政策シンポジウム他

多様化する日本のコーポレートガバナンス-特定のモデルへの収斂?- (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2004年10月20日(水) 9:00-18:00
  • 会場:国際連合大学エリザベスローズホール(東京都渋谷区)
  • 開催言語:英語⇔日本語(同時通訳あり)
  • 議事概要

    2004年10月20日、東京、国際連合大学エリザベスローズホールにおいてRIETI政策シンポジウム「多様化する日本のコーポレートガバナンス-特定のモデルへの収斂?-」が開催された。日本の90年代後半以降のコーポレートガバナンスの変容とその企業パフォーマンス等への影響に関する実証研究の成果が報告され、幅広い観点から議論が行われた。

    開会挨拶及びイントロダクション

    最初に吉冨 勝経済産業研究所所長 から、最近の日本企業のパフォーマンスと、90年代の後半から進められたコーポレートガバナンスの見直しがどう関連しているかがこのシンポジウム開催の基本的動機とした上で次の5つの主要論点が紹介された。

    1)メインバンク制を支えてきた銀行と企業の融資による結びつき、株式持合い状況等にどのような変化がみられるか。また、メインバンク機能の変容する中で、事業法人間の系列等の関係に変化はみられるのか。

    2)倒産・企業再生に関連して、なぜ90年代以降、メインバンクによる処理がうまくいかなくなったのか。80年代までのメインバンクによる救済処理と、2000年の民事再生法施行以降の倒産法制を用いた処理の有効性等について比較は可能か。産業再生機構や現行の産業再生法はどう評価されるのか。

    3)メインバンクに代わる外部統治の仕組みは内外の機関投資家なのか。その具体的な役割、exit、voice等の影響力行使の現状はどう評価され、今後の展開はどのような形が考えられるのか。

    4)米国CalPERS 等の機関投資家にみられる外部統治から社外取締役の送り込み等の内部統治への比重のシフトは日本でも今後見込まれるのか。エンロン事件以降米国のガバナンスにも大きな問題があったと指摘される中、日本における委員会等設置会社制度の今後の展開をどうみるか。

    5)コーポレートガバナンスを構成する制度や慣行の間の補完性はどの程度強いものなのか。ハイブリッド型のガバナンスが生じている現状を、どう評価すべきか。それは、

    • (1)新たなモデルに収斂するまでの過渡的な現象なのか。
    • (2)複数の異なるモデルへの併存へ向けた変化を表しているのか。
    • (3)それともそもそもモデルなど存在しないのか。
    こうしたことを判断する理論的フレームワークは何なのだろうか。

    つづいて、宮島英昭ファカルティフェロー (早稲田大学商学部教授)から、今回のシンポジウム発表論文の元となったRIETIにおける研究プロジェクトの概要及びシンポジウムのセッションの構成について紹介がなされた。

    1)日本企業のパフォーマンスは90年代以降大きく変化。すなわちROAは1990年代前半から90年代後半にかけて急速に低下。しかし、連結ROAの標準偏差、各企業の連結ROAと産業平均の差の標準偏差は90年代後半大きく増加しており、企業間のばらつき、同一産業内の企業間の差が顕在化。

    2)こうした状況を踏まえ、今回の研究プロジェクトの第1の課題は、90年代半ばまでそのユニークさが内外から注目された日本型といわれる企業システムの特性について、これがその後どういうかたちでマイナスの効果を持ったのか、90年代後半以降、それがどの程度まで変容してきているのかを明らかにすること。

    3)第2に、90年代後半以降、日本企業のコーポレートガバナンスは多様性を増し、homogeneousでなくなった。この多様化をどう理解したらよいのか。

    4)第3に、外部統治構造、内部統治構造、従業員と取締役会の関係などコーポレートガバナンス諸制度の間の補完性という観点から、現在形成されつつある多様なシステムが共存できるかどうかも大きな関心の対象。

    5)こうした基本的視点に立って、銀行企業間関係、株式保有構造、取締役会、雇用システムという4つの分野それぞれついて

    • (1)日本企業で現在何が起きているのか。
    • (2)変化が何を意味しているのか。
    • (3)変化の相互の関係、変化をもたらした決定要因は何か。
    の実証分析を行った。

    6)シンポジウムは、4つの分野について各セッションを設け、研究成果を報告し、最終セッションで総括的検討を行う。

    第1セッション:企業の経営悪化と企業・銀行間関係

    まず蟻川靖浩ファカルティフェロー (早稲田大学大学院ファイナンス研究科助教授)から「企業・銀行間関係の変化」と題して以下の発表が行われた。

    1)日本のコーポレートガバナンスの中で中心的役割をしてきた銀行によるコーポレートガバナンス、銀行-企業関係について、従来との違いを実証分析。

    2)銀行離れが進んでいるとの一般的認識に反し、今回対象とした東証1部上場企業の総資産、総負債に占める銀行借入れの割合が増加。

    3)成長性という観点から企業パフォーマンスを測る指標としてトービンのqをみると、この値が低く成長期待の低い企業は借入れ依存が高い。ただし、成長期待が極めて高いが評価が確立していないような企業の銀行借入れ依存は大きい。

    4)メインバンクからの借入れの総資産に対する割合は、91年4.48%から99年7.01%に上昇。金融危機以降の98、99年ではメインバンク依存を強めている企業と弱めている企業へ分化。

