家の議決権行使における役割」についてお聞きしたいと思います。これまで、機関投資家自身が議決権を行使すること自体が求められていなかった時代があったわけです。現在は、機関投資家としては議決権行使をするにしても、しないにしても、はっきりした立場を示さないといけないように求められていると思うのですが、いかがでしょうか。
江口氏:
基本的には、たとえば投資信託であれば、投資信託協会の定めがあるので、議決権行使を行うわけです。これは受託者責任ということになります。
宮島FF:
受託者責任が強く意識され始めたのは、90年代の終わり、2000年代初頭ぐらいですか。
江口氏:
そうですね。多分そのあたりかと思います。投資信託協会や投資顧問業協会が自主的なルールを定めて、そのルールに従って各運用会社が議決権を行使する形が決まっていったということになります。
日本株式はもちろんですが、海外の株式についても行使の対象となっています。ただ、これは行使しなければいけないということではありません。ポリシーとして行使しないのであれば、行使しなくても良いのですが、行使するということになれば、日本株と同じように責任をもって行使することが求められています。
その意味では、米国の事情も同じで、米国の投資家も、日本の株式に関して、きちんと議決権行使を行なうことが求められています。
宮島FF:
実態的なイメージとしては、投資している企業から議案書が送られてきていると思いますが、それを精査して対応を決めていく。その場合に、バークレイズ・グローバル・インベスターズ株式会社として一定のガイドラインはありますか。
江口氏:
はい。運用会社はガイドラインを定めることが求められています。ガイドラインに従って、議決権を行使します。日本株式であれ外国株式であれ、全く同じことです。これは、恣意性を排除するという意味を持ちます。個別の議案をガイドラインに従ってどう判断するかを考えていくことになります。
宮島FF:
各運用会社は顧客に対して、つまり運用の委託者に対して「こういうガイドラインでやります」ということを公表する意味を持つわけですね。
2007年の株主総会の焦点
宮島FF:
いま株主総会を前にしているわけですけれども、今年度の株主総会、あるいは株主総会における議決権行使の焦点について、簡単にご説明いただければと思います。前年度は買収防衛策の導入が争点だった。今年は増配提案が争点だとしばしば言われますけれども、どのように理解したらよいでしょうか。
江口氏:
昨年は、新会社法と買収防衛策が非常にクローズアップされました。今年も買収防衛策については、去年の倍くらいの数になっていて、引き続き大きな関心を集めるでしょう。同時に、株主から増配提案が出ているのが今年の大きな特徴かと思います。
これまでも、増配提案は村上ファンドが行っていたし、原発に絡んで、原発反対の立場の株主から、原発の開発に使うよりも増配したほうがいいという観点での増配提案はありました。今年は、かなりまとまった数の増配提案が出ているのが大きな特徴です。提案者は従来の個人株主に加えてファンドや運用会社が目立ちます。
宮島FF:
今年度、増配提案が焦点の1つとなったということは、どのように理解したらよろしいでしょうか。最近の日本の企業の財務政策、あるいは資本政策に問題が発生しているということなのか、それとも投資家のほうで変化が生じているのか。
江口氏:
問題自体は変わっていないと思います。この3年ぐらい、主として海外の投資家を中心に会社に対して資本政策、バランスシートに関する政策を変えてほしいという要望がかなり多く寄せられていたようです。
会社との話し合いの中で、会社へ増配を要請し、さらに望ましいバランスシートの在り方まで踏み込んで行くということだったと思います。これまで借入金がゼロという状態を最も良いとしていたものが、そうではなくて、多少借入も組み入れたような、いわゆる最適資本構成を意識した資本政策への問題提起がなされる。そうした流れの中で、増配の要請が受け入れられるということは、実際にもあったと聞いています。
今年の増配提案というのは、その流れの延長と考えるべきでしょう。要するに上場株式会社は資本効率をもう少し意識した形で運営してくださいということが、株主提案のバックボーンになっていると理解しています。
