RIETI政策シンポジウム

急増するFTAの意義と課題-FTAの質的評価と量的効果-

イベント概要

  • 日時:2007年3月22日(木) 13:00-18:00、3月23日(金) 10:00-17:10
  • 会場:東京全日空ホテル B1F ギャラクシーの間 (東京都港区赤坂1-12-33)
  • 議事概要 Part II FTAの効果

    セッション1:貿易への影響

    [セッションの概要]

    本セッションでは、下記の問題意識を背景に報告が行われた。報告の内容は、FTAの量的評価に関して計量経済的手法から検証を行ったものである。

    1. FTAの貿易への影響を記述分析と計量経済分析から検証する。
    2. FTAの貿易創出効果と貿易転換効果を重力モデルから推計する。

    [浦田報告の概要]

    浦田報告では、以下の2つの分析方法を用いて、FTAが貿易の流れにもたらす影響、特にFTAの貿易創出効果と貿易転換効果の有無についての分析が行なわれた。

    1. 記述分析によって、貿易相対比率と貿易緊密度指数を指標とし、FTA加盟国全体における域内貿易の重要性を分析した。
    2. 重力モデルによる計量経済分析によって、総貿易および産業別のデータを用い、貿易創出効果と貿易転換効果を推計した。
    3. 記述分析から得られた結果は以下の2点である。
      (1) NAFTA、AFTA、Mercosur、CERには貿易創出効果が見られた。
      (2) EU、NAFTA、AFTA、Mercosur、CERでは貿易全体に占める域内貿易の重要度が高かった。
    4. 重力モデルによる計量経済分析から得られた結果は以下の点である。
      (1) 総貿易データ分析はFTA全体が貿易創出効果をもつことを示唆した。
      (2) しかし、特定のFTA協定について分析すると結果にばらつきが見られた。
      (3) 産業別データ分析によると、EUの場合、食料品、動植物生産品、アパレル、輸送機器産業で貿易創出効果が見られ、NAFTAの場合、食料品、動植物生産品、輸送機器産業で貿易創出効果が見られた。また、貿易転換効果はEU、NAFTA、Mercosur で見られたが、AFTAには見られなかった。
    5. 2つの分析結果から得られた総論は以下の3 点である。
      (1) AFTA、CER、Mercosurは比較的閉鎖的、内向的である。他のFTAについては実施期間が短いため影響を測定できない。
      (2) 貿易に影響を与える直接投資などの要素を排除しているという限界性を含んでいる。
      (3) 今後の研究課題としてパネルデータ分析が必要である。

    浦田報告に対し、SCOLLAY氏から以下のような議論が行われた。

    1. 重力モデル分析におけるFTAのダミー変数はより精緻な取り扱いが必要ではないか。具体的には、FTAの実施期間の差、各FTA協定の特性の差(自由化の範囲やタイムプロフィール)を考慮しなければ正確な分析ができないのではないか。
    2. 貿易比率と貿易緊密度指数を用いてFTAが既存の傾向に変化をもたらしたかを分析する際には、古くからある協定と新しい協定とを分けて分析する必要があるのではないか。
    3. 各FTAがもつさまざまな自由化の度合い( 既存障壁の違い、原産地規則、貿易円滑化の措置) とタイムプロフィールを分析にどのように取り入れるか。
    4. FTAの規模によって貿易への影響が異なるのではないか。
    5. FTAの効果を分析するにあたっては、マクロ経済状況も考慮しなければならない。

    また、フロアから以下の質問がなされた。

    1. FTAには加盟国が隣接している場合と遠距離に及ぶものがあるが、距離の効果をどう考えるか。
    2. 固有のFTA協定がもつ特性、たとえば直接投資、特恵マージンなどをどう考えるか。

    質問に対し、以下の回答がなされた。

    1. 分析モデルでは距離を変数に入れているので、地理的距離は考慮されている。
    2. 固有のFTA協定がもつ特性を詳細に見る必要があることに賛同するものの、個別データに基づく分析は難しいことから、本分析ではダミー変数とした。

    セッション2:経済への影響

    [セッションの概要]

    本セッションでは、下記の問題意識を背景に報告が行われた。報告の内容は、FTAの量的評価に関して一般均衡(CGE)モデルを用いたシミュレーション手法により検証を行ったものである。

    [阿部報告の概要]

    阿部報告では、一般均衡(CGE)モデルを用いて、日本のFTAが経済にもたらす影響を評価し、さらにFTA協定の多様な枠組みによる影響を評価し政策的含意が示された。具体的には、日本の二国間および多国間地域協定についてCGEモデルを用いてシミュレーションを行い、これらの結果を比較し、分析した。