    5)銀行危機前後の時期の、企業の株式の超過収益率と銀行の格付け引き下げの発表の関係をみると、借入比率およびメインバンク依存が高く、社債の格付けの低い、成熟産業の企業の場合は敏感にネガティブに反応。銀行危機時、株式市場において低パフォーマンス企業の退出を促す反応が存在。

    6)流動性制約、負債比率等を説明変数とする製造業企業の投資関数を90年代のデータに基づき推計すると、成長機会は高いが銀行に依存している企業の投資を一部抑制。クレジットクランチは、メインバンク依存度が非常に高い企業の場合は確認されるが、我々のサンプルでは全般的現象とはいえない。

    7)リストラの必要な企業での雇用調整の実施と、銀行―企業関係の相関をみると、メインバンク比率の高い企業ではリストラが遅れる傾向。これは、メインバンクが低収益の借り手に対し追い貸し政策(エバーグリーンポリシー)を行い、リストラを遅らせる効果があったことを示唆。

    8)銀行の健全性を高める政策は、結果としてエバーグリーンポリシーの改善をもたらすことが期待される。

    つづいて胥 鵬ファカルティフェロー (法政大学経済学部教授)から「企業再生とコーポレートガバナンス:法的整理の役割」と題して以下の発表が行われた。

    1)日米で比較した場合、日本の方が民間救済による部分が大きいとのパーセプションがあるが、米国80年代末の時点で法的整理57件に対し民間救済51件、これに対し日本は97年から2003年で法的整理84件に対し民間救済38件と比率的に日本の方が低い。この背景にはメインバンクによる救済に最近変化が生じていることが挙げられる。

    2)日本の銀行は無担保債権のある場合にのみ企業救済に熱心。そごうの場合、新生銀行は瑕疵担保特約があったため、無担保債権の放棄を前提とした民間救済案にのらず、法的整理に走った。銀行は整理に当たり無担保融資のみを放棄。担保融資は株主代表訴訟や背任罪を恐れて放棄せず。

    3)しかし、日本は土地資本主義といわれるにもかかわらず、担保融資の比率は長谷工のケースで90年時点でわずか5%。バブル期に担保をとらずに融資を重ね、それが現在のエバーグリーンポリシーにつながっている。

    4)米国では担保対象が、不動産だけでなく在庫、売上債権、のれんと多種。担保は銀行のモラルハザードを抑止する重要な手段。

    5)時系列でみると、法的整理は87年から96年で10件、97年単年で6件、2002年単年で27件と大きく増加。

    6)旧会社更生法は、米国破産法のチャプター11がDIP(Debt In Possession)を前提としているのに対し、慣行上既存経営者の辞任が求められるため、経営者に抵抗感が強く、法的手続きに入るのを遅らせる効果。2000年に施行された民事再生法は経営者がそのまま残って企業再建する道を確保。また担保債権者は必ずしも再生計画に参加する必要はなく、手続きが大変シンプル。

    7)破綻処理の期間は民事再生法導入後、大幅に短縮。民事再生法の場合の平均期間は0.6年、導入前の会社更生法の2.2年よりはるかに短い。両者を合わせたトータルは導入前2.2年から導入後0.7年に。米国で倒産法制が大きく改革され現行制度となった1978年以降の平均2.5年よりも短い。こうしてみると日本は極めて効果的な倒産法制を有していると評価できる。

    8)破綻処理は市場における退出の部分であり、この効率性は極めて重要。破綻処理はコーポレートガバナンスの要ともいえる。

    9)メインバンク中心の民間救済は風邪薬のようなもの。引きはじめにしか効かない。法的整理は抗生物質に例えられる。

    10)今回、破産法改正以降の80年代の米国と法的整理の急増する97年以降の日本を比較。米国型のコーポレートガバナンスに収斂するかどうか論じるためには同じような時期を比較することが必要。

    11)失われた10年といわれるが、企業退出を促した重要な10年であった。米国は80年代の金融イノベーションの結果、金融機関の能力が高まり、リップルウッドの日本企業買収につながっている。日本の金融イノベーションはこれからである。

    この2つの発表に対し、堀内昭義氏(中央大学総合政策学部教授)から以下のコメントがなされ、その後議論が行われた。

    1)蟻川-宮島論文に対し、

    • (1)日本の企業金融にみられる多様性は90年代に始まったわけではなく、程度の差こそあれ80年代、あるいはそれ以前から存在。90年代は多様性が顕在化した時代。
    • (2)銀行自体のコーポレートガバナンスが大きな政策課題。高度成長期において十分に解決されず、バブル期に顕在化した銀行のガバナンスの問題を総論において触れるべき。
    • (3)今回示された多様性は、メインバンク関係も企業や銀行が選択する変数であり、不変でないことを示唆。この点を明示的にした上で分析すべき。

    2)胥論文に対し、

    • (1)破綻処理がコーポレートガバナンスの要というのは強調のしすぎ。
    • (2)going-concernとしての企業の経営情報処理(企業価値評価)が民事再生法の導入後の公的破綻処理において的確になされているのか、かつてのメインバンクに相当する情報処理能力、情報伝達機能を有する者が破綻処理過程に有効に参加し機能を発揮できているか注意が必要。今後解明すべき課題。
    • (3)90年代以降、銀行の能力が低下し、民間救済を円滑に進める仕組みがなくなった。それが倒産法制整備を急ぐ必要性となった。破綻処理における経営情報処理能力の有効利用のための仕組みをいかに保証するか、今後注目することが必要。

    第2セッション:変貌する所有構造:企業は誰のものか?