増配提案の対象になっている会社は、多くの場合、借入はほぼゼロです。一方、バランスシートの資産サイドにはキャッシュや投資有価証券などの金融資産が多額にあります。資本の効率的な利用という観点からすると、これは改善の余地があるというのが株主側の言い分です。
そもそも会社の資金調達の手段には、大きく分けて株式と借入・社債があります。両方を比較すると、資金提供者が要求するリターンの水準がより高いという意味で株式はコストが大きい調達手段です。内部留保は株主への配当をそのまま会社に再投資してもらうことと同じですから、内部留保をそのままキャッシュで貯めておくことは、コストの高い株式で調達した資金をリターンの低いキャッシュで運用することに等しいと言えます。コストの高い資金はより高いリターンが期待できる事業に振り向けられてこそ経済採算性が合います。
また、調達コストが高い資金をより有効に利用するためには、借入でレバレージをかけて行くことも必要でしょう。つまり、資金利用の効率性を上げるためには、借入ゼロの状態から借入のパーセンテージを少し上げて、エクイティのパーセンテージを落とすという方向が望ましいでしょう。そのような展開を前提として、資本の効率的利用の観点から、バランスシートの左側に溜まっている現金を株主に還元していく。このようなロジックを背景にした提案が出ているわけです。ですから、必ずしも取り分を多くよこせというだけのことではないと理解しています。
実際、この点が誤解されているのではないかと推測するのですが、配当が支払われれば、会社の資産が流出してその分だけ株価は下落します。すなわち、この場合、株主は特に得することはありません。
さらに言えば、会社に溜まっているキャッシュを株主に還元して、それを株主が他の有望な成長企業へ投資すれば、資金が不足ぎみの成長企業を育てることにつながり、経済全体の観点からはプラスの効果が生じる可能性があります。
宮島FF:
日本企業の配当政策というのは、利益に対して非感応的である。利益が低いときも無理して配当するという面がある一方で、利益が高くなっても安定配当政策なので配当は変わらず、結果として配当性向が下がるということが起きます。ここ2-3年の増益を背景として、配当性向が再び下がってくる傾向が見えてきているのですが、今回の株主提案というのは、もう少し広く資本政策全般を見直せという要求だと考えたほうがいいというわけですね。
江口氏:
そういうことです。ただ、今年だけに限った現象ではなく、この3-4年続いてきた流れの中で、今年になって一部表面化してきたということで、この表面の下にはもっとたくさんの水面下の動きがあるのではないかと考えています。
宮島FF:
新会社法の施行の結果、定款を変更すれば、利益金処分は取締役会の決定だけでよく、また委員会設置会社を選択すれば、株主総会の決議を経る必要がないわけですね。とすると、こうした会社では、この株主提案自体がナンセンスというわけですか。
江口氏:
そうです。できないということですね。
宮島FF:
そうした企業に対して、機関投資家サイドから財務政策が問題になったときに、「モノ」を言う方法は、今はなくなっているということですか。
江口氏:
公の場では多分ないと思います。新会社法の前提では不満があれば取締役を解任してください、ということです。
買収防衛策をめぐる投資家と会社のそれぞれの主張
宮島FF:
買収防衛策についてはどうでしょうか。
江口氏:
そもそも買収防衛策に対して、株式投資家は、基本的に非常に警戒的になるのが自然な姿です。なぜかと言いますと、TOBというのは要するに株の買い付けだからです。純粋に株式売買と位置づけたとき、買い付けに対して応じるかどうかは値段が折り合えばいいというのが基本です。株式を持っている人間は値段が折り合えば売るし、安いと思えば売らない。ところが、買収防衛策があると、売りたいと思っていても売れなくなります。つまり、株式の自由譲渡権を制約されることになるわけです。
しかし、権利の制限も止むを得ない場面もあるという点に関しては、多くの投資家が賛成するのではないかと思います。たとえば、反社会的な勢力が買い付けに来たときに、取締役会が善管注意義務の一環として、会社を守るということはあり得るし、裁判所も認めるのではないか。