    1. 一般均衡(CGE)モデルのシミュレーションによる貿易量効果( 貿易創出効果と貿易転換効果)を分析するにあたって、GTAPデータベースから日本―シンガポール、メキシコ、マレーシアの3つのFTA協定における各国の輸入比率と関税率を算出した。
    2. また、GTAPデータベースを用い、日本とシンガポール、メキシコ、マレーシアのEPA 協定で関税削減を行った場合の効果を、GDPおよび等価変分(EV:厚生を表わす指標)へのマクロ経済的影響を中心にシミュレーションにより分析し、結果は以下3点の通りであった。
      (1) FTA加盟国、日本とその協定相手国は、GDP およびEV を増やすが、非加盟国は貿易転換効果によりEV が減少する。
      (2) メキシコ、マレーシアはGDP が大幅に増加するが、日本、シンガポールはあまり増加しない。より大幅な関税削減によってより大きな厚生の増加が得られる。このような結果が得られた理由としては、メキシコ、マレーシアは大幅な関税削減の余地がある一方、シンガポールは現時点でほとんどの関税はゼロであること、また、日本は農業分野で高関税が維持される可能性が高いことから、貿易自由化の範囲が限定的であることなどが考えられる。
      (3) FTAにより世界のEV が上昇することから、FTA協定は小額であっても世界的厚生の増加を見込める。
    3. 日本のFTAおよびEPA 協定の将来のシナリオについて、二国間協定(i. ASEAN8、ii. 中国と韓国、iii. ASEAN10カ国+韓中、iv. ASEAN10+5(中・韓・豪・印・NZ)と東アジア多国間地域協定(i. ASEAN10、ii. 日中韓、iii. ASEAN10+日中韓、iv. ASEAN10+6(日・中・韓・豪・印・NZ)の枠組みでシミュレーションを行った。

      二国間協定の結果は以下5 点の通りであった。
      (1) 日本はいずれの二国間FTA協定からも厚生の増加を得る。
      (2) 日本の厚生の増加は二国間FTA協定数が増えるほど拡大する。
      (3) 3つの既存FTA協定(シンガポール、メキシコ、マレーシア)による厚生の増加は、中国、韓国、ASEAN10とのFTA協定と比較すると格段に小さい。

      (4) 特に、ASEAN10+5のFTA協定は、3つの既存FTA協定の7 倍の厚生増加をもたらす。
      (5) 日本の二国間協定は貿易転換効果により第三国の厚生を減少させる。

      多国間地域協定の結果は以下の4点であった。
      (1) 地域協定に加盟する国はいずれも厚生の増加を得る。
      (2) 加盟国の厚生増加の度合いは地域協定の加盟国の拡大数に比例する。
      (3) ASEAN10+6による地域協定は加盟国と世界全体に最大の厚生増加をもたらす。
      (4) しかし、貿易転換効果により非加盟国には厚生の減少をもたらす。
    4. 日本の農業部門開放を除外した場合、ASEAN+6の厚生は減少する。

    阿部報告に対し、板倉氏から以下のような議論が行われた。

    1. FTAの量的評価は、FTAやEPA の増加やWTOドーハラウンドでの自由化交渉の局面によって国際経済政策が変化していること、さらに、FTAによる経済や産業への影響や政策提言の形成への貢献から必要とされている研究である。
    2. 一般均衡(CGE)モデルは、政策変更が経済全体に与える影響をシミュレートし、経済理論を基礎に現実の経済データを利用しコンピュータを用いてシミュレートを行う分析であり、比較静学が中心だが動学的分析も可能な分析方法である。
    3. GTAPとは、Global Trade Analysis Project(国際貿易分析プロジェクト) のことである。GTAPデータベース第6版(Dimaranan and McDougall 2006)とGTAPモデル(Hertel,1997) version6.2があり、米国パデュー大学国際貿易分析センターで開発が進められている (www.gtap.agecon.purdue.edu) 。
    4. CGEモデル分析はFTAの量的評価に利用されており、政策担当者と経済学者との間で透明性の高いデータおよびモデルとされている。
    5. 一方で原産地規則や生産分業といった詳細な事象にも目を向けるべきである。

