新春特別コラム:2023年の日本経済を読む~「新時代」はどうなる

新時代の日EU関係を強化せよ

田辺 靖雄
コンサルティングフェロー

歴史を変えたロシアのウクライナ侵略

2022年2月24日は歴史を変えた。この日以来ロシアのウクライナ侵攻は2022年を通して世界に暗雲を投げかけた。ウクライナは欧州にあり、欧州にとってのロシアの脅威が顕在化した。ドイツの東方政策すなわち対ロシア関与政策は、ロシアに見事に裏切られ、破綻した。この時代に武力による国家主権の侵害が起きるとは多くの人は想定していなかった。戦争の世紀に逆戻りしたかのようだ。

欧州はロシアの暴挙を非難し、ウクライナ支援に邁進している。エネルギー危機のために短期的に経済へのマイナスの影響は避けられないが、「払う価値のある代償だ」と覚悟している。それほどに今回のロシアの行為は許されないのだ。ロシアの動きを受けてスウェーデンとフィンランドのNATO加盟が承認待ちとなった。欧州の安全保障環境が一変したことを示している。

危機をバネに脱炭素への取り組みを強化するEU

ロシアのエネルギーに依存していたEU、そして世界は、化石燃料のエネルギーセキュリティというクラシックなエネルギーの課題に直面した。ロシアは原油生産で世界3位、天然ガスで世界2位のエネルギー大国である。IEAのファティ・ビロル事務局長は「世界エネルギー危機」だと喝破する。2050年カーボンニュートラルに向けたEUのグリーン・ディール政策は、足を止めるかと思われたが、EUは危機をバネにした。RE Power EU等の政策を矢継ぎ早に打ち出し、ロシア化石燃料への依存(石油は3割、天然ガスは4割、石炭は5割)から脱し、エネルギー自立を目指す取り組みを強化している。短期的には石炭への回帰、稼働延長もあるが、エネルギー自立そして脱炭素のためにクリーンエネルギー・トランジションを加速している。

日EU関係の歴史

日本と欧州の関係、その距離感には歴史的に紆余曲折がある。1970年代、80年代は、日米関係と同様に貿易摩擦に明け暮れた。当時は、軍事同盟関係にある日米関係に比して、日欧関係は距離感のある関係であった。日米貿易摩擦では激しい対立もあったが、おおむね同盟関係を尊重した対応がとられたのに比して、軍事同盟ではない欧州との間の摩擦処理には相互に苦心があった。それでも、心ある先人たちの努力により、1987年には日欧産業協力センターが設立され、1992年末の欧州単一市場完成の頃から、共同宣言等で新しいパートナー関係がうたわれる等、関係が近づき始めた。1999年には、現在まで続く日・EUビジネス・ラウンドテーブル(BRT)が発足している。

それでも日EU関係が真にパートナー関係になるには日EU・EPAの締結を待たねばならなかった。日EU EPAにつながる議論は2007年に安倍総理(当時)がバローゾ欧州委員長(当時)に持ちかけて始まった。以後予備的議論が継続して、正式交渉開始は2013年であった。交渉が合意に至ったのは2017年、正式署名は2018年、発効は2019年であった。この長いプロセスで、日本経済界はBRT等の場を通して一貫して早期合意を働きかけた。

ここまで長くかかったのは世界情勢の影響もある。もともと自動車、電機・電子等の産業競争力の面で日本を警戒するEUは日本との自由貿易協定に積極的ではなかった。長い予備的な議論、交渉のプロセスでEU側は日本の姿勢、そして世界情勢を見ていた。EUが合意に向かったのは、日本の安倍政権が2016年にTPP交渉で合意したことの影響が大きい。日本の地域自由貿易協定へのコミットメントを目の当たりにし、EUは世界の流れの中で取り残されることを回避しようとしたのだ。

新時代に入る日EU関係

2018年の日EU EPA合意の頃から、日EU関係は新しい次元の高みに上がった。EPAと同時に戦略的パートナーシップ協定(SPA)が締結された。これは日EU間の政治的な関係強化の確認書である。いわば同志の契りである。

この背景には世界情勢の変化がある。近年、中国の経済的・政治的・軍事的台頭により米中関係は覇権対立・競争の様相を呈している。米国は世界の警察官の立場を降り、世界はGゼロの時代に入った。2017年には米国で米国第一を追求するトランプ政権が成立した。トランプ政権の米国はTPPを離脱し、気候変動のパリ合意からの離脱も宣言した。トランプ政権でEUは辛酸をなめた。EUは、かつて経済関係を強化した中国についても経済面・安全保障面で警戒感を強めるようになった。そして、EUは基本的な価値観を共有する同志国としての日本との関係を再評価するようになった。

気候変動問題は世界各地で異常気象による被害を拡大して、対応の必要性は世界的なコンセンサスとなり、一刻の猶予も許されないとの認識が広まった。その議論をリードしたのは欧州であり、世界全ての国々が欧州を追随するように認識、取り組みを強化し始めた。米国も2021年にトランプ政権からバイデン政権に替わり、気候変動対応のコミットメントを新たにした。2020年の日本のカーボンニュートラル宣言をEUは高く評価した。