    まず宮島英昭ファカルティフェロー から「企業・銀行間関係の変化」と題して、以下の発表が行われた。

    1)日本の上場企業では、金融機関・事業法人間、事業法人相互間の株式持合いによる安定株主化が大きな特徴。しかし97年以降、特に企業・銀行間の株式持合いの急速な低下、外国人保有比率の増加等大きく変化。また、外国人保有の増加、持合いの解消は均一に進んでいるのではなく、企業間に格差。持合い解消を規定している要因は何か?

    2)銀行の株式は95年までは株価が安定し、期待収益もTOPIX並。しかし、95年以降は変動リスクが高く、収益率も他を大きく下回る。

    3)こうした状況下で銀行株の売却が進展。東証1部上場企業の95年から2002年までの期間を対象に、銀行の株式を売却したか否かを被説明変数にロジットモデルで回帰分析。社債の格付けなど市場圧力を気にする必要のない企業、時価総額が小さく乗っ取りの危険性のある企業、負債依存度の高い企業は、銀行株を売却しない傾向。

    4)都市銀行の事業法人株の売却については、銀行危機以前は保有リスクの高い事業会社の株式を売却する傾向、危機後(99年~)は売却の容易なハイパフォーマンス企業の株式を売却する傾向。関係が緊密である事業法人の株式を売却しない傾向。

    5)95年以降の期間、全上場企業を対象に、株式所有構造が企業パフォーマンス(ROA等)に与えた影響を分析。安定株主の株式保有比率は企業パフォーマンスに対して負の非常に強い相関。

    6)株式保有構造は、外国人保有比率が高く、安定株主比率が低い企業のグループと外国人保有比率が低く、安定株主比率の高い企業のグループに分化。前者はコーポレートガバナンスの改善により企業パフォーマンスが向上。

    次にChristina AHMADJIAN氏(一橋大学大学院企業戦略研究科教授)から、「海外機関投資家と企業統治」と題して以下の発表が行われた。

    1)外国人投資家の株式保有比率は90年代以降急速に上昇。ただし、90年代以降欧米の機関投資家、とりわけ英米の年金基金の株式への国際的分散投資を目的とした投資は対日本だけでなく対世界で増加。外国人投資家とはどのような人か。外国人投資家はどのような手段で影響力を行使しているか。

    2)直接投資は外国人投資の一部、ポートフォリオ投資目的の機関投資家が外国人投資家の大部分。

    3)外国人機関投資家は、より規模が大きく、売上に占める輸出比率が高く、名が通っている、ハイパフォーマンスの日本企業の株式を保有しようという傾向。

    4)外国人投資家の多くは、各種ファンドのための登録株主であって管理人としての責任を有し、投資収益を稼ぐ目的で日本に投資。そのため、アメリカンスタイルのコーポレートガバナンスを主張し、リストラの推進に積極的な傾向。

    5)外国人投資家の影響力行使の手段には、exitとvoiceの両方が存在。一般的に日本人に比べ株式売買を活発に行い株価に強い影響を与える傾向。exitを日本企業への脅しに用いることができる。voiceによる影響力行使は主にインフォーマルな形をとり、CEO等との会合で意向を伝えるケースが多い。

    6)アンケート調査に基づき東証1部上場企業のコーポレートガバナンスを格付けしたJCGインデックスを用いて分析すると、インデックスの高い上位企業群は低い企業群に比べ外国人持ち株比率が高い。また、金融機関による株式保有の少ない企業では、外国人持ち株比率と雇用面、資産面のリストラへの取り組みの間に強い相関関係が存在。

    これに対し、小佐野 広氏(京都大学経済研究所教授)から以下のコメントがなされ、その後議論が行われた。

    1)Ahmadjian論文に対し、外国人投資家はヘッジファンドが株取引に大きな地位を占めるなど多様。また、voiceの行使についても、大規模ファンドなどはformal activismに訴えるなど多様性が存在。インデックス運用をしているファンドはexitを行使できず、voiceに訴える傾向がある。これらを統計的に調べられればおもしろい。

    2)宮島-黒木論文に対し、論文の分析対象期間である1995年~2002年までよりも、それ以降のほうが乗っ取りリスクは上昇。最近、リストラを終え財務体質の良くなった日本企業は他の企業の買収に積極的になる可能性がある。また外国人も金融不安が小さくなり日本企業の買収への関心が上昇。株式持合いの変化と乗っ取りの関係の分析は、むしろこれからが重要。敵対的買収が重要なガバナンスの要素になりうるのか、敵対的買収とポイズンピルの関係がガバナンスにどのように影響するかなども今後の興味深い研究課題。

    第3セッション:取締役会の変革:いかに理解するか

    まず宍戸善一氏(成蹊大学法科大学院教授)から「1997年の転換:日本のコーポレートガバナンスおよび会社法の変化」と題して以下の発表が行われた。

    1)伝統的J(日本)モデルは、人的資本の拠出者である会社共同体によるガバナンスが特徴。失われた10年の間、伝統的Jモデルは機能不全に陥った。

    2)1997年は会社法関連諸制度の改革の観点で大きな転換点。改革はビジネスセクターからの要請に基づくデマンド・プル型と立法者によるポリシー・プッシュ型の2つのタイプが存在。

