政策シンポジウム他

グローバル都市の盛衰-東京圏、日本、そしてアジアにとっての含意

イベント概要

  • 日時:2005年3月18日(金) 9:00-18:00
  • 会場:国際連合大学ウ・タント国際会議場(東京都渋谷区)
  • 開催言語:英語⇔日本語(同時通訳あり)
  • 経済産業研究所(RIETI)は、2005 年3月18日、国際連合大学ウ・タント国際会議場(東京都渋谷区) において政策シンポジウム「グローバル都市の盛衰-東京圏、日本、そしてアジアにとっての含意-」を開催した。議事概要は以下のとおりである。

    ※文章内の図表へのリンクは配布資料へリンクしています。

    セッション2:「東京圏は日本の単一の中心となるか、ほかの都市もコアとなりうるか」

    八田達夫ファカルティフェロー・研究主幹(国際基督教大学教授)および金本良嗣ファカルティフェロー(東京大学大学院・公共政策大学院教授)による論文発表があり、続いて高橋武秀氏(経済産業省関東経済産業局長)よりコメントが述べられた。

    八田達夫(RIETI ファカルティフェロー・研究主幹/国際基督教大学教授)

    日本政府は過去30~35年間、東京は最適規模を超えたという見解に基づき、1)総合開発計画や地方交付税等による大都市から地方への資源再分配、2)建蔽率等の建築基準法による立地規制という2 つの政策によって東京という都市の成長を抑制してきたが、このことは、過去30 年間における日本経済成長を阻む1つの要因となった。

    東京は、1)サービス産業の成長、2)大阪の機能の吸収、3)経済集積という3 つの要因によって成長した。日本経済は1960 年代以降、第1 次産業から第2 次産業へ、さらに第2 次産業から第3 次産業へと軸足を移してきたが、第3 次産業(サービス産業)の重要性が増すとともに、札幌、福岡、北九州、仙台等も含む日本の主要都市同様、東京も成長した。その際、多くの企業が本社を置き、東京と並ぶ商業・経済の中心であった大阪は、新幹線の開通や航空運賃の低下によって、日本国中が東京から日帰り圏となったため、本社所在地としての機能を失い、サービス産業の発展という追い風にもかかわらず、人口が減少し、東京は、大阪の機能を吸収することによってさらなる成長を遂げた。3 つ目の要因は、大都市は経済集積の利益を享受するということで、フェイストゥフェイスのコンタクトが重要なサービス産業においてその傾向は顕著である。製造業の場合、ホンダ(本社:青山1 丁目)、日立(本社:御茶ノ水)、ソニー(本社:品川)でさえ、東京の真の中心地である大手町に本社を構えていないが、投資銀行をはじめとする多くの金融機関等、顧客とのコンタクトが重要なサービス業は、日本を代表するメーカーが高すぎると感じるコストを払ってでも大手町に本社を置く価値を見出している。こうして東京の中心にさらに企業が集まり、その結果、さらに都市としての東京の魅力が増し、さらに成長する。

    以上を定量的に示すため、ある企業のオフィス立地点における就業者密度が他の地点に比べて高い場合、その企業の従業員はより多くの顧客にコンタクトすることができるのでその企業の生産性は高くなると仮定し、この就業者密度がオフィス賃料に与える影響を回帰分析してみたところ、従業者密度(ある立地点における集積度)がオフィス賃料に対して有意に影響していることが示された。

    日本政府はこれまで、東京から地方への財源再分配と建築基準によって東京の成長を抑制してきたが、集積がもたらす過密という問題は、東京の中心地に本社を置きにくくするといった間接的な方法ではなく、「過密税」または「過密料」といった直接的な手法によって行なうべきである。東京の都市としての最適規模は、各企業がこのような直接的なコストを内部化したとき初めて見えてくる。