ただ、それ以外になってくると意見が大きく分かれるところで、何でも認められると考える人はいないのではないかと思います。試金石になるのは、次のようなケースです。たとえば、現金対価の全株買い付けで、対価も市場株価にプレミアムが30%乗っていました。このときにTOBを阻止して防衛できるかということです。経営者の何人かに質問してみたことがあります。その答えから判断すると、30%はどうも際どいと考えられているようです。50%くらいプレミアムが乗っていたら、これはまあ防衛する根拠はないという点で皆さんは一致しておられるようですが、30%では、防衛の妥当性もあると考えられているようです。
株式の自由譲渡権に関するスタンスは、投資家と会社の経営陣の考え方を隔てる大きなポイントです。たとえば我々運用会社は顧客の資産を預かって運用しており、高い値段で株式を売ってリターンを上げられるチャンスがあるのに、それを見逃したとしたら、それについて説明することが求められます。株式投資家であれば、30%のプレミアムが乗っている現金対価の全株買い付けオファーを阻止する正当な理由はない、と考えるのではないでしょうか。それが高値で、今後保有し続けてもそれ以上の株価は期待できないと投資家が考えれば、オファーに応じるし、将来もっと株価が高くなると判断すれば、応じない。すなわち投資判断の問題だと投資家は考えるのではないでしょうか。
もう1つ、投資家と経営陣で異なるのは、株式市場のルールとしての観点から考えるという発想だと思います。株式投資家は、その会社だけに投資をしているわけではないので、株式市場のルールとして、何が最も望ましいかを意識します。たとえば、防衛策という制度がTOBに係わる不確実性を増し、M&Aを介した業界再編という経済政策上の要請にマイナスに働くのであれば、個別の事情にかかわらず防衛策に賛成すべきでない、という発想があると思います。
一方、個別の会社の経営陣の立場では、我が社の価値を守るというところが起点になるので、株式投資家と発想が異なってくるわけです。
「アデランス vs. スティール・パートナーズ」 何が争点だったのか?
江口氏:
今回のアデランスとスティール・パートナーズとの案件では、事前警告型の買収防衛策の目的である情報提供について双方から論点が提出されました。事前警告型の防衛策のエッセンスは、一言で言えば「不意打ちは困る」ということだったと思います。買収側からの情報提供は、会社が対案を作成するにも必要であるし、株主が買付者の提案を受け入れるかどうか判断するについても必要だとされました。つまり、不意打ちを食らって情報もなしに買い付けに乗ってしまっては誰も利益を得ないというロジックです。一方、スティール・パートナーズは、そうした情報提供のルールは、すでに金融商品取引法にあると主張しています。確かに、どのような情報が開示されなければいけないかが法令で定められています。
それに対して、経営側はそれだけでは不十分だという考えです。経営陣が判断をするには、法令で定められている情報以上の、もっとたくさんの情報が必要だと主張しています。たとえば、取引先との利害が損なわれないかどうか、従業員の利害が損なわれないかどうか、そこまで考えているというのが経営側の言い分です。そうすると、かなり細かな情報が必要だということになって、金融商品取引法の法令の定めだけでは足りない。ですから、事前警告型を定めるという主張です。
宮島FF:
今回の状況は、少し広い視角から見ると、1990年代初頭の米国に似ている面があります。敵対的買収の嵐の後に、各州レベルで防衛策を認め、それで多くの企業が防衛策を入れてきましたよね。そのあと、株価も下がって買収プレミアムも小さくなったという実証研究もあるのですが、あの状況について、どのようにお考えになりますか。当時、米国では機関投資家も反対せずに、買収防衛策が認められたと思います。
江口氏:
米国のポイズンピルは、取締役会決議で入れられます。日本でも、新株予約権の発行は取締役会でできる事柄ではあるのです。ただ、有利発行に当たるのではないかという議論はあります。有利発行である場合には、株主総会の特別決議が必要になります。
宮島FF:
株主総会で特別決議を行わなければ、差し止め請求ということになるのですね。
江口氏:
そうですね。新会社法の起草に関わった方は、有利発行に当たるから、新会社法の想定する範囲においても特別決議が必要ではないかという見解を持っておられるようです。一方、米国においては、取締役会の決議で入れられており、株主承認を経て入ったものはほとんどありません。米国では、既に導入されたポイズンピルについて、株主承認を求める株主提案が出されます。
ただ、こうした株主提案はほとんどが非拘束的なものです。仮に可決されたとしても、50%超の賛成を取ったとしても、会社はアクションを取る法的な義務はありません。しかし、たとえばISS(Institutional Shareholder Services)のような機関は、何回も経営側が株主提案を無視したら、取締役選任案に反対するという方針を持っています。多くの機関投資家が同じようなガイドラインを持っています。「ベスト・プラクティス・ルール」みたいな観点から、会社としても株主意思を尊重しなければならない、その意思に対して手を打たなければならないという流れには最近なっているようです。
実はこうした動きは比較的新しいもので、2000年以前には株主提案に対する経営側の反応は鈍いとされていました。株主提案に拘束力がなければ当たり前ともいえますが、それが最近どうして変化してきたかは、興味深い研究テーマだと思います。
宮島FF:
「株式の自由譲渡の原則」に反する以上、買収防衛策に関する機関投資家の基本的な姿勢は、原則反対ということですか。
江口氏:
最初のスタンスは、投資家であればネガティブであるはずだと思います。投資家にとってマイナス面が確実にあるので、プラスがあって、それがマイナスを上回ることを投資家の立場から説明して下さい、というスタンスです。原則反対ということですと、全部反対ということになりますから、ニュアンスが違います。運用会社によって大きく判断が分かれるところですね。
会社が持つ「本源的価値」とは何なのか?
宮島FF:
会社が持つ「本源的価値」とは何なのか?
江口氏:
そうですね。しかし、それはなかなか難しいと思います。企業価値の指標として私たちは株価を見るわけです。もちろん、株価は間違えるかもしれないけれども、他にもっと良い指標がないわけです。たとえば買付者から価格の提案があって、それに対して取締役会は「実は、うちの会社はもっと高いのだ」と思ったとしても、客観的な判断とはいえません。
宮島FF:
確かに。マーケットが付けている価格しかないわけですね。
江口氏:
「実はマーケットは知らないんだ」という言い分はあるかもしれない。会社の内部の人間と外部の人間とでは「情報の非対称性」があるかと思いますので、「マーケットは知らない」ことはあるかもしれません。しかし、それならばなぜそれまでマーケットに知らしめるような努力がなされなかったのかということが、疑問として残るわけです。
その観点から考えると、会社の本当の価値とは何であるか、実はあまりよくわからないのではないでしょうか。よく「本源的価値」というような言葉が使われます。買収防衛策の構成に当たっても、本源的価値を基準に買収価格の適切性を判断するという考え方があります。しかし、実は本源的価値というのは抽象的な概念として在りえますが、客観的な手続きに従って確定できるようなものではないとしたらどうでしょうか。
会社の本当の価値は実はよく分からないという認識の下で、日本の法律の基本的なポジションとして、株主に判断してもらいましょうということになっていると理解しています。一方、今年の事前警告型の防衛策でよく見られるように、買付価格が本源的価値に満たない場合、ポイズンピルを発動するということであれば、その場合、株主でなく、取締役会が会社の本源的価値を決定することになります。
宮島FF:
だからこそ、買収防衛策の導入や発動は特別委員会なり、あるいは株主総会を経るというような手続きがないといけないわけですね。特別委員会でも、少し弱いでしょうか。
江口氏:
前に米国では取締役会と株主の権限のバランスが取締役会の方へ傾いているという話をしましたが、比喩的に言えば、買収防衛策とは株主へ権限バランスが傾いている場面で一時的に取締役会へ傾ける、つまり米国型に近づけることだ、というようにも理解できるかと思います。そのように理解すれば、米国での取締役会の独立性の議論が買収防衛策に係わって特に重要となる理由も理解できます。