    3)デマンド・プル型の改革は、自己株式取得の解禁(97年)、ストックオプション導入(97年)、合併手続きの簡易化(97年~)、持株会社解禁(97年)、株式交換制度導入(99年)、会社分割制度の創設(2000年)、株主代表訴訟における取締役の責任制限(2001年)。

    4)ポリシー・プッシュ型の改革は、会計制度改革(97年~)、社外監査役の義務付け(2001年)、委員会等設置会社制度の導入(2002年)。

    5)コーポレートガバナンスは日米間で、フォーマルな収斂、すなわち日本企業は米国と変わらない制度選択ができるようになったという意味の収斂はみられる。しかし、日米でインセンティブもパターンが異なることを反映して内部統治構造の機能的多様化が進展。

    6)インセンティブパターンには、ステークホルダーが経営者を通じて影響力を行使する「バランシング・イメージ」、株主のエージェントとして経営者が行動する「モニタリング・イメージ」、物的資本拠出者(株主等)と人的資本拠出者(経営者、従業員)が交渉する「バーゲニング・イメージ」の3つが存在。Jモデルは3番目。

    7)複数の異なる内部統治構造の併存は、業種毎に異なる関係特殊的投資の重要性等を反映している可能性がある。

    8)新しいJモデルは、メインバンク制に基づく状態依存的ガバナンスを放棄し、人的資本拠出者を代表する社内取締役と物的資本拠出者を代表する社外取締役がバーゲンを行う場としての取締役会のイメージ。

    つづいて宮島英昭ファカルティフェロー から、「変貌する取締役会:その実態・背景・効果」と題して、以下の発表があった。

    1)目的は、取締役会等の内部統治構造の変化と、それらの特徴が企業のパフォーマンスに及ぼす影響の分析。

    2)財務省が2002年11月に実施した上場企業を対象としたアンケート調査に基づき企業の企業統治構造の改革への取り組みの積極性を示す26項目を指標化したCGS(Corporate Governance Score)を作成。さらにサブインデックスとして株主の権利保護に関連するCGSsh、取締役会の改革に関連するCGSbr、情報公開に関連するCGSdsを作成。

    3)CGSと企業パフォーマンスの相関をみると、トービンのq、ROA等とCGS、CGSdsに有意な関係。情報公開と企業パフォーマンスの関係については、(1)投資家の情報収集コストを軽減し、資金コストを下げ、直接利益が向上する、(2)経営者の情報公開へのコミットにより悪い情報を隠せない、だから悪い情報の発生自身を抑えるために努力し、パフォーマンスの向上につながるという2つのルートの可能性。

    4)取締役会改革関連のCGSbrと企業パフォーマンスに有意な関係が見いだせないのは、経営と執行の分離が形式のみにとどまり、また社外取締役が機能するような企業組織の見直しが十分進んでいない可能性を示唆。

    5)安定株主比率が高く、メインバンク依存の高い企業はCGSが低い。株式の外国人保有比率が高く、社債依存が高い契約をはさんで銀行との関係を結んでいるといった企業はCGSが高い傾向にある。

    6)CGSと戦略的意思決定への労働者参加の関係については、資本市場からの圧力の大きい企業群(BBB以上の格付けの企業)とそうでない企業群に分けて推計すると、圧力の大きい企業では有意な関係。

    7)日本の大企業の雇用・賃金システムは、近年3つのタイプに分化。タイプIは年功賃金+長期雇用システムの企業、タイプIIは能力給+長期雇用システムの企業、タイプIIIは長期雇用でなく能力給を採用している企業。CGSとの相関をみると、タイプIは負、タイプIIは、CGSに正で有意な相関。タイプIIIは正の関係。長期雇用を維持していても年功賃金から能力給への移行を図っている企業は情報公開をはじめコーポレートガバナンス改革に積極的。

    これに対し、矢内裕幸氏(日本取締役協会専務理事)から以下のコメントがなされ、その後議論が行われた。

    1)日本取締役協会はこの12月で設立3年。会員とよく議論して気付くのは市場と株式会社について、それぞれ対極的で原理的な認識の違いがみられること。

    2)市場の規律については、資本市場、製品・サービス等の消費市場のどちらに重点を置くか。前者は株主監視と経営者利益の一致、後者は製品市場競争を通じた顧客満足と経営者利益の一致を理想。昨今では、プレゼンスの増大する外国人投資家、アクティブな年金基金、株主オンブズマンなどの投資コミュニティーが主導権を握りつつあるかのような印象。

    3)株式会社については、アングロサクソン対ラテン、英米対欧州大陸、慣習法対成文法等を軸に各国に固有の会社観。今日の日本では、原始資本主義を洗練させた株主主権論と従業員主権論を洗練させた「社会の公器論」という2つの会社観が存在。公器論は、会社は社会契約に基づく共同体であり、経営者は次に引き継ぐまでのかりそめの番人という考え。

    4)この市場規律と会社観の対極的な見方によって、株主の位置付けについては「ガバナー対重要なステークホルダーの一人」、経営者については「株主の代理人対経営権の保持者」、経営権の正当性の根拠については「株主総会による選任対就任後の公正かつ透明なガバナンスシステムによる評価」と見解が分かれる。

