Research & Review (2005年1月号)

特許化された技術の源泉

玉田 俊平太
研究員

本研究の目的

長期的経済成長の要因は、労働や資本の投入もさることながら、技術変化によってその多くがもたらされることが明らかとなっている(Solow, 1956)。そして、技術変化をもたらす重要な要素のひとつとして、大学などで行われる科学研究が挙げられている(Mansfield, 1991)。科学に対する公的支援も、主としてこうした理由によって正当化されてきた。

科学への公的支援と産業における技術変化との関連を検証するため、ナリンらはアメリカ特許と科学研究論文との間の引用関係(サイエンスリンケージ)について研究を行った。そして、膨大なデータベース分析によって、米国におけるサイエンスリンケージが強まっていることを明らかにし、米国における公的研究機関の果たしている役割が増大していることを実証した。ナリンらは、アメリカの企業特許が引用している論文の73%は公的研究からもたらされたものであり、その著者は大学、研究機関、その他の公的研究所に所属していることを明らかにした。また、各国の発明者は、期待されるより2倍から4倍も多く自国の論文を優先的に引用しており、特に、特許化された技術がアメリカの論文に依存する割合は急速に増えていることを明らかにした。引用されたアメリカの論文は現代科学の主流であり、その特徴は、非常に基礎的であること、有力雑誌に掲載されていること、そして著者は一流の大学や研究所の所属していることである。特に、最近では米国国立保健研究所(NIH)、アメリカ国立科学財団(NSF)その他の公的機関からの助成を受けたものが多くなっていると述べている(Narin et al., 1997)。

技術変化と科学との関係は日本においても重要であるが、日本の特許を対象とした研究はほとんど行われていない。そこで、本研究においては、日本特許中に引用されている論文等を可能な限り入手し調査することを通じ、日本特許に影響を与えている科学はどの国のどのような属性の機関において研究されたものであるのかを明らかにする。さらに、論文等の謝辞についても調査を行い、その科学研究を助成したのはどの国のいかなる機関であるのか等の事実関係を調査する。

これら調査を通じ、本研究は特許化された技術的知識の創出過程における科学研究および当該研究に対する助成の効果を定量的に明らかにし、もって産業技術政策の立案のための基礎的定量的資料を提供することを目的とする。

重点四技術分野におけるサイエンスリンケージ調査

(1)重点四分野特許の抽出とその国籍の調査
筆者らは独自に日本特許データベースを構築し、1995年から1999年の5年間に特許性有りと審査され公開された特許約65万件から、第二次科学技術基本計画において重点分野とされたバイオテクノロジー、ナノテクノロジー、情報技術(IT)、環境関連技術の4つの技術分野に属する特許を選別した。続いて、それぞれの技術分野からの特許標本を300件ずつのランダムサンプリングによって得た。
サンプリングされた特許の特許権者の国籍の分析を行った結果、バイオ特許の50%の150件が外国に住所がある機関からの出願であり、ナノテクノロジーでは28%の86件、ITでは14%の43件、環境関連技術では12%の36件が外国からの出願であるという結果となった。外国出願のうち多くがアメリカからの出願であった。
ここで注目されるのは、バイオ技術分野およびナノテク分野における外国からの出願比率の高さである。通常、日本特許における外国からの出願は1割程度といわれているのに対し、バイオ分野においては特許の実に5割が、ナノテク分野においても約3割が外国からの出願である。
それではなぜ、バイオ分野やナノテク分野で外国からの出願が多いのであろうか。企業がある技術を特許出願するのは、出願先の国においてその技術を独占的に実施したいからにほかならない。そして、ある技術が特許として認められるためには、新規性と進歩性が要求される。すなわち、ある技術分野における外国からの特許比率が平均よりも上回っているということは、日本のその技術分野の市場における外国企業の技術的優位を示すものと考えられる。バイオ分野特許の5割、ナノテク分野の約3割の特許が外国企業に対して与えられているという事実は、それぞれの技術分野において外国企業(主にアメリカ企業)が技術的優位性を持っていることを示していると考えられる。

(2)重点四分野におけるサイエンスリンケージの調査
各技術分野の特許からランダムサンプリングされた特許300件ずつに対し、その全文中に引用されている論文等の計測を目視により行った。
その結果、特許に引用されている論文等の数(サイエンスリンケージ)は、バイオ、ナノテク、IT、環境の順であり、バイオ技術分野が最も多く、最大値で111件、平均値で11.5件、中央値は6件で、標準偏差は14.6であった。バイオ分野に次いでサイエンスリンケージが多かったナノテクノロジー分野では、最大値で73件、平均値で2.0件、中央値は0件で、標準偏差は5.8であった。サイエンスリンケージが3番目に多かったIT分野では、論文等引用件数は、最大値で8件、平均値は0.32件、中央値は0件で、標準偏差は0.92であった。サイエンスリンケージが最も少なかった環境技術分野では、論文等引用件数は、最大値で9件、平均値で0.26件、中央値は0件で、標準偏差は1.1であった。(図1参照)