特別委員会については、特別委員会がどのような存在なのかという問題があると思います。特別委員会は現実には取締役会が任命し、取締役会に説明責任を負うものです。なぜ特別委員会が決められるのか。なぜ取締役会の独立性に替わりうるのかが議論の対象になると思います。多分そうした疑問も要因の1つとしてあって、最近、ポイズンピル発動に関して総会で株主意思を確認するという方式が増えています。しかし、これについても、なぜ総会なのかという疑問が残ります。TOBも株主意思を確認する方法の1つです。なぜ直接TOBに移行してはいけないのか。このあたりはきちんと議論されているように思えません。
TOBではなくて、総会であるための理由で1つ考えられるのは、強圧的な買収を防ぐためということです。米国の経験を踏まえての議論だろうと思います。しかし、強圧的買収を排除するために総会を組み合わせるというロジック、つまりTOBの前に総会を開くというロジックは、ちょっと飛躍した面があると思います。というのは、日本で強圧的な買収は非常に難しくなっていると思うからです。
宮島FF:
さきほどのお話では、全株現金買い付けで30%のプレミアムという設例がありました。1つの要件は、現金買付というお話でしたが、株式交換は考えられませんか。
江口氏:
現金であれば、価値が確定しているわけです。
宮島FF:
つまり、株式交換であれば、買い手の側にとって、一時的に高いという可能性があるということですね。30%というのは、少し高いような感じがしますが、その点はいかがですか。
江口氏:
米国の基準として、プレミアムが大体30%は付いてないといけないというようなことがよく言われています。仮に30%が高すぎるとしても、設例の意味は、それだけ高いプレミアムがついていて、なおかつ株主がTOBに応じるのを妨げる理由があるかという点です。株主の投資判断に委ねることが不都合である理由があるかという点です。
宮島FF:
日本では、最近の合併事例などを集計してみると、ようやく、公開買い付けも少し増えてきたので、その分、買収プレミアムが上がっています。しかし、それでもまだ平均すると10%ぐらいです。ですから30%のプレミアムだとすると、相当大きなプレミアムが付いているケースです。これを拒否することになれば、経営側は非常に明確に、拒否する理由を示さないといけないということになるでしょう。
議決権行使助言機関の影響力をどのように理解するか?
宮島FF:
議決権行使について、議決権行使助言機関の推奨と実際の運用会社の議決権行使の関係について、教えていただけますか。
江口氏:
議決権行使の助言機関で、最も有名なのがISSです。このような助言機関の影響力が米国で最近よく話題となります。
アカデミクスの研究で、議決権行使のパターン、否決・可決のパターンについて個別に見ていくと、やはりISS等の助言機関の影響力が無視できないものになっていることが示されています。
一般論として、どのような形で議決権行使に影響力を及ぼしうるかというと、1つには、全く盲目的に助言機関の推奨通りに行使するという機関が、少なからずありそうだということが言えます。これは直接的に影響力がある。
それからもう1つは、推奨を受け入れるかどうかは別として、レポートは読みますので、その読む過程で意見が左右されることがあると思います。つまり、賛成とも言えるし反対とも言えて、立場を取るのが難しいときに、ISSのレポートに「反対」と書いてあれば、「ああ、そうかな」と思って「反対」と決める人もいるかと思います。ガイドラインによる行使といっても、ガイドラインですべてのものごとを決められるわけではありません。最終的に賛否どちらを採るかを、ガイドラインに記述されていない要素から決めざるを得ないことは少なからずあります。そのときに助言機関が「反対」という情報は、一定の影響度を持つ可能性はあるかと思います。
また、賛否が拮抗する議案に関して、ISSは経営陣に反対する立場の人に賛成する確率が高いという研究があります。この研究が正しいとするならば、ISSが影響力を持つということは、全体的に経営陣に批判的な意見を強くする方向へ作用するという可能性があると思います。
今回のアデランスとスティール・パートナーズの買収防衛策を巡る両社の言い分の相違に関して、ISSは会社提案を支持することをかなり早くから表明していました。これは、ISSの意見に聞く耳を持つ、特に海外の投資家の行使行動を左右したと思われます。