    5)株主総会の位置付けについては、取締役を選ぶのか、経営者を選ぶのかという問題がある。委員会等設置会社では取締役を選ぶという思想。

    6)経営と監督の分離については、完全分離か一部分離かの問題。完全分離は取締役会に執行役員が1人もいないイメージ。実際こうした企業が米国にあったが、機能せず短期間でCEOが取締役会に復帰。

    7)スマートな経営者像は、宍戸教授の分類で言えば、モニタリング・ボードの形態をまとったバランシング・イメージではないか。つまり日本では経営者の権限は依然強力。暴走すると産業再生機構にいくまで止められないというのが実態。

    8)大半を独立取締役で構成する取締役会、CEOと取締役会議長の分離、経営者報酬の個別開示など経営者が暴走できない仕組みを整えるだけでは不十分。経営者の倫理観の是非をチェックする仕組みが必要。

    9)社外取締役の独立性の議論は、金銭的、親族的関係性がないなど形式的要件が中心。しかし、形式的要件と共に、あるいはそれ以前の実質的要件が重要。その中で、最重要なのはCEOであるかないか、現役CEOに就任してもらうのが難しい場合は、元CEOが望ましい。

    10)経営者は責任、権限、報酬が三位一体であるべき。日本では高額報酬をとるべきでないという経営者が半数。フォーチュン500社並の報酬をとるべきという者が10%。こうした考えは、日本でも経営者の流動化が今後進行すれば、自ずと変化する可能性。

    第4セッション:雇用の側面からみた企業統治

    まず阿部正浩ファカルティフェロー (獨協大学経済学部教授)から「日本企業の金融システムと人的資源管理システム」と題して、以下の発表があった。

    1)日本の雇用システムに大きな変化。非正社員、非典型雇用が4割近くを占め、10年前より10%も増加。雇用調整速度も90年代に入って速くなった。教育訓練についても、自己選択による自己啓発に転換する、一部従業員のみに対象を絞るなどの変化。

    2)資金提供者と経営者の間のエージェンシー問題に着目したTiroleのモデルに基づく理論的論証を行った。金融システムと人的資源管理システムの4つの組合せ、(1)銀行融資と企業内訓練、(2)株式市場活用と企業内訓練、(3)銀行融資と自己訓練、(4)株式市場活用と自己訓練を検討。銀行融資と企業内訓練の間に補完性があり、また株式市場活用と自己訓練に補完性があることをモデル上示すことが可能。

    3)財団法人労務行政研究所の大企業・中堅企業を対象としたアンケート調査である「人事労務管理諸制度調査」の1995年と2001年の結果を用い、58企業について、15の人的資源管理に係る制度の採用の有無と金融機関持ち株比率、外国人持ち株比率等資金調達の関係を分析。

    • (1)人的資源管理に係る制度を採用している企業とそうでない企業について、銀行持ち株比率の平均および外国人持ち株比率の平均に差があるかを検定。永年勤続者表彰については外国人持ち株比率の低い企業が消極的。年俸制の採用、国内留学制度の実施については、外国人持ち株比率の高い企業が積極的。
    • (2)銀行持ち株比率、外国人持ち株比率等資金調達手段に係る指標を説明変数に、人的資源管理に係る項目の採用の有無を被説明変数にしたプロビットモデルによる回帰分析によると、外国人持ち株比率の高い企業は、永続勤続表彰制度の採用確率が低い、国内留学制度、外国留学制度の実施の確率が高い、女性管理職登用の確率が高い等の結果。

    4)結論として、外国人持ち株比率が高い企業は人的資源管理の制度が伝統的な日本の慣行から外れる傾向が読みとれる。

    5)今回の分析には以下のような問題。

    • (1)サンプル数が少ない。
    • (2)人的資源管理に係る制度の有無のみを問題にし、その中身まで吟味せず。捉え方が企業によって異なっている可能性。
    • (3)金融面の変化が人的資源管理の変化に影響するのにタイムラグが存在する可能性。

    次にGregory JACKSON客員研究員 (Kings College London専任講師)から「経営参加、雇用調整と分配をめぐる対立」と題して、以下の発表が行われた。

    1)日本型雇用制度の特徴は、長期雇用あるいは終身雇用、年功賃金制、企業特殊訓練といわれてきた。他にこれらと密接に関係する重要な特徴として、企業別組合、解雇がしにくい労働法、ドイツのような強力な福祉国家的制度の不存在があげられる。人的資源管理とコーポレートガバナンスの間には、メインバンク制と安定株主による保護の下、企業特殊的技能に投資するなどの補完性が存在するとの指摘がなされてきた。

    2)企業競争力強化の要請、株式志向的業績目標の設定、業績関連報酬(PRP:Performance Related Pay)の導入、情報公開・市場志向の会計制度の採用等シェアホルダーバリュー重視のモデルへの変化が進展。

    3)最近の人的資源管理の状況をみると、終身雇用制には基本的安定性がみられる一方、年功賃金制の改変、能力給の導入等がみられる。

    4)財務省調査により、雇用システムに3つの型が存在。 タイプI:伝統的終身雇用+年功賃金(54%)タイプII:終身雇用+能力給(29%)タイプIII:非長期雇用+能力給(17%)。CGIインデックスの高い企業をみるとタイプ1の比率が下がり、タイプ2の比率がその分高い。タイプ3の比率はあまり変わらず。