    また、フロアから以下の質問がなされた。

    1. 日本はFTA協定により厚生が増加する場合、相手国としての韓国、中国の厚生も相対的に増加するのか。また、日米FTAに関してどのような効果が見られるか。

    質問に対し、以下の回答がなされた。

    1. 日中韓FTAについては農業分野の開放を除外するとしても、メリットは変わらない。しかし、日本にとってFTAの相手国が増えてくる情況となれば、農業分野を除外すると貿易創出効果が小さくなりメリットが縮小する。このため、日本はFTAの相手国が増えてくる状況になると、農業開放を真剣に検討することが必要であろう。日米FTAにとっても、農業分野に強い米国に対して日本は農業、サービス分野を開放するとメリットが大きくなりうることが想定される。

    セッション3:特恵措置の利用度

    [セッションの概要]

    本セッションでは、下記の問題意識を背景に報告が行われた。報告の内容は、日本の自由貿易協定(以下、FTAあるいはEPA)において利用者の立場から質的評価を行ったものである。ここではEPAの利用度をEPAによる特恵を活用するために必要な書類である特恵原産地証明書の取得状況を検討することで分析した。

    1. 実際に、EPAの利用者である日本企業が、日本政府が締結してきたEPA を利用しているのであろうか。
    2. もし利用していないのであれば、その理由はどのようなものであろうか。

    [高橋報告の概要]

    高橋報告では、2006年に大阪、神戸、京都の各商工会議所およびJETRO 大阪の協力によって行われた調査をもとに、「FTAにおける特恵措置の利用度」をテーマに報告が行われ、以下の点についての指摘がなされた。

    1. EPA の利用度においては、極めてその利用度が低いということが明らかにされた。日本・シンガポールEPAに関しては2002年11月時点で会員企業の3.8%しか利用していないことが判明した。日墨EPA に関しては、12.5%の会員企業が利用しているということであった。日馬EPA に関しては5.5%と低い結果ではあるが、発効が最近のため時期尚早と考えることもできる。
    2. EPAの利用に躊躇する理由として、3件のEPAにおいての最大の原因はその動機および必要性がないからであるということ、そして取引がないからという理由である。また、その使い方が分からないためという理由を挙げる会員企業も多くを占めた。
    3. 3件のEPAのパートナーであるシンガポール、メキシコ、マレーシアが日本にとって主要貿易相手国ではなくミスマッチが生じている。
    4. EPAによって生じる恩恵はまだはっきりとした結果が出ていない企業が大半のようであるが、利益に貢献している企業の利益にいくつかは貢献しているようである。さらに複雑な手続きによるコストから、簡略化も必要である。
    5. 近い将来、EPAパートナーとして締結する可能性が高い国々に関して、会員企業が希望する国および地域としてはベトナム、ASEAN、韓国、インド、インドネシアなどであり、ブルネイ、チリ、スイスなどは少数派であった。

    高橋報告に対して、岡山氏から以下のような議論が行われた。

    1. EPA 利用促進に向けた課題として、日本が締結したEPAの内容に関する情報提供の必要性、日本が締結したEPAの利用方法についての普及・啓発、日本以外の国、特にEPA の相手国が締結したFTAについての情報提供が必要なのではないか。
    2. 特恵原産地証明制度の課題として、輸出企業のみならず、自社の製品を直接輸出しない部品メーカー等、また企業の輸出部門の担当者のみならず購買、財務部門担当者へのEPA、原産地証明制度および原産地規則についての情報の普及の必要性があるのではないか。また、システム関連費用の分担のあり方について議論し発給手数料を引き下げることも必要なのではないか。
    3. 協定における課題として、HS2007に基づく譲許表と品目別原産地規則の改訂、締結相手国における協定発効後の自主的なMFN 関税率引き下げへの対応、協定発効前の企業への周知期間の確保が必要なのではないか。
    4. 国際機関の課題として、WTOにおける特恵原産地規則の国際調和の実施および、WCOにおける関税分類に関する判断の相違を解消するための統一的解釈の提供および能力構築活動の強化、並びに直送原則に係る要件の緩和が必要なのではないか。

    また、フロアから以下の質問が行われた。

    1. 日本政府がなぜHS コードの読み替え表を作成しないのかが理解できない。日本とメキシコにおけるHSコードに違いがあるのであれば作成すればよいのではないか。
    2. 日本における原産地規則の透明性の問題、特にタイヤについて、日本においてはタイヤの内輪を測り、メキシコでは外輪を測るようであるが、そのような場合HS コードの桁数を変えればよいのではないか。
    3. 各国のEPA における原産地証明書の利用度はどのようになっているのか。