ただ、このとき助言機関のグラス・ルイスは、会社提案に反対でした。つまり、助言機関の意見がはっきりと分かれました。これが、今回の票決がかなり拮抗していた原因にもなっていると思います。アデランスは非常に外国人投資家の比率が高い。我々もそうですが、議決権を行使する場合、自国株式よりも外国株式のほうが難しい。各国のコーポレート・ガバナンスの状況やベスト・プラクティスの在り方は一様でありません。自国株式についての基準は外国の株式に関して必ずしも適切といえません。ですから、外国株式の議決権行使は自力だけではできません。
議決権行使の今日的課題
宮島FF:
次にコーポレート・ガバナンスにおける機関投資家の役割に論点を移しましょう。一般にコーポレート・ガバナンスでは、企業の持っている経営計画について、実際に将来性が高いかどうかを資金供給者のうち誰が判断するということと、もう1つは、企業が行なった投資の結果がパフォーマンスを生まなかった場合に誰がいかに経営者を交代させるかということです。この2つの仕組みがコーポレート・ガバナンスのコアだと思います。20年以上昔ですと、銀行が両方を行っていたわけです。大きな投資の案件を精査して決めるのは銀行で、この投資のスクリーニングなり審査が資本市場にも影響を与える。そして、うまくいかなかった場合に、銀行が最後に経営者の交代のトリガーを引くわけです。
しかし、今は明らかにその仕組みが変わって、マーケットが、経営計画が正しいかどうか、それから経営者の能力が十分であるかどうかを決める傾向が強まった。その意味では、機関投資家が果たしている役割が非常に大きいと思います。
そのときに、それぞれの企業の持っている経営計画が将来にわたって企業価値を生むかという経営モデルを評価する場合、特に日本の企業の場合のポイントは「人的資源」、つまり、その企業が他の企業と持っている長期的な関係とか、あるいは企業内で持っている人的資本の蓄積、あるいは人的資源をどれくらい有効に活用するかというのが、企業価値創出の重要なコアになりますよね。
しかし、やや大胆に言ってしまうと、ISSや企業年金基金連合会のガイドラインは、こうした日本の長期雇用のような慣行をどのように利用するかという視点をあまり持っていないのではないか。だから、日本の企業がそのような成り立ちを持っていて、企業価値を上げるために企業の持っている人的資産をユーティライズできるような経営計画を設定しないとダメだという部分を、資本市場がうまく評価できるかどうかが問題ですね。
機関投資家がいま日本企業を見ていく場合は、アメリカ企業とは違うような基準で日本の企業の企業価値の創出の仕方を評価するようになりつつあるのか、僕はそのようになったほうが良いのではないか、と思いますが、いかがですか。
江口氏:
総会時期が集中するため議決権行使は、一時期に大量の処理を要求されます。運用会社によってアプローチが変わります。アクティブの株式運用をやっている、しかも我々のようにクォンツではなくて、アナリストが個別に判断しながらやっている運用会社は比較的少数の銘柄しか持っていません。その場合、少数の銘柄を集中的に研究して、その結果が議決権行使につながるということはもちろん十分あり得るし、多分そうなっているだろうと思います。
ただ、私どもの会社のように非常にたくさんの銘柄に対して投資する運用では、行使対象の銘柄が非常に多数になります。しかも運用のスタイルがアナリストに頼るのでなく計量的に、統計的に処理して行きます。この場合、個々の企業の内実をじっくり見ていくというのは困難になります。
さっき先生がおっしゃったように、個別の企業の価値創出メカニズムまで立ち入って見ていけるかというと、なかなかそこまで余裕がないというのが実態だろうと思います。多分、企業年金基金連合会もそのあたりは非常にご苦労されている部分であろうと思います。
米国において1990年代に「機関投資家待望論」というのが出ました。1980年代には敵対的なM&Aが企業に対するガバナンスを担っていた。要するにダブダブな企業を締める、無用に多角化した会社で資産譲渡を進めてもっとスリムな形にするという形で、M&Aが非常に大きな効果をもたらしたわけです。ところが、90年代に入ると潮が引くようになりました。