図1:技術分野別・ランク別1特許あたり引用文件数(引用のない特許を除いたもの)

特許に引用されている論文の研究

次に、重点四分野特許によって引用されている論文等を可能な限り収集した。具体的には、抽出された重点四技術分野特許に引用されている論文等を、東京大学で購読している科学文献データベースScienceDirectや東京大学図書館の蔵書をもとに可能な限り収集し、分析対象とした。収集した論文数は4000本以上に及んだ。

(1)引用されている論文の国籍
収集した論文等の著者の所属機関の住所から、論文の基となった科学研究が行われた国(以下「論文の国籍」という)の推定を行った。
最もサイエンスリンケージが強かったバイオ分野において、引用されている著者の所属機間の住所が明らかとなった約2800本の論文等の分布を見ると、アメリカの研究機関に属する著者のものが過半数を占め、2位の日本のものは9%にとどまっていた。3位以下の順位は、イギリス8%、ドイツ4%である。この結果から、我が国に出願されたバイオ技術分野特許の6割が、アメリカにおいて研究活動が行われた論文の知識に依拠して考案されたと推測される。また、論文等の78%は大学、国立研究機関等において研究が行われたものであり、企業の論文は13%を占めるにとどまった(図2参照)。

図2:論文等著者の所属機関の属性

同様に、ナノテクノロジーにおいては引用されていた約400本の論文中、アメリカの研究機関の論文がほぼバイオテクノロジーと同じ比率の58%、次いで日本の研究機関の論文が22%を占めた。以下イギリス6%、フランス4%の順となる。一般に、ナノテクノロジー分野では日本も国際水準にあると言われているが、特許に引用されている論文の国籍からみると、バイオテクノロジー同様アメリカにおいて研究された科学的知識に依拠してナノテクノロジー分野の発明が行われていることが類推される。また、バイオ分野と比較して、日本の論文等が特許に引用されている比率が2倍以上多いという点が注目される。バイオ分野との比較においては、日本において研究された科学の成果が特許に影響している度合いが大きいことが考えられる。これら論文等の59%が大学や公的研究機関に所属する著者によって著されており、企業に所属する著者によるものは33%であった。
IT分野においては、引用された論文著者所属機関の住所は、日本のものが14本、39%でトップ、米国が1本少ない13本で37%、次いで、ドイツが3本で9%であった。ただし、IT分野特許300件に引用され、国籍が判明した論文数自体が35本と、バイオ技術の80分の1、ナノテクと比較しても10分の1以下の少ない数であるため、バイオテクノロジーやナノテクと同列に論文の国籍の比率について論じることには留意が必要であるが、あえて論じるなら、日本で研究された論文等の特許における引用がアメリカをやや上回り、IT分野特許に影響を与えた科学研究は日米でほぼ拮抗していると考えることができよう。また、著者の50%が企業に所属しており、大学や公的研究機関の著者比率44%より多いことから、IT分野においては、企業にいても研究開発活動が活発であることを示すと考えられる。
環境技術も、同様に国籍が判明した論文等が43本と少ないために留意が必要である。その中を見ると、日本が16本で38%を占め1位、以下アメリカが11本、26%で2位、以下イギリス4本、9%、ドイツ3本、7%と続く。この結果が示唆するのは、環境関連技術特許に影響を与えた科学研究の4割弱が日本において研究されたものであり、環境分野の研究においては日本がアメリカを上回っていると考えることもできよう。環境技術分野では論文著者の89%が大学や公的研究機関に所属しており、企業が占める比率は19%であった。これは、環境技術分野の特徴を示していると考えられる。

(2)バイオ特許権者の国籍と論文の国籍とのクロス分析(図3参照)
しかし、ここで想起されるのは、「バイオ分野においてアメリカの論文等の引用が多いのは、単にアメリカからの出願に米国における論文等が多く引用されていることに起因するのではないか」という反論である。そこで、特に外国からの出願が多いバイオ技術分野特許について、日本人(法人含む、以下同様)による出願、アメリカ人による出願、及び欧州等からの出願の3つに分類し、それぞれの地域から出願された特許に引用されている論文の国籍を計測した。その結果、バイオ技術分野においては、日本特許150サンプルに引用されている735本の論文等の研究機関の国籍は、アメリカが53%、次いで日本の25%、欧州等の23%であった。アメリカの83特許に引用された1140本においても、アメリカの論文等が1番多く72%を占め、次いで欧州等の論文が25%、日本のものは3%であった。欧州等から出願された43件の特許においては、891本の論文等を引用しており、アメリカのものが1番多く55%を占め、次は自らのエリアである欧州等の論文が40%、最後が日本のもので5%であった。
バイオ技術分野特許で特徴的なのは、出願人の国籍がどこであれ、米国の論文等の引用比率が1番高い、という事実である。人の移動や言語の壁等、知識の伝搬にも一定の取引費用がかかるとすると、距離的に近接した、あるいは、言語が共通な地域の論文等をより多く引用する傾向があると類推されるし、実際にそういった先行研究も存在する(Narin et al., 1997)。にもかかわらず、バイオ技術分野においては、米国の論文等の引用がどの国の特許においても最も多いという結果は、ナリンの言う strong national component を凌駕するほどアメリカがバイオ研究においては活発に知識を発信しており、世界に対して影響を与えているということが言えると考えられる。