    サービス産業の発展にもかかわらず大阪の人口が減少したのは輸送・交通費の低下が大きな要因で、その同じ要因が東京のさらなる成長をもたらしたということを述べたが、このことは、さらに輸送・交通費が低下した場合、本社所在地としての機能を有する都市は東アジアに1 つあれば十分という状況になり、東京が本社所在地としての地位を失うかもしれないことを示唆している。それはそれでいいのかも知れないが、東京の優位性が政府の誤った政策によって失われることがあってはならない。東京にはすでに集積が存在する。政府がなすべきことは、過密という問題に対処しながら可能な限り建蔽率を高めることであるはずなのに、逆の政策がとられてきた。大阪と東京という2 都市の経験は、東アジアというネットワークにおける東京の将来に大きな示唆を与えている。

    金本良嗣(RIETI ファカルティフェロー/東京大学大学院・公共政策大学院教授)

    東京圏の人口は3000万を超えており、通勤電車の状況、下がったとはいっても地価は未だ非常に高いといった現象から、東京は大きすぎるという議論がされている。一方で、東京は非常に便利な都市であり、集積のメリットも大きい。東京が過大かどうかというのは簡単に解答が出る問題ではない。

    都市を分析するためにはまず都市を定義する必要があるが、日本には都市圏に関する政府の統計がないので「メトロポリタン・エンプロイメント・エリア」という通勤圏としてまとまっている都市圏を定義し(図3参照 [PDF:376KB] )、1920 年から2000 年までの80年間における東京圏の人口増加を分析した。日本全国の人口に対するシェアで見ると、1920 年に12%だったのが現在は25%程度となり、東京圏が他の地域に突出するかたちで大きく伸びている(図4参照 [PDF:376KB] )。

    米国の都市圏と日本の都市圏を規模分布で比較すると、東京がニューヨークよりかなり大きく、2 番目の都市である大阪が米国2 番目の都市であるロサンゼルスとほぼ同規模である。また、米国では人口300 万から500 万くらいの都市が非常に多いのに対して、日本ではこの規模の都市が非常に少ない。ある国における都市の順位と規模を掛け合わせると定数になるという「ランクサイズルール」という法則がある。米国はランクサイズルールに近いが、日本はかなりずれている(図5参照 [PDF:376KB] )。

    都市の規模は集積の経済と集積の不経済がバランスするところで決まるが、その規模は1 つではない。各都市が異なる機能、異なるプロダクトミックスを提供しており、これに対応するかたちで規模が決まる。東京のような一国のセンター、大阪や名古屋のような少し低位のセンター、札幌や仙台のような地域ブロックのコア等々、都市のヒエラルキーがあって、それぞれについて最適な都市規模というものがある。

    マーケットに任せておいていいかという問題がある。企業の生産活動における規模の経済性と企業間の交通・輸送コストあるいは取引コストという2つの要素を重ねると、都市に集まっていたほうがいいという集積の経済が出てくる。これらは通常経済学でいう技術的外部経済ではないが、それと同じような働きをし、同じような「市場の失敗」をもたらす。混雑に関しては交通の混雑費用等があり、公共財についても市場の失敗を招く。こうした外部経済が都市の集積において市場の失敗を招く1つの要因となっている。もう1つの大きな要因として、何もないところに新たな都市をつくるのは難しいということがある。

    以上のことをベースに最適な都市規模について考えるために、都市人口と都市の数という2 つの「マージン」を設定して分析すると、1)都市の数が変わらない場合、東京は過小、2)新しい都市をつくれる場合、東京は過大という結果が得られる。「東京が過大」という仮説をテストするため、集積の経済がどの程度か計測し、都市の生産性が都市規模によってどの程度上がるかということを実証的に推計してみたところ、東京が過大であるという結果が得られたが、道連れに大阪も過大であるという結果になった。この分析は非常にテンタティブなもので、これからいろいろな拡張が必要である。

    高橋武秀氏(経済産業省関東経済産業局長)

    経済活動がつくりだす集積の境界線は、地方自治体の行政の境界線と全く違う。ほとんどの自治体にとって「産業の集積」は「産業の流出」を意味し、クリティカルな自治体財政の問題となっている。

    自治体の基本的機能は、マーケットによって供給されないサービスを提供することであるが、ほとんどの場合、そのサービスの最大の享受者は非就労人口である。自治体の行政境界の中から産業が流出することは基礎的なサービスを提供するための財源が失われることを意味する。同時に、相対的に富裕層である就労人口も流出し、自治体の歳出と歳入のバランスが大きく崩れる。産業集積の変化の速度が税収の変化として即時に歳入に効いてくる一方、年齢の高い非就労人口が自治体の境界内に取り残されるため即時に歳出をカットすることはできない。