    5)雇用調整については、

    • (1)81%の企業は終身雇用にコミット。しかしコアの雇用はシュリンク。
    • (2)2000年~2003年に雇用調整を実施した企業は36%、平均で15%の雇用削減。
    • (3)雇用調整の方法をみると、54%は早期退職、29%は新規採用停止、5%は出向、5%はスピンオフ、一方レイオフは4%と従業員に優しい(benevolent)調整。
      雇用調整が全般的に進められたことから、2000年から03年のデータによる分析では株式の外国人保有とレイオフの可能性の高さに相関は見いだせず。

    6)報酬システムについては、株式の外国人保有比率が高さと年功賃金に負の相関、内部昇進重役と年功賃金に正の相関。しかし、ドイツと異なり、株式保有構造あるいは取締役会制度と業績関連報酬(PRP)の導入には相関は見られず。

    7)補完性については、コーポレートガバナンスと雇用の間に単純な因果関係が存在するというモデルは見いだせない。日本型雇用はかなり広い幅を持ったコーポレートガバナンスと両立可能。

    これに対し、宮本光晴氏(専修大学大学院経済学研究科教授)から以下のコメントがなされ、その後議論が行われた。

    1)阿部-星論文に対して、

    • (1)コーポレートガバナンスについてはこれまで金融の面から主に議論。想定されるのは、「金融→ガバナンス→パフォーマンス」という流れ。しかし、「金融→ガバナンス」という関係は確認されるものの、「ガバナンス→パフォーマンス」の関係は必ずしも明確でない。
    • (2)それはパフォーマンスが人的資源管理に依存する面があるため。金融面からみた企業パフォーマンス指標はトービンのqや利益率。雇用面からみた場合は競争力や生産性。「金融→ガバナンス→人的資源管理→パフォーマンス」という関連性で捉えることが重要。

    2)Jackson論文に対して、

    • (1)かつて長期雇用と年功賃金制に補完性があるとされてきたが、最近は長期雇用と能力給の組合せが多数派との指摘。長期雇用を維持しようとする企業は業績関連報酬(PRP)導入に熱心との示唆。しかし、本当に両立可能か。おそらくコア雇用者は長期雇用、周辺雇用者は非正規雇用という雇用形態の下ではじめて長期雇用は維持されることを示唆。
    • (2)長期雇用の将来にわたる維持可能性を20代、30代の従業員は低く、現在の経営者は高くみるという主観的認識にギャップが存在。
    • (3)報酬・雇用面の変革は、実際は穏やかで漸進的。内部労働市場への業績関連報酬(PRP)の導入については、本当に労働供給に刺激を与えるだけの格差をつける形で行われているか疑問。
    • (4)企業戦略に基づく製品・組織アーキテクチャーが、コーポレートガバナンスに影響を与えるという考えが重要。また、「企業戦略→製品・組織アーキテクチャー→人的資源管理」という流れも存在。
    • (5)こうした考え方から、コーポレートガバナンスの類型として、企業戦略に基づくアーキテクチャーが摺り合わせ型で、資金調達を社債市場に仰ぐ企業は、新Jタイプのガバナンスとして雇用・報酬形態は長期雇用・業績関連報酬(PRP)を採用するという整理が可能かもしれない。

    第5セッション:総括

    Gregory JACKSON客員研究員 から「日本における制度変化の進展と企業統治の多様化」と題して、本シンポジウム全体の総括として以下の発表があった。

    1)日本型企業(J-Firm)とは、メインバンク制、安定株主、終身雇用、内部昇進者による経営といった特徴を有し、長期の組織形成にコミットする共同体としての企業とされてきた。

    2)最近の変化については、(1)単一の最良のモデルへの変化を強調する収斂説と(2)変化は限られたものとする経路依存説などいくつかの説が存在。

    3)90年代にコーポレートガバナンスの変化をもたらした背景の第1は国際化。金融、直接投資、会計基準など大きく環境は変化。しかし、外国人投資家、海外での上場、国際的社債格付け等に直面している企業はいまだ少数。第2は規制緩和。80年代の金融自由化はメインバンクのモニタリング能力の基盤を弱めた。第3は企業のライフサイクルの変化であり、新しい産業の勃興と古い産業のリストラを促進する制度変革を要請。最後に知識・情報処理、イノベーションシステムの変化。

    4)最近の日本におけるコーポレートガバナンスの大きな変化をまとめると、

    • (1)株式保有と金融に関しては、メインバンク制の衰退、安定的な株式持合いの縮小がみられるが、ともにいまだなくなったわけではない。外国人投資家のプレゼンスの拡大はコーポレートガバナンスの最近の変化と密接に関係しているが、その影響は限られている。
    • (2)企業業績の悪化に対応し、日本企業のリストラ、特にビジネスポートフォリオ組替えはことのほか進展。倒産法制の整備とともに破綻の法的処理の新しい役割が注目される。
    • (3)雇用関係では、終身雇用制が改変を受けつつも存続し、能力給の導入が進展。雇用とコーポレートガバナンスの補完性は日本企業についての定式化されたモデルから予想されるより弱い可能性。
    • (4)企業法制は選択肢を拡大。取締役会の改革については、積極性に企業間でばらつき。