    その質問に対し、以下の回答が行われた。

    1. 日本とメキシコの税関間におけるHSコードの判断の相違は、いま企業の方にお願いし、実際にそれが税関の判断によって相違が生じているのか、それともカスタムブローカーの方が間違えているだけなのか、精査している。それが明らかになった段階で、日本政府を通じてメキシコ政府と協議してもらうことになると考える。
    2. HSコードについては、2002年版から2007年版に改定されたが、特に一定のルールや規則性があるわけではないので、それを自動的に変更することは非常に難しい。また問題は、日本の場合はEPA の譲許表はHS6桁ベースで作られているが、メキシコは8桁、マレーシアは9桁というような、非常にテクニカルな部分の問題もあるということで、簡単にはいかないと思う。
    3. 各国でのEPAの利用度、原産地証明書の利用度については、詳しい資料はあまり持ち合わせてない。いくつかいろいろな国に話は聞いているが、どこに聞いても統計的に、実際の輸出ボリュームの中で使われている原産地証明書のカバーしている率といったものは、持ち合わせていないようである。

    セッション4:FTAの効果:日本のケース

    [セッションの概要]

    本セッションでは、下記の問題意識を背景に報告が行われた。報告の内容は、発効済みである日本のシンガポールとのEPA、メキシコとのEPA について、実証的に事後的な評価、質的な評価を試みたものであった。

    1. 日本・シンガポールEPA および日墨EPA の初期段階での効果としては、どのようなものがあるか。
    2. 今後のFTA/EPA締結への政策的含意としては、どのようなことがあげられるか。

    [安藤報告の概要]

    安藤報告では、EPAによる実質的な関税削減の効果についての詳細な分析やグラビティモデルによる定量的な分析を通じた貿易自由化の効果に加え、貿易自由化以外の効果についても触れながら「日本のFTA/EPAの影響」をテーマに報告が行われた。主な論点は以下の通りである。

    1. EPA による貿易自由化の効果については、日本・シンガポールEPA の場合、実質的な関税削減が非常に小さく、効果がほとんど認められない。日墨EPAの場合には、日本からの完成車の輸出において顕著な効果が見受けられるものの、それ以外の品目における関税削減の直接的な効果は現時点では限定的である。今後、とりわけ関税の逆転現象の問題が解決された後の、さらなる貿易自由化の効果が期待される。
    2. 貿易自由化以外の効果として、ビジネス環境、政府調達などの面における改善が見られる。
    3. 今後FTA/EPAを考える場合には、段階的関税削減の乱用に注意が必要である。そのような品目において関税の逆転現象が起きれば、輸出者の混乱を招いたり、明らかにEPA の効果を遅らせることになるし、EPA関税を利用するための行政費用が物理的・時間的に高ければ、EPAの使用率の低下につながる。EPA おいて、よりシンプルな関税体系が望まれる。
    4. 日本の投資が多い国とのEPA においては、日墨EPA におけるビジネス環境委員会のようなチャンネルを構築し、有効に利用することが重要である。
    5. メキシコの例でもあるように、MFN関税率が高く、直接投資を多く誘致している途上国などにおいて、EPA/FTAの締結を通じた貿易自由化が多角的貿易自由化を促進する可能性もある。

    安藤報告に対して、Schott氏から以下のような議論が行われた。

    1. アナウンスメント効果を定量化することは非常に困難であるが、企業は、FTA締結に対する政府の方針に応じて、FTAの締結あるいは発効以前でも、相手国での将来的な競争力を期待して投資することがある。実際、NAFTAの場合には発効以前にメキシコへの投資が盛んであった。今後このような視点も含めて研究する必要があるのではないであろうか。

    上記の討論に対して、以下の回答が行われた。

    1. アナウンスメント効果については今後、投資の目的なども含め投資面での分析ももう少し強化したい。

    また、フロアから以下の質問が行われた。

    1. シンガポールやメキシコとのEPA締結理由の1つに、シンガポールの場合にはASEAN 諸国に対する、メキシコの場合にはNAFTAや中南米に対するゲートウェイの効果への期待があったと思うが、その効果は果たしてどうだったのか。
    2. 多くのFTAでの関税のマージンを維持するためのメカニズムを導入しているが、なぜ日本はそのようなものを導入しないのであろうか。

    その質問に対し、以下の回答が行われた。

    1. ゲートウェイとしての効果については、日墨EPAの場合、米国需要の高まりに対応してメキシコに対する日本の投資が増えたことは一種のゲートウェイ効果かもしれないが、他の中南米へのゲートウェイになっているとはあまり思えない。日本・シンガポールEPAについては、情報もなくわからない。
    2. 関税の逆転現象については、段階的関税撤廃を導入し、かつMFN 関税率をEPAの基本税率よりも下げた品目において起こりうる現象であり、即時撤廃にしない以上、このような現象を完全に防ぐことはできない。