デジタル等のテクノロジーの進歩は指数関数的に進んでいる。しかしこれらテクノロジーはメリットとリスクがもろ刃の剣である。これを人類、社会のためにいかに活用するか(害悪をなくすか)は世界文明の発展を左右する。その際、人権の尊重、安全(セキュリティー)の確保等基本的価値観が重要だ。例えば、AIを活用すれば社会は便利で幸福になるかもしれないが、あくまで人間中心の活用の仕方でなければならない。

民主主義、人権、法の支配等の基本的価値観を尊重するEUとしては、専制主義、人権侵害、国際法侵害は許せない。日本はこうした点で格好のパートナーである。その思いは日本も共有できる。欧州にとっての日本再発見であり、日本にとっての欧州再発見である。

欧州の安全保障はアジアの安全保障と一体だ。欧州のエネルギー危機は世界のエネルギー危機だ。気候変動危機は世界を待ってくれない。日本も欧州の危機意識を共有し、危機をバネにし、世界的課題に対応する新時代の日EU関係を強化すべきだ。

識者が見るEU

世界の地政学分析の権威であるユーラシアグループのイアン・ブレマーは大の日本シンパで、毎年日本でGゼロサミットというイベントを開催している。
そのブレマー氏は、「危機をばねに諸制度を強化するEUの力こそ、21世紀に成功する国家間連携の最高のモデルだ」(2022年10月26日 日経新聞)とEUを評価し注目している。そして、「日本は安全保障では米国と、経済では中国と、民主主義ではEUと連携すべきだ」とアドバイスする。筆者はブレマー氏と意見交換した際に、EUとの連携は「法の支配」を基軸とすべきだと指摘すると、彼は同意し、さらにマルチラテラリズム(多国間主義)、スタンダードで日本はEUと連携すべきだと主張した。EUの本質を言い得ている。

昨今、EUの世界的な影響力に関して「ブリュッセルエフェクト」というコンセプトが広まっている。EUはプライバシーから環境・食品安全まで規範形成力で世界をリードしているとの認識である(『ブリュッセル効果 EUの覇権戦略』(アニュ・ブラッドフォード))。これこそ、日本が体得すべき戦略であり、であるが故に日本がEUと組むべきゆえんである。

目指すべき日EU関係

日、EUの両政府、経済界も日EU関係の重要性を認識して取り組みを強化している。毎年の日EU定期首脳協議では近年パートナーシップ関係強化の議論が実質を伴ってきている。2021年は日EUグリーンアライアンスが合意され、2022年は日EUデジタルパートナーシップが合意された。

1999年から続く日EUビジネスラウンドテーブル(BRT)は長年日EU EPAを後押ししてきて、その完成後はモメンタムが低下するのではないかと一部関係者では懸念された。ところが、最近はEPAを契機としてさらに日EUパートナーシップの実を深めようとの議論が活発である。特にEU側の熱意が強く感じられる。BRTは毎年経済界の総意としての提言書を日EU政府首脳へ提出し、両政府はそれに呼応した日EU関係の取り組みを進める。グリーンアライアンスもデジタルパートナーシップもその実例である。

日EU関係強化のプロセスにおいて、何も日本がEUの全ての立場に同調、追従すべきということではない。EUが日本と組みたいと思うのは、日本の強みを活用したいからだ。すなわち、アジア諸国との深いつながりであり、多くの人々が日本を訪問したいと思うソフトパワーであり、テクノロジー、テクニカル・ディテールの強み等である。EU側が日本と組んでアジア地域等でのビジネス展開を図ろうとしているのも日本への期待の表れである。日本はこれらの強みを基に、EUの立場、考えを補正するような態度が必要だ。例えば、経済成長そしてエネルギー需要の伸びの著しいアジア諸国がエネルギーの安定供給を確保しながら脱炭素を目指す現実的なエネルギー・トランジションのパスを示して支援すべきだ。

現下の地政学的な世界情勢の下で日EUパートナーシップは必然の取り組みである。そして日EUパートナーシップは世界をリードすべきである。もちろん、日本の安全保障は日米軍事同盟が基軸である。日中関係は緊張を抱えつつも経済的には切っても切れない。ASEANは経済的にも政治的にも日本の重要なパートナーである。地域的な同志国連合としてのQuadは重要性を増している。それでも日本にとって世界の中で地位を高めるためにはEUとのパートナーシップが不可欠だ。これなくして日本の立場は強化されない。

特に世界のモデルとなるべく、グリーンとデジタルの分野で、世界のルールメーキング、政策・規制、技術開発・社会実装、ビジネス展開等の面で日EUパートナーシップを具体的に進め、社会目的の達成と経済成長を両立する、世界に貢献する経済・社会モデルを提示すべきだ。

日本がG7議長国を務める2023年はその格好の機会となるだろう。

(本稿は筆者個人の見解であり、所属する組織の公式見解を反映するものではない。)

2023年1月4日掲載

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