そして、敵対的買収に替わって90年代のガバナンスを担うのは何かという問題提起に対して、90年代の初めに経済学者の多くが一斉に、「これからは機関投資家に頑張ってもらいましょう」と唱えました。そのとき、頭にあったのは、公的年金を中心とした巨大な年金基金です。
こういった年金基金がどれだけのことを達成したかが今日的な問題設定ですが、なかなか結論を導くのが難しい。数字の上での結果は明確でありません。評価についても意見が分かれると思います。ただ、当初に期待されたほどの成果は上がっていないとは言えると思います。
それには理由があります。日本の年金に比べれば、アメリカの年金は多分多くのスタッフを雇用していると思います。それでも、アクティブ運用の運用会社のように個別の銘柄について深く突っ込んで研究しているということではないように思います。
そうすると、年金基金が提案できることは、比較的多くの企業に共通に当てはまる事柄になるかと思います。つまり、どうしても形式的な要件に集中せざるを得ない。確かカルパース(米カリフォルニア州職員の年金基金)も、最初はフォーカスリストとかを作っていましたが、あるときに方針転換して、やはりコーポレート・ガバナンスの形式的な側面を中心に据えるようになったと理解しています。すなわち、年金を主体としたガバナンスがどれだけ効果をあげられるかは、形式的な要件を整備することによってパフォーマンスにどれだけの影響を及ぼすことができるのかという話に、結局、帰着することになります。
米国でいろいろな研究成果があります。米国ではたとえばIRRCというところが、10年以上にわたってガバナンス指標の基礎となるデータを収集していました。そのようなデータを使って研究する。コーポレート・ガバナンスの指標とパフォーマンスの数字の関係を統計的に検証する研究が多数あります。
結果はどうかというと、有意に関係するという研究もあれば、そうでもないという研究もあります。実態はまちまちというところではないかと思います。これは当たり前といえば当たり前で、コーポレート・ガバナンスは会社の組織とか、制度とかを議論の対象にしています。直接パフォーマンスの数字に結び付くには、いくつかのステップがあるわけです。そのステップごとに他にもいろいろな要因が入ってきて、最終的な数字が生まれる。最初と最後だけぶつけて見ても統計的に有意な因果関係は見出し難いということがあります。本来はもう少し中間的な段階にまで立ち入って、どのように影響の連鎖が及ぶかを細かく見ていかなくてはいけない、と思います。
誰が、会社の「ガバナンス」の監視者たりうるのか?
江口氏:
基本的には、比較的形式的な側面に年金基金の関心が絞られるとすると、パフォーマンスの数字に直結する成果はなかなか期待し難い。それが米国で起こっていることであると思います。
今考えられていることは、パフォーマンスの数字に直結する方法がないかという点です。それは誰が担うのか。
宮島FF:
誰でしょうか。
江口氏:
難しいところですね。それがわかればいいのですが。現象的には様々なことが起こっています。最近米国で目立って日本でも目立ち始めているのは、ヘッジファンドの活動です。アクティビストのヘッジファンドが議決権行使も手段にしつつ、自分たちのファンドのリターンを上げようとしています。
これに対しては2つの見方があると思います。ネガティブな見方としては、ヘッジファンドは議決権行使でイベントを作り出して、イベントに引きずられた株価の変動から利益を得るに過ぎないという見方です。そうすると、議決権行使を本当に善用しているのかという疑問が生じます。
ただ、もう一方ではヘッジファンドは、個別企業の、個別の問題を、かなり突っ込んで研究し、いまのCEOを替えてもっと別の人を入れたらいいというところまで提案を出しています。場合によっては事業譲渡を迫ることも行います。今までの90年代の機関投資家のガバナンスの効果が形式要件に傾いたため、効果が間接的にとどまったとしたら、実質的なところに踏み込むヘッジファンドの活動から、ひょっとするともっと明確な成果が出てくるかもしれないという期待感が生じています。ただ、マイナス面もあるので、プラスとマイナスで、どちらが勝るだろうかをみんな見極めたいと考えているのだと思います。
宮島FF:
ありがとうございました。
矢尾板俊平 (RIETIリサーチアシスタント/中央大学経済研究所準研究員)