    産業を受け入れる側(流入側)の自治体にも問題は起こる。流入産業、これに誘発されて生まれる新たな産業、そこに集まってくる人々に対して空間を提供する必要がある。自治体は充足されない需要のために空間をつくろうとするが、その際、既存の利害関係者との調整が必要となり、10 年を超える長い年月がかかる。しかし、10 年先の需要を見越して空間をつくっても同じトレンドで産業が入り続けてくれる保証が全くない。

    カネやヒトの流れをとめる権能を持たない自治体にできることは、1)産業を誘致して集積回復を試みる、2)カネの流れに手を突っ込む、3)資金の豊富な自治体との合併である。1)については地域振興整備公団(国営デベロッパー)の失敗から明らかなようにほぼ不可能、2)については「交付税が地方自治体の大きな現金収入源」という現実を生み出している。3)については「平成の大合併」ということで進められており、一定の評価ができる。この他に、4)公サービスの整理・見なおしということが考えられるが、その享受者が非就労の高齢者であるため、政治的・社会的許容範囲に突き当たり、なかなか難しい。以上のように、集積のスピードと自治体が対応しなければならない問題の間に大きなギャップが存在し、それが悩みの種になっている。

    Q&A セッション

    1)自治体が制度を変更する、あるいは、政策を実現するスピードと経済の実態が動くスピードのミスマッチの問題をどう考えるか。

    金本:デベロッパー的な活動は時間がかかりリスクが大きいため、国営デベロッパーがやっても市町村がやっても困難であるが、やるべき仕事でもある。都市が過大であるなら、一番の薬は都市をつくりやすくすることであり、そういう活動の価値がなくなるわけではない。つくば学園都市は1 兆円かけて研究所の集積がつくられたが、その後かなりの成長を遂げている。

    2)集積抑制政策は正しくなかったかもしれないが、有権者の支持があったために採用されたもので、必ずしも「政策の間違い」とはいえないのではないか。このように費用便益分析の結果と有権者の判断が異なる場合があるが、このようなギャップについてどう考えるか。

    八田:都心抑制という政策が日本のためにならないという理解があるにもかかわらず地方の既得権を守るためにそういう政策が遂行されてきたというわけではない。都心を抑制し、地方にお金をまわし国土の均衡ある発展をはかるのがいいことだと信じてやってきた。まずは、(都心抑制が誤った政策であるという)事実をはっきり示すことが必要だ。とはいえ、人口比に対して地方のウェイトが大きい日本の選挙区制度には問題があり、このことが不必要に地方の既得権を守っていることは否めない。東京が他の国の都市にくらべて大きい最大の理由はマストランジットシステムの存在である。このシステムをつくるのはニューヨークでは難しい。日本はたまたまモータリゼーションが後できたからああいうものがつくれたという、大変なアドバンテージがある。にもかかわらず、そのアドバンテージを相殺するように都心のグロースを許さなかったということが問題なので、それさえやれば世界が利用できるまちになる。

    3)企業が直面する外部経済に加えて、住民が感じる環境という外部性についてもスコープに入っているか。

    八田氏:まず「環境」という言葉の定義をきちんと定義しなければならない。今のところ、都市工学の人が役所と結びついて、自分の主観でこれがいい環境だと言ったら、それが環境になるというような状況になっている。その結果、東京の都心に300 世帯が入れるマンションを1 つ建てる場合、そこに越してくる人々はこれまで1 時間半かけて通勤していた人々かもしれないのに、そこに昔から住んでいる数十軒の大変豊かな人々が既得権を守るために「環境を守る」といって反対し、都市工学の先生たちがその応援に行くということが散々見受けられた。そういう意味で「どちらがいい環境か」を決めるのは大変難しい問題である。ただ、環境を考える上で重要なのは、1)緑を確保すること、2)ヒートアイランドに対する対策をきちんと立てることで、この2 点についてはシティプランニングの最初の段階から必要になってくる。