    5)日本のコーポレートガバナンスは、企業間で多様性を増し、さまざまなハイブリッドを生成するハイブリッド化が進展。

    6)財務省のアンケート調査に基づきコーポレートガバナンスに関連する14の指標によって企業のクラスター分析を行うと、大きく以下の3つのグループに分類可能。

    • (1)系列関係を有し銀行依存が強く、コーポレートガバナンス改革に消極的な J-Firm タイプ(企業数の69%)
    • (2)機関投資家、社債依存が高く、コーポレートガバナンス改革に積極的なHybrid タイプ(企業数の14%)
    • (3)個人株主保有で中小企業金融に依存しコーポレートガバナンス改革に消極的な independent firm (企業数の17%)

    7)ただし、これらとは異なる重要な9つのサブタイプも検出。そのうちコーポレートガバナンス改革に熱心な3つのグループが存在。J-Hybrid、A-Hybrid、進歩的J-Type。

    8)企業パフォーマンスは、どのようなタイプのコーポレートガバナンスシステムを採用しているかだけでなく、そのコーポレートガバナンスシステムが企業のおかれた状況((1)業種、(2)国ごとに特徴的な制約、(3)外国からの圧力等の国際的制約)にフィットとしているか否かに依存。コーポレートガバナンスに関連する諸制度間の補完性は、こうした企業、産業といった文脈に大きく依存。ハイブリッドモデルが多数生まれているのは、こうした事情を反映した企業によるガバナンスシステムの再構成の結果。

    9)制度変化に3つのパターン。1つは制度疲労(institutional exhaustion)、メインバンク制が典型。次は制度が新しい機能を持つようになる制度転換(institutional conversion)、例として雇用保証制度ではなく雇用調整制度の一部となった終身雇用制。第3は、従来の制度に重ねる形での新しい選択肢の追加(institutional layering)、取締役会制度改正が典型。

    10)グローバル化に伴い、コーポレートガバナンスの国際的に見た多様性は、今後縮小するだろうが、なくなることはない。日本のハイブリッドタイプもうまく適応していく可能性あり。しかし、日本企業は、より幅の広いステークホルダーを含めた企業共同体に変化し透明性を高めることが必要。

    11)今後の政府の役割は、伝統的J-typeをターゲットとした改革の働きかけ、銀行健全化、機関投資家の育成、M&Aの功罪を踏まえた対応。

    Jackson-宮島論文に対し、伊藤秀史氏(一橋大学大学院商学研究科教授)から以下のコメントがなされた。

    1)今回の発表の主要なメッセージは、日本のコーポレートガバナンスに相当大きな変化がみられるものの、アングロアメリカンへ収斂する状況とはいえず、企業間に差がみられ、J-Type Hybrid、J-Firm、A-Type Hybridなど異質性が拡大したということ。

    2)そこからすぐ生まれる疑問は、

    • (1)これらの異なるタイプは、内的に整合的なシステムか。
    • (2)企業パフォーマンスにコーポレートガバナンスへの取り組みが必ずしも反映されないのは、i)全体の中での最適化ではなく、あるローカルな範囲での最適化にとどまるからか、ii)変化がごく一部のシステムにとどまるからか、iii)いろいろな面を一度に変化させていても変化のさせ方が小さいからか。
    • (3)規範的な意味で、正しい方向への変化なのか。
    • (4)制度的な同質化(isomorphism)が顕著にみられない現状は一時的か否か。
    といったことが挙げられる。こうしたコーポレートガバナンスを巡る変化を評価するためには、「理論的分析」が必要不可欠。

    3)まず、理論的に「補完性」について整理すると、Milgrom & Roberts に遡る。彼らによれば、補完性があると変化が起こりにくくなる、すなわち(1)1つの側面だけの変化は、その変化が大きいものであっても、パフォーマンスを改善しない、(2)一斉に多くの側面で変化があっても、その変化が小さければパフォーマンスに反映されないというもの。しかし、仮に現在パフォーマンスが悪化しているとしても、それは将来的に大きく変化するために一時的に悪化している可能性が存在。ローカルで改革を試すだけでなく、集権的に調整した形で新しいものを求めて変化させていくことが必要との議論。

    4)日本のようにコーポレートガバナンス関連の制度がtightly coupled(密結合)の場合は、有意義な変化につなげるのは更に困難という可能性も存在。

    5)コーポレートガバナンスとは何か。Jackson-宮島では、「多方面のステークホルダー(multiple stakeholder)が企業の意思決定において果たす役割を規定する制度的ルールや共有された考え方」と広く捉えている。理想的状態においてはmultiple stakeholderの厚生を反映し全体として効率性をいかにあげられるかという議論になるが、セカンドベストの現実の世界ではさまざまなステークホルダーの価値(value)を実現するのにどれだけのコストがかかるかが重要。

    6)すなわち、コーポレートガバナンスとは統治されるべきマネージメント(経営者)にシェアホルダーバリュー、あるいはステークホルダーバリューをいかに追求させるべきかの問題。その意味で、シェアホルダー対ステークホルダーという図式の議論がもっと行われることが必要。米国では取締役会重視、取締役会によるCEOの選解任・モニタリング機能重視の流れ。今回のシンポジウムではガバナンスされるプレーヤーとしてのマネージメントが出てきていない。取締役会の構造がトップマネージメントのプロファイルや交代にどのような影響を与えるかといった議論がもっとなされるべき。

    7)新しい経済理論で関連性のあるものを紹介。1つは、フォーマルガバナンスとインフォーマルでリレーショナルな(relational)ガバナンスの相互作用という議論。日本では長期雇用制といった後者に属する制度が中心とされるが、こうした制度は逸脱することの短期的メリットが長期的なデメリットを下回る限り、成員は自発的に従うという仕組み。フォーマルなガバナンスがこれにどのような影響を与えるか、すなわちフォーマルとインフォーマルのガバナンスは興味深い関係にある。

    8)もう1つの理論的視点は、「自発的ガバナンス」という考え方。日本の優秀な企業の特徴は、「世のため人のため」といった企業文化があり、それが一定の役割を果たしているとの指摘。

    9)再度、シェアホルダーバリューあるいはステークホルダーバリューの議論に戻ると、シェアホルダーバリューを追求するやり方には意思決定にバイアスがかかるというコスト、一方、ステークホルダーバリューを追求するやり方はコントロールが分有され決定ができなくなるという問題。より現実的な方法は、シェアホルダーバリューアプローチを採った上で、ステークホルダーを保護する仕組みを作ること。そのためには詳細な契約の締結、従業員のexitを可能とする流動性の高い労働市場の確保、株主の要求に影響を受けないシステムの構築などが有効。

    10)こういう意味で、経営者が終身雇用にコミットするのも一種の従業員保護になる。シェアホルダーバリューアプローチを徹底して採った上で、経営者が終身雇用にコミットすると、非常に望ましい組合せになる可能性あり。ただし、終身雇用制はインフォーマルでリレーショナルなものであるから、「世のため人のため」という形で企業文化としてコミットする自発的ガバナンスとすることで信憑性の高いものにする。そうすればこうした組合せは内的に整合的なものとなりうる可能性大。

    次に、寺西重郎氏(一橋大学経済研究所教授)から、同じくJackson-宮島論文に対し以下のコメントがなされた。

    1)この発表では今後の日本のコーポレートガバナンスについて検討し、結論として多様性、ハイブリッド化の可能性を指摘。その理由について、規制等の政治的要因と効率性要因にもっぱら着目して分析。しかし、第3の要因として制度的インフラストラクチャー(institutional infrastructure)も重要。

    2)政府規制の役割については、東アジアではいち早く80年代から金融自由化を進めた国が多いが現在でも大企業ほど総資産に対する銀行借入れの比率が高い。日本でも銀行預金、銀行借入れ、非金融法人による株式持合い等の比率が依然高い。規制緩和だけでは改革の進展は不十分。

    3)効率性については、銀行と市場の役割を比較すると、資源配分上の効率性(allocational efficiency)については、銀行は企業について日頃の取引を通じた情報を有し企業レベルでの配分に効率的に関与、株式市場は投資家の間の新しい産業や技術に関する意見の多様性を取り込んだ効率的配分に寄与。組織上の効率性(organizational efficiency)については、銀行はメインバンク制を通じてエイジェンシーコストの低下に寄与。市場は市場というもののみによるという意味で効率的な組織を提供。

    4)制度的インフラストラクチャーについては、まずLa-Portaらのlegal originの議論。英米の慣習法の国では投資家保護が強く、仏独等大陸法の国では投資家保護が弱いといった議論。東アジアではマレーシア、シンガポール、タイが慣習法型、日本はドイツ型との議論。しかし、日本はさまざまな指標から見て東アジアの中間に位置。こうした議論は、日本やアジアの国の特徴をうまく説明するには至っていない。

    5)制度的インフラストラクチャーのもう1つの議論は、制度設計の原理の違い。日本や東アジアは組織上の効率性重視、アングロアメリカンは資源配分上の効率性重視の傾向。すなわち、日本や東アジアとアングロアメリカンを対比すると、親族経営と公開企業、内部労働市場と外部労働市場、銀行借入れ依存と資本市場からの調達というように整理可能。

    6)しかし、資源配分上の効率性と組織上の効率性の間にはトレードオフが存在。外部労働市場への依存は、企業特殊的技能への投資には不向きだが、標準的労働力の配分については効率的。資本市場への依存は、企業の情報処理にはコストがかかるが新しい産業、技術の選択には効率的。

    7)こうした議論からは、日本、東アジアの経済システムとA-Modelには組織、制度構築の原理に何か大きな違いが存在している可能性大。

    こうしたコメントを踏まえ、宮島英昭ファカルティフェロー から、補足の発表が行われ、その後議論が行われた。

    1)長期雇用・年功賃金、メインバンク制、株式相互持合いが特徴とされた日本企業のコーポレートガバナンスは、資本市場の圧力、IT革命により、3つのタイプに分化。そのうちの1つはロックイン J-Typeという温存型。

    2)ロックイン J-Typeは改革の対象であり、圧力をかけることが必要。そのためには(1)銀行の健全化によるメインバンク制の再構築、(2)機関投資家の議決権行使の奨励、(3)M&Aの潜在的脅威等が考えられる。

    3)米国型志向企業群の内的整合性については今のところよく分かっていない。もしかするとそうした企業はコーポレートガバナンスの一部しか変更していない可能性も存在。タイプというよりも外部環境への対応のパターンの違いなのかもしれない。

    4)日本型のオーバーホールタイプの企業群について、理論的にその意味や可能性を説明する方法については、先程の伊藤秀史氏のコメントが極めて示唆的。

    (文責:経済産業研究所研究調整ディレクター 細谷祐二)