図3:バイオ分野における特許権者-論文著者国籍クロス分析

(3)バイオ分野論文助成機関の調査(表1参照)
バイオ分野特許において特許権者の国籍にかかわらず多く見られるアメリカ論文等の引用は、いかなる理由によるものであろうか。この問いに対する答えを模索するため各分野の論文の謝辞を調べ、 this research is supported by というような直接的に助成を受けた記述を抜き出した。
その結果、バイオ技術分野特許が引用している論文等約4300本のうち76%が助成を受けた旨の記述があった。これは、ナノテク分野の42%、IT分野の31%、環境分野の43%と比べても高い数値である。そして、助成機関のほとんどが米国に所在することもバイオ分野の特徴である。

表1:バイオ分野引用論文等の助成機関の調査

考察

これらの結果から明らかとなったことは、サイエンスリンケージが際立って多いバイオテクノロジー分野においては、(1)特許権者に外国に住所がある企業が占める比率が5割と他の技術分野と比較して高く、なかでも全体の3割をアメリカに住所のある企業が占めること、(2)特許権者の国籍にかかわらず、特許に引用されている論文等の著者の組織にアメリカの研究機関が多いこと、(3)その研究機関は大学や政府の研究機関が占める割合が高いこと、さらに、(4)論文の謝辞に助成機関が記載されている比率が他の分野と比べて高く、そのほとんどはアメリカの機関であること、の4点である。

最初の結果は、特許から見た技術の国際競争力を示していると言うことができ、バイオテクノロジー分野においては外国企業、特にアメリカ企業が優位性を持っていることを示していると考えられる。2番目の結果からは、基礎研究においてはアメリカが優位であり、ヨーロッパや日本の企業もそのスピルオーバーの恩恵を受けていること、3番目及び4番目の結果からは、特許に結びつく技術の基となったバイオ関連科学研究は、主として大学や政府の研究機関が担っており、その背景にはNIHをはじめとするアメリカ政府からの膨大な助成があること、が定量的に実証されたと考えられる。

すなわち、少なくともバイオ分野においては、主としてアメリカの公的資金による助成を受けた、アメリカに所在する大学等で行われた研究成果が論文の形で発表され、それが特許化された技術の源泉となっていることが示された。そして、公的資金による研究成果はアメリカ企業のバイオ分野における競争力を高めるとともに、欧州や日本にも公共財としてスピルオーバーして、日本や欧州の企業の特許においても活用されていることが明らかになった。

ノーベル賞の2000年から2002年までの3年連続受賞などで、あたかも日本の科学研究の水準は世界と互角になったかのような議論がある。しかし、日本人ノーベル賞受賞者の合計は、科学分野でまだ8人とアメリカの約200人、イギリスの約70人と比較すると大きく劣っている。そのうえ、受賞者の多くは外国で教育を受けていたり、外国での研究業績で受賞したりしている。本研究の定義に当てはめると、外国の資金や研究システムに依拠して外国で研究された論文は、彼らが国籍上は日本人であっても「外国籍の論文」として分類されるべきものである。

現在、第三期科学技術基本計画の策定に向けた議論が活発になってきている。研究費バブルなどという言葉がささやかれ、財政上の理由から科学技術関連経費削減の議論も聞かれる。しかし、これまでに述べてきたように、サイエンスリンケージの定量的研究が示すのは、日本の科学研究、特にバイオ分野に関する科学的知識が圧倒的に「入超」であり、「知識貿易赤字」の状況にあるという事実である。これは、日本の科学研究ストックの脆弱性を示すものであり、わずか10年程度GDPの1%のフローを投入しただけではまだまだ不十分であると考えられる。言うまでもなく、わが国は天然資源に乏しく、国土も狭隘な島国である。科学技術システムの不断の強化を通じた、高度な知識集約型の製品を創出する能力の向上こそが、わが国が経済成長を維持し、豊かな国民生活を送る唯一の手段である。今ここで科学技術創造立国への努力を怠ることは、今腹が減っているからと言って金の卵を産む鶏を殺して食べてしまうがごとき、国の自殺行為であると言うことができよう。

文献
  • Solow R., 1957, “Technical Change and the aggregate production function,” Review of Economics and Statistics
  • Mansfield E., 1991, Academic research and industrial innovation, Research Policy 20: 1-12
  • Narin F., Hamilton K., Olivastro D., 1997, The increasing linkage between U.S. technology and public science, Research Policy 26: 317-330

2005年1月